ここ・に・いる・よ... 〜蜜月まで何マイル?


          



 相も変わらず、破天荒にして奇想天外、一寸先も見えないドッキドキの冒険旅行。もしも先々で彼らの航海の軌跡を綴ろうと構えた者がいたとしたならば、それはそれは大人数で、装備も万全に固めた一大チームを編成せねばなるまいと、今から既に案じなくてはならぬほど、ただでは進めぬ秘境に魔境。それへ加えて、数多の人々の様々な思惑、良からぬ陰謀も絡みに絡んでの、波瀾万丈、驚天動地の大冒険。………にしては、お暢気な道行きに見えてしまうのは何故なんだろうか。
(笑)


            ◇


 悠久の歴史も厳かに、威風堂々、それは立派な砂漠の王国の内乱を収めて数日後。海軍の追撃を振り切っての脱出劇も見事に制し、ログを辿っての航路に戻った彼らが次に向かうこととなったのは、ログポースが指し示したところの…何と天空の島。周辺で状況把握の情報を集め、地図だのサウスバードだのといった必要アイテムの準備を整えて。いざ、雲海を眼下に見下ろす空島へと、アッパーストームに押し上げられて向かった彼らだったが。優雅な土地に見えて、此処でも色々ゴタゴタはあるらしく。不法侵入者にあたる彼らはというと…いきなり仲間の半分を船ごと攫われてしまい、何だか良く判らないままに、森の中、勝手に設定された"試練"とやらをくぐり抜けて。今は逆巻く河の上、普通のトーンでの会話では易々と掻き消されるほどの、轟音轟く急流に乗って、先へと急ぐ彼らであった。
 ………ところで今頃に何だが、ということは、ログポースだけを使う単純な航海では、アラバスタの次がそんなとんでもない島だということになる。内乱騒動に揺れていたこの数年はともかくも、それ以前の長い長い歴史の中で、少しくらいはそういう事情だって伝わってたことだろに、何で出発前のルフィたちに説明してあげておかなかった王宮の人々なんだろうか? いくらあっと言う間に逐電した彼らだとはいえ、そうまで時間がなかったとも思えないのだけれどもねぇ。それとも、彼らはそういう難儀を重々知っていればこそ、どこに行くにも"エターナルポース"しか使ってはおらず、そういう事情もわざわざ語るまでもないことだったから、うっかり失念していたのだろうか? 原作様を読んでいない筆者だから判らないだけ?
う〜む…。


 何の気なしに座り方を変えようと身じろいだその拍子、少しばかり高質な"カツン"という音が微かにした…ような気がした。その途端、

   「…あっ!」

 何事にも大雑把で、その所作も極めて乱暴。百戦錬磨の"海の男"であるにしては小柄な体躯だとはいえ、彼が駆け抜けた後には何かしらの被害の残骸が、必ずあからさまに残るよな。
(笑) 歩く人騒がせにして“なまもの”傍迷惑、一つ一つの挙動に於いていちいち騒動を起こさねばいられない、まったくもって困り者な小さな船長さんが、わたわたと少々焦った様子で自分の回りを見回し始めて、
「…おい、どうした? ルフィ。」
「何か探しもんか?」
 狭苦しいラフティングボートの中、ごそごそと足元をまさぐり始めた彼に、二人の仲間が声をかけるが、それさえ耳に入っていないかのような強ばった顔で、ただただ動き回って…数刻後。
「あったっ。」
 にかーっと輝かんばかりの笑顔を振り上げたその手には、小さな小さな青い木彫りのマスコットが摘ままれていた。
「なんだ、それか。」
 どんな大事かと思ったぜとばかり、呆れ半分の気の抜けた声を返すと、肩を落としてボートの縁へと凭れ掛かった金髪のシェフ殿へ、
「何だとは何だよっ。これは俺には大切なもんなんだからなっ。」
 小馬鹿にされたと察してか、ルフィはお口を尖らせるとむむうと膨れて言い返す。何につけても定規というか規格というかボーダーラインというのかが、尋常なそれではないのが常の変わり者な船長さんは、日頃でさえ…金銀財宝には見向きもしないその代わり、随分くたびれた愛用の麦ワラ帽子を一番大事な宝だと言って憚らない豪気なお方。まして、そのマスコットがどういうものであるのかは、実のところ、サンジにも重々判ってはいたものだから、
「へいへい。だったらもっと大事に扱えよ。」
 眉を吊り上げまでしては逆らわず、面倒そうに“判ったよ”と言う代わり、そんな返事を放ってやる。それへとこちらも“うんうん”と頷いて、
「そうだぞ、ルフィ。よくもまあ、あの森ん中の騒ぎで落ちなかったもんだ。」
 言いながら船長さんの手元を覗き込んだウソップが、
「ああ、こりゃあ金具の輪鐶が伸びたんだな。」
 何が原因で落ちたのかを断じてくれた。ベルト通しに残った輪っかと、イルカを吊るした細くて短い鎖。その二つをつないでいた小さな輪鐶が、強く引っ張られるかどうかして伸び、隙間が出来ていたらしい。
「直せるのか?」
「こんくらいは簡単だ。まあ任せとけって。」
 ほれと広げられた、発明家の器用な手のひらへ、ルフィは…ほんの少し躊躇してから、そっとその木彫りのマスコットをゆだねることにした。




 奇天烈海賊団のお元気船長さん・モンキィ=D=ルフィくんと、その片腕、相棒、副長にして戦闘隊長である三刀流の剣豪・ロロノア=ゾロさんと言えば、クルーたち公認の…所謂“恋仲”にある二人。そんな彼らはお互いに相手のお誕生日にと、結果としてお揃いになったとある贈り物を用意した。不器用なくせして頑張って彫ってプレゼントした小さな木彫りのマスコット。最初はゾロからで、その武骨な手の大きな親指よりも小さいイルカ。それはこっそりと、指先に山ほどの傷を作りながら、こつこつ彫って作ってくれたという小さなイルカのマスコットで。(『Trolical Night』)それがとっても嬉しかったルフィは、ゾロの誕生日に間に合うようにとほぼ半年丸々をかけて、不器用なのにやはりこつこつと、途中でささやかな“誤解”を生むよな不穏な行動も有りのとなりつつも(『秘密の…』)、それでも何とか間に合わせて仕上げたのが、こちらは小さなボタンインコのマスコットだった。


   "………。"


 ついさっきまでは“試練”とやらをくぐり抜けたばかりの高揚感から、ついついはしゃいで声高に喋ってもいた彼らだったが、今は何となく話題も途切れてしまい。荒くて速い急流を、荒馬を御すかのように乗り切る方へと気持ちや体の動きが移っている。
"早く着かねぇかな。"
 気が急くのは心配だからではない。攫われた側の面子たちもまた、どの一人を取ってもそれぞれに頼もしい仲間たち。向こうには二人の女性たちが含まれてもいるが、ロビンは凄腕だしナミもすこぶる気丈な女の子だ。過剰な心配は要らないと踏んでいる。むしろ…一番大柄な力持ちの青年にも変化出来るくせに、慌てると実力が出し切れないほどのパニックに陥るチョッパーが、一番心配なのかもしれないくらい。それに、
"………ゾロ。"
 頼りになる戦闘隊長が一緒なのだ。何を心配することがある。そう。気が急くのは心配だからなのではない。そのゾロに無性に逢いたいだけ。ルフィの頭を丸ごと掴めそうなあの大きな手で、ぽんぽんって頭を撫でてほしいし、綺麗な目許の切れ上がった男臭い面差しが“遅せぇよ”とか言って苦笑するのを今すぐ見たい。怒っても真顔でも、きりりと冴えて鋭角的な迫力がある怖い顔だが、破顔するとあっけないくらいに年齢相応の屈託のなさに満たされる。普段からそんな顔するの、自分にだけだって知ってるから、早く早く見たい。それから、頼もしい肩に顎の先を載っけたり、隆として張りのある胸板に頬をくっつけたりしているところを、そのまま長い腕でくるみ込んでほしい。温ったかくていい匂いがするゾロ。くっついてるままに話すと、胸板から直接にあの深みのある声が響いて来て、音と響きとで、耳と肌とに話しかけてくれるのが何とも気持ちいい。そんなのをいっぱい、ゾロをいっぱい感じたいから…早く早く逢いたい。
"………。"
 ウソップに直してもらったマスコットがいつもの定位置に落ち着いて、後は自分がゾロの傍ら、一番落ち着ける定位置に辿り着くだけだ。
"早く、早く、早く、早く…。"
 掛け声というよりもまるで呪文。我慢の利かない幼子のように、胸の裡でぶつぶつと呟きながら。小さな船長さんは、激流に翻弄されて浮き沈みの激しいボートの揺れも何のその、その進行方向だけをじっとじっと見据え続けるばかりであった。










          



 天空という高みにある空島・スカイピア。暢気で豊かな風情に見えたが、此処もまたご他聞に洩れず、何だか面倒な事情を孕んだ土地であるらしくて。人がたくさん寄り集まって暮らす土地ってのは、どこもややこしいんだなぁというのが率直な感想。まま、通りすがりの"異邦人"にすぎない自分たちには、一切関係のないことな筈だったのだが…通行料金を踏み倒しての不法侵入、すなわち法を犯したその罪を贖えと、生贄とやらにと強引に船ごと攫われてしまい、半分ずつという頭数に勝手に分断されてしまった自分たち。とはいえど。ぼーっとしてたって始まらない。周囲に見えた森の中、巨木を縫うようにどんどんと歩いてみた"人質"の方の御一行。結果としては"ひょっこり"と、船まで辿り着いた"置き去られ組"とも相まみえることが出来て、前の"神"だったという老騎士からの、この土地の因縁や事情とやらも聞いて………さて。



 時折ぱちぱちと爆
ぜる焚火の傍ら。皆して車座になって座り込み、ひとときの安息にとひたっていたのだが。
"………お。"
 うとうとと舟を漕ぎかけているルフィに気づいて、その身をこちらの肩口、二の腕辺りへと凭れ掛からせる。巨人たちの神殿の円柱のように居並んだ巨木の間、ツタにぶら下がって樹から樹へ、飛んで渡って楽しかったとか、顔も体もメガネも真ん丸なおっちゃんが出て来て、爆発する玉を一杯連れてて危なかったんだぜぇと、それにしては"にしししし…"とそれは楽しそうに笑いながら話してくれて。どんな苦難も苦闘激闘も、喉元過ぎれば何とやらで、彼にとっては"面白かった"記憶に塗り変わってしまうのだろう。こちらは現場を見てはいないから、彼の話しようを鵜呑みにする他はなく。だが…衣服の破損の仕方、仄かに焦げ臭い匂いをまとっていることなどなどから、結構大変だったのだろうなと説明されなかった部分をついつい深慮する。彼が言わないなら、やはりそれは"大したことではない"のだろうが、だからといって捨て置く訳にも行かない。そして、
"………。"
 その場に一緒に居たならば、わざわざ大雑把な彼に聞かずとも全てを把握出来るのにと、肝心な時に離れ離れが多い身を、ついつい誰ぞに愚痴りたくもなった。だが、そうなると、状況をややこしい方へと蹴飛ばす彼と付き合わなきゃならなくなって大変だ…じゃなくって。
(笑)
"………。"
 前髪の陰、丸っこい額にうっすらと残る、真新しい小さな傷痕に視線が留まる。ちょこっと以前に立ち寄って、売られた喧嘩を船長命令から買わずに堪
こらえ、そのまま良いように痛ぶられた"ジャヤ"とかいう町を思い出す。自分たちは強すぎるから。そして、志のレベルやカラーがちょっとばかり…今時風とされているところの"逃げ腰言い訳風味・でもしか・たられば"ではないものだから。格が低すぎる相手への加減が判らず、却って手も足も出せないという困ったネックがある。…まあ、そこまで言ってやると相手が気の毒すぎるから、これはあくまでも"冗談"だということにして。(笑)
"…そういえば。"
 その初めを辿れば、海上レストランにドン・クリークとやらが襲撃をかけたあの騒動。世界一の大剣豪との一世一代の大死闘を繰り広げた辺りからこっち、騒動や騒乱の最中に突入するとその途端、傍らに一緒に居られない場合が殊更に増えたと思う。頭数が増えたせいと、急転直下、時間との戦いというようなケースにも覲
まみえることが多くなって。此処は任せて先に行けというような、手勢の分断という対処を当然事として取るようになったから。攻め手が増えて手厚い対処が取れるようになったのは結構なことではあるけれど、そうなると自然に…彼と自分は、それぞれを頭にした振り分けになって離れる運びとなるのが自明の理というやつで。
"飛び抜けて強いってのは、そのせいで孤独なもんだって聞くが…。"
 どんな苦難をどんな死闘を乗り越えて来たのか、辛くて痛かったことほど話してくれない彼だからと、このルフィがどういう人物かを重々知っていればこそ、彼に限っては心配性になる剣豪としてはついつい溜息も零れるらしい。…そういう自分こそ我が身を丸きり省みないくせに、まったく勝手なお言いようではあるのだが。
"…あん時は参ったよな。"
 思い出すのはやはりアラバスタだ。振り返ればほんの一晩、半日ほどのことなのに。Mr.1との死闘の最中、失血状態にあった頭にふと浮かんだのは、広大な砂漠を挟んだ遥か彼方にたった一人で居残った、この船長のことだった。どうしているのか、無事でいるのか。信じてはいるがそれでも心配で。途轍もないこと無体なことほど安んじて任せておけるけれど、他愛のないことへあっさり躓
つまづく奴だからなぁと、そうと思うと苦笑が洩れたが。
"………。"
 今回は敵から無理やり引き分けられたというパターンだったのだが、それにしたってとやはり気にはなった。誰かと組まなきゃ戦えないなどと尻腰のないことを言いたいのではない。生きるか死ぬかというほどの窮地でさえ、過ぎてしまえばその印象もどこか薄れて、新たな窮地に敢然と立ち向かい、不敵に笑う彼らであって。それは相手も同じことだろうと、それこそ見込んだ相棒同士、きっちり信頼してもいる。………ただ、彼との間に距離が出来るのはやはり味気無い。自身の野望は自分の手で目指して掴む自信があるが、それとは別に。身を置く居場所として彼の傍らを彼の船を選んだのに、降りかかる火の粉や押し寄せる大波を前にして、それらを突破するという選択を下した彼のその、間近にいられないのは…振り返れば時に歯痒い。手助けなんか要らないという自負や自信はお互い様だとしても、せめて戦った後の疲れ切った身を抱えて運んでやれたらだとか。そういった具体的な手助けを思うこともあるし、どんな壮絶な戦いを乗り越えてどんな強さを得たのだろうかと、全てを把握しておきたくて…と、そんなことをついつい思う場合もある。

   『…無事なんだろうな、あいつ。』

 絶体絶命の崖っ縁にまで追い詰められたことで開眼し、無の境地とやらに片足突っ込みつつ、物の呼吸というものを初めて意識出来た、あの刹那。その静かな心で、ふと、遠く離れたルフィを思った。まだ鳧はついていなかったが、この場はもう大丈夫だと、何かしら突き抜けていたせいもあったろう。そう。自分の目前に立ちはだかる、敵や障害が倒れて最初に思うのは、あいつは無事か?という一事だけ。一緒にいないから尚のこと。戦いに集中していた緊張が解けると真っ先に浮かぶはこの屈託のない童顔…という案配になりつつある。
"…ったくよ。"
 その本人を今は傍らに凭れさせていつつも、いない時の方が束縛の魔力や影響力が飛び抜けて強いとは、やっぱり悪魔の息子には違いないらしいなと、そんな苦笑を浮かべていると、
「ん…ふにゃ。」
 そのご当人が。長くて深い吐息を一つついてから、覚束無い動作のまま、手の甲でふやふやと瞼をこすって顔を上げる。
「どした? 寝苦しかったか?」
「ん〜ん。」
 かぶりを振ってこちらを見、ふにゃりとぼやけた笑い方。そのまますりすり、小さくて柔らかい身を擦り寄せてくるから、素早く周囲を見回しながら…いつもの呼吸での座椅子代わり、片手だけでの後ろ手をついて、凭れやすいように上体を少しだけ後方へと傾けてやる。そこへと当然顔で…四ツ這いになってもぐり込んで来て、乗り越えた腿へ座り直しての"懐ろ猫"状態。鼻の頭にしわを寄せるほど"くぁあ〜っ"と欠伸をする様もますます仔猫っぽくて、ゾロの苦笑を誘ったほどだ。他の面子は色々あった反動が今頃出てか、それぞれにうとうとと寝入っていて。今、目を覚ましているのはどうやら自分たちだけであるらしい。時折炎の中で薪がパチッと爆ぜる音しかせず。そうなると不思議なもので、互いへと交わす声も無意識のうちに低いそれとなる。
「ずっと起きてたんか?」
「ん? ああ、まあな。」
 間近に燃える赤々とした炎の放射熱が、どうかするとひりひりと痛いくらいに肌に熱くて。それでつい、前へと投げ出していた足を少しばかり引き寄せると、その上へ乗っていた小さな身がぽそっと、胸板へ上体全部をくっつけるよにと転がり込んでくる。
「………ふや、良い匂いだ♪」
 頬を寄せたままうっとりと眸を細めたらしいのが、わざわざ覗き込まなくともゾロには判る。はんなり嬉しい時と甘える時とでは、声の響きや高さ、語尾の上がり方の甘さが微妙に違うから。お陰様でそんな違いくらいは見なくとも判りはするのだが、見えないのは詰まらないので。鼻先に見えたつむじに、口許を少し尖らせて勢いをつけた息を吹きつけてやると、
「…ん、やう。」
 肩をきゅうっとすくめてから、顔を上げてきた。
「何すんだよぅ。」
 どこか悪びれたような口調は、だが、わざとらしくて。怒っているのではなく、人の体の反応で遊ぶなよなと一応は言っとこうという態度。珍しく子供みたいなことをするゾロに、ああ、遊んでくれるんだと敏感に察して乗って来たというところか。お気に入りの相手の温みを今ここでたくさん掻き集めて、離れ離れになっていた間に損失した以上を埋めて均したいのはお互い様であるらしい。腕で作った輪っかの中にそれとなく取り囲って独占し、まるで内緒の宝物のようにこっそりと見下ろした幼いお顔。大きな眸にふかふかと柔らかそうな頬。食いしん坊なだけでなく、笑ったり怒ったり、凛と毅然と引き結ばれたり、様々に表情豊かでもある口許は、上背のある恋人さんのお顔を見上げる時、自然と薄く開くのが………何とも言えず愛らしい。そのお口が、
「なあなあ、ゾロはどうしてたんだ? 待ってる間、こっちでも戦ってたんか?」
 彼には珍しい"こそり"とした囁き声は、平生の舌っ足らずをより強調して耳にくすぐったい。懐ろからのそんな問いかけに、剣豪は微かに眸を伏せてちょいと芝居がかった"思い出す素振り"をして見せる。
「いや。今回はまだそんな騒ぎには遭ってねぇな。」
 どうやら鮫と素手で喧嘩したのは数に入っていないらしい。そんなこと言う彼の代わりに、チョッパーが大変でしたが。
(苦笑)
「どうしたよ。心配してくれてたのか?」
 殊勝なことだなと笑って訊くと、ルフィはぷるぷるとかぶりを振った。
「俺は、そんな"大丈夫かな"なんて考えたことねぇ。」
 いやにあっさりと返って来た答えであり、
「…一度も、か?」
「おう。一度もねぇぞ。」
「………。」
「んん? どした? ゾロ。」
 心配する必要なぞ欠片ほどもないほどに、その力量を信頼されているということではあろうが。まるきり案じてもらえないというのも、それはそれで何だかちょっと寂しいような。ちょいと複雑な気分になった剣豪だとは、まるきり気づいていない船長さんは、
「姿を見たらそん時に初めて、なんか怪我してんじゃんかとか、また無茶したんだなとか、そう思う…かな?」
 ほやんと笑ってくれるから、成程、全然案じないという訳ではないらしい。強いって信じているから心配が浮かばない。そして、勝ったけれど負傷したという"現実"は、鼻先にぶら下がらないとピンと来ない…というのであるなら、むしろ彼らしい感覚なのかもしれない。
「ゾロは心配すんのか? 俺んこと。」
 聞かれたお返し、同じことを問いかけてくるから。
「まあな。戦ってる最中は頭にねぇけど、鳧がついた後だとかの時々なんかにな。」
 そんな風にこちらも素直に応じると、何故だかルフィは"ぷくぅっ"と頬を真ん丸に膨らませる。
「ルフィ?」
「それって…ゾロは俺んこと信用してねぇのか? 自分が傍に居ないと危なっかしいとか思うのか?」
 う"…。分かりやすいお人である。
「そうじゃない。」
「だってさ…。」
 詰まんない言い訳なんかだったら聞く耳持たないぞと、攻勢にして不満げな上目使いになるのへ、
「信頼してても心配はするさ。」
 こちらも、一切狼狽しないで、揺るぎない態度でくっきりと言い返す。こういう時は気合いが物を言うのだよ、お客さん。(こらこら)惑いのない、無理な力みもない態度に、
「そか?」
 真ん中へと寄っていた眉をほどいた船長さんへ、
「ああ。」
 ゾロは深々と頷首して見せ、
「負けっこないって判ってる。けどな、やり方がスマートじゃねぇのも重々判ってるからな。絶対に余計な怪我をしてるだろうなとか、力の配分考えないだろから、勝ったは良いが、そのままそこで、腹減ってぶっ倒れてんじゃねぇか、とかさ。」
 ありえますよね、それ。
(笑) 分かりやすく噛み砕いてもらって、やっと得心がいったらしい。
「…そか。」
 それなら良いやと"しししっ"と笑った、天真爛漫な愛しい人の、その小さなお耳へ囁きかける。
「相棒として、俺らの"頭目
キャプテン"としては信用してる。けど…。」


    「恋人としては心配でしょうがない、んだよな。

    「////////っ☆」×2


 突然割り込んで来た、自分たち以外の声に"ドキィッ"っとばかり、肩を跳ね上げるほどビックリした二人である。ついつい話に夢中になって、お互いしか眸に入っていなかったが。周囲には他の面子も居たのだったと、今いきなり思い出した。
「お熱いこったな、お二人さん。」
 ルフィの向こう側の隣りに居たのが、今、口を挟んだシェフ殿だ。他にも耳聡いのが居るんじゃないかと、二人してどきどきしながら素早く辺りを見回すが、
「安心しなよ、皆、疲れてたからな。よく寝てる。」
「じゃあ、何でお前は起きてんだよ。」
 歯軋りしもっての剣豪からの抗議のお声へ、
「おいおい、お言葉だな。こ〜んな間近で歯が浮きそうな会話されてみ、おちおち寝てらんねぇべ。」
 ふざけた口調でそう言って"くくっ"と笑ったサンジは、
「野暮は承知だ。っていうか、寝たフリしてんのに耐え兼ねた。知らんぷりし通せる自信がなくてな。」
 あっさりそんな風に言う辺り、揚げつらって揶揄
からかうつもりはないらしい。片膝立てて座ったそのまま、少しだけ前へと身を倒してズボンの後ろポケットから煙草とマッチを摘まみ出し、
「やっと会えて嬉しいのは判るが、お前らもちゃんと寝な。唯一の見せ場になる"体力勝負"で肝心な力が出なきゃあ困ろうが。」
 唇の端に咥えた煙草へと、慣れた手つきで火を点ける。見慣れた仕草。少ぅし俯いて、伏し目がちになった優しい造作のお顔が、いつ見てもカッコいいなと…ぼんやり見つめて来るルフィに気づいて、にやりと笑い、
「何だ何だ? おねだり顔になってるぜ、ルフィ? ご希望とあらば子守唄でも歌ってやろうか?」
「違うやいっ!」
 ちょっかいをかけて来られると、いちいち相手をしてしまう。そんな…まさに好奇心旺盛な仔猫そのままな船長さんの散漫さに、剣豪さんがこっそりついたため息一つ。勿論、そのまま捨て置かず、
「おら。せっかくの助言だ。ちょっとでも寝ておくぞ。」
 サンジと向かい合ってたその視界に。大きな手のひらが降りて来て、丸ぁるい額から目許という広範囲を覆う"アイマスク"のようにかぶさった。そのまま"くいっ"と背中側に回されていた二の腕へと軽く押し込まれたものの、
「うや…vv」
 その感触の温かさに、構われ好きなルフィは素直にじゃらされている様子。そんな風に彼の視野を奪ってから、

   "余計なちょっかい出すんじゃねぇよ、この野暮マユゲが。"

   "この非常時に寝かせもせんと、無駄に消耗させてんじゃねぇよ、三流剣士。"

 鋭い威嚇の眼差しを、稲妻閃く背景効果と共に取り交わす、性懲りのない双璧さんたちであったこと。知っているのは、当事者たちと…。
"あらあら、そういう構図なのね。"
 後でそれとなく航海士さんに確かめておかなくちゃねと、瞼を降ろしたまま薄く笑った、年上のレイディだけだった。………お姐さん、さてはどこかに"サーチ・アイ"を咲かせてますね?
(笑)



   〜Fine〜  02.11.15.〜11.16.


   *カウンター54321hit リクエスト
         らみる様『離れて初めて思うこと』


   *すみません、今現在の原作様を全然知りません。(おい)
    神様が大きな顔をしてらっしゃる空島にて
    試練のためにと引き裂かれつつも何とか再会した彼らが、
    極めて大変な現状をちゃんと把握出来ているのか、
    暢気にもキャンプファイヤーをおっ始めたという、
    そういう展開…ならしいと伺って、こういうお話を書いてみましたが。
    こんな会話を交わせる暇は無かったとか、
    仮眠にと皆でうたた寝が出来るよな空気じゃなかっただとか、
    そういう突っ込みは出来ればご遠慮下さいまし。
    どうせアニメが追いついた暁には、
    自分で"あやや/////"と気づくことですさかいに。
     (ex,蜜月まで何マイル? 『海に降る雪』TとU/笑)

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