蜜月まで何マイル?
   
真昼の星、深夜の虹
 

 『太陽を祀まつる昼間の妖精たちの中に、それはそれは美しい娘がいたの。黄金色の髪は軽やかで、ほっそりとした姿は若木のように撓しなやかに嫋たおやかで。温かな笑顔の宿る横顔はそれはそれは気高くて。誰からも愛されたやさしい娘だった。
 片や、夜の星々を司る夜陰の妖精の一族の中に、それはそれは凛々しい青年がいたの。闇より深い漆黒の瞳と髪に大人びた面差しの、寡黙で屈強なそれは頼もしい青年で。夜陰の中にあってもその存在感を強く示す、冬の星のように冴え冴えと真っ直ぐな眼差しは、闇の眷属仲間である多くの女神や精霊たちを虜にした。
 二人は住む世界が違ったからお互いのことはあまり知らないままにいたのだけれど、ある日、日中に突然陽が陰るという不思議が起こったの。今で言う"皆既日食"でしょうね。その不思議な現象の最中、ほんの短い刹那だけ、昼と夜の世界が交わったのだけれど。どういう巡り合わせなのか、美しい娘と凛々しい青年はそんな偶然の中で一際間近に居合わせたの。そして、互いの姿を見て、そのまま恋に落ちてしまった。色々と噂には聞いていた相手だし、精霊だから瞬視で感じ取れるあれこれだってある。だから、姿にだけ一目惚れした訳ではなくってね。お互いに相手が素晴らしい存在だと知るにつけ、その恋心はどんどんと募っていった。でもね、陽のあるうちは青年の一族は現れることが出来ないし、陽が落ちれば娘の一族の方が姿を隠す。これでは逢うどころか姿を再び見ることさえ叶わない。
 叶わぬ恋なのかとさめざめと泣く娘に溜息ばかり零す青年に、それぞれの側近がつい…あまりに痛々しかったものだから、黄昏
たそがれ時と曙かわたれ時のほんのわずかな間だけ、昼と夜とが混じり合うひとときだけなら、逢うことが叶いますよって教えてしまったの。青年と娘は早速にも、その時間に前触れの任をこなす役柄を譲り受け、また、自分たちの時間が終わる頃には相手方の先陣がやって来るのを、ぎりぎりまでじっとじっと待つようになったの。
 二人は毎日々々相手の訪れを待った。ほんのひとときの逢瀬をささやかながらも楽しんだ。嫋
たおやかで美しい娘の、軽やかで優しい笑みを見ているだけで、凛々しくも頼もしい、それは雄々しい青年の深色の声を聞くだけで、二人は十分に満足していたから、別にそれ以上は望まなかったのだけれど。傍からはそうは思えなかったらしくって。恐らくはそれぞれへ横恋慕していた精霊や女神たちが嫉妬したのね。二人の逢瀬は主上神の知るところとなって、世の規律を乱す元となるからと罰を受けたの。そんなに相手と一緒にいたくば、その願い叶えてやろう。お前たちが守れない決まりごとが多くて何かと不自由な天世界でなく、地上世界に揃って降ろしてやる。但し、青年は陽が傾くと黒々とした毛並みの狼になり、夜が明けて陽が射すと娘の方が小さな猫になってしまう。決して想いを告げ合えない身の上に落とされてしまったの。』





 前日からこっち、波も風も穏やかな、それは静かな航海が続いていて。昼下がりの退屈を紛らわせたいと船長さんにねだられたので、物知りな考古学者が『昔の伝説なのだけれど』と前置いて語ってくれたのは、よくある"なさぬ仲"の悲恋の物語だった。
「え〜〜〜、そんなの可哀想じゃない。」
 こういうロマンチックなものには、いつもなら何歩か離れて冷めた態度で対する航海士嬢が、今回ばかりは珍しくも分かりやすく憤慨し、どうしてどこの神話でも神様ってのは無慈悲なんだろうねとカリカリ怒って見せれば、
「ご心配なくナミさん。俺はどんな障害だって乗り越えて、あなたへの純愛を貫きますからね。」
 恋はハリケーンな美丈夫シェフ殿が、音がしそうなほどのニッコニコ笑顔で宥めてやって。その傍らから、
「なあなあ、その二人は二度と絶対に、人の姿同士では逢えなくなっちゃったのか?」
 小さな船医さんが大きな瞳を潤ませながら語り部へと訊いたものだから。ロビン嬢は小さく肩をすくめると、
「このお話は色々な地方に似たようなものが広まっているの。だから、土地によっては、何年か経ったら許しが出たり、新月の昼と満月の晩だけは逢えるってことになっているお話もあるわ。」
 そんなに心配しないでと、緋色の山高帽子をポンポンと優しく撫でてやったのだった。



            ◇



  「太陽の妖精と夜の精霊、か。」


 本来なら会うこと自体があり得ないことだった筈の二人が、思いも拠らない巡り合わせで たまさか出会ってしまって。互いの素晴らしさに惹かれ合い、すとーんと恋に落ちてしまった…だなんて。どこもかしこも出来過ぎたお話だったが、それだけ古くからそれだけ沢山、身分違いの悲しい恋が多かったということを反映しているのだろうと、ロビンは…こちらも彼女にはめずらしく、ちょっぴり困ったようなお顔になってお話を結んだのだった。分析し切れていない不確かな代物だから…というより、彼女でさえついつい感情的になりそうな傾向の話だったからなのかも? いつもなら、
『こういう口伝のお話には教訓や教えがついて回るものなのだけれど。』
 そう言って付け足される"だから○○○なんて、結局は意味がないってこと"なんていうオチも今回はなく。お陰様で、珍しくもしんとテンションが下がってしまった船内であり、何であれ笑い飛ばすか5分で忘れる"お日様"船長さんでさえもが、考え深げに唸りつつ、宵の甲板で腕を組んで考え込んでたりするのである。
"ったく余計なことを。"
 他の面子は夕食の辺りから持ち直し、次の海域は…だの、次の島は…だのと新しい話題に沸いていて。ルフィも表向きはそんな話に楽しげに乗っていたようだったのに。たらふく食った食後、ふいっと甲板に出て行ってしまい。さりげなく追ってみたところが、麦ワラ帽子を乗っけた頭をかくりと傾げつつ、上甲板の板張りに胡座をかいて座っている、小さめの後ろ姿を黄昏の中に見つけてしまい。剣豪さんは、まあだ こだわっとんのかとばかり"はあぁ"と吐息を一つ つきつつ、
「…ルフィ。」
 ステップを登り詰めると静かに声をかけた。上甲板の真ん中、ちょこんと座っていた船長さんは、
「おう、ゾロか。」
 顎の下、おとがいを全部晒してのけ反って、背後に立った背の高い副長さんを見上げて来る。帽子の縁からはみ出した前髪が、凪前のかすかな潮風に遊ばれていて。大きな大きな琥珀色の瞳にかかっては軽やかに弾んで、その度に眩しそうなお顔をする彼の幼
いとけない表情の方こそが、ゾロには殊更に眩しいもののように見えた。
「どしたんだ?」
 日中ならともかくも、晩餐の後はキャビンに居続けるのが常な彼だのに。皆と楽しい会話を弾ませ、それからだんだんと眠くなり、皆に送られて寝に行くのがいつもの常套コースなのに。まだ明るいとはいえ黄昏時。一人になりたくてか、こんなところに足を運ぶなんて彼らしくない。彼の真後ろ、そのまま脚へと凭れたって良いんだぜという位置に立ったまま、小さな船長さんを頭の真上から見下ろして訊くと、
「ん〜。」
 何とも煮え切らない声を出す。言いたくないのか、それとも説明しがたいのか、それとも…自分でも良く分かっていないのか。とりあえず、首が疲れたか顔は"かくん"と元に降ろした彼であり。それから横へと体を捻
ひねりつつ、再びこっちを見上げ、自分の隣りの板張りを"たんたん"と手のひらで叩いて見せるのは、そこに座れという意味だろう。腹巻きから三本の刀たちを引き抜き、慣れた動作で腰を下ろせば、体の角度をこちらへ少しだけ向けたそのまま、
「なあ、ゾロはどう思った?」
 前置きも主語もなく、いきなり切り出して来た船長殿だ。訊かれた側にもそれだけで十分通じちゃいたが、
「何がだ。」
 一応は訊いてみる。もしかしたら…既に"夕飯の盛りが悪かった"だとか、別なことへ頭が切り替わってる場合がなくもないからで。いや、むしろそういうケースの方が断然多い、掴みどころのない船長さんであってこそ彼らしいのだが
おいおい、そういう場合へも何となくの勘が働いてきっちり追従出来ている剣豪さんなので。わざわざ訊いてみたのはやはり、ちょびっと"悪あがき的"な確認だったのかもしれない。そして、
「ロビンが話してくれた精霊のお話だ。」
 ルフィは"判ってんのにわざわざ言わすなよ"などとゾロからの言の裏を察して苛立ったりする様子もなく。相変わらずの屈託のなさで、それは素直に言ってのけ、
「なあ、ゾロはどう思った?」
「どうって…。」
「決まり事が守れなかったからって天の世界から地上に降ろされたって言ってたけどサ。それと同時、そんなに好き同士なら一緒に居て良いぞっても言われたんだろ?」
「ああ。」
「でも、昼間と夜と、どっちかが猫だったり狼だったりするから、話は出来ない。」
「そうだったな。」
「そいでさ。」
 ルフィは…まじっと、その琥珀色の大きな瞳で剣豪さんの翡翠の瞳を覗き込むようにして、

  「それからどうなったんだろな。その二人。」
  「………はぁ?」

 どうやら。ルフィが気になっていたのは、お話の結末や神様の意地悪さや、添い遂げられない悲しい恋もあるんだという主旨ではなく、その先、であったらしい。
「どうって。」
「だってよ。神様は一緒に居れば良いって言ってくれたんだろ? 一緒に居なさいって地上に降ろしたんだろ?」
 まあ、そういう流れではあったけれど。
「だったらさ、幸せに暮らしました、じゃないのか? なのに、ロビンはそう終わらなかっただろ? ってことは、まだ続きがあるんかなって思ってさ。」
 でも。ロビンは土地によって違う結末になってるって言ってた。新月の日と満月の日にだけは逢えるってなってるのもあるって。だったら、やっぱ"めでたしめでたし"の筈なのに、
「まだ何か続きがあるんかなって。だのに、尻切れトンボになってて、そこがなんかムズムズするんだよな。」
 ああそれで。終わりが知りたくて柄になく考え込んでいた彼だったらしい。悲しい話だなぁと義憤に駆られたとか、便宜上"神"という形にされてたけれど、人の恋路を邪魔するような古臭いしきたりとか傲慢な権力には腹が立つとか、そんなこんなに翻弄されてた彼ではないところが、ゾロを胸中で安堵させはしたものの、
「おとぎ話にせよ、言い伝えにせよ、必ずきっちりした結末がくっついてるとは限らないないからな。」
 そういうもんだと知っている。めでたしめでたしで終わらないお話だって、実は全然珍しくはないのだし、口伝ものともなると"起承転結"さえ怪しいものだってある。だが、
「でもさ、ロビンが話すお話って、ちゃんとした難しい本に載ってたとか、何か歴史に関わってたから調べたってのばっかじゃないか。」
 ルフィはそう言って食い下がり、
「だったら、ちゃんと鳧もついてるんじゃないのかなって。」
 妙な形で信頼されてる知恵袋さんだが、
「そうは言われてもな。」
 それをゾロに訊くのは、これまた…順番というか相手が違う話なような。いつぞやの"人魚姫"の話の時といい、こういう繊細な代物についての感想やら概念把握やらを自分に訊かれても困るぞという顔になった剣豪さんへ、
「だからさ、良く分かんないんだけどさ。誰かを好きんなるのって、住む世界が違うとか身分が違うとか、そういうのって関係ないじゃん。出会って知り合って、気になって、好きになって。それって本人たちの好き勝手にしていいことだと思んだけどな。」

   ――― おや。

 一応は。お話の中の道義的な部分へも引っ掛かってた彼であるらしく。そんな見解へ、ゾロは意外だなと感じて…軽く片眉を上げて見せた。そういう表情を載せると、少しだけほお骨の高い、鋭角的で大人びたお顔がますます男臭くなる。
"う〜ん。"
 所詮は架空のお話なのに。色恋沙汰へこうまでムキになるとはねと、それが意外で…興味も沸いて。真剣な眼差しを振り向けられたのを受け止めながら、
「でもな、じゃあ…相手が親の仇だったらどうするよ。」
 ちょいとばかり、突っ込んだことを訊いてみる。ルフィは薄い胸をむむんと聳(そび)やかすと、きっぱりした語調で応じた。
「そんでもだ。自分で悪い奴じゃねぇって判断した奴なんなら、それだけで十分だ。」
「お前は納得してたって周りは放っておかねぇぞ。」
「そんなの聞かねぇ。自分の判断を信じる。」
 威風堂々。譲らない彼へ、

  「お前のこと大切にしてくれてた人の、反対だって言葉でもか?」

 ゾロの口からすらりと飛び出した言い回しは、するりと飲み込みやすかった分、胸の奥へまですべり込んで、それから。
「うう…。」
 理解しやすかったがために奥深いところから働いて…船長さんを黙らせる。
「お前の親御さんを大好きで、その人を殺
あやめた奴なんかって、許さなかったらどうするよ。」
 淡々とした口調。ルフィは胸の前に腕を組むと何度も唸って、
「………う〜ん。そゆことってあるのかな。」
 理詰めに弱いのは相変わらず。助けを求めるように、選りにも選って問題提起した剣豪さんの顔を見やる彼だが、
「ないとは言い切れねぇ。人と人が寄り合うとこでは、何が起こったって不思議じゃねぇからな。」
 これに関しては にべもないお答えが返って来たものだから、はふうと溜息を一つつくと、
「人間がいるとこはどこでも"グランドライン"なんだな。」
 もっともらしいお顔でそんなことを言い出す始末。彼にしてはなかなかうがった言いようだったので、ゾロは思わず"くくっ"と笑った。思いがけないことで破顔しても、どこか凛然とした威容のある、何とも男臭いお顔。
「………。」
 ふと。それに見とれたルフィであり、
「?」
 んん?という視線を向けられて、
「あ、えと。う〜んとだな。/////」
 慌てて考えをまとめようとする。
「例えば、俺がゾロんこと"俺が惚れた奴だ"って胸張って連れ帰ったのに、マキノさんが賞金首なんか好きになってって怒るみたいなもんかな?」
 …賞金首なのはお前も一緒だろうがよ。第一、男を連れて帰っても驚かない人なんだろうか。ゾロがついついそんな風に感じたのも一時。
「まあそういうところかな。マキノさんって人の言うことへ、聞く耳持たねぇってそっぽ向く訳には行かないだろ?」
「うん…。やっぱ、いい奴なんだって分かってほしいぞ。どっちも好きだから、仲良くしてほしいし。」
 ややこしい深読みやトラップ、詭弁・方便は大の苦手。遠回しに婉曲にとさんざん気を遣ってもらっても、ピンと来なくておジャンにするよな大ボケ無神経ぶりは、もはやお約束なほどのお暢気なキャプテンさんで。間が抜けてるだけならともかくも、これで海賊なんて詐欺かも知れない、正道こそ命の至って良い子。
"今時のグランドラインで"ピース・メイン"張ってるってこと自体、大馬鹿な証明、してるようなもんだしな。"
 そうと言いつつ、だが、剣豪さんの口許には不敵そうな笑みがくっきりと浮かぶ。いつぞや訪れた小悪党たちの吹きだまり。今時"夢"だの"野望"だのを掲げているなんて何と愚かなと嘲笑されたが、彼らにとってはどんなに遠大な代物でも、自分たちにはそれがちゃんと地続きなんだから仕方がない。要領を知らない不器用な奴で結構。要領を知らなくても遥か彼方へ辿り着けるだけの気力体力が有り余っている自分たちなのだから。そして、そうであることを大切な君に理解されているというだけで、ますますの力が自信が沸いて来る自分たちなのだから…。

  「う〜〜〜ん。」

 男の嫁を連れ帰る話
(笑)へ、一応のお答えを返した坊やは、だが。
「けど、どうしてもダメなら。」
 何やら付け足したい一言があるらしく。
「ダメなら?」
 何を思いついたのやら、くすんと笑ってゾロが促すと、それはそれは真面目なお顔になって、こんな一言を付け足した船長さんであったりした。


   「ゾロと"駆け落ち"する。」

   「……………。」

   「ダメ、かな?」

   「良いんじゃねぇの、それで。」


  おいおい。
(笑)









  aniaqua.gif おまけ aniaqua.gif

    「なんか、話の論旨が途中からどっかに飛んでっちゃいましたね。」
    「あいつららしいっちゃらしいんだけどもね。」
    「でも。あの船長さんを育てた人なら、
     剣士さんを連れ帰っても動じないと思うのだけれど。」
    「そうだよな。ルフィ本人からして破天荒ぶりじゃあ群を抜いてんだから、
     今更誰を連れ帰っても驚かねぇだろう。」
    「でもさあのさ、ルフィもゾロも子供産めないぞ。それでも良いのか?」


      「……………。」×@

      「あらあら、大変ね。」


     何が"大変"なんでしょうか、ロビンさん。
    (笑)





  〜Fine〜  03.6.19.


  *前に『魔法のチーズ』にてちらって触ったことのある悲恋のエピソード。
   今回、あらためて使ってみましたが、
   この人たちにとって、なさぬ仲なんてのは、
   一番"何てことのない"障害なんじゃなかろうか。


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