ぬくぬく 〜蜜月まで何マイル?
             *お久し振りの『ぐりぐり』その4ですvv

 

 
 昼間の間のずっと、船の上から見渡せる限りの四方八方、灰色の雲が空一面に低く垂れ込めていて。海原という波打つ丘陵の上を確かに進んではいるらしいのだが、周囲を取り巻く風景があまりにも淡々と同じなものだから、もしかして同じところをぐるぐると、回り続けてばかりいる自分たちなのではなかろうかと、そんな恐ろしいことを呟いたのはウソップだったろうか。途端に、
『何よ、それ。』
 あたしがちゃんと指示してるその通りに運行している以上、迷子になんかならないわよと、航海士さんがそれはそれは尊大に胸を張って見せ、
『そうだぞ、お前。ナミさんに失礼だぞ。』
 毎度のパターンというやつで、ナミの言いようへ尻馬に乗って腐していたサンジが、それでも不公平のないようにと、皆に熱い紅茶とアプリコットのパイを配ったのがお三時のこと。
"…陽が落ちちまうと尚のこと、方向が読めねぇ空だよな。"
 この人がそれを言い出すくらいだから、よほど…月も星も覆い隠すノリで空が塗り潰されているのだなと思わせる、剣豪の呟きであり、
"まあ、錨は降ろしてんだから、方角は関係ないんだけどよ。"
 でしょうよねぇ。夜中の航行をするとして、波や風がよほど安定してない限り、この…小さな入江の中の目と鼻の先というそれはそれは至近距離に停泊していた船なんてな"大きな目印"をあっさり見失うほどの途轍もない方向音痴男に"見張り"をさせるほど、ナミさんも向こう見ずではないと思うの。(アニメオリジナル『ゼニィ海賊団』参照/笑)
"…うるせぇよ。"
 おや、聞こえてましたか。
(笑) 冗談はともかく、
"………。"
 今夜の見張りは外敵に対するそれだ。ちょいと大きめな港に寄港した直後なだけに、補充したての積み荷を狙う海賊共がたむろしていかねない海域。そんなしょぼい心根の"雑魚"に泡を食うような顔触れではないが、不意を突かれての夜襲・朝駆けに遭うとなると、要らない疲弊や損害が出かねない。
『それでなくたって、ウチはなかなか収益を上げにくい海賊団なのよね。』
 所謂"ピース・メイン"であるがゆえ、お宝を冒険の末にゲットするか、お客様として"モーガニア"が襲い掛かって来たのを平らげて彼らから没収するかという方法でしか、収入を得にくい台所事情なため、無駄な損失はなるだけ避けたい"大蔵省"であるらしい。よって、
『あ、それと。襲撃がかかったなら、絶対にあたしたちも起こすのよ?』
 こんな付け足しもまた、決して仲間の身を案じての一言ではない。
『お宝持ってそうな敵だったら、ちゃんと"ファイトマネー"をいただかなきゃね。あんたやルフィはいつだって"去る者は追わず"なんだもの。』
『…鬼だな、お前。』
 とんでもない腕っ節の"化け物三巨頭"によってさんざん打ちのめされた相手の胸倉を引っ掴んで、そんなものまで要求すると言い出す辺り、いやはやしっかりしてはることよ。
(笑)
"………。"
 日中は、かつて滞在した"ドラム島"に比べれば そんなほど堪
こたえる寒さではなかったものの、さすがに陽が落ちると温度もぐんぐんと下がるようで。数枚の毛布にくるまっているとはいえ、そこから出している顔の、耳の先やら鼻の先がきんきんに冷えかかっているのが触らずとも分かる。ここは船の主甲板から天空へと聳え立っているメインマストの頂上近く。見張り台からぐるりと見回せる周囲のぼんやりとした夜陰が、夜が更けゆくのとともに少しずつ冴えて来て、
「…お。」
 ふと。そんな夜陰にかかっていた膜のようなものがサッと取り払われたのが判った。しっかりとした風がやっと出たらしく、雲が晴れて来たのだろう。ちぎった和紙のようになって後方へどんどんと流れてゆく雲の切れ目から月が初めて顔を出す。そこから降りそそぐ青白い光に染め上げられて、海の波間や甲板のそこここ、巻き上げられた主帆などのところどころが、くっきりとした輪郭に縁取られ、蛍光色っぽい青白さに浮かび上がって見える。晴れたは良いが、
"こりゃあ、明日の朝は冷え込むぞ。"
 放射冷却というやつですね。暑いにも寒いにも結構な度合いで"耐性"はある方だが、出来れば我慢しないで居られる環境の方が良いに決まっていて、今からその極寒にうんざりし、
"いっそ、海賊どもが奇襲に来てくれねぇかな。"
 そうすれば思いっきり体を動かせるから十分に暖まるだろうにと物騒なことを思い、やれやれとため息をこぼしたそんなところへ、
「…?」
 みゅいん…という奇妙な音がして、それに続いて風を切って何かがこちらへと飛んで来た。おや?と思ったのとほぼ同時、
「ぞ〜ろっ。」
 ひゅんっと見張り台の中へ飛び込んで来たのは、麦ワラ帽子の我らが船長殿である。ゾロと同様、いやいやそれ以上に肌を露出した、相変わらずの夏向きの軽装。何やらごちゃごちゃと小脇に抱えていたルフィだったようだったが、そんなものには目もくれず、
「こんな遅くまで何しとんじゃ。」
 周囲の枠を乗り越えて来るのを待つのももどかしいという顔をして。傍らへと屈み込むのへ長い腕を回してやり、寒風に晒された腕や薄着の背中を、ぐるんと搦め捕るように抱き締めにかかるゾロだ。小さな小さな船長さんは、戦闘隊長さんにとって"船長さん"であるだけでなく、幼
いとけないながらも大事な大事な"恋人さん"でもあるものだから。何につけ大切にしたくてという方向で構ってしまうのは自然の行動。きゅうと抱き締めると…剥き出しになった二の腕の、ほやほやと柔らかな肌がほのかに冷えているのが判って、ついつい眉を顰めてしまう。そのつばが顎先に当たる麦ワラ帽子の天辺を、つんつんと指先でつつけば、あ・そっかと素直に自分で脱いでお膝の上へ。ここまではいつもと変わりない船長さんであったのだが、
「だってよぉ。」
 鍛え上げられた筋肉が隆と張った、それはそれは頼もしい胸板の待ち受ける、広くて深みのある懐ろの真ん中へ。抱き込まれるまま掻い込まれ、こちらからもすりすりと相手の温みへ頬擦りをしながら、だがだが…むむうと口許を尖らせる船長さんであり、
「…一晩中の当番だっていうじゃんか。」
「まあ、そうだが…。」
 不満げにもごもごと口ごもるルフィであることへ、ここに至って"ははぁ〜ん"と、ゾロの側にもピンと来るものがあったらしい。
「…一人で寝られないんなら、ウソップやチョッパーんとこにでも転がりこみゃあ良いだろうが。それか、チョッパーに今夜だけ部屋まで来てもらうとかよ。」
 これまでの人生に怖いものなしで通っている破天荒船長さんだが、実を言うと唯一、真夜中の海を航行中の船の中やらその周辺やらに迷い出るという"舟幽霊"が大嫌いで。煙だ砂だと形の無いものが苦手なのは、戦いの時だけではないらしいという…冗談はさておいて。その余波でか、夜陰の船内の闇溜まりなんぞが、とにもかくにも怖くて堪らないらしい。これまではゾロだけが単独での見張りとなるケースが余りなく、それで気が回らなかったのだが、成程、こうなった場合、たった一人で個室にて夜を過ごすのは、彼にしてみりゃあ怖かろう。今の今まで気がついてやれなかったのは保護者であるこちらも悪いと思いつつ、だが、単に寝つくまでの間のこと。それも今夜だけの話なら、他のクルーたちの寝所へもぐり込めば良いだろうがと、そうと言ってみたゾロだったのだが、
「だってよぉ。ウソップたちの部屋は、今、世紀の大発明の部品が散らばってて狭いからダメだって言われたし、チョッパーは調べものがあるからって、作業室に籠もってるしよぉ。」
 キッチンの真下、主甲板から直接入れる小さなドア。そこは、発明家さんが工房にしたり船医さんが大掛かりな調合実験に使ったりする作業室で、
「…そっか。」
 背中や首をぐんと伸ばして見張り台を囲う縁からちょいと見下ろすと、成程、小さなドアから明かりがこぼれているのが窺える。錨を降ろしているからそうそう揺れることもなし、それで何かしらの思い切った作業を始めた彼なのかもしれない。そんな風に思いつつ"下界"を見やっていた剣豪さんの、すっきりした男臭い横顔をぬくぬくの懐ろから見上げながら、船長さんの舌っ足らずな声は続いて。
「そいでサンジんトコに行こうかとも思ったんだけど…」
 途端に、
「ダメだ。」
 皆まで…ともすれば"サンジ"さえ言い切らぬうちにも、素早い反応にて却下され、
「…むう。」
 言うんじゃないかと思って辞めたルフィだったらしいが、
「なあ。なんでそんなに"サンジはダメ"って警戒してんだ?」
 ウソップやチョッパーは構わないのにシェフ殿はダメというその"区別"が、依然として良くは判っていないらしい船長さんが小首を傾げて見せる。
「あいつが信用ならないって訳でもないんだろ?」
 彼の作る料理は三度三度きちんと食べているゾロであるのだし、腕の立つシェフ殿の食事のお陰様で…昔は腹が膨れれば何でもいいという把握しかなかった"食事"に、旨い・不味いがあるのだというちょいと贅沢な感覚が伴われて来たほどだ。………で、
「あいつは…その、なんだ。」
 はっきり説明してやって、要らぬことへ気づかれても剣呑なのでと、微妙な感覚へ戸惑いながら…すっぱりした言いようが出来ないでいる不器用な男。あいつもまた、その実力を見初めた船長殿に少なからぬ関心や好意を抱
いだいているらしいのだと、そんな感触がありありとすると。もしも言ってしまったならば、そんな自覚がまるきりなかったご本人へ、余計な意識をわざわざ植えつけることとなる。
"こういうのを、寝た子を起こすって言うんだよな。"
 う〜ん、そうだっけか? どう言ったものかと考えあぐねて何刻か、
「酒臭いのは、お前、ヤなんだろうがよ。」
 シェフ殿の部屋には食材と酒類の備蓄が収められているのだからして、ワインやジンの香りも多少はする。それにシェフ殿自身も、剣豪には少々負けるが結構な酒飲みなので、寝酒を引っかけもするだろう。そんな奴んトコでは寝られまいと話を持って行こうとしかかったゾロだったが、
「そのサンジが、これ、持ってけって。」
 ど〜んっと どアップにて。ルフィがゾロの目の前にかざしたのは、補給したてのコニャック(まだ封切り前のバージンボトル)である。ごちゃごちゃ抱えて来たその中に、そんなものまであったらしくて、
「…う"。」
 逸品らしき酒も勿論魅力的だが
おいおい、それよりも。これまたやっぱり本人には自覚がないらしいが…懐ろの中の仔猫さんの必殺技、それはそれは大きく見開かれた瞳が、ともすればどこか挑戦的な上目遣いで見上げて来るのへ、ちょいとたじろいだ剣豪殿だったりする。
"それは卑怯ってもんでないかい?"
 雲が吹き払われて現れた、頭上の冬の星座がくっきりと映り込んだ琥珀の瞳。下らない嘘や誤魔化しを、言った本人へ羞恥心という形で跳ね返す力を秘めた、とびっきりの水晶玉のように潤み輝く極星の如し。
「ゾロ?」
 寒いから。毛布にくるまれたままにて、ぴとりとくっつけた頬は胸板から剥がさぬままに、それでも"じぃっ"と見上げてくる坊ちゃんへ、
「………。」
 ぐうの音も出ぬままなゾロであり。うるせぇよと振り払わぬなら良い機会、
「ゾロはいっつもそうやって、喧嘩したり悪く言ったりしてっけどさ。サンジっていい奴だぞ?」
 お説教を構えてみた船長さんだ。
「サンジの方でも気が短いから喧嘩っ早いけど、こうやって夜食だなんだってとこまで気を回してくれるしさ。」
 食事の支度はコックとしての基本的な職務だとして、こういった"差し入れ"はそこには含まれていない代物。だというのに、呑んべの剣豪さんにはボトルごとの酒を、甘党の食いしん坊船長には…焼きたてはちみつパンケーキを紙袋いっぱいといった具合で、しっかり作って持たせてくれる辺り、ぐうたらだとか几帳面だとかいう気質・気性を越えた、気の良い奴なればこその心くばりだとは思う。差し出した酒のボトルを大きな手に受け取らせ、こちらの胸元へ凭れたまんま、ごそごそと取り出した大きめの紙袋。よじってあった口を開くと、まだ温かいパンケーキにぱふんと食いつくルフィを見下ろし、
「まあな。そうなんだろうさ。」
 大きく口を開いた無邪気な仕草についつい口許がほころぶのを隠しもせず、ゾロは受け取ったボトルを傍らに置くと、懐ろ猫のやわらかな黒髪を長い指にくしゃくしゃとからめる。
「いざって時にはお前を任せられるほどに、頼もしい奴だと思うさ。」
 響きの良い、深みのある声でそこまで言う彼だのに、
「じゃあ…。」
 仲良く出来るよな? そうと訊きかけたルフィへ、
「けどな、今は俺がちゃんと居るんだから。だから、あいつに何かしら任せるつもりはねぇんだよ。」
「???」
 そんなまで信頼してるのに、何でまた…顔を突き合わせると性懲りもなく喧嘩腰になってしまう彼らなのか。恋慕のからんだ男心は複雑で、
「よく判んね。」
「だろうさ。」
 実は俺にもよく判らん、なんて。くつくつと笑いながら、しゃあしゃあと言ってのける剣豪だったりするものだから。
「自分のことだろうがっ。」
 むむうと膨れて唇を尖らせて見せる、自分にとっては何とも愛らしい船長さんを、宥めながらも腕の中へと掻い込んで。
「ほれ。とっとと食って、とっとと寝な。」
 寝ついたら部屋まで運んでやろうと構える、保護者さんの頼もしい腕の中。何だか適当に誤魔化された気のする船長さんは、だがまあ…心底嫌い合ってる彼らでないならと、
"ま・いっか。"
 大好きな匂いのする温かい懐ろにて、ぱくぱく・もぎゅもぎゅ。甘いお菓子に頬を膨らませて、幸せそうに"くふふvv"なんて微笑ってみたりする。大好きな人の懐ろは、それはそれは温かくてぬくぬくで。凍るほどに冴えた冬の星座さえ、氷砂糖みたく蕩けて見える、幸せ満喫中の未来の海賊王さんだったりするのである。







            



 さて、同じ頃のキッチンにては、
「カイロを抱えることになって、あいつ眠くなっちゃわないかしらね。」
「大丈夫でしょうよ。昼間あんだけ寝てるんですし、ルフィが先に寝ちゃうでしょうから、その見張りの必要だって出て来るし。」
 ただでさえ眠っている間というのは体温がどんどん下がるもの。寒い中でそんな状態になったらどうなるかは…お判りだろう。だから、雪の中で遭難した場合"眠ってはいけないっ"というんですね。
「大体、部屋で寝てたって気配には敏感な奴なんですよ?」
 それだのにわざわざ見張り台へ登れと尻を叩いたのは、他ならぬナミだ。彼女曰く、

  『だって、何だか不公平じゃない。
   夜に弱いルフィやチョッパーならともかく、
   あいつには当番を免除される理由がないでしょう?』

 ただでさえ"航路を確保せねばならない見張り"の方は免除されている人なのだし。
(笑) という訳で、彼を夜警につかせるとルフィまで付き合わせることになるという事情は判っていたが、一度くらいは"当番"をこなさせておくのも必要かと。敢えて実行に移させたナミさんであったらしい。
「まあ、何だったら夜中に声を掛けに行っても良いですし。」
 金具の取っ手に嵌め込まれたグラスに満たされたのは、黄金色の宝石のような冬向けの飲みもの。やさしい湯気の立ちのぼる、はちみつ入りホットレモンを、白い指先、優雅につまんでテーブルへと差し出すサンジへ、
「それは野暮ってもんかもよ?」
 ナミがくすくすと微笑って見せる。向かい合うは、線の細い顎先まで伸ばされた淡い金色の長い前髪。その陰から、やはり…くすんと微笑った美丈夫さんと、底冷えのする外の寒気も感じぬ暖かなキッチンにて。柔らかな"時"を紡いでこちらも和む、お二人さんであったりした。




    〜Fine〜  03.2.16.〜2.23.


       *久し振りの"原作船上もの"でございます。
     いやあ、なんか勘が鈍っておりますです。
     昨年末からこっち、パラレルづいてましたからねぇ。
     アニメも原作へ戻って来たということで、
     頑張らなくてはでございますvv

    *こんな代物でも宜しければ、
     DLFといたしますので、どうぞお持ちくださいませです。


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