蜜月まで何マイル? "蜜月オムライス"
 

 春のそれのような、初々しくも ほわほわ人懐っこい柔らかさよりも。玻璃のように冴えて透き通った陽射しの降りそそぐ、ここいらはどうやら秋島海域であるらしく。我らが"麦ワラ海賊団"を乗せたキャラベル船は、いい日和の中をゆったり余裕の航海中。天下に名だたる"魔海"ことグランドラインの真っ只中だというのにも関わらず、このところは…嵐にも乱海流にも、海賊にも海軍にも遭遇しないまま、至ってのんびりとした航海が続いている。先の補給で立ち寄った島で得た情報によれば、次の島までは今少しの日程がかかるのだとかで。前世でよほどの悪さでもしたのか、毎度毎度 何かしらの騒動なり悶着なりに関わらずにはいられない、困った運命の星の下に生まれたらしき船長さんのお陰様で、命が幾つあっても足りないくらいの様々な冒険やら災難やらに巻き込まれ続けて来た彼らだから。こんなにものんびりと、何にも起こらぬままに過ぎゆく日々の安穏に耽っていられるというのは久々のこと。掃除や洗濯、船体の営繕といった日々の雑事を済ませてから、それでも余った時間を生かして…資料ばかりが溜まっていた海図や日誌をまとめてつける者、通って来た島々で得た珍しい薬草や新しい知識の整理に勤しむ者、やはり珍しい土地で入手した奇抜な香辛料や調理法を試してみている者、出先で意気投合した科学者とやらに聞いた火薬の調合を試したくてうずうずしている者、中途になっていた山積みの歴史書の読破に集中する者などなどと、皆して思い思いの休息を取っていたのだが、


  「ゾロなんか大っ嫌いだっ!」


 通りのいい舌っ足らずな声が、そんな台詞を思い切り。そんなに広い船でもないので、よほど意識して声を潜めないと簡単に会話が筒抜けになる甲板で、思い切りのいい一言を投げ付けた"甲"は、この海賊団のキャプテン、モンキィ=D=ルフィといい、それへと対し、
「ああ、そうかい そうかい。」
 さして意に介してないぞという、気のない声を返した"乙"は、この海賊団の戦闘隊長、ロロノア=ゾロという。ほんの先程まで、いつもの定位置である上甲板にて、船長さんの"甲"は舳先の羊頭の上、そしてお守り役の"乙"はその後方にて柵に凭れて、相も変わらぬ構図のままに他愛のない会話を交わしていたらしいのだが。何がどうこじれたのか、舳先から飛び降りた"甲"が"乙"の傍らまで詰め寄ったものの埒が明かなかったらしく、そこでの先の一言が発動された模様。何だか険悪、一触即発。それ相応に腕力のステータスも高い二人なだけに、掴み合いの喧嘩にでも発展したらば只では済まないのではなかろうか。いやいや、そんなことよりも。日頃は、傍から見ているだけで何とも言えない苦笑がついつい零れてしまうほど、それはそれは仲がいい彼らだというのに。こんなに激しい調子での冷たい仲違いになるなんて、果たしてちゃんと修復出来るのだろうか…と、いつもなら心配して右往左往するトナカイドクターは………。
「チョッパーなら朝寝の最中だぜ? 昨夜の見張り当番だったからな。」
 船内のあちこちを見回してた筆者へ、そんなあっけらかんとしたお声を掛けて下さったのは。自分のお城のキッチンにて、昼食の後片付けに手をつけていた、金髪碧眼の美丈夫シェフ殿である。いい日和だとあって、前方へ向いたドアを開け放っていたので、先程の船長さんの憤懣いっぱいなお声もくっきり聞こえた。………とはいうものの。昼食に使った食器を洗っているシェフ殿も、この場にたまたま居合わせた航海士さんも。ここではなくて中央部の主甲板にて、片やはデッキチェアに座っての読書、もう片やは試験官を並べての薬の調合に勤しんでいる他のクルーたちも、さして動じる気配はない。そんな彼らの胸中に浮かんだフレーズは奇しくも同じ一言で、

  ――― ああ、またかい。
(…笑)

 大きな琥珀色の瞳と、ふかふかの小鼻に頬。ちょいとつつけば屈託のない笑みがすぐにも浮かぶ、大食らいなお口。無邪気で童顔でチビちゃい、けどでも底無しにお元気な船長さんと。短く刈られた緑の髪に、冴え冴えと鋭い切れ上がった瞳。鍛え抜かれた屈強な体躯に、鬼さえ逃げ出す強靭な精神力を宿した剣豪さんと。このご陽気な海賊団の中でも飛び切り仲がいい彼らだが、その分、時たまながら、取るに足らないことで喧嘩もするらしく。………とはいえ。この世の終わりが来たって口利いてやらん、というほどに怒っていても。右向いて左向いてる間に、元の莢
さやに戻ってるような奴らなので、真面目に心配すると馬鹿を見るってのを、周囲の皆も重々承知。
「…まあ、ここんトコ暇ですからねぇ。」
 それでなくとも…戦闘班の彼らだけに、平和で暇であればあるほど、そのお仕事・役目というものも無くなる身な訳で。
「人間、暇になるとロクなことをしないって言いますからね。」
 小人閑居して不善を為す…ですね。いつもなら気にも留めないような、些細な言葉尻の行き違いか何かで揉めているんだろうと、無難な辺りを見越したらしき、サンジの苦笑混じりの一言へ、
「何でもいいわよ。こっちに とばっちりとか八つ当たりとかが回って来ないならね。」
 知性派のナミさん辺りともなれば、男同士の下らない痴話喧嘩になんぞ、関心さえ沸かないらしい。こつこつと午前中から続けていた航海日誌の記載をなんとか終えたらしき彼女は、使い込まれた分厚い日誌をぱふたんと閉じると、その細い首をこきこきと左右に倒して見せる。
「あ〜〜〜、何だか肩が凝っちゃった。部屋で少し休むわね。」
「はい、判りやしたっvv」
 あとでハーブティでもお持ちしますねvvと、ハートマークつきの愛想を振り蒔きつつ、細いが しゃきんとしたナミさんの背中を見送れば。それと入れ替わりに入って来たのへ、自然なこととて視線が留まったサンジであり。
「………ル〜フィ。なんて顔してんだよ、お前は。」
 ぷんと頬を膨らませた、それはそれは判りやすい膨れっ面。先程の啖呵を切ってから、さて。定位置があるせいでその他にはこれという行き場を持たない彼であるが故、こういう時に不貞腐れていられる場所というの、決めてはいないらしくって。
"見張り台じゃあ、立ち上がればすぐさまクソマリモが見下ろせるしな。"
 後甲板に向かっても良かったが、丁度横手に見えたこのキャビンのドアに注意が向いたというところだろうか。一人になって拗ねたいと後ろ向きなことを思わなかった辺りからして、これはやはり、
"さほど根の深い喧嘩では無さそうだな。"
 洗い終えて平ザルに伏せ、水気を切っていた食器。今度は乾いた布巾で一枚ずつ水気を拭いつつ、肩越しに背後を ちらりんと眺めれば。麦ワラ帽子がテーブルの上へ、斜めになって載っかっている。椅子に腰掛け、そのままパタリと、テーブルの天板の上へ上体を倒して突っ伏した船長さんであるのだろう。そんな彼へ、
「…どうしたよ。」
 同じ空間に居るんだし、自分と彼とは喧嘩なんざしてはいない。あんな野郎との痴話喧嘩なんぞ、先にも述べたが どうせあっさり決着するに決まっているから。わざわざ腰を上げて、執り成してやるつもりはないけれど。それでも、話くらいは聞いてやるかなと、何げないトーンの声を掛けてやると、
「知らん。」
 不貞腐れたようなお答えが返って来て………。

  「そんな返事があるかい。」
  「はい…。」

 一応は気を遣って、帽子を退
けてから。しゅうぅ…と湯気の立つほどに、頭へ"踵落とし"をきっちりと決められて。身を起こしたルフィがようよう反省の態度を見せたのは、お約束の流れですかね。(笑) 何をそんなに不機嫌なのか、ゾロと一体何を揉めたのかと訊いているサンジなのだと、あんな短い台詞からでも何とか判るらしいルフィだったが、
「でもな。切っ掛けっていうか、何に引っ掛かったのかは覚えてないんだ。」
 サンジが"おやおや"と呆れたように、綺麗な水色の目許を細めて微笑った。でもだって、ホントのこと。発端は忘れた。ただ、なんかむかっと来たのだけ覚えてる。此処と同んなじ、明るい光が一杯だった上甲板。いつもと同じように話していただけなのにな。何か…何だったかが呑み込めなくって。何だよ・それって、そんな風に突っ掛かってしまって。そいでサ、ゾロはゾロで"悪りぃ悪りぃ"とは言ってはくれなくて。そいで、何か、もっとムカッて来てサ。何だか ぐちゃぐちゃ。頭の中も胸の中も腹の中も、苦いみたいな酸っぱいみたいな重たいみたいな"何か"で むわむわしてる。大声出したい、暴れたい。でも、そんなのって小さい子供の駄々みたいだし。そうと思うとますますムカついて、ううう…ってなっちゃう。


  「ううう…。」

  ――― ありゃ? まだ我慢してるのに、今の声は?


 頬っぺをくっつけてたテーブルから顔を上げて、肩越しに戸口の方を見やれば。ほてほてという のんびりした足取りにて、大きくお口を開いて欠伸をしながらキッチンへ入って来た者がいる。見張り明けで今まで寝ていたチョッパーだ。
「腹、減ってるだろう。何か食うか?」
 流し台の前からやさしいお兄さんがリクエストを訊いてやると、小さなトナカイドクターは"にこぉっvv"と笑って、
「うん。えと、オムライスがいいvv
 舌っ足らずの愛らしいお声でのご注文。それに続いて、
「あ、俺も俺も。」
 ルフィまでもが便乗したものだから。お前な…と、サンジがちらっと眉を吊り上げかかるも、
"…ま・いっか。"
 さっきまで不機嫌そうだったお顔に"御馳走への期待"という笑みが戻っていたので…肩をすくめて聞いてやる。チョッパーみたいに医者ではないから、病は治せない自分だが、得意分野で治したり癒したりしてやれるものがあるのなら、まあ手をかけてやっても良いかなと。何だかんだ言ってもルフィには過保護なお兄さん。手際よくタマネギや鷄肉を刻み、取りおいてた冷やご飯と一緒に炒めて、ヴィオンとトマトピューレ、ケチャップで味付けをする。
「俺、サンジの作る料理の中で、オムライスが一番好きだなvv
 ふんわり香って来たトマトケチャップの匂いにうっとりしながら、チョッパーがワクワクとそう言えば、ルフィもにんまり笑って、
「俺もだ。」
 そんな調子のいいことを言う。嘘をつけ、お前の好物は肉だろうがと、シェフ殿が背中で突っ込むと、
「肉は別格だからな。それ以外の中で。」
 珍しくも小理屈を言うルフィであり、
「サンジの作る色々な料理やお菓子はどれも好きだけどサ。おやつの中で一番好きなのがオムライスだっ。」
 おやつって…。
(笑) 胸を張って言い切るルフィであったものの、
「けど、俺、今までにルフィが"オムライス食べたい"ってサンジに頼んでるトコ、一度も見たことないぞ?」
 チョッパーがきょとんと小首を傾げて、
「…そだな。何でだろ?」
 こらこらこら。ご本人が何言ってる。
「???」
 腹もちが良くって勿論美味しくて。でも、日頃はそうだってこと忘れてるんだよな。何でだろうな。あれれぇ?と。首を傾げているその前へ、
「ほらよ。」
 レモンの形のお山が湯気を立てて載っかったお皿がすべり込む。ふわふわ玉子のケープに包まれたケチャップライスのお山に、サンジ特製のデミグラスソースがかけられた、ほかほかのオムライス。
「うわぁっ、美味そうっ!」
 チョッパーと二人、お顔を見合わせ、それからぱんっと胸の前で両手を合わせて、

  「「 いただきま〜すvv 」」

 考えるのは後回し。冷めたら勿体ないからと、さっそくスプーンを手にするお子様二人。チョッパーは蹄を使っているのだから、むしろ器用な方なのだが、
「だ〜〜〜、もうっ。何遍教えても直らんな。お前のその"赤ちゃん握り"はよ。」
 スプーンの柄を真っ直ぐに握り込む、何とも子供っぽいスプーン使い。最初の内はナミもゾロも口うるさく言ってたことだが、今ではサンジが眉を顰めることがあるくらいで、仕方がないかと黙認されている悪い癖。サンジとてマナーを守れとか何とかと口うるさく言いたい訳ではない。この持ち方でよくもまあ、口まで無事に運べるもんだと、そこを懸念してのお言葉で。順手で持ったり逆手で握ったり、結構器用にこなしている様を見ると、これもやっぱり"ま・いっか"に帰着するのだが…。そんな気遣いをされてる側はというと、
「あ〜vv やっぱり美味しいなぁ。」
 ほくほくと頬張りながら、チョッパーと見交わし合う視線がついつい笑ってしまう。コクがあるのにしつこくはないデミグラスソースは、ふかふかの玉子との相性が抜群で。その次に舌へと届く甘酸っぱいケチャップライスの爽やかな酸味と、ジューシィなチキンやタマネギ、マッシュルームの食感が、絶妙なるハーモニーを奏でて………。

  「「 あああ、しあわせだよ〜いvv 」」

 そりゃあ良かったこと。
(笑) どんな美辞麗句よりも能弁で分かりやすい、蕩けそうなほどの陶酔に満ちた、二人のお子様たちのお顔を見やって、シェフ殿もまた満足なさったらしくって。ふふんと小さく笑いつつ、風向きを考えながら紙巻き煙草に火を点けたが、
「こんなに好きなのにな。何でいつもは思いつかないんだろう。」
 久し振りに食べるオムライス。ということは、チョッパーが言ったように日頃は思いつかないでいたからだ。でもでも、こんなに美味しくて好きなのになんでだろうか…と。ルフィがさっきの疑問を思い出したらしいのへ、くふんと やっぱり笑って見せて、

  「そりゃあお前、俺様の作るもんに"外れ"はないからな。」

 流しの上の窓の方へと抜ける風へと乗せて、最初の一服、紫煙をふうっと吹き出してから、
「あれが食べたい、いやいや これが食いたいなんて、他のを思い浮かべている余裕なんざ与えねぇからだよ。」
 サンジは得意げに言い放つ。船の食事ほど難しいものはない。何しろ制約が山のようにある。航海中は使える食材も限られているし、その食材も"賞味期限"があるから無駄にしないようにと心掛けねばならないし。栄養バランスの良いメニューを常に提供し、尚且つ、退屈な船旅での大きなお楽しみであるがゆえ、マンネリにならぬよう、バリエーションの蓄えもなくては船のコックは勤まらない。これが軍隊だの教練だのという航海の中の、必要最低限の栄養摂取だけが目的な食事で良ければいざしらず、そしてそして、一流シェフとしての誇りや意地もあるがゆえ、半端な仕事はしちゃあいないと、胸を張るサンジであり、そんな彼の言いようが。


  ――― あれ?


 何かに似てる。そんな気がしたルフィである。

  『他のを思い浮かべている余裕なんざ与えねぇからだよ。』

 他の。他の欲しいもの。他のが良いなぁなんて、ちっとも思わせないから。だから、気がつかなかったの。それが一番好きなんだってこと。

  『あいつの喧嘩だ、手を出すな。』

 いつも一番傍にいて、いつも一番ルフィの気持ちを判ってくれるゾロ。どんなに苦しい修羅場にあっても、信じている通りの結果を、勝利を、必ず持って来てくれるゾロ。寡黙というより言葉を探すのが億劫だからと、黙ったまま肌合いで読んだ状況へ…直感で応じて本能反射で動いてるように見えるけど。実は実は、結構計算しての判断を下しているし
おいおい、彼なりに優しくて懐ろが深くって。自分の本意ではないけれど…ルフィならそっちを選ぶんだろうなと、誰よりも素早く察知して。艱難いっぱいな冒険を嫌がって未練がましく騒ぐ者へ、
『諦めな、ルフィは もうその気だ。』
 なんて言ってやり、わざわざ言い諭したりもするほどで。

  "…でも。"

 自分がゾロを一番好きだって思ってるところって、そんな風に自分の意を酌んでくれるところだったかな? 黙ってたって通じてるのが嬉しいのは、それが他でもない"ゾロと"だからで。誰が相手でも同じくらいに嬉しいってことじゃあない筈だ。

  「……………。」

 不意に考え込んでしまったルフィであり、半分ほど崩されたオムライスのお山をじっと見つめていた船長さんだったが、
「………うんっ。」
 何かしら意を決すると、再びスプーンを動かし始める。そんなそんな、何とも分かりやすい"納得"を目撃し、
"仲直りの糸口くらいは見つかったのかな?"
 煙草を吸う仕草に紛れさせて、声を忍ばせての苦笑を洩らしたシェフ殿だった。









            ◇



 ぺたぺた…と。その音を潜めようとなんて欠片
かけらほども思ってはいない、無遠慮なまでの足音をさせて、上甲板に戻って来た気配があって。
「………。」
 此処へと上がって来るより前から気づいてはいたが、ご機嫌を取り結ぶというようなややこしいことは面倒だったので。瞼を伏せたまま、寝たふりを続ける。特に意識してのものではない。半分眠りかけていたのは事実。陽射しはぽかぽか暖かで、風も爽やかで。午睡には持って来いの昼下がりではないか。
"………。"
 …の割には、なかなか寝付けない彼なのだが。
"うるせぇよ。"
 あはははは…vv 瞼を降ろしたまま ぶつくさ言ってる、こちらさんも実は…少なからず へこんでいるらしき剣豪さん。些細な言葉の行き違い。ちょっと眠くなって返事を怠ったら、そのタイミングが不味かったらしくって。

  『ゾロなんか大っ嫌いだっ!』

 一気に機嫌を悪くしたルフィであり。日ごろなら屈託のない彼のこと、このくらいでそこまで愚図ったりはしないのだが、退屈が過ぎて心のどこかで駄々が蓄積していたのかも。そんなこんなで、気持ちがちょこっとばかりズレてしまった些細な喧嘩。あまり面白い事態ではないけれど、さりとて必死になって修復を急ぐほどのもんでもなかろうよと、呑気に構えて…いる振りをしていたゾロであり。とたとたと近づいて来た足音とその持ち主の気配にも、ともすれば大人げなく、知らん顔を決め込むつもりでいたのだが、

  ――― え?

 とたとた、足音はどこまでも近づいて来て。自分の上へ落ちていた陽射しをも遮って。止まらないまま…なんと自分の上を跨いだもんだから、
"そこまでやるかい。"
 拗ねた子供の当てこすり。わざとらしい悪戯や嫌がらせのつもりだろうかと、口許を曲げかかったゾロだったが、

  "………っ!"

 そうこう感じた気持ちが"しゅわん"と呆気なく消えたのは、軽い重みが膝の上、正確には"腿の上"へと乗っかったから。柵に背を預けて凭れる格好で座っていたゾロの足に跨がったルフィであり、
「…何のつもりだ。」
 眸を開けると真っ正面にいつものお顔。大きな琥珀色の瞳がまじっと見つめて来るのが、実を言えば…遮られた陽射しよりも眩しく思えたゾロだったのだが、そんな間合いへ、

  「ごめん。」

 お日様さんの声がした。あんまり短い一言だったので、
"…?"
 ゾロが怪訝そうに眉を寄せる。聞こえなかった訳ではない。ただ…ほんのついさっきの喧嘩であって、こうまで短い間に、しかもルフィの側からここまでくっきりと折れて来たというのが意外だったものだから。ごめんなさいという言葉、別な意味もあったのかなぁなんて、間の抜けたことをついつい思ってしまった彼だったらしくて。
「…どうしたよ。」
 怪訝そうに…というよりも、キツネにつままれたようなキョトンとした顔。眉間のしわさえない顔なんて久々に見るなと感じたルフィであったほどで。いや、それはともかく。
「どうしたもこうしたもねぇ。もう喧嘩は辞めだ。ごめんなさい。」
 サンジの作るオムライス。大好きなのに思いつけないでいたのは どうして? 一緒にいると心地の良い、相棒のゾロ。なんで心地が良いのかの"始まり"を、もしかして うっかりすっかり忘れてた自分。強くて頼もしくって、自分のこと一番分かってくれてて。でもね、それだけじゃなかった筈。今の時代には遠大な野望を持ってて、それを叶えるために海に出たゾロ。貫くためには なりふり構わない、ただただ強くなりたい。そんなギラギラした奴だったところに、一目惚れしたのではなかったか? もしかしたら、そうそういつもいつも わざわざ意識しないで良いことなんだろうけれど、それでもね。自分をじゃらすために仲間になってもらった訳じゃないんだから。ゾロのこと好きなのも、こうやって傍にいるのが気持ち良いのも、その雄々しさを見込んだ男だから…が先に来るんだと、
"うっかり忘れててごめんな。"
 跨がった分だけ少しだけ目線が上になった高みから、大好きなお顔を惚れ惚れと見下ろしつつ、ほこほこ笑って見せるルフィであり、
「…ふ〜ん。」
 深くは訊かないまま、でもね。頭の後ろ、手枕をほどいて。その手を腕を回して来て、きゅうと抱っこしてくれるゾロであり。えへへvvと笑うのへ笑い返してくれて…あっさりと"仲直り"が成立した模様である。




  "あいつらの場合は、いつだって痴話喧嘩なんだもんな。"

 それも、騒ぎの割にあっさり自己修復してしまうクチの、ある意味、一番 端迷惑なばっかりな種のそれで。分かっているのに何でだか、ついつい手を貸してやってしまう、お人好しなコックさん。陽を透かす金の前髪の陰にて苦笑して、
"…ま・いっか。"
 さて、ナミさんとロビンちゅあんにハーブティを供する準備だと。短くなった煙草を携帯灰皿にねじ込んで、キッチンへと取って返した痩躯がなかなかに頼もしく見えた、秋の海域、とある昼下がりのお話でした。









  aniaqua.gif おまけ aniaqua.gif


    「…お前、オムライス食ったな?」
    「うん。けど、こっちには匂いしなかったろに、なんで判ったんだ? ゾロ。」
     自分の口の端、舌先でぺろりと舐める剣豪さんであり。
    "………判らいでか。"
     ですな、こりゃ。
    (笑)





  〜Fine〜  03.11.7.〜11.9.

  *カウンター 109,000hit リクエスト
     hanta様『バカップルな痴話喧嘩をしつつも
              イチャイチャラブなゾロル話』


  *何だか物凄くお待たせしてしまって すみませんです。
   リクいただいてから、1週間以上かかってますものね。
   時間が掛かった割に何だかな? な、お話かも知れませんが、
   (サンジさんが妙に目立ってるし…。ううう…。)
   hanta様、どか、ご笑納くださいませです。

  *さて、
   ここんとこ"インディアンサマー"な気候が続いておりますが、
   それでも…ウチのサイトはよっぽどのこと、
   秋冬向きらしいなと実感しております。
   こういうラブラブものは、
   書くにも読むにも"最適気温"というものがある。
(笑)
   頑張って更新してゆきますので、これからもよろしくですvv

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