蜜月まで何マイル?
     "トライアングル・アンビバレンツ" B
 




          



 卑怯で上等、外道が正道。飛び込む前からそんな世界だという覚悟はあった。情なんて邪魔なだけ、他人を信じるなんてまだまだ人性が甘い証拠。卑劣であればあるほどに、此処じゃあ生き残れる。だから…判るだろう? そっちが正論なのだろうかと、思わず錯覚しかねないくらい、そんな言いようをして高笑いする下衆のなんと多いこと。確かにそっちが“無難なセオリー”なんだろうさ。だが、そんな“セオリー”にすがってるってことは、そのまま小者だってことでもあって。この荒らぶる世界での最下層にいる“小市民”だと、自分から触れて回っているようなもの。野望大望なんか飯のタネにもなりゃしねぇと、つまりは今以上を諦めてるってだけのこと。…ああ、そんな青臭いことを思ってもいたな。何が憤懣かと言って、そんな下衆な奴らと やっと互角な自分だったのへ、一番腹が立ってたからだ。歯痒くて歯痒くてしようがなかった。あまりにも遠い野望。強靭だったことが却って災いし、まだ大丈夫とどこかでギリギリ諦め切れないで…潔白であろうとし続けてた心が歪んで歪んで軋みを上げて。いよいよの限界を間近にして声なき悲鳴を上げていた。それしか知らない“夢”を叶えるためには何も要らない。だから。そうする必要があるのなら、人間でいることさえ捨てかけていた。


  ――― そんな時に、巡り会った相手。


 此処では生き残ったもんの勝ちだから、どんな手段を選んでも構わない。それが非情な海って世界での掟だと。ちゃんと重々判ってる上で。けれど…自分は判りやすく強くなりたいと、馬鹿がつくほど“真っ直ぐ”を貫いてた非常識な奴。諦めなければ希望は届くし、夢は叶う。絶対に諦めないという…最も要領が悪い代物である代わりに、貫徹されれば最も果てのない強さを、腹の底に“信念”として据えてた、非常識なまでの大馬鹿野郎。これがどれほど恐ろしいか判るか? どんなに叩き伏せても、しまいには渾身の力でもってねじ伏せても、何度でも起き上がって立ち向かってくる頑迷強靭な奴だぜ? これまでに相対した数々の敵たちは、さぞや身の毛がよだつ想いをしたことだろうよなと、その点へだけは同情したくなるほどだ。戦いに限らず言動の全般へ公平に、あんまりな“馬鹿”だから、それへと与
くみするには相当に抵抗がある野郎だけれど。今はそんなところにさえ救われている。馬鹿で上等、強けりゃ良いじゃん…と。にっぱり笑うお日様につられて、忘れていた笑い方、気がついたら とうに思い出せてた。


  ――― お前、俺の仲間にならないか?






            ◇



 実は昼間も寝られずにいる。なのに、どうしてだろうか。静かな宵の中で、波の音しか聞こえないのに。寝慣れたベッドに横になっているというのに。瞼が閉じずに眠れないまま、まんじりともせず徒に時を数えて、もうどのくらいになるのだろうか。

  “…案ずるものは何もなくなったってのにな。”

 意地っ張りな船長は、だが。ちゃんと あやしてくれるべき奴がその任に当たってる。だから心配は要らないのにな。………それともそんな言いようが、ただの空元気から発した、自分への適当な言い訳だから。何にも解決しちゃいないと駄々を捏ねてる往生際の悪い自分が、心のどこかにいるのかな。

  “あやし役…か。”

 同い年とはいえ、カラーも属性も恐らくは対極。こんなご時勢だからとカッカせずに冷めているスタイルも、あいつのはクールに凍らせて抑えているだけ。力みのない分、限度が浅くて弾けるのも速い。俺のように重りの鉛ごと呑んで押さえ込むような、そんな不器用な奴じゃあなかったから。臨機応変が利いて、事態の収拾が上手いという意味では“お役立ちくん”だと感心してもいた。

  “………。”

 タイプは全く異なって、第一印象からして訳知り顔でスカシてた、いかにも厭味な奴だった。俺のような一匹狼ではなく、あの海上レストランで一応は“団体生活”とやらを送っていたせいか、それとも…料理なんていう細かいことへの探求を続けてる奴だからか、気の利く繊細さも一応はきちんと持ち合わせてて。それは主には女へと発動する“小道具”らしいと、何ともふざけた振る舞いが多い奴だが、それでいて。妙な案配で真摯な顔になることにも、程なくして気がついた。激戦の後や混み入った事態に翻弄されてる最中や。何となく元気や覇気がない時に、医者であるチョッパーよりも素早く気がつき、奴なりの“処方箋”てのを卒なく差し出してやっている。甘いものが好きな、実は甘やかされ好きな、小さな船長の小さな背中に寄り添ってやり、鼻先同士がくっつきそうなくらい間近になって瞳を覗き込んでやり、元気を出しなと宥めてしまう。胸焼けしそうなことをペロッと言えるあいつには、そっち方面では到底敵わないのかもなと、舌打ちしたことは数知れずで。

  ――― けれど、これまでは。

 それもまたポーズの延長か、ある程度の距離を保って“傍観者”でいた奴だったのにな。自分を晒け出すのはクールじゃないからとでも言いたげに、いつも一歩引いた位置にいて。いつまでも覇気なく俯いているんじゃないと叱咤するためにだけ…小さな顎へ手を添えて、柔らかく励ましてたそんな奴が、今回は。ホントは寂しがり屋なところもある、甘えたれなルフィのこと、ちゃんと癒してやれない満たしてやれない、そんな不甲斐ない奴にこれ以上委ねてはおけないと、とうとう見かねたんだろうか。女性用だと彼が常々豪語している優しさや心くばりは、だが。誰に対してでも十分な柔らかさで、包み込むような感触とともに心の安寧を齎すだろう、懐ろの深さの現れであり。それはそれは行き届いたレベルへとソフティッシュケイトされたそんな手厚さが、この自分ほどではないにせよ…只者ではない強さと共にある奇跡。守る者への優しさと、立ち向かう者への敢然とした気鋭と。相反するものをそれなりのレベルで、双方共に成り立たせることが出来るところからして、既に奥行きの深い奴だという証しではなかろうか。

  “……………。”

 サイドテーブルに炎を絞ったランプを灯し、大きな両の手を手枕に、ベッドに寝転んだままで船倉の天井を見上げている。ルフィとの気まずいままな擦れ違いは、だが、ルフィを大切にする者により、少々その雲行きを変えた。二人しか乗っていない船ではないのだから、これも起こり得る展開だったのだし、相変わらずにずぼらを決め込んでいた自分には、それへと不平を鳴らす資格もないのだろう。あの大きな眸をますますと見張ったり、きゅうと細めてそのまま弾けるように笑ったり。久し振りに目にしたルフィのはしゃぎようにも不思議と苛立ちはしなかった。あえて言うなら、ほんの少しほどの距離感を感じただけ。心優しきあのシェフ殿は、ずっとずっと、ルフィがそれで良いのならと、傍観者に回っていてくれたのだけれど。今回のは、彼の定規の中で度が過ぎたそれだったのか。夕食が済み、宵になっても、ここへ戻らぬルフィだということは、

  ――― とうとう…この部屋へは帰せないと断じたサンジである模様。

 そして自分は、それを とやこうと抗議出来る身分ではない。ルフィ自身の意志もあろうことだからだ。ことが“これ”にかかわる限り、無理強いや力づくをするようなサンジではなく、なのに戻って来ないということは?

  “……………。”

 自分は所詮、交換条件で仲間になった“相棒”に過ぎないのだ。腕っ節を見込まれただけ。戦闘の場に於いてはともかく、それ以外の日常の場面では、ルフィと良い勝負で大したことは出来ない“素人”で。気も利かなければ余話への蓄積もない。

  “まあ、それは今更な話だが。”

 不器用なのも野暮なのも、特に疵だとは思わなかった。要領のいい奴は好きに先へ行けばいいさと、マイペースでいられた。人生の目的はただ一つしかなかったし、それは“要領”で掴めるものではなかった筈だし。人の世はなかなかに複雑で、その要領とやらが働かなかった頑迷さから、命を落としそうにもなった時も。運がいいやら悪いやら、そのドタバタはルフィとの出会いにつながっていたのだし。最初の馴れ初めこそ“契約”だったが、そこから幾つもの“誓約”を捧げ、そして…いつしか貴重な絆を意識し始め。それへと応じて身を委ねてくれもしたルフィであったが、これ以上を望むのは罰が当たるというものなのかも。すっかりと諦めの境地に沈みかかっていたところで、


  「…っ☆」


 不意なノックの音にベッドから身を起こす。こっちの応対を待つような神経の細かい奴はまずいない筈なのが…なかなかドアが開かない。
“???”
 何だか勝手が違うなと思いつつ、再びのノックに起き上がり、ドアまで近寄って扉を開けば、

  「よお、お邪魔。」

 今、一番見たくない顔が立っていて、笑っているような真顔のままなような顔付きのまま…突っ立っている。一瞬、見つめ合うよな格好になってから、
「脇へ退くか後へ引くかしねぇかよ。」
「………ああ。」
 催促されて、我に返ったように後ずさりすると、入って来た奴の背中に荷物が負われているのがやっと判った。くうくうと、天下泰平という顔つきにて眠っている、我らが船長さん、その人で。

  「うっかりな、ブランデーを染ましたケーキの方を味見しやがってよ。」
  「………☆」

 ここで初めて、小さく破顔し、そのままつかつかと近づいたベッドへそろりと下ろして、掛け布を手際よく整えてやり。それから…おもむろに、シャツのポケットから取り出した紙巻きの先へと火を点けて。最初の一服をゆっくりと吐き出し、

  「誰かさんがお迎えに来るのを待ってたんだがな。」

 生憎と こちとら気が短いもんで、これ以上悠長に待ってられなくてな、それでわざわざ運んで来てやったって訳だ、感謝しなと。相変わらずの憎まれを吐き、にんまり笑ってじゃあなとドアへ戻ってく。

  「…そうそう。」

 何とも鮮やかに振舞っていた、金髪痩躯のお兄さん。半ば唖然としたままな剣豪殿へ、扉の傍らから振り返ると、
「お前の役目は戦闘隊長ともう一つ、その破天荒船長の手綱取りだろうがよ。」
 唇の端を吊り上げて、
「ずぼらは勝手だが、そのお役目だけはしっかり果たしな。今回は俺が暇だったから代わってやれたがな、痴話喧嘩もほどほどにしやがれってことだ。」
「…んだと、こら。」
 やっとのこと、神妙さやと惑いを消して言い返して来たゾロへ、カカカと笑いながら扉の向こうへとっとと去った、自称“フェミニスト”野郎。思わずの溜息をついて、それから。

  「…やっぱ、これも余裕ってやつか?」

 またまた。ギリギリにて執行猶予を与えられたらしいと、苦い安堵を自覚する。いつでも攫える、覚悟しとけと。今回ほど主導権が彼の手の中にあったことはなかった。それなのに…奪い去らずに返してくれた。仄かな光の中、くうくうと眠り続ける小さな船長さんへと視線を戻し、意固地になってた自分を、今…ようやっと見切れたゾロだ。明日、一番に謝るから。だから…。


  “また…元の位置に置いてくれるか?”














  “………ば〜か。”

 扉に凭れたままなサンジの白い顔が、煙草の先に灯った明かりで仄かに浮かび上がっている。敗北宣言にも似た剣豪さんの呟きを拾い、だが、やっぱり判ってないなと苦い顔。

  “贅沢な野郎だよな、ったくよ。”

 耳元でやさしく囁いて、甘やかな声で擽ってやっても。猫っ毛を掬ったり小鼻や頬をつついたり、唇の上をなぞってみたりと、柔らかな指先で構ってやっても。おでこへ額をあてがって、そぉっと瞳を覗き込んでやっても。薄くて頼りない肩を、お気に入りの腕の中、甘い温みでくるんでやっても。どんなに優しくあやしても、時折 上の空になっては、気を遣っての溜息を無理から飲み込んでいたルフィ。まるで幼い子供のように、甘やかされたり構われたり、誰よりもという優先を捧げられたりが大好きなルフィが、それでも。そんなことには疎くて野暮な、武骨な剣士の方を、自分から選んだのだからしようがないではないか。

  “簡単なことほど出来ない奴だってのにな。”

 鋼を斬るより簡単なこと。好きだよと、いつも此処に居るからねと、そんなまで初歩の睦言さえ言ってやれない朴念仁なのに。真摯な想いを目一杯込めて、淑女にだって構えないほどのアプローチをかけても上の空だったルフィは、

  『そのケーキ食ったら、部屋まで送ってってやるよ。』

 暗い廊下が怖いんだろうからな、と。闇が怖いことを揶揄されたのへも気づかぬまま、お〜しvvと すぐさまフォークを握ったのだ。

  “………。”

 暗い中をこつりこつりと足を運ぶ。口にくわえた煙草の火が、小さな小さな常夜灯代わり。そうやって辿り着いた自分の部屋の前には…覚えのないワインの香りが満ちていて。
「…?」
 船の揺れで倒れたビンがあったのか? だが…こんな香りのは在庫の中にも覚えがない。結構な逸品。もしもわざわざ買ったなら、今の相場でだとちょっとした一財産ものの宝石が買えるほどだった筈。
「………。」
 考えていたって始まらない。ゆっくりと開いてみたドアの向こうは、さっき出て来たそのままの筈が…ブランデーケーキを切り分けた皿やら何やらが部屋の隅へと片付けられてあり、

  「サンジくん。」

 さっきまでルフィが座っていた椅子に、オレンジの髪をした女神様が降臨なさっておいでになってて。
「…ナミさん?」
 さほどまで遅い時間ではないものの、夕食後、自分たちの部屋へと引っ込めば、女性陣と男衆たちとは朝まで顔を合わせないのが不文律みたいになっていた筈。その気になれば襲うことだって容易く可能な力の差を。レディファーストからではなく、当然のモラルとしてでもなく、仲間だからと。越えてはいけない一線として守っている彼らであったのに? 怪訝そうな戸惑うような表情になっているシェフ殿へ、あらためてにっこりと笑ったナミさんは。それは優美な所作で立ち上がると扉近くへ立ち尽くしたままなサンジの傍らまで歩みを運び、

  「よく出来ました。」
  「…☆」

 少し背伸びして…白い頬へと柔らかな唇を押し当てて。今回頑張った男心へ、最大級のご褒美をプレゼントして下さったのでありましたvv



  ――― 乾杯してから、何だったらキッチンに上がらない?
       はい?
       ロビンも待っているのだけれど。
       あ…そうなんですか?
       あら。何よ、その顔。
       いえ、あの…。
       美女二人を“両手に華”出来るなんて滅多にない機会でしょうに。
       そですよね。///////


 そんな二人の会話をキッチンに居ながら聞き入っていた黒髪のお姉様。

   “コックさんも不憫よねぇvv

 微妙なところで“二人きり”になるのを躱されちゃあねと くつくつ苦笑し、今回の功労者へは自分もキスしなきゃいけないかしら、でもそれだと航海士さんが自分のことは棚に上げて怒るかも…と。今夜のこれからを楽しく想像しつつ、二人が上がってくるのを待っておりましたとさvv



  〜Fine〜  04.8.7.〜8.15.

  *カウンター 143、000hit リクエスト
    あやさえ様『原作Ver.で、ルフィに本気になったサンジさん』


  *暑さに負けてなかなか仕上がらなくて すいませんでした。
   あらためまして、うひゃあvvなリクをどうもです♪
   ホントは“蜜月まで〜”ではない設定でというリクだったのですが、
   すいません、オチの関係からこうなっちゃいましたです。
   女性あしらいが上手で、料理の腕前もピカ一で、
   時々こっそりと擽ってはからかってる話とか書いてますように、
   油断も隙もなくちょっかい出してるウチのサンジさんが、
   もしももしも本気になったら。
   ………ゾロに勝ち目なんかないんじゃなかろうか。
(笑)
   だもんだから、余裕をもって手出しさえないで来たのですが。
   ふふふvv なかなかスリリングでございましたですvv

ご感想は こちらへvv**

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