蜜月まで何マイル?
     “………何かいる?”A
 



          




 さてとて、こちらさんたちはと言えば。

  “全然治っとらんのな。”

 結局、ルフィを脅かした船倉の幽霊とやらの正体は、棚からはみ出して下がっていた薄い布だと判明。物音の方は、船の揺れに合わせて棚の上を行ったり来たりして転がっていた、横倒しになったホールトマトの缶詰だった。それらを見届けに行ったのは、正体が判らないままでは倉庫が怖い場所なままだろうというのともう1つ、実はルフィと同じくらいに怖がりかもしれないチョッパーを安心させるためでもあったのだが、
『いい加減に耐久性をつけなさいっての。』
『そうだぞ、海賊王を目指してる奴が、怪談や舟幽霊が怖いだなんて様にならんだろうがよ。』
 報告にとキッチンへ戻ったところが、やっぱりナミやサンジから叱咤の雨あられが降って来て。それへと、
『しょうがないだろッ! 大体、それを言うなら…サンジなんか美人には鼻の下伸ばすクセにっ、ナミだってお宝かざされたら動揺するくせにっ!』
 彼には珍しくも筋道の通った反駁が出来たのも、それだけ切迫していたかららしく…これも一種の“火事場の馬鹿力”なんでしょうか?

  “…どうなんだろな。”

 俺にはどうとも言えねぇよと、筆者からの質問へ頼もしい肩を竦めて下さったのは。ナミとサンジ、口が達者な二人を相手に、珍しくも真っ向からの言い合いになだれ込みそうになってた船長さんを、その頼もしい肩の上へと担ぎ上げ、
『喧しいのは敵わんからな』
 そうと言い置き、とっとと上甲板へ退避して来たゾロであり。勢いに任せての反駁だったとしても、そもそも語彙がさして豊かではないルフィには相手を罵る“罵倒句”にも限界があろうから。二人掛かりでやり込められてもっと傷つくその前にと、無理から攫うように撤退させた。憎み合ってる間柄でもないのに、一時的な感情の発露で衝突してお互いに気まずい思いをしてどうするか。そうなることを見越しての妨害をした剣豪さんだという辺り、船長さんがからむとなかなか機転が利く彼である模様。それと似たような しょーもない睨み合いを、シェフ殿といつまでもいつまでも繰り広げてるクセしてね。
(笑) ………いや、今はそれはともかくなんですが。

  「………。」

 随分と早い時期から皆にも行き渡ってたルフィの苦手。あのロビンでも…加わったばかりの頃からもう随分経つというのに、未だになかなか飲み込めないでいるくらいで。もっと手強
てごわかないかというような、数々の悪魔の実の能力者たちを制覇して来た彼だというのをまざまざと体感したからこそ、余計に信じ難い彼女なんだろうなと思うにつけ、
“それはないよな、実際。”
 剣豪さんの口許へも、我知らずの苦笑がついつい浮かぶ。あの、周到で隙のなかったクロコダイルを、そして史上最強でさえあった“電気の身体”を持っていたエネルでさえ、信念込めた拳ひとつで完膚無きまでに叩き伏せた勇者。愛や信頼さえ捨てて、人であることさえ辞めて。多くの人々の希望を踏みにじり、山ほどの嘆きを吸って。そうやって人ならぬ力を得た、様々な我欲の亡者たちを、渾身の一撃で妄執の坩堝
るつぼへと送り返して無に返す。そんな裸足の英雄が…暗いのが怖い、舟幽霊が怖いだなんて。それはないよなと、ゾロでも思う。
“まあ、最近ではわざわざ宥めるほどでもなくなってはいるんだが。”
 本人だってカッコのいいことじゃあないってのは判っているらしく、それなりに落ち込んだからね。だから当初はそれなりに気を遣った。他の人間なら勝手に立ち直るまで放っておくところだが、個性豊かなクルー全員をこの船にこの旅に招聘した“動機”や“切っ掛け”であり、且つ“元気の素”なだけに。落ち込んでそのまま浮かび上がって来ないなんてのはどうにも放っておけなくて。それでと励ましたり、逆に、何もなかったかのように次の話題を持って来て盛り上げたりと、結構 皆して対処したもんだったが、いつの間にやら、そういうのもゾロの役目となって久しい。
“…ったくよ。”
 誰かをあやすなんて柄じゃなかった筈なのに。人と接すること自体が、自分にはあまり関心の涌かない面倒事なのに。いつの間にそういう割り振りになったんだろうかと、考え込むこともないではない。人をおだてたり取り繕ったりが得意な奴なら他にもいるのだし、気性はともかく、遊んでやるとか料理で目眩ましをするとか、そういう技術を持ってる奴もいるのにね。

  ………とはいえど。

 じゃあ、煩わしいなら誰かに代わってもらっていいことかと問われれば、それは絶対イヤなんだろうにネvv

  “しゃあねぇか。”

 皆から無言の威圧とやらにて尻を叩かれるまでもなく、そのつもりだったゾロが。さっきのキャビンの中と大差なく、自分のお膝に抱えた小さな船長さんを見下ろすと。まだちょっと拗ねているらしき、頭を垂れたままなお相手へと声を掛けてみる。
「ルフィ?」
「…ん?」
「その…気にすんなよな。勘違いってのは誰にだってあるんだしよ。」
「ああ、幽霊じゃなくって良かったぜ。」
 真下の懐ろからこちらを振り仰いでにっかと笑うところを見ると、別に…早とちりしたのが恥ずかしいとかみっともないとか、そういう方向で落ち込んでいて、それで元気がなかったという彼ではなかったらしい。ただ、
「皆は“幽霊じゃないか”って風には思ってなかったよな。」
「? ああ。」
 キャビンへと飛び込んで来た時に、皆してネズミかな、そりゃ困るなと平然としていたのを思い出したらしくって。

  「………シャンクスは嘘を言ったのかな。子供が相手だからって。」

 そう。彼が気になっているのは、大好きだった人がデタラメを言ったんだろうかということへ、らしい。これが平生の馬鹿話の中でなら“そうなんじゃねぇのか”と笑い飛ばすところだが、そういうタイミングではないことくらい判る。それに、
“海へは連れてけないんだと諭すための、出まかせだったのかも知れんしな。”
 もっとずっと小さかった子供の頃。色々な冒険のお話を聞くにつれ、ルフィ少年の中に自然と芽生えたのが海への憧れだったのは言うまでもなく。いつもいつも“航海に連れてけ”と、その赤髪の船長へねだってたルフィだったとも聞いているから。こりゃあ困ったなと、どんな手を使ってでも諦めさせようとしたに違いなく。
「いや…どうだろな。俺は見たことはねぇけど、もしかしたら居んのかも知れねぇ。」
 無難に答えたところが、途端にビクッと肩を縮めるルフィであり。
“しまったっ、持ってきようが悪かった。
(汗)
 まったくである。居れば居るで怖がるんだってば。
「居るか居ないかじゃなくって、え〜っと、うん。居るって思ってる奴んとこには出やすいのかもしれねぇぞ?」
「え〜〜〜?」
「何たって信じてくれてるんだ、喜んで寄って来る。」
 焦った揚げ句の口から出まかせ。だが、怖がらせずに、尚且つ、傷つけないようにとなると、こう持って行くしかない。
「…じゃあ、見たくないなら信じない方が良いんだ。」
「そういうことだな。それに、だ。本当に出たとしても、俺たちで追っ払ってやるから大丈夫だ。」
「…うん。」
 納得はしたらしいが…下唇を むいと突き出すと、そのまま黙りこくってしまって、まだ少々元気が出ない。滅多になく心から怖がった、その後遺症というやつだろうか。隣りに座って頭を抱え寄せる。
「ほら、元気出さねぇか。」
 腕の中に見下ろした顔が…いつになく神妙で。自然な動作だったのだろう、すいっと見上げて来てのいつもの癖、相手の瞳の底まで覗き込むような見つめ方までもが、
“あ、えっと…。”
 どこかすがって来るような気色を帯びていて、思わず“くらり”と吸い込まれそうになる。
“…ま、まずいぞ、こりゃ。”
 日頃からそれはもう懐かれていて、今回のように当たり前に飛びつかれ抱きつかれして来たが、そんな彼の温みや感触には…慣れるどころか、実を言うと心臓に悪い反応が、こんな明るいうちからでも出かかることがある今日この頃。まだまだ子供なせいで柔軟性と細かいきめを保ったままな肌は、くっつくとさらっと馴染んで心地いいし、温みは人懐っこい彼という存在そのもの。大胆で向こう見ずで、純粋で無垢。
“う〜〜〜。///////
 その塊りに抱きつかれて平静を保つのが、どれほど苛酷な精神修養の代わりとなるかは、このところめきめきと腕が上がった居合いの腕前を見れば歴然で…じゃなくって。これはどうやら…本人さえも気がつかないうちに、彼にだけ過敏に反応する獰猛な何かが身の内に生まれ育っていたらしく。それを押し込めるのに往生してた模様を誤解されかかり、そうじゃないんだと“えいっ”と相手へも吐露したことから…晴れての相思相愛となれたは良かったが、
“ちょっと待て、ちょっと待てってッ!///////
 いきなり反応しだして、耳鳴りがしそうなほど加速を増した心臓に、何とか“待った”をかけようとする。先程は何とか平然としていられた。もともと相手も“こういうこと”には鈍感だし、何より“パニック状態”になっていたから、実は結構焦っていたのだと気づかれることもなかった。だが、今は? ちょうど“凪”の時間帯らしく、さざ波の音も静かな甲板は、息を呑む音さえ生々しく響くようで焦りを誘うばかり。しかも、彼一人に慰め役を押しつけた他の面々も故意に足を遠去けていて、もしかして…物凄く整ったシチュエーションなのでは?
“何が整ってるってっ?!”
 あらあら、剣士さんたら、今更お堅い人ぶるんですの? 誰にも代えられない、そりゃあ大好きで大切な船長さんには違いないんでしょうに、ねぇ?

  「どしたんだ? ゾロ。」

 かっくりと。小首を傾げた仕草もまた、微妙にあどけなくて………。

  “可愛いじゃねぇか、この野郎〜〜〜。///////

 舟幽霊のバカヤロが、昼日中から怖い想いをさすんじゃねぇっての。そんな余波でこんなコトになっちまったんだろうがよ…と。時と場所をわきまえないノリで盛り上がってしまった“体内環境”に苦慮しつつ、ルフィの嫌いなもんは俺も嫌いだと言わんばかり、今日この時から“舟幽霊”が憎くて堪らん身になってしまった剣豪さんだったそうである。




   …………………………ホンマか?
(笑)






  〜Fine〜  05.3.22.〜3.24.


  *何だか なし崩しっぽくてすいません。
   今更なネタですいません。
   このところこういう書き逃げが多いような気がしてますが。(おいおい)
   春は取り留めがなくて困りもんです、ええまったく。(こらこら)

ご感想はこちらへvv**


back.gif