蜜月まで何マイル?
     "お留守番は楽し?"
 


 ざざ、ざざんと、間断なく繰り返すは潮騒の音。見上げれば前髪を透かして虹色に弾ける陽光。頬をくすぐって そよと吹き過ぎてゆく悪戯な潮風。打ち寄せ来ては"すすす…"と引いてく悪戯な細波が、船体をゆったりともったりと揉み込んで。そんな天然の揺籠に ゆらゆらふわふわ揺られつつ、それは大きくお口を開けて。両手を伸ばして"くぁ〜〜〜っ"と、背伸びしがてらの大欠伸を天へと放って見せたのは、

  「うあ〜〜〜っ、暇だよ〜〜〜いっ。」

 ………だ・か・ら。名乗らんかい、船長さん。
(笑) 気候も良くて天気も上々。間近には他に人の気配もなくて、何事も起こらない穏やかな時間というやつが、無言のままに通りすぎてゆくばかり。日頃の海上では、ほとんど変化を見せない海また海という風景を、1日中のずっと、飽きもせぬままの御機嫌さんで眺めている船長さんだのに。不思議なもので…どこぞの岸へと停船なんかしてたりすると、途端に"退屈だ〜"と騒ぎ出す困ったお方。景色が変わらないままなのは、似たようなもんだのにねぇ。

  ――― ええ、はい。

 只今、彼らの愛船・ゴーイングメリー号は、とある島の奥まった入り江の一角にこそりと係留中。そして、今回の寄港(寄島?)で、船に居残ってのお留守番を命じらたのが、船長さんと副船長さん。普段だったならどんな制止の声であれ、あっさりと振り切って"上陸"だと飛び出してくはずの船長さんが居残りとは 実にお珍しいこと。お天気もいい、風も気温も心地いい、それはもうもう"お出掛け日和"だってのに、一体どうされたのでしょうか?

  "あんたもそんな言い方して煽
あおんじゃねぇよ。"

 あやや、お目付役さんに睨まれてしまいました。
(苦笑)





            *



 頭上のマストの見張り台の、そのまた遥か彼方に頂きとしての突端を突き出して。ゆるいカーブをこっち側へと迫り出させた断崖絶壁。古い松の樹皮のようにごつごつとした岩肌が、大きな劇場の緞帳のような襞
ひだを延々と作って、細い細い入り江への侵入口を巧妙に隠している。
「…っていうか。こんな細い切れ目の奥深くまで入り込んで、船を着けようなんて思う酔狂な奴は、まずいないだろうよな。」
 そんな酔狂なことをやっている自分たちだということが分かっていての苦笑混じり、狙撃手さんが見張り台でぽつりと呟けば、
「ウソーップっ!」
 まるでそれが聞こえていたかのようなタイミングで、キッチン前のデッキからの、よく通る声が飛んで来た。
「な、ななな、なんだ〜〜?」
「何だじゃないわよ。ちゃんと監視しててちょうだいよ? 船が通りさえすりゃあ良いってもんじゃないんだからね。誰かに上から見とがめられても困るの。」
 何せ彼らはこの小さな所帯で立派に"海賊"で、しかも自分から名乗ってるだけという小者なんぞではない。世界政府直轄の海軍から高額の賞金が懸けられた、所謂"お尋ね者"な海賊団であり、それがために…辿り着いた島に立派な港湾施設があったとしても、堂々と港に着岸出来ないというケースも結構ある。商業が発達している豊かな島や、交通網としての基点にある大きな島などは、沢山の船が出入りし、人や物品、情報の流通が多いのに比例して、海軍の駐在署や基地もしっかり設置されており。自分たちの気配を察知されたら、あっと言う間に取り囲まれて、補給だの休息だの取っている場合ではなくなってしまう。そしてまた、そんな港じゃあ仕方がないかと素通り出来ないのが、ここグランドラインの厄介なところで。この海域を構成する主な島々は全て、途轍もない磁気を帯びた土壌にて成っているが故、さぞかし肩凝りには効くのだろうね。…じゃなくって。
(笑) ごくごく普通の羅針盤が使えない。島と島が引き合う磁力の方向を記憶出来るという、特殊な指針"ログポース"を使ってしか航行は不可能と来て、その引き合うログを溜めるのに、島へと滞在せねばならない。その時間も島によってまちまちで、何時間だか何日だか、次の島が遠いとか磁力が弱いとかいう悪条件が重なれば1年もかかる島もなくはない。そういう島に当たったら…これがすごろくだったらそこで脱落、ドロップアウトだが、そこは人間もなかなかに強かで。どんな場所にいようと関係なく、他の磁力線にも影響されず、とある1つの島の方向だけを指し続ける"エターナル・ポース"というのもあって。それを持っているのなら、ログが溜まるまで待つという必要はなくなるが、グランドラインをぐるりと一周したい航海中の彼らには、あんまり取りたくはない"抜け道"だろう。
「こんな細いとこを進めるなんて、ウチの航海士はさすがだよな。」
 船の幅ぎりぎりという、それは正に天然の回廊。いつもの羊の上にいると前が見えなくて邪魔だからと、船長さんもキッチン前のデッキにいて。左右から迫りくるような威圧感いっぱいの断崖の絶景と、そこを擦り抜けるスリルとを十分堪能している模様。
「でも、ここが一番ベストな場所なんだもの。」
 到着したこの島は、さほど大きな規模ではないが、それでも港はなかなか栄えていて。そしてそして、しっかりと…海軍の出張所が港を監視している。基本的には自治区である筈なのだが、新興の地であるがため、あまり歴史がないだけに、海賊に対抗出来るだけの強力な防衛力を維持出来るだけの基盤もないらしく。それで、島の政府筋からの依頼によって、周辺海域と港の監視・監督が海軍に委ねられているのらしい。

  『裏手の砂浜は観光地として拓
ひらけてて、
   バカンスにって遊びに来た客たちに開放されてる。
   あとの周囲
ぐるりは、
   港の入江以外、殆どが こういう高くて険しい断崖ばかりだってさ。』

 それらの情報は、島の近辺を飛び交うカモメたちや波間から顔を出したイルカなどにチョッパーが声を掛けて聞いたもの。そういう自然の要衝に守られているが故に監視の目も薄い死角を衝いての、このような接近を図った彼らなのだけれど。
「でもさ、この奥はホントに小さな入り江で、しかも周りはぐるりとやっぱり断崖なんだぞ?」
 そんな行き止まりに船を着けても、結局、上陸さえ侭ならないんじゃないかと。ナミの隣り、手摺りに足を投げ出すようにしてちょこんと座ったチョッパーが心配そうな顔をする。ただログが溜まるのを息をひそめて待っているだけで良いのならともかく、今回は食料を始め、色々と補給しなくちゃならない状態の彼らであり、

  「大丈夫。全ては計算通りよ。」

 オレンジ色の髪を潮風に揺らした航海士嬢は、自信満面、それはそれはにこやかに笑って見せた。というのが………。




            *



『え〜〜〜? 俺、留守番か?』
『そ。言ったでしょ? あんたの"ゴムゴム"で船から陸への"上がって降りて"を手伝ってもらわなきゃ、あたしたちは島への上陸も出来ないし、戻って来ても船まで降りられないの。』
『そっか。ルフィがいつも居てくれなきゃ困るんだ。』
 ただでさえ…これもまた一種の立派な"方向音痴"というか、好奇心優先の"指針"持ちだというか。人が沢山住んでる都会的で栄えた港でも、あふれる緑に自然の宝庫という人跡未踏の地であっても、きっちりと目的地に到着し、折り返して船まで穏便に戻って来れた試しがない船長さんであり。戻って来れたら来れたで、もれなく何かしらの大騒ぎという"おまけ"つきという景気のよさで。
『良くない良くない。』
 そんな…皆さん揃って裏手で突っ込まなくても。
(笑)

  「う〜〜〜っ。」

 そんな訳で、ややこしい場所に船を係留したがための"上陸・乗船用手段"として頼り
アテにされた船長さんであるがゆえ、船から離れちゃダメよと、きつくきつく言い置かれてしまった。

  『言い付けが守れなかったなら、1週間ほどおやつ抜きにするからね』
  『え〜〜〜っ!』

 そうまで言わても、それでも…うっかり忘れて船から離れてしまい、結果として大騒動を引き起こした過去もまた数知れずな彼なのだが、

  『今回はゾロも置いてくから。何でもやって、遊んでもらうといいわよvv
  『…おい。』

 これも普段なら"ボディガード 兼 荷物持ち"というような扱いにて顎で使われる剣豪さんなのだが、治安の良い町ゆえにボディガードの必要はない。それどころか、こちらさんもまた結構目立つ風体をしているその上に、立派な賞金首なため、連れ回すのは却って危険だろうという判断の下、平和安泰な土地なればこそ…これまでさんざんその腕力を頼り
アテにされて来た二人を、丸ごと"お留守番担当"へと回したナミさんの英断、恐るべし。

  「う〜〜〜。」

 くどいようだが、それはそれは恵まれたお日和で。しかも、ルフィにとっての"すぐそこ"にあたる岸の上には、清々しい緑とそこから降りそそぐ木洩れ陽も覗けている、何とも気持ち良さそうな情景。こんなにアウトドア向きの条件揃いまくりだってのに、お船から動いてはいけませんよ、勝手にお出掛けしてはダメですよ、だなんて。元気元気な仔犬
パピーちゃんには到底耐えられない"おあずけ"だ。
"誰がパピーちゃんだ。"
 違うんなら我慢なさい。
"…うう。"
 筆者にまで窘められて、唇を"への字"にひん曲げ、それと平行になるように眉も"への字"に下げているという、何とも情けないお顔。不満が一杯だよいと、うんうん唸っている彼だけれども。
「なあなあ、何かして遊ぼうよう。」
「何かって何すんだよ。」
 一緒にお留守番の副長さんの、胡座をかいてるお膝によじ登ってのおねだりなもんだから、これがなかなか…見ている分にはほのぼのとした構図。(…そうかな?/笑)いつもの上甲板の、やはりいつもの定位置である柵の手前。三本の愛刀を腰から外して脇に立て掛け、長い脚にて板張りの上へ胡座をかいて座り込み。柵に持たれて"いつでも午睡へ突入出来るぞ"態勢にあった剣豪さんのそのお膝へ、向かい合うように乗り上がっての"ねえねえ、なあなあ"というおねだりの構図。体躯が一回りほども違う二人なので、小さな船長さんくらい余裕で乗っけてられる屈強な剣豪さんとしては、こんなじゃれつきなぞ負担でも何でもない。

 そこで、久々にアテレコしてみましょう。

  パターンA
   「ねえねえ、お父さん。遊園地に行こうよう。」
   「お父さんはサービス残業で疲れているんだよ。勘弁な。」

  パターンB
   「ねえねえ、ダーリンvv 新しいバッグがほしいのvv
   「もうバーキンが5つもあるだろう。
    君はそんなにも荷物を持ち歩くのかい? これからは宅配に任せなさい。」

  パターンC
   「ねえねえ、せっかく二人っきりなんだから、××××しようよう。」
   「……………此処で今からか?」


 おっとと、強制終了。最後のは"お遊びに"とわざわざ準備しなくても…あり得る会話だったかも?
(苦笑) 話を当のご本人たちへと戻してみますれば。

  「なあなあ、退屈。何かしようよう。」

 あんま、代わり映えはしないです。
(笑) ただ、
"腹が減っただの、何か食いたいだの、そっちに縒
れなくなったのは、喜ばしいことかもな。"
 そんなささやかなことが何となく胸に嬉しかったりする、見かけの野趣あふれる豪快さに比して…何とも健気なことを思ってたりする剣豪さんであり。ははあ、これまでは食欲の二の次にされ続けて来ましたものねぇ。いくら食べ盛りなお子様が相手だとはいえ、

  ――― 眸と眸が交わす熱い視線が、身体の奥までぐずぐずと蕩かして…。

 すっかり"その気モード"だったものを、焼きたての骨つき肉の方がいいとばかりに蹴散らされては、無二唯一の恋人としての立つ瀬がない。戦う男である彼らなりの言い方で表現するなら、真剣本気の真っ向勝負の最中に、いきなり"もっと強えぇ奴が現れたから"と相手を乗り換えられるよりも屈辱かも。

  "そこまで言うかい。"

 あはは、どうかお気になさらずに。
(笑) それにしてもよっぽど元気が有り余っているのか、
「なあなあ、昼寝は後にしてサ。今は何かして遊ぼうよう。」
 こちらの首っ玉に腕を伸ばして来てからめつつ、視線だけでさえも逃
のがれられないようにという、いかにも子供っぽい真摯さにて、すぐ真下からじっと凝視してくる大きな瞳。こちらさんだとて結構真剣。何しろ、お子様であればあるほどに"寂しい想い"と表裏一体の"退屈"である。構って構ってという欲求の、極めてやわらかい発露であり、とはいえ、微弱にやわらかいからといってなおざりに扱うと、それが残した棘がいつ何時どんな形で再生されるやも分からない。

  『…そうなんだ。ゾロってそういう奴なんだ。』
  『何だよ。いきなり、何を言い出すんだよ。』
  『だってあの時だってさ、凄げぇつれなくてさ。』
  『おい、そんな昔の話…。』
  『やっぱ、俺のことなんかどうだって良いんだ。そうなんだっ。』

 ルフィがそうかどうかは知りませんが、日頃おおらかで瑣末なことにはこだわらないO型も、実は結構こういうタイプです。大きな諍いや反目でも、それなりのスジを通した仲直りさえすればすっぱり忘れる立派な"侠気
おとこぎ"をしているくせして、些細な事ほど案外といつまでもしつこく覚えてたりするので、どうかご用心のほどを。おいおい
「う〜〜〜。」
 相手の反応が鈍いものだからと、拗ねたようにこちらの厚みのある胸板へ時折凭れかかって来るその度に、すりすり・ふにふにと薄いシャツ越しに擦りつけられて来るのは、やわらかな頬のふかふかな感触で。ほかほかする陽気のせいで、ともすれば半分くらいはルフィの方こそ眠いのかも。そんなむずがりも込めてか、むにむにと頬を擦りつけてくる稚
いとけない仕草があまりに愛らしいものだから、
「ほら、愚図るな。」
 まとまりの悪い、されどつややかな黒い髪を、大きな手で掻き回すようにして梳いてやる。甘いもの好きな彼であるせいか、間近になった温みからは…清流に新鮮さらさらの蜂蜜をぽつりと落としたような、爽やかに甘い香りがしていて。これって子供の匂いだよな、まったくよと、ついの苦笑を剣豪さんの男臭い口許に招いたりもするのだが、

  "………。"

 柔らかいとか甘いとか愛らしいとか、思えば苦手な筈のそれらの要素。なのにも関わらず…この彼の持ち物に限っては、愛惜しくて堪らない自分だったりするから現金なもの。思えば、自分も彼もあまり"子供らしい子供"ではなかったかも知れず。されど、

  "妙なもんだよな。"

 一端
いっぱしの大人になったつもりで出て来た"世界"だった筈なのに。表面には出さぬようにと堪こらえられても、腹の底では直情的にムッとしたりすることの何とも多いことだろうか。下衆な輩のあまりに非道だったり理不尽だったりすることの、何とも多かりし荒んだ世情であったりし。そういったことへも、一線引いて冷静に構えた上で対処出来なければ"練れた大人"とは言えないと解っているから。あれやこれやと胸糞が悪くなるような事態に遭遇しても、いちいち熱くならないように、関わりはないと冷めた態度で過ごせるように、感情というもの制御して来たつもりだったのにな。

  「…ぞろぉ。」

 欠伸混じりのとろんとしたお声になって来たのを幸いに、自分の大きな手のひらに収まるほどの、それは小さな頭をわしわしと撫でてやり、胸中にて眠れ眠れと呪文をかける。頑迷なほどに一本気な子供。練れた大人になるより前に、言いたいことは言うし、やりたいことはやるんだからなと。生意気さが気に障るんなら、黙らせたいならかかって来いやと、なり損ないの大人を相手に それは太々しくもにんまり笑える"大器な"子供。そう。子供のまんまで良いんだよと。誰にも恥じない我を通すためになら、なりふり構わず泥だらけになってもいいから。邪魔する相手をガツンと叩きのめせるだけの、強さを抱いた"子供みたいな"男でいる方が、練れた振りしてカッコつけるよかよっぽどカッコいいと。遠回りしかかった揚げ句に危うく命さえ落としかけてた自分に、そんな簡単な、だが大切なことを態度でもって示してくれたのが、この、

  「うにゅい………。」

 睡魔さんにしっかりと捕まってしまい、とろとろと瞼が降りかかっているお顔もそれはそれは幼いままに、何とも可愛らしい吶言を洩らしている破天荒船長さんであり、

  "…やっぱ悪魔の息子に取っ捕まったのかねぇ、俺は。"

 こんな小僧によくもまあと。なんと滑稽な…とも解釈されそうな成り行きとやらへ、精悍な頬へと口の端っこをちょいと吊り上げて。いかにも苦々しく、だが、殊更に愉快そうな笑みを浮かべて。後世には"剣の鬼神"とさえ謳われる剣豪さんが、緑の髪の色を降りそそぐ陽光に温めながら、くすくすと擽ったそうに微笑って見せた、春島での一時でございます。






  〜Fine〜  04.4.22.


  *おネムの船長さんが続いております"蜜月まで"です。
   ある意味で、これも"ぐりぐりシリーズ"かも知れません。
   (とゆことで、DLFにしますので、どぞ、持ってって下さいませですvv
   書いてる人間が"眠い春"なもんだから、どうもすいませんです。
   そういや、アニメを最近観てないような…。
   こんなほやほやした話ばかりになるのは、
   テンションが上がってないからかも知れません。
   ………え? そんなことはない?
   このサイトのお話は、以前からこんなもんだった? あらん。///////
(苦笑)

ご感想は こちらへvv**

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