Sweet Honey-night

                  〜蜜月まで何マイル? 番外編


 頭上に煌く満点の星々。まるで手が届きそうなほどの存在感で散らばっていて、ずっと見上げていると首が痛くなった。真夏のそれの、どこか濃密な肌合いのある雰囲気とは趣きが違って、初冬の冴え渡った夜気はどこまでも透明で、身を伸ばしたそのまま泳ぎ出せそうなほどだ。
"………。"
 我知らず、周囲全ての人の気配へ警戒するばかりでいた頃と違い、春には花を、夏には雨を、秋には風を、目線の先や肌合いに感じることが出来るようになった自分に気づく。
"これもまた余裕ってかね。"
 親指の腹だけでキュキュッとコルクを鳴らして新しいボトルの封を開け、夜陰の中にそよぎ出す芳香に眸を細めた。ここは星々たちに一番近い特製のテラス。メインマスト頂上の見張り台である。グラスもなく、ボトルの口に直接口唇をつけてのラッパ飲み。ごくんとあおった喉越しの辛みと、鼻孔をくすぐるように広がる、質のいい馥郁
ふくいくとした香りとを満喫していたその時だ。
「………ん?」
 ふと、何かしらの気配を感じて。凭れていた縁を振り返ると片膝立ちになって下方を見やる。月光に青く照らし出された甲板には、キャビンや樽などの陰である闇溜まりがあちこちに点在しているが、それらを怖々と覗き込んでいる小さな人影があって、
「…ルフィ?」
 声をかけたというよりも、その人物であることへ驚いてつい声が漏れ出たという感じだったのだが、あまりに静かなものだからその声は易々と相手に届いたらしい。こちらへと顔を向けると、両腕を背後にぶんっと降り、あっと言う間に間近まで到着する。相変わらず便利なものだ。
「どうしたよ、…と。」
 立ち上がりながら問いかけたゾロの声を遮るように、しゃにむに伸ばして来た撓やかな腕できゅうっとしがみついて来て、くすんと鼻を鳴らすから、
"ああ、そうか…。"
 察しはついた。小さく微笑って、宥めるようなやわらかい声を出す。
「ごめんな。眸ぇ覚めたんだ。」
「うん。」
 なのに、ベッドの中にゾロの温みがなく、それでわざわざ探しに来たのだろう。両脇から背中へと腕を回し、軽々と抱え上げて間になっていた見張り台の縁を越えさせ、猛々しいまでに筋肉の隆起した、それは頼もしい胸へと抱き直す。
「よく出て来れたなぁ。怖くなかったのか?」
「…怖かった。」
 小さな小さな声でそう言って、しがみつく手に力が籠もる。形のあるものなら、どんなに大きく残忍な怪物であろうが、非道で悪辣な極悪人であろうが平気で立ち向かえる彼なのだが、形の無い幽霊関係はどうしても我慢出来ないらしく、夜中の見えにくい物陰やら正体のはっきりしない物音やらには同一人物とは思えないほど怯えて見せる。
「そいでも我慢して行ったのに、サンジのとこにも誰もいないしサ。どうしようかって思ったけど、廊下、真っ暗だし…。」
 部屋まで戻るよりまだ外の方が明るいのではなかろうかと、ハシゴを登り、蓋扉を開けて、甲板へ出て来たのだろう。拙い言い回しを並べながら少し震えているような気がする小さな愛しい体を、持って来ていた大判の毛布に取り込んで胸元深くにしっかと抱き締める。その途端、夜の冷たいつるんとした空気の中に、ふわりと香ってきたのは、少し甘い彼の匂い。柔らかな水へレモンとともに落とした、瑞々しい絞りたての蜜を思わせるさらさらと甘い香り。服装こそ薄い寝間着から普段着へと着替えていたが、頭にはいつもの帽子を乗っけていない。その髪の中に鼻先を埋めて、くんくんとなお一層嗅ぎ取ろうとするゾロに、
「…ん、やだって。」
 くすぐったそうに身じろぎをし、それでもやっと微笑って見せるルフィである。


 これまでにも何度も登場いただいた"彼ら"は、当サイトの『蜜月まで何マイル?』というシリーズ専属のお二人で。他の作品の彼らとは、名前も経歴も、外見、志向、趣味、好みなどなど、設定的なものにそれほど違いはないのだが、船長殿に一つだけ、大きな大きな相違点がある。ここまででもう既に触れている事だが、霊的存在全般にだけは腰砕けになってしまうという点で、それがために発覚したというか発展したというか…なポイントが、これまた一つだけ、他の作品の彼らとは一線を画した立場というか設定になっている。それは…既に一線を越えた間柄であり、それを仲間の皆からも公認されているという点だ。一体何処の、何て言う"一線"かと言えば、それすなわち"性的な睦み合い"というところ。同性同士であるにも関わらず抱えてしまった、相手への深い深い想いの丈。それを知られて忌み嫌われたくはないと感じた"甲"と
おいおい、知られたなら苦しめることにならないかと感じた"乙"はこらこら、それぞれにこっそりと人知れず煩悶していて。いよいよ隠し切れないと暴発しかかったところが、そのタイミングまで一致して。ああなんだ、両想いだったんじゃんと、泣き笑いしながら判り合えて以降、弾みがついたように親密度は増すばかり。このサイトで唯一の"裏ページ"の主役を張って下さってもいるほどの甘やかな蜜月ぶりなのである。そこんところを把握していただいた上で、さて、今回のお話は…?


 今日の昼前、久し振りに隠れ島の港に立ち寄った一行で。にぎやかな街並みが広がっている結構大きな港であり、昼間の見物で興奮したか疲れたか、ルフィは風呂で温まるとさっさと眠ってしまった。ならばと酒を目当てに足を向けたコック氏の部屋はこんな時間にどこへ行ったやら誰の姿もなくって。(この辺りの前説は『ハニー・ワイン』参照して下さい。
こらこら)それで、勝手知ったる何とやらで適当にワインを何本か見繕い、この見張り台まで足を延ばして、一人で"星見酒"と洒落込んでいたゾロである。極めつけの酒豪で、何本空けたやら、てんで酔っていない様子の彼は、
「初めてだな、ここまで追っかけて来たの。」
 胸元のルフィへやわらかな声をかける。怖がりなこの恋人は、完全な昼型人間であり、夜中に目が覚めることは稀で、たまあに起き出すことがあってもすぐに再び寝付いてしまう。ごくごくたまぁに目が冴えて起きてたことが数えるほどあるにはあったが、そのどの機会も夜陰が怖くて、今夜のように剣豪殿が不在の場合、戻って来るまで部屋でじっとしていた彼だのに。
「ん、だってさ。」
 頬をくっつけた相手の頼もしい胸板に口許を隠すようにして、
「…町に出掛けてるかもって思っちゃったんだ。」
「? …あ、ああ。」
 聞いたそのままでは"だからどうして"とばかりに意味が計りかねた言いようだったが、胸元へくっつけられたままの、ほのかに温
ぬくくてやわらかな頬の感触と、こちらの顔を見ようとしない彼だということから、少ぉし遅れて胸の中に"察し"がやって来た。いつもなら太洋のど真ん中。どこへも行ってしまいようはないが、今夜は陸につけている船である。珍しい酒も、賭け事や喧嘩といった刺激も、口を利いて媚態を見せてくれる生きた"花々"も、いつものように備蓄されているもので我慢せずとも選り取り見取り。こらこら まさかこの彼にそういう"浮気"を心配した奥さんおいおいではなかったものの、何に惹かれてか、より遠くへ行ける環境なのだというのがどこかしら危機感になって、恐怖心を押さえ込むほどまで行動力に拍車をかけたというところか。くぐもるような声でそんなことを言う彼に、くすんと笑ってこちらからもより密に抱き締める。
「馬鹿だなぁ。どこに行くっていうんだ? んん?」
「だから、…もおぉ。」
 この行動で既に判っているその想いの丈の深さを、自身の口からわざわざ言わせようとするご亭主の目論みにも気づかずに、うまく言葉を見つけられないことへ焦れて、"いやいや"と肩を揺らしながら駄々を捏ねるように身を揉み込んでくるところがまた可愛い。腰を下ろし直した膝の上へ座らせて、立て膝になった足元から肩口までの全身丸ごと、すっぽりと毛布でくるんでやってはいるが、寒くはなかろうかとついつい何度も少しずつ抱き締め直すものだから、
「…ん、なぁ。」
 ふと。胸元からの声のトーンが変わったような気が。
「ん?」
「んと、部屋に帰んないのか?」
 見上げてくる大きな眸が少しばかり潤んでいて、そこへ頭上の星々が映り込んで、まるで万華鏡のよう。それに蓋をするように…自分が映るよう覗き込んで、
「なんで?」
 空惚けて訊くと、何か言いたげに唇を小さく動かしかけ、だが、ぱふっと再び、どこか居たたまれないような仕草で胸板に顔を伏せてくる。
「…意地悪。」
 いつもならどんな些細なことでも察してくれるのに、コトがこっちの…少々艶っぽい畑の話となると、こうして時々惚けて見せたりもするゾロだ。判っているクセに焦らしたり、ルフィの方から言わせてみようとしたり。…それってオヤジのすることでは? ロロノアさん?
おいおい
「………。」
 今夜もまた、何故かしらわざと惚けて見せる恋人さんであり、うう…と焦れかけていたルフィだったが、そんな彼を腕の中に見下ろしていたゾロは、ふと。
「誘ったのはお前なんだからな。」
「…え?」
 意味が判らずに訊き返す声ごと封じて、

  ………………………………………。

「…んく…。」
 深く合わさった唇がわずかばかり離れた刹那に、引きつけるように息をする。まるで泳いでいる時の息継ぎのようで、そんなような…まだまだ物慣れず、幼く拙い仕草が何とも言えず愛らしい。それに見惚れつつも…抱えるためにと脇から背へと回されていた手の一方が、いつの間にやら手前から下肢へすべり降りていて。その手が器用にも片手でズボンのボタンを外している。そのままファスナーを手早く降ろすと、
「…あ、ああっっ。」
 するりと滑り込んで来た、少し硬い感触のする指が…性急に触れたのへ、反射的に腰を引きつつ、撥ねるような声を出す少年へ、
「ほら。大きな声出すと…。」
 静かな声で注意するゾロだ。憎らしいほど冷静で、そのくせ手の方は容赦なく愛撫に蠢いていて、
「だって…ぁ、んん…や…ぁ…。」
 すがるように目の前の胸へと身を擦り寄せて、愉悦に震える身をどう処したらいいのかと、切なそうな声を上げる。いきなりで驚いたが、愛撫されること自体には…厳密に言えば文句はない。確かにゾロが言った通り、持ちかけるような、話を振るような素振りを示したのはルフィの方だ。ただ、
「ね、部屋に、帰ろうよ…、…ぁ…ん…。」
 あまりにも開放的すぎるのが落ち着けない。夜陰という分厚い帳
とばりが降りてはいるが、素通し同然に全く壁に囲まれていない場所だというのは、まるで大衆の面前にでも晒されているかのようで妙に恥ずかしい。いつ、ひょいっと誰かが覗くやもしれないと思うと、周りが気になって…風の音さえ人の気配のようでそわそわびくびくして仕方がない。
「ん、…やぁ…ぁああっ…。」
 息を詰め、何とか乱れるのを堪
こらえようとするのだが、体の方はそんな抑制が却って仇になっているようで、普段以上に感じやすくなっている。いつ、どのタイミングで、誰かの目に触れたり、声を聞き咎められたるするかと思うと、恥ずかしいやら怖いやら。そんな彼の葛藤に、ちゃんと気づいているくせに、
「んん?」
 やはり途惚けて薄く微笑いながら、ごそごそと指を動かし続けている剣豪殿であり、時折、小さな耳朶の縁や目許近くを唇の先でくすぐったり舌先を這わせたりと悪戯したり。しかも…続けて、
「…ひぁっ…。」
 背後から滑り込んで来た手があって、ルフィは思わず腰を浮かせかけた。
「ほら、膝から落っこちるぞ。」
 背中を抱いていてくれた手が、いつの間にやら毛布の中に入って来ていて、ズボンの中、長い指の腹が秘処の肉をゆっくりと擦るものだから、
「や、いや…だ…。」
 前にも後へも逃げようがなく、ただ目の前の胸元へしがみつくしかない。ますます息が上がり、やわらかな頬が上気してくる。指先や爪先が甘く痺れて、そこかしこから熱がほとびて来そうになる。ややあって、
「…あ。」
 やがて、先からとろとろと溢れて来たものが。それが男の指へとからむと、淫靡な行為をそのまま伝えるかのように、くちゅり…と湿りを帯びたかすかな水音がし始めて。きんと冴えた冬の夜気の中により淫らに響くその音へ、少年はますます頬を赤くし、いやいやと首を横に振る。
「もう…もうやめようよ。」
 泣きそうな声で必死で訴えるが、
「何だよ。まだ……ってもないだろに。」
 耳元へ唇をくっつけたまま、平然とした声音で答えたゾロは、この夜陰の中、汗ばんで匂い立つ少年の肌の温みにうっとりと眸を細めた。わざと焦らして追い上げずにいるのだから、これほど興奮しやすい状況であるにもかかわらず普段以上に時間が掛かっている。
「ねぇ、ゾロぉ…。」
 知らず眦
まなじりに溜まっていたものが、雫となってその縁から頬へと滑り落ちる。急くような弾む息が夜陰の中に白く吐き出されて、恥ずかしいのと苦しいのと切ないのと。もうどれが一番辛いか判らない。
「どうしてほしい?」
 低く掠れた男の声に、
「………オネガイ。」
 羞恥に掠れて消え入りそうな細い声が、哀願を唱えてすがりついた。



「う…あ、…んくぅ…。」
 肩から背中へおざなりに掛けられた毛布の中で、脚を大きく開くように左右に割られ、男の腰へと深く押し込まれた少年の秘部が、容赦のない侵入に耐えている。どこもここも堅い筋肉の固まりである男が、逆にどこもここも柔らかな少年の、最も秘する処を無理から引き裂かんばかりに貫こうとしている。それを…下肢を強ばらせながらも、痛さに詰まる呼吸を何とか吐き出しては、必死でその侵食を受け入れようとしているのだ。
「あ…あ、ん…あぁ…。」
 時折、軋むような痺れが腰や背条を撫で上げるように走り抜けては意識が飛びそうにもなるが、きつくきつく眸を瞑り、ただただ耐えている彼で。それにしたって…初めてではないのに、何かがいつもと違うと気がついて、
「ゾ、ロ…。」
「…ん?」
 かすかに撓
たわんで掠れた声で呼びかけると、気づいたらしい相槌を返しながら、熟れたように赤らんだ頬を大きな手のひらで撫でてくれる。
「んん…。」
 薄く眸を開いて。潤んだ瞳が覚束無く揺れながら男の眸を見やる。何か言いたそうな、だが、戸惑いに揺れている眼差し。いつだって愛らしいと思えてやまない彼の、こんな表情を間近にしては、無視なぞ到底出来はせず、
「どした?」
 体の動きはそのままに、やわらかな声で訊いてやると、
「なんか…なんか、おっきい、よ?」
 本人の戸惑いが滲んでか、語尾が萎
しぼんだせいもあって、すぐには意味が判らなかった。だが、
「…そうか?」
 不意に耳までかぁっと血が昇った顔色を夜陰に紛らせて空惚けたゾロだった。いつもと違うシチュエーションに、冷静そうな風情を繕いながら、その実…こちらもかなり興奮している。それを選りに選って当の相手に悟られたようなもので、意味が分からない幼さに救われたというところか。
「気のせいだ。いつもと違うからな。」
「そ…かな。…あ。」
 考え込む隙を与えず、細い体を腕の中に抱きすくめる。小さな肩の上、顎を乗せるようにすることで顔を見せないようにすると、
「あ…っ、はぁ…。」
 小さな喘ぎが、吐息の掠れた響きごと直接耳へと飛び込んで来た。船倉の寝室よりよっぽど明るい場所だからと、自分の顔を隠したくて取った体勢だったが、思いもよらなかった間近でのこの声はいよいよ煽情的であり、
「…ん。」
 自分の荒々しい呼吸もまた、彼へあからさまに届いているのだろうなと苦笑を洩らす。そうこうする内にも、ルフィの側が蜜を滲ませ始めていて。そうなると今度は、強い収縮にどんどんと密に吸い込まれ、そのままきつく締め上げられそうになる。それへの制御を兼ねて、寄り添っていた上体を離し、腰を両手でしっかと支えてやったまま、小さな体を大きく背後へと反り返らせてやる。
「あ、あっ…ああ、…ん。」
 夜の闇の中、中途半端に衣服をはだけられた上体や、夜空を振り仰ぐように大きく弓形
ゆみなりにのけ反った首条、肩から指先までを全て晒された両の腕が白く浮かび上がって。

  ――― ?!!

 まるで…今にも飛び立つ先である夜空へ向けて、宙を叩くように打ち広げられる大きな真白い翼と、はらはらと雪のように花びらのように舞い散る羽根、羽根、羽根…。そんな幻想を見たような気がしたのは、揺さぶられるたびに夜陰の中へと吐き出される、白い息のせいだったのかも。頼るもののないままの細っこい身体が、人形のようにがくがくとゆらゆらと抵抗なく揺れている様は、力ない様子がこちらの嗜虐的なところをややもするとくすぐるが、
「…ゾ…ロ。」
 次々と連なるように眸からこぼれて頬の線に沿ってすべったものがあって。声もなく啜り泣いてまでいるのが、あまりに可憐で少しばかり胸が痛んだ。調子に乗って、少々いじめが過ぎたようだ。
「ルフィ。」
 早く楽にさせてやらねばと、再び腕の中に掻い込むように取り込んで、到達することに専念する。夜気の中に二人の白い息が溶け合って、やがて短い悲鳴が細く上がると、掠れたそのまま倒れるように捩れて、星空の散らばる夜の帳の中へと吸い込まれていった。



        ***


 人はどうして愛しい相手と身を重ねたいと思ってしまうのだろうか。快楽を得たいから…というのではなく、だが、かなりがところ切実な部分で、本能のままに、獣のようにまでなって、相手の素肌の温みを貪り、相手との深い一体化を求めてしまうのは何故だろうか。その気性や資質を憎からずと認めたお気に入り。いつしか…離れ難いとまで惹かれていた大切な対象。指先さえ触れ合わぬままでも、気持ちさえ通じ合っていれば、何だかほこほこと温かくなってくるのに。ただ一緒に居るだけで判り合える、思うことを見つめる先を読み取ってくれる。そんな奇跡のような以心伝心のくすぐったさに満たされて、そうまで恵まれているならもうもう充分ではないかと、理屈では判っているのに。形のない言葉のやり取りだけでは不安だから? 相手を独占・征服したいから? 相手を隅々まで知りたくて、相手にすべてを知っておいてほしくて? そうではなくて。きっと相手へより近づきたいからだ。相手に寄り添って寄り添って、その深みに、奥底に、どこまでも近づきたいからだ。いっそ一つの単体になれるほどまでに。激情の灼熱でなくとも、慈しみと敬愛の温みだけで心はゆるゆると溶け合って。肌と肌との境目さえ分からなくなるくらい、心に直に触れられるのではなかろうかと感じるほど、相手の真芯の間近まで触れ合って。求められることへの悦びと、与えられる愛熱への喜悦とを実感して。大きなカラダに包まれて。小さなカラダを抱き締めて。見えない不安を振り払うように、目の前にいる愛しい対象をしゃにむに確かめ合う。あなたがいること。自分がいること。自分の身の裡
うちも心の中も、あなたのことで一杯なこと。掻き毟むしってでも覗きたいあなたの心を、けれど、何よりも大切にそっと扱いたくて。風にさえ当てずに守りたいあなただのに、自分だけを見ていてと力づくで振り向かせたくて。信じているのに、確かめずにはいられない不安は尽きなくて、それがために狂おしいほど"もっともっと"と止めどなく相手を求めてしまうのだろう。


「…ん。」
 到達した後、眠り込まないというのも初めてのこと。すっかり疲れているに違いないのに、気持ちの興奮がまだ解けないでいるのだろう。意識はあるが身動きは取れないらしく、急くような呼吸のままぼんやりとしていた彼の、汗を拭ってやって、服を直してやり、再び毛布でしっかりとくるみ込んでやった上で、大切そうに抱き締め直す。
「ごめんな。調子に乗り過ぎた。…辛かったか?」
 興奮は冷めやったものの、かすかに掠れて余韻の滲む、静かに響く声がいたわると、
「ん〜ん。」
 こちらの肩の上へちょこんと載せた顔を横に振り、額や頬をくっつけるようにしてこしこしと擦りつけてくる。一人で闇の中をくぐり抜けて探しに出て来たことに始まって、今夜は沢山の"初めて"を経験してしまった彼で。
「ゾロだから。」
「ん?」
 訊き返すと、喉の奥で小さな咳をしてから、
「大好きだから、別に良いんだ。」
 小さな、かすれた声で呟く。大好きなゾロだから何をされても良いと、勿論、全幅の信頼もあってのことだろうが、臆面もなく言い切るものだから、
「………ルフィ。」
 ああもう、何を言っても何をしても敵わないよなと、小さな体をただただ抱き締める。こちらが庇護者でいるつもりなのに。まるで…思わぬことで大人にほめられた子供のように、楽々と舞い上がりそうな嬉しい殺し文句をぺろっと言う奴で。この小さな身体には有り余ってこぼれそうな"いろいろ"を抱えて、会う人会うもの全てへ真っ向から向き合う、それは天真爛漫な未来の"海賊王"。こんな彼のためなら、こちらからこそ、何があっても何を毟
むしり取られても文句なんてないと心から思った、こちらは未来の"大剣豪"だ。
「………。」
 頼もしく温かな腕にしっかと掻き抱かれて、うっとりと伏し目がちになり、されるままに寄り添っているばかりなルフィだったが、ふと、
「あのな、たまにだったら良いからな?」
 ぽつりと呟くから。
「え?」
 訊き返すと…目許を真っ赤に染めて繰り返す。
「ホントのホントに"たま〜に"だったら、構わないからな?」

 ………………………………………もしもし?

"…おいおい。"
 ちょこっとの間、思考と共に動きも止まった剣豪だったが、何〜んとなく合点がいったような。もしかして…屋外での〜〜〜に味をしめたんでしょうか、奥さん。
"それか、俺がこういうのが実はたいそう好みだと誤解してるか、だな。"
 う、う〜ん。だとしたら、そんな、くつくつと笑ってる場合じゃないのでは?
「ホントにホントに"たまに"だぞ? 今日みたいに、誰もいないって判ってて、そいで、夜中遅くで、そいで…。」
 大真面目な顔のその頬を真っ赤にして、その条件を一つずつ数えるようにして念を押す彼に、声を隠して小さく笑いつつ、
「判った。物凄く物凄〜く"たまに"だな?」
 ゾロがわざわざの言葉を重ねると、
「うん。」
 顎を引くようにして"こっくり"と頷く愛しい恋人さんで。相変わらずのアツアツ、お御馳走様でした。


「さ。風邪ひかないように部屋へ帰ろうか。」
「うん。」
 毛布でくるんだ小さな身体をひょいっと背負ったゾロは、しっかり掴まってろよと言い置いて、軽々と、だが、慎重にマストから甲板へと降りてゆく。大きな背中にうっとりと頬をつけ、軽快に索具を軋ませながらロープを降りてゆくリズミカルな振動に揺られて眠気が増したルフィは、無事に到着したそのまま腕の方へと抱え直された夢うつつの中で、
「あのさ、サンジ、どこ行ったんだろな?」
 そんなことを訊いたのだが、
「さぁな。町に料理の研究に行ってんのかもな。内緒にしといてやろうな。」
 ゾロとしては…思い当たる節があるらしいのにそんな風に惚けて答えた。これもまた"武士の情け"というやつだ。そうと持ちかけられたルフィは、
「? うん、良いけど…?」
 何故なのかというところまでは判っていないらしい。きょとんと小首を傾げ、そのまま瞼を伏せて…静かに眠りの中へと沈んでゆく。ゆっくりゆっくり沈みゆく様を、息を詰めるようにした見守っていた剣豪殿は、
「………おやすみ。」
 あどけない寝顔の瞼にそっと口づけて、再び頭上の夜空を仰いで見た。天に無数の星々あれど、この手中の宝珠に勝る輝きはないとでも言いたげな顔で………。


  〜Fine〜   01.11.16.〜01.12.18.


 *…年末年始に一体どういう企画を繰り出すんだ、こやつ。
  という訳で、少しずつ成長?進歩しているお二人さんらしいです。(おいおい)


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