蜜月まで何マイル?
  
 "ハニーブレンド・ダージリン"
 

 
 甲板をさらう北風に乗って来るのか、時折、灰色の空から白いものが舞う。ここいらはどうやら"冬島海域"であるらしく、薄氷が張ったような冴えた空気に、トナカイドクターは懐かしい空気だなと小さく笑い、お元気な船長はもっと積もるくらい降ればいいのになんて言って、ダウンジャケットを引っ張り出して来た航海士嬢から"馬鹿なこと言わないでよねっ"と、容赦のない拳でがっつりと殴られていた。

  『寒くて体は動かないわ、燃料は嵩むわ。
   洗濯物だって乾かないわ、油断してると風邪を引きかねないわ…なのよっ?
   これ以上寒くなるなんて堪らないわよっ』

 ごもっとも。
(笑) クルーたちもそれぞれに、防寒を念頭に置いた格好に衣替えを遂げていて、とんでもないことを言い出したルフィでさえ、内側一面にボアのついた温かそうなジャケットを羽織り、薄いながらもダウン仕立ての長ズボンという恰好。

  「今日の空はこれでも晴れてる方だけどな。」

 丸ぁるい角をこつんと押しつけるようにして、船窓から甲板の方を見やっていたチョッパーが呟く。今日は小雪もちらつかないが、それでも空は一面灰色で、
「晴れてる?」
「うん。ドラムでは、ね。」
 一年中極寒の雪国だったドラム島。そこに適応出来るトナカイの身であったればこそ、懐かしいなと のほのほ思い出せているチョッパーだったが、
「青い空なんて、何十年かに一度、有るか無いかだったもの。」
 だから、雪の降らない このくらいの明るい曇天は"晴れ"扱いだったのだとか。
「そうだったらしいわね。」
 高熱を出した身だったナミは、昼間のドラムをあまり知らないので、小さく首を傾げて見せるのみ。懐かしいなぁという彼の微笑い方が、何とも愛らしかったので。ルフィにやって見せたようなやや乱暴な"合いの手"は出ないまま、温かいお茶を飲み干すと航海日誌の整理にと女部屋へさっさと引っ込んでしまった。女部屋は船の一番奥まった場所なので自然と一番暖かく、波も風も落ち着いている間はそこでヌクヌク過ごすつもりらしい。炭を切らすことのないオーブンの余熱のおかげで、キッチンはほこほこと暖かく。いつもだったら昼間は大概、甲板のそれぞれの定位置に居座る筈な面々も、この寒さにはさすがに閉口したらしく、ベンチやテーブルの周りにごろっちゃしており、
「こんなに空全部を雲が覆ってても"晴れ"なのか? チョッパー。」
 おやつの蜜がけデニッシュとココアを堪能していたルフィが、やっと窓から離れたところへ小さめのマグカップをサンジから手渡された小さな船医さんへと問いかける。1つ1つ、暖めたミルクでゆっくりと練って溶いての優しいココア。コックさんの心くばりもまた味のうちという逸品を、こちらさんは贅沢にも…ぬるくしてから ぐぐ〜いっと一気に飲み干した船長さんであり、
"ま、好きな飲み方すりゃあ いんだがな。"
 手をかける甲斐のない奴だよなホントと、肩をすくめたサンジの傍ら。こちらさんもまた…トナカイなのに猫舌なチョッパー、カップへふうふうと息を吹きかけながら、
「雲で覆われてるのかどうか。ただお陽様が見えてないってだけみたいだしね。」
 そんな答え方をする。
「…え? だってよ。」
 空ってのは青いんだろ? その色が見えてないんだからサ、雲が覆って隠してんじゃねぇのか? 大きな瞳をきょろんと瞬かせるルフィへ、

  「違うわよ?」

 静かなお声が淑
しめやかに届いた。
「空の色は…ううん、地上に溢れるあらゆるものも そもそもは一律に灰色なの。色はそれぞれに"付いているように見える"だけ。赤も青も黄色も、全ての色は太陽の光がその表面でどういう反射をするかで生み出されるの。」
 お膝の上、読み終えたばかりの上製本の表紙を手のひらでそぉっと撫でながら、柔らかく笑ったロビンは、
「お陽様が出ている時は、空気の中の小さな小さな塵や埃に当たった太陽光が屈折してね、可視光線の中で一番波長が短い青がたくさん氾濫するから一面の青に見えるだけなの。」
 穏やかな笑顔で、そんな風に説明して下さった。太陽の光は、たとえばプリズムで分解すれば分かるように何種類かの波長の光が集まって出来ている。そんな中でも青は特に波長が短いものだから、人の"見る能力"の範囲に識別出来る格好でたくさん氾濫しているんですね。海が青く見えるのも同じ理屈でして、水の分子に光が乱反射した結果、青く見えるのであって。海の底にある赤い珊瑚は、光が当たらないから青や黒っぽく見えて、ちゃんと"保護色"になっている訳です。逆に、秋の夕日がいつにも増して茜色に染まってスペクタクルなのは、空気が乾いているがため、含まれている塵が少なく澄んでいるその上に、夕陽の斜度も長く斜めに入るので、波長の長い赤が常よりたくさん見えるからです。

  「ほえ〜〜〜、ロビン、凄げぇ。」

 相変わらずの博識ぶりへ感心して見せる素直な船長さん。
「あら。船医さんだって知っていたわよね?」
 それなのに ごめんなさいね、説明の舵取りを勝手に横取りしてと。クスッと笑った綺麗なお姉様であり、
「鼻にかけないところがまた、素敵だよなぁ〜〜〜vv
 シェフさんまでもが相変わらずの蕩
とろけぶり。(笑) チョッパーも知ってたことだと持ち上げられて、うふふvvと嬉しそうに笑ったトナカイさんは、だが、

  「さあ、交替して来るぞ。」

 ふうふうと吹きながらゆっくりと飲み干したココアに"御馳走様vv"とお行儀よく微笑って見せた愛らしい姿から、一気にむんと青年Ver.の姿へ変身。
「交替?」
「おお。今から見張りだ。ウソップが待ってるから早く行ってやんないと。」
 この海域の情報はあいにくと少なくて、前の島でもあんまり話を拾えなかったため、風や海流はともかく、それ以外の危険がないか、一応の警戒をしての航行なのだ。
「あ、じゃあ、俺も行くっ。」
「え?」
「だってよ。俺、ここんとこ見張りに立ったことねぇし。」
 にっぱりと笑って見せるこのルフィが滅多に見張りを仰せつかったことがないのは、船長だから…ではなく、注意力が散漫だから。その関心の方向性というか何というかが随分と独特であるがため、見とがめるべきものへ注意しないケースがあまりに多すぎて"見張り"の意味をなさないその上…夜中は独り寝出来ない身の上だからで。
"…そういや、この話は"蜜月"でしたね。"
 あははvv フォローをどうもです、サンジさん。
「でも、見張り台は寒いぞ?」
 自分は毛皮や特製の皮下脂肪がある身だから平気だけれど、と。心配して言い返すチョッパーへ、
「チョッパーと一緒だったら寒くねぇだろ?」
 にんvvと笑った船長さん。どうやら、チョッパーのふかふか毛皮にくっつく格好にて、見張り台に上がって暇つぶしをしたいらしい。それは嬉しそうに"早く行こうぜ"と立ち上がった彼だったが、
「ああ、待て待てルフィ。」
 サンジが声をかけ、何だ?と振り返った童顔を、立ちのぼる蒸気も暖かな蒸しタオルがばふっと覆って。そのまま 手のひらでぐいぐいと拭い始める。
「どわっ。」
「ほら、じっとしねぇか。」
 ったくよ、蜂蜜まるけの口しやがってと。丁寧に拭ってくれたのは、おやつのデニッシュから移ったらしき、甘い蜜の てかり。

  「アリがたかったらどうすんだ。」
  「こんな海の上にアリなんかいねぇよ。」
  「判んねぇぞ、ナミさんのミカンの鉢にだって時たま青虫がいるくらいだ。
   どっかから紛れ込んだのが いねぇとも限らん。」

 そんな逞しいアリだったら、きっと口ん中にだって入ってって、歯をガンガン削って虫歯を一杯こさえるかもな。え?え? 虫歯ってアリがこさえるのか? …と、何だか話がどんどん脱線し倒して。そんなことはありえないぞと言いかけたチョッパーのお口を、にゅうっと生えて来た白い手が塞いだものだから、
「うあ〜〜〜。虫歯ってアリが原因なのか。」
 これはウソップにも聞かせないと。いやあいつはきっと知ってるさって言うに決まってるぞ。え? そんな有名な話なのか?…と。なかなか楽しくも面白い会話が繰り広げられている中にあって、


  「………で。見張り台には上がるのか? 上がらねぇのか?」


 キッチンの隅の壁に凭れ、じっと眸を伏せたままで座っていた人物が、おもむろにそんな声を掛けて来た。
「…あ、そだそだ。」
 うっかりしてたとチョッパーが急いで出て行き、その後をルフィも追う。そしてその後を、
「こら。毛布を持ってかないか。」
 うっそりと立ち上がった…こちらさんも珍しくもダウンジャケットを着込んだ剣豪殿が、傍らのベンチから、さっきまでルフィがくるまっていた毛布を大きな手に取り上げながら、悠々とした足取りにてキッチンを出て行って。


  ――― ……………。


 にぎやかな話し声が甲板へと遠ざかり、キッチンは逆に、少しだけ静けさを取り戻した。オーブンの上には夕食用のスープの大鍋。考古学者嬢に会釈を見せてからサンジが火を点けた煙草の、少しだけほろ苦そうな香りが、今まで室内一杯に満ちていた蜂蜜色の幼い匂いを苦笑混じりに掻き回す。さらさらとろりと温かな静寂。そんな中へ、

  「面白い子たちよね。」

 年上のお姉様、大人びた面差しをくすんとほころばせて、テーブルの上へ頬杖をつく。すぐに脱線する会話。騙されやすい船長さんと、ユーモアを真正直に訂正してしまう、こちらも幼い船医さんと、それからそれから、

  「むっつりすけべえな マリモ頭も込みで、ですか?」

 転寝している振りをして、実は…話を全部拾っていたに違いないゾロ。ルフィがいない場であったなら、遠慮なく爆睡していたことだろにと、それも傍からは重々分かることだものだから。厳
いかつい武人でありながら、何とも分かりやすい可愛らしさを見せる剣豪殿には、苦笑が絶えないロビンであり、サンジでありもするのだろう。
「食べる方面ではまるきりダメなくせに、人間が甘い奴ですからね。」
 些細なことへこそ"馬鹿野郎、何してやがんだっ"と無謀を怒鳴りもするくせに、途轍もない冒険やも無茶苦茶であればあるほど、

  『奴が決めたことだからな、好きにさせとくさ』

 その余裕が頼もしい"放任主義"を示して見せる。

  "…けどなぁ。"

 そうと見せかけといて…彼の真剣勝負に雑魚が邪魔だてするのは許さぬと、露払い役もいとわぬ徹底した過保護振りだし、それにそれに。
「決して"同性愛者"ではないのにね。嫉妬を向けるのは大概あなただというのが、面白い反応だわ。」
 根っからのタイプとして、女よりも男に性的な食指が反応するという人物では決してない。たまたま、今現在の気概のベースにある価値観やら熱情やらを、男の子であるルフィに鷲掴みにされているだけ。だというのに…冒険の中で知り合った可愛い女の子たちには、どんなに手を貸そうと関わろうと全く妬
きもしないものが、自分と同じ年頃の男であるシェフ殿が…さっきのように手をかけたり、船長さんの丸ぁるいおでこにコツンなんて額をくっつけたりした日には、

  「今にも血の雨が振りそうなオーラが放たれているのですものね。」

 お姉様はくすくすと笑ってらっしゃいますが…それはまた物凄い。
(笑)
「いい男には負けん気が敏感に働くんでしょうかね。」
 こちらも くつくつと愉快そうに笑うサンジへ、

 "いい男云々は勿論のこと、危険な人物だからと敏感なのかも知れなくてよ?"

 本人にも自覚はないのかも知れないからと、口に出しての野暮な提言は慎んで。小粋な笑顔でお茶のお代わりを勧める、金髪碧眼、長身痩躯のエレガントなシェフさんへ、微笑ましげなお顔のままに、深色の瞳を意味深に細めて見せるお姉様であったりするのである。






  〜Fine〜  04.1.25.


  *アニメはこれからが"空島編"の正念場ですが、
   本誌の方では次の冒険が始まっているのだそうで。
   ………ロビンちゃんにもGM号に乗り続ける理由が出来たその上、
   海賊版の"花いちもんめ"ですって?
   ま、まさか、これで誰かが船から降りる羽目に?
   それって自由意志からじゃないってこと?
   あっけらかんとした中にも、こそりとスリリングな設定みたいで、
   何だかドキドキしております。


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