Physical halation  “蜜月まで何マイル?”より
 

  一切の無駄を廃して手際の良い、流れるような所作・仕草というものを見たり接したりすると、その奥底にどこか舞踏のような優美さを秘めているように感じることがある。絶妙なまでに一分の隙もない機能的なところに、秀でた"洗練"を感じるからで、それを概して"機能美"という。


"それ"をどう表現すれば良いのだろうか。長い歳月に渡り、きついが単調な肉体労働を積み重ねることで自然とそうなってしまったクチの、一般の水夫たちのそれのような頑健な屈強さとは一線を画した、鑑賞に充分堪え得る見事な肉体。自分の意志で築いたものであればこその柔軟さと奔放さを秘めてはいるが、無論のこと、見栄えは彼にとっては二の次で、実用が先。効率とか使い勝手だとかに練られることで、彼にとっての最も鋭敏な形で力強さが引き出された強かな身体。だから。そこに何かしらを感じたとすれば、穿った言い方をするならそれもまた"機能美"というやつなのだろう。綿々と積まれたとんでもない鍛練とか数多
あまたの修羅場をくぐり抜けたことで叩き上げられた肉体。見てくれに走って脂ぎった"肉の塊り"ではなく、躍動感に満ちた撓やかな肢体は、内に秘められた雄々しいまでの生気と鋭い気魄とを、持ち主の希望通りの形に素早く無駄なく発動させられるよう、それは重厚に、それは美しく機能する。


            ◇


 部外者との関わりを持った場において、口数少なく、うっそりとした態度でさりげなく後陣に控えているのが常なのは、船長があまりにも不用心なものだから、彼の代わりに用心をし、現状を把握するべく無言のままに距離を置いて辺りの気配を手探るようになったから。本来は豪放磊落、瑣事にあまりこだわらない性分であったものが、居場所や仲間、殊に掛け替えのない相棒たらん存在を得たことで、様々な方向、意味合いから、随分と練れて来たし懐ろも深くなったようではある。とはいえ、世間一般が言うところの"優しさ"には…照れが出るのか不器用だからか、相変わらずに縁遠く。また、悶着も起こらぬ日頃は怠惰に午睡を貪るばかり。横着者でどこか野暮ったい、ぼさっとした印象もないではない。………だが。この頃では滅多にないことながら、一度
ひとたび腹の底からの怒りに箍たがが外れたならば、鬼神もかくやというほどの仮借のない攻勢に身を投じることだって出来る。


 強い意志の光を宿す眸に、精悍で鋭い風貌の、見るからに剛の者。上背のある体躯はがっちりとしていて、幅のある肩や分厚い胸板には、よくよく鞣
なめした革を思わせるほど強かさに張り詰めた浅黒い肌の下、隆々と逞しく発達している肉置きが何とも頼もしい彼ではあるが。見る者が見れば若さゆえの柔軟性が仄見えて、まだどこかに若さゆえの物足りなさがある。完成されたものとは到底言い難い、粗削りで粗野・粗暴な、がむしゃらさ。わずかばかり足りない未完の部分を、勢いに任せて補っているとでもいうのだろうか。よってその"カラダ"と"ココロ"のバランスのベクトルは、時に、危うい均衡の上にあったりする。よく言えば、まだ過渡期にある彼で、成長ぶりへの延長線をどこまでも引けるのだ…というところだろうか。そして、その乱暴なバランスもまた、危うさ故に不完全であるが故に、何故かしら関心を惹きつけるものであるらしく、そうと察知した者を魅了してやまないのだ。


 そのように粗削りで野趣溢れる、所謂"無法無頼"の荒くたい男でありながら、その態度の中、同時に凛然とした気高い何かを感じさせもするから不思議である。一旦腰を上げれば、その立ち居振る舞いは意外なほど歯切れのいいきびきびとした代物で、単なる"行動力"と片付けるには切れと冴えが尋常ではない時も多い。剣士という人種であるがゆえの無駄のない挙動が齎すものもあろうが、それのみならず、一端
いっぱしの無頼の者のように見せつつも、どこかで青く潔癖な部分を捨て切れずにいる。それもまた若さゆえのことなのか、それとも偉大なる覇王を目指す無垢な魂と出会ったことで、そういう部分を"甘さ"だと見切らなくても良いのだと察し、捨てないなればこそとその代わり、なお凄絶なる厳しさを自らに強いているせいでもあろうか。


 さてもともあれ。人ならぬ"鬼"になりかけた男が、破天荒船長殿の拙なさ・幼さに舌打ちし、人としてのやりようを代替わりしてやっているのだと誰でもない自身に言い訳し。不器用ながむしゃらさは、なりふり構わぬ獣じみた悪あがき。みっともなく泥にまみれて足掻きながらも、だが、実はそれこそが一番"人"らしいのだと気がついて…。それを教えてくれた小さな温みは、彼の腕の中、やっぱり無邪気に笑っているばかり。


          ◇


 カカッと。音がしたかのような濃厚で強い光が視野一面を真っ白に叩く。その光を追って、まるで辺りに満ちた空気それ自体が放電による大鉈
ナタに断ち割られたかのような衝撃が走る。弾けてはち切れた大気は静電気を帯びているのか、それが産毛を逆立てるような感触が、肌の上、びりぴりと走ってゆくようでくすぐったい。
「うひゃあ〜〜〜っ。」
 どこかはしゃいだようにも聞こえる嬌声を上げて軒先に飛び込んだ少年。その小さな肢体の形そのままな影を、稲光がくっきりと壁に刻み、間髪を置かずに"ぱりぱりぱり…"という間近い雷鳴の乾いた炸裂音が鳴り響く。雷の音や光も派手派手しいが、篠突く雨が擦り切れた石畳を蹴立てる音もなかなか壮絶で、
「ルフィっ、こら、そっちじゃねぇっ!」
「ああっ? なんだっ?」
 その只中ではついつい声を張り上げなくては会話もままならないほどだ。突然の豪雨に見舞われた彼らが飛び込んだのは、繁華街から少しばかり外れた場末の、いかにも"廃屋"という雰囲気漂う古びた屋敷である。つんと湿った土の匂いや雷雨に独特な鉄のような匂いが充満した、じっとり分厚い温気の中、
「港ってこんな遠かったか?」
「方向は間違ってねぇ筈だがな。」
 沖に浮かんでた一番でっかい入道雲に向かって駆けて来たからなと、もっともらしいことを言う剣豪だったが、ここに航海士嬢がいたなら、
『だから。動いてるものを目印にすんじゃないってば』
とばかりに、例の拳骨で間違いなく殴りつけているところである。毎度お馴染み、補給のための寄港中の彼らだ。前話ではお買い物班にそれぞれ割り振られていた彼らだったが、今回はさして大きな買い物もないしと、荷物持ちは免除されている。となるとすることもないので、見物にと町へ繰り出したは良かったが、じゃあそろそろ愛船へ戻ろうかいと帰途についた途端のこの土砂降り。
「陽が暮れるまでには上がるかなぁ。」
 びしょ濡れになった麦ワラ帽子を手にし、水滴が垂れるほどぐっしょりと濡れた額髪を透かして、軒下から前庭を隔てた先の街路を見やる少年へ、
「さてな。結構強い雨脚だ。にわか雨って感じじゃねぇが。」
 保護者の青年が"専門家じゃねぇから"と言いたげな、どこか投げやりな声を返した。今回はログが溜まるのに2日かかるため、この港で一晩過ごすことになっていて、他の仲間たちも今頃は町の宿に向かっている筈だ。とはいえ、この戦闘班の二人はそちらへは合流しない。歴史学者らしき新参の彼女と違い、バリバリに現在只今売り出し中という高額な懸賞金を広める手配書が、そういうところには必ず回っているだろうからで、愛船には腕自慢のコックさんが美味しい夕食&お夜食&明日の朝食を、山ほど作り置きしておいてくれている筈だったりする。………でも、ねぇ。まだ船長さんだけしか手配されてなかった頃も、こういう時、ちゃっかり別行動取ってましたよね、あんたたちってば。誰もいない船の方が、遠慮なく睦み合えるからって………vv
"///// うるせぇよっ。"
 あっはっはっ♪ すまん、すまんvv 馬に蹴られてしまうわね。
(笑) それはそれとして…迷子になるのが得意技のこの二人が、彼らだけでの自由行動を許されるようになったのには、新しい仲間である船医殿の"鼻"も関与している。出港予定時刻になっても戻って来ない場合、彼の敏感な嗅覚によって簡単に居場所を突き止めてもらえるからで。…とはいうものの、
『自分で何とかしようって思わないのか? まったく。』
 日頃は誠実にして温厚な彼だのに、暗に"いい迷惑だ"と言いたげになったチョッパーの気持ちも判らんではない。ただの迷子なら呆れ返るだけで済む。彼らの場合、何らかの悶着に巻き込まれているか引き起こしているか、どちらにしても、大層な追っ手がついていたり大喧嘩の真っ最中だったりすることがあまりに頻繁で。よって、ただのお迎えで済んだ試しがないのだからして…大変だねぇ、そりゃあ。まま、それはともかく、だ。
おいおい 今回の話へカメラを戻しましょう、はい。
「あっちこっち、鍵かかってんな、この家。」
「ああ。一応は持ち主がいるんだろうな。」
 とはいえ、外に向いている側にもかかわらずガラスのない窓もあり、きっちりと管理されているとは到底思えない。中は中で、広間の真ん中、車座になって座り込み、何事かの会合を開いてでもいた跡のようなものが見受けられるから、良からぬ輩が潜り込んで溜まり場にしているのは明らかだ。外の天気が天気だから室内はやや薄暗いが、部屋数も多いし、天井の高い結構な屋敷で、窓から入った二人は適当にあちこち見回ったが、どうやら値打ちのない家具調度がささやかながら残されているだけの、空っぽな屋敷であるらしい。燃え残りの木切れがわずかに残ったマントルピースのある、広いリビングに腰を落ち着けることにして、
「…っ☆」
 唐突にシャツをかなぐるように脱いだ剣豪だったため、ルフィがぎょっとする。
「どしたんだ? ゾロ。」
「どしたじゃねぇよ。お前も脱いどけ。そのまま着てると風邪ひくぞ。」
 言ったそのまま、遠慮なくシャツを力任せに絞り上げ、絨毯の上へぼとぼと滴を落としてからぱんっと広げて適当な場所を探すと、
「ここでいっか。」
 家具へとカバー代わりに掛けてあったシミだらけの晒布を剥ぐ。その下から現れたソファーの背に広げて、どうやらそこで乾かす模様。…手慣れてますなぁ。引き剥いだ晒布をその手にふと見下ろしたゾロは、やおらそれを肩に羽織ると、
「ほら、何してる。」
 もたついているルフィに気づいて傍らへと歩み寄った。
「ボタン穴が堅いのか?」
 濡れて生地が強ばりでもしたか?と、胸元へ手をかけてやりかかったが、
「い、いいよっ。自分で脱ぐっ!」
 振り払うように身をよじり、不器用そうな手つきでほんの少しの前合わせのボタンを外して腕を抜いた途端、
「…っくしょんっ!」
 やはり冷えていたらしく、大きなクシャミを一つ放った。そんな彼へ、
「ほら、これでも羽織ってろ。」
 やはり別のソファーから引き剥いだ晒布を適当に丸めて、ぽーいと放って寄越したゾロであり、宙をくるくると回りながらその遠心力で裾が開いた晒布は、ナイスコントロールとでも言うべきか、丁度ルフィの頭上で広がって、そのままぱさりと全身を包むようにかぶさった。
「…あのなぁ。」
「悪りぃ。」
 顔を出すと相手は、どこか悪戯っぽくにやにや笑っていて。今の"間"の良さが、なんだか楽しいお遊びのようにも思えたからだろう。それにつられてルフィもついつい吹き出した。結局ズボンも脱いで二人掛かりで思い切り絞り上げ、部屋中の晒布を剥いで濡れた髪や身体を拭った。肌はゾロが指導して少し強めに擦って拭う。それで体が温まるからで、一通りの水気を何とか拭ってから、出来損ないのてるてる坊主かシミだらけの一張羅しか持ってないお化けのようないで立ちのまま、二人は暖炉の前へと座り込む。その位置が窓から一番遠い"奥向き"だからで、刀を腰近くに並べて置いたゾロが、
「火でも焚くか?」
 訊いたが、ルフィはかぶりを振って見せた。
「いや、そこまで寒くはねぇ。」
 肩から羽織り直した大きな晒布は、埃っぽい匂いがかすかにしたが、布目の詰んだ良い品ではあるらしく、結構温かい。それに外で降っている雨自体も氷雨ではない。入道雲が沸き立つような気候の土地の暖かな雨であり、室内の温気もどこかしらぬるい肌触りがするそれだ。あちこちに広げて干した服も麦ワラ帽子も、まあ少しは乾くだろう。
「………。」
 屋内にいるせいか、雨脚が少しばかり遠のいたような気がした。時折思い出したように、窓の外、空一面が白く光ってはいるものの、雷鳴もゴロゴロと遠いものへと音を変え、間合いも広くなって来たし。サーサーという間断の無い雨音が、されどその単調さから、まるで淡い色調の緞帳をホライゾンへと降ろしたように、却って周囲の静けさを強調しているようでもある。
「………。」
 ふと。肩先の晒布を手繰り直しながら目が行った船長の様子に、ゾロは"…おや"と怪訝な何かを感じた。やはり晒布を肩に引っ掛けていて、尻のすぐ傍へと後ろ手に突いた手の先だけが、その裾からちらりと覗いている。そのまま前へと投げ出した自分の足の先をぼんやり見やって、妙に大人しい彼であり、

  『…あ〜あ、腹減ったなぁ。』

 することがなくなると、お馴染みのこととして少年の口を衝いて出るフレーズがある筈なのに、それさえ飛び出さないのはいつにないことで、
"熱でも出たかな?"
 以前は自分と同じタイプの頑丈な人間と把握して、そんな気配りなぞしなかったが、例の砂漠の王国で一度臥せった彼を目の当たりにして以降、ついつい"空腹、睡魔、怪我"に加えて"体調不良"にも注意してやるようになった保護者殿である。大きな眸に表情豊かな口許の、いかにも子供子供した無邪気な腕白坊主という顔立ち。自分とたった2つしか違わないとは到底思えない幼さが、姿のみならず、仕草や言動にも大きに見られる少年であり、そのくせ、
"…っと☆"
 眺め降ろした視線が、くすんだ晒布からはみ出した伸びやかな脚へと達しかけて、慌てて逸らされる。またかい…と仰せになるな、読者の方々。(『海とYシャツと私』参照ってか?/笑)只今熱愛中…という言い方はどうにも似合わぬ彼らなれども、そこはまだ十代の若造同士。いくら精神的な修養を沢山積んだ剣豪でも、感じるものには感じるし、愛しいものを愛しいと思って何が悪いんだこの野郎、なのである。
こらこら …とはいえど、
「…っ。」
 外しかかった視線が、ちらりと。やはり揺れ動いた視線と交差しかかったから。
"………?"
 気のせいではないらしいと、今日こそは確信を持ったゾロだ。というのが、
「ルフィ。」
 あ、こらこら。まだ前説明が…。
「…なに?」
「お前、ここんとこ、避けてねぇか?」
「何が。」
「だから。俺と眸が合いそうになると、すぐにそっぽ向いてねぇかって言ってんだ。」
「そんなこと、ないもん。」
「嘘つけ。」
「嘘じゃないったら。だって…昨夜だって"やった"じゃん。」
「それとは別口だ。昼間の話をしてんだよ。」
 さりげなく話を進めてますが、おおお、その手の話題を出されても怯まなくなりましたか、剣豪。
「いいから、こっち向けって。」
「…/////。」
 避けてなんかないと言いつつ、成程、長い腕に捕まった肩の持ち主は、たちまちのうち、顔を背けてしまうから、
「どうしたよ。何か隠し事か?」
 だったら見て見ぬ振りをして距離を置き、さりげなく大外からまさぐって真相を突き止める…というような、所謂"搦め手"が…この愛しい船長さんにだけはどうしても使えない短気な正直者。自分の側の思い詰めにばかり囚われて、相手の気持ちに気づいてやれなかった頃に比べればこれでもかなりの成長ではあるのだが、まだまだ努力が必要ですというところだろうか、この場合。
"うるせぇなっ。"
 だってサ。ここに持ち出すのは反則技かも知んないが、これがあのシェフ殿だったなら、もちっと気の利いた持ってきようをしていると思うぞ?
"………っ!"
 言われて(誰に?)言葉に詰まった彼の眸が、だが、懸命にそっぽを向こうとしている少年の耳朶を見やって、
「………。」
 瞬きを一つ。それから、
「…っ。あ、やだっ!」
 力任せは相手の尊厳に耳を貸さない行為だから失礼無礼と、判ってはいるのだが。つい、感情の勢いに任せて、少年の小さな肢体をそのままぐいっと自分の懐ろ近くまで引き寄せてしまう剣豪である。というのが、
「やだって。…あっ。」
 抱き寄せて間近になった耳も、そこへと連なる頬も。血の気を散らして仄かに淡く、この薄暗がりでも判るほどに"ぱぁっ"と赤く染まっていたのだからして。その愛らしさには勝てぬまま、逃がすものかとつい引き寄せてしまったゾロだったのだ。間近に確かめたそのついで。唇を近づけて甘咬みなんぞを致したものだから、抵抗を見せていたルフィの小さな肩がピクリと震え、だが、
「…馬鹿っ! ゾロのエロ剣士! 離せってばっ!」
 夢中で暴れてもがいて、懐ろの中から逃れ出ようとする。それをくるみ込むように抱き締めつつ、
「だから。どうしたんだって訊いてんじゃねぇかよ。」
 ちゃんと服を着ている訳ではない。申し訳程度の煤けた晒布を羽織っただけの二人であり、こうまで至近で接したままルフィが暴れたせいで、肩や胸元といった、ささやかな纏わり方で覆われていた部分は互いにあっさりとはだけてしまっている。ルフィが小ぶりな手で肩口辺りを押しのけたその拍子、はらりとずり落ちた晒布の下から雄々しいばかりの胸板があらわになって。しかもその手が一緒に相手の肩の向こうへとすっぽ抜けていたものだから、
「わっ!」
 その勢いのままに"ぱふっ"と、裸の懐ろを目がけて、顔からまともに突っ込んでいる船長であり。ほら捕まえた…と今度こそは暴れさせないよう、しっかと抱きすくめられた腕の中、
「うう"…。」
 ほのかに汗を感じる、だが、ひやりとしたその肌の感触に頬をくっつけたまま、観念したのか大人しくなった…かに見えたルフィだったが、

  「ゾロが、悪いんだからなっ!」
  「………はい?」

 唐突なお言葉へと反射的に応じた途端、
「あ、こら。何しやが…痛いって、こらこらっ。」
 目の前の肩口へと"かぷっ"と噛みついて来たルフィだったから、もうもう目茶苦茶でございます。

 ………でも、一言だけ良〜い? なんか、さっきから…本人さんたちはケンカしてるつもりかもしれないけれど、傍から見てる分には"いちゃついてる"以外の何物にも見えないんですけれど、あなたたち。
(苦笑)



 さて、それから。ややこしい恰好でバタバタと引き続き揉み合っていた二人だったが、今度こそようやく観念したのか、床に引き倒されの、両の手首を掴まれて釘付けにされのという態勢で、やっとこさルフィが大人しくなった。
「…ったく。何なんだ、お前はよ。」
 本気の拒絶なら、それこそこの廃屋もどきな屋敷があっさり壊滅するほどの"怪獣大戦争"にまで発展している筈で。そうはならなかったという辺り、ただ拗ねているだけの彼であると判ってはいる。だが、
「………。」
 強情そうに引き結ばれた口許は、ますますの頑迷さで堅く閉ざされていて。これはそうそう簡単に…素直に打ち明けそうにはないかも。とはいえど、
「なんで俺が悪いんだ?」
 何事にも甘い保護者殿ではあるけれど、だからと言って何から何まで"おうおうそうか、そりゃあ良かったなぁ"と頷首してやるかといえば、そうでもなくて。間違ってることへは、きっちり物申すし、所謂"自分さえ我慢すりゃあ済むことだ"というのは最も嫌う、結構"筋の通った"お方である。そして、そのセオリーから見るならば、このルフィの拗ね方には放置してはおけない感触がある。少なくともこんな言われようをする覚えはない剣豪であるからで、
「ほら、言ってみな。」
 真っ直ぐに。その真摯な眼差しに見下ろされ、
「………だから…サ。」
 やっとほだされたのか、ルフィの口許がどこか重たげに動きかかった。ふいっと脇へ逸れていた視線も戻されたものの、
"………。"
 胸板に斜めに走る、深くて長い刀傷。だが、それさえもただの添え物に見せてしまうほどの雄々しい肉置きの胸元に、つい見惚れて頬が赤くなる。カッコ良すぎるのだ、この男は。丁度目の前に来ている顎辺りから順に見下ろしてゆけば、不敵な笑みの似合う口許の下、深いおとがいから鎖骨が合わさるところまでの締まった首条はどこかセクシーだし。分厚い肩や胸をそうと見せない、伸びやかさだけでなく、きりりと冴えた印象もまとった背条の凛々しさも、いかにも男らしいし。暑苦しいほどではなくあくまでも撓やかに機能する、頼もしい胸板や力強い二の腕。きゅうっと引き締まった腹に腰。さして太くはないのに、これもがっしりと力強くてしかも長い脚と来て、

   「ゾロがあんまりかっこいいから…っ。
    だから、なんか…。とにかく、ゾロが悪りぃんだっっ!」

 戦闘中の凍るような野獣の眸も冴え冴えと。わくわくするほど頼もしくて、仲間であることが誇らしくて。けれど、その目映さが、同じ男という性である者同士であるが故、時にはコンプレックスを突々きもする。声もなく見惚れる反面、心から悔しくなることもあるルフィであるらしくて、それでこのところ様子が訝しかったのだろう。そして、

   「………っ☆」

 そんなことをこんな間近で告白された剣豪殿としては、ギョッとしたように眸を見張り、それからそれから、
"………う〜ん。"
 そうと言われてもなぁと、ゾロとしては対処のしようがない。
"ある意味で俺のアイデンティティでもあるんだしな。"
 おおお、難しい言葉を。意味判ってますか? あんた、その肉体だけが"存在意義"なんですか?
"………(怒っ)。"
 あはは、ごめんごめん。そういう"直訳"のみならず、力強さとか鍛練に伴われる気力だとか、いろいろ含んでの"アイデンティティ"なのよね? それに、だ。…先日ついつい頭に血が昇ったように、Yシャツ一枚だのナマ脚放り出しだのというあられもない姿になると、あまりに愛らしくしどけない雰囲気を帯びて(いるように見えて)しまうルフィの方をどうにかしてほしいと、こっちはこっちで逆にそうと思うことのある彼だったりするから話はややこしい。今だって、
「…あ。」
 最初こそ出来損ないのゴーストよろしくという恰好だったものが、暴れて揉み合うことで前の合わせが乱れてはだけたその結果。羽織っていた晒布が、どこぞの神話にか出て来そうな妖精
ニンフを思わせるような、一枚布の丈の短い民族衣装"チュニック"のような様相となっている。しかもそれがまた何とも微妙な…大胆にも脱いでいるのだか恥じらいから隠そうとしているのだか、どちらとも釈れる何とも微妙な恰好になっている彼だと、今頃気づいてハッとするゾロだ。そんな彼の身を、手首を釘付けにした上で、床についた膝でまたぐような案配で押さえ付けている…のしかかる格好で組み敷いているのだという位置関係もまた過激であり、
「あ…えと。/////」
 昼間は相変わらず、どこか純情なというか妙に慎み深いところの強い剣豪にしてみれば、真っ赤になって慌てて身を剥がそうとするのだが、
「逃げんのかよっ!」
 こちらも真っ赤になってはいるものの、先に開き直りの境地に達している分だけ強かったというところか。がっしと肩に掴まって、起き上がらせまいとするルフィであり、
「わっ。こら、ルフィっ!」
 今度は先程とは違って、かなり本気の力が籠もった手に引っ張られ、ぐぐぐっと引っ張り合いになったのも数刻。
「おわ…っ。」
 今度はルフィに軍配が上がって、引っ張られるまま真下へ落ちた分厚い体。下にあった小さな体を押し潰しかけたかと、そこは慌てて、
「だ、大丈夫か?」
 痛くはなかったかと気遣いながら、腕を突いて再び身を浮かせようと起き上がりかかったところが、
「…俺んだからな。」
 そのまま背中へと回された両の手が腕が、ぎゅうっと懸命に締めつけてくるから。
「悔しいから誰にもやんないんだからな。」
「ルフィ?」
 声だけが聞こえて、胸元にある顔が覗き込めない。
「ゾロにもやんないんだからな。これ全部、俺んだ。」
 一生懸命抱き締めたゾロの身体。それを差して"自分のだ"と言い出した船長さんであるらしい。拙いけれど、幼いけれど、何ともストレートで愛らしくて、
"…この野郎。"
 勝手なことを言うんじゃねぇよと胸の中で思いつつも、顔は正直なもの。ついつい…口許がほころんでしまうから、この位置関係にはちょっと感謝した剣豪だったりもするのだが。

   「…ああ。前にも言ったろ? 全部お前んだから好きにしな。」

 いつまでもこのままというのも苦しかろうと、片方の肘をルフィの頭を避けた辺りの床に突き、そこを支点にごろりと横へ寝返ると、ルフィもそのままついて来て。うまい具合に上下が入れ替わる。胸板の上へと乗り上げさせた小さな船長さんの、まだ仄かに湿った髪を指にからめるようにして梳きながら、床に置いてけぼりにされた晒布を片手でばさっと振って広げて、ふわりと上から掛けてやる。…とゆことは、パンツ一丁な恋人さんだってのに。もうすっかり余裕じゃん、剣豪vv
(笑)
「…ん。」
 やさしい感触。温かな匂い。何であんなに拗ねてたのかなと、そんな気分になってしまう居心地の良さ。大好きだけど、大好きだから、甘えたいし、負けたくないし。そんな両極端な想いに振り回されて、どうして自分だけがこんなにもジリジリしてしまうのか。
"…狡いんだ、ゾロは。"
 髪を、頭を撫でてくれる、大きな手の感触にうっとりしながら。ふと振り向けた視線の先。たまたまそこに見えたのは、ぎゅぎゅうっと絞ってソファーのひじ掛けに引っ掛けたブルージーンズ。そのベルト通しに下げられているのは、かわいい手彫りのイルカのマスコット。
"………。"
 この、刀を振るう以外には不器用そうな大きな手で少しずつ彫ってくれたという、彼にはらしくないながら、これまでで一番嬉しかった"お誕生日のプレゼント"。長い時間をかけて少しずつ。その作業の間中はルフィの事だけ考えて。そうやって作ってくれたものだったから、それはそれは嬉しかったルフィであり、


  「…なあ、ゾロ。」
  「んん?」
  「浮気したら、ぜってー許さねぇかんな。」
  「なんだよ、また薮から棒に。」
  「大剣豪になってても負けねぇで、ぜってーぶっ飛ばしてやるんだからな。」
  「(くすくす…)ああ、判った。」
  「ぜってーだぞ?」
  「絶対しねぇって。」
  「ホントにホン…。…んん。」
  「良いからちょっと黙れって…。」


     おあとがよろしいようでvv (ちょんっ)


  〜Fine〜   02.5.15.〜6.5.


  *副題『ダカラ・タカラカ・カラダ』
こらこら
   若しくは『続・海とYシャツと私』、ルフィ→ゾロ Ver.

  *あれは丁度船長のBD企画が華やかなしり頃。
   ちかさんの"半裸の剣豪の筋肉美vv"礼讚カキコ
おいおい
   "思い浮かぶなんて良いなぁ"と筋違いな羨望をかき立てられたまま、
   ひょこっと伺った久世様のサイト『遊楽天国』サマの新しいTOPがっ!
   それはそれはセクシーな半裸の剣豪だったものだから、
   もうもう煩悩大爆発っ!
   その勢いで書いたようなものでございます。
   なんて間が良いんだ久世様っ!


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