海とYシャツと私
              〜蜜月まで何マイル?


          1


 むらなく染め上げられた正青の空が広がる上天気の昼下がり。石畳の広い道は、時折通る荷馬車のために整備された、所謂"車道"なのだろうが、その街路も今は多くの通行人たちで適度に埋まってにぎやかだ。そんな通りに沿って小じゃれた建物が並んでいる。一階部分に店舗を開いた数階建ての石作りの建物で、上階層はちょっとした倉庫か事務所、あるいはアパートだったりするのだろう。敷かれた石畳は相当の年季が入っているものの、結構近代的に拓けた土地らしく、観光や補給にと立ち寄る船とその旅客で潤されている交易中心の港町というところか。亜熱帯の入り口辺りという海域なせいで、初夏の暑さと爽やかさが同居する、なかなか過ごしやすい気候の島で、観光客の大半は海水浴やマリンスポーツがお目当てらしい。そんな街路の一角に、人々から何となくの注意を集めている存在がある。何となく…という描写なのは、あからさまな視線を向ける者まではいないということで、あまりジロジロ見やると難が降って来そうな、そんな輩だからだが、それにしたって…はっきり言って目立つ。大量の物資をさして"山ほどの"とは良く使われる言い回しだが、この場合"山そのもの"と言った方が無難かも。そのくらいに大きな荷物の山が、これまた勝手に移動しているような、何とも異様な情景だったからで。
「…まだかかるのか? ナミ。」
 その荷物の山の陰から声がした。これほどの大荷物を運んでいるのだ。その中には包装されていない剥き出しの品々もあって、業務用サイズの洗剤だのお徳用サイズの飲料鉱泉水だの、商品名がお馴染みな物資が見え隠れしているところからして、見かけによらず実は軽い…とは思えない。よって、かなりの労苦だろうに、その声はさして苦しそうではないのがいっそ不思議であったのだが、
「なによ、そのっくらいでもう音を上げてる訳? 案外とだらしないのね。」
 連れなのだろう、その小山のすぐ先を行く女性が、それはそれは平然と応じた声には、さすがに…言いたいことの一つや二つはあったらしい。
「…お前な。」
 歯軋り混じりの声音で唸ったゾロである。
あはは ここは中規模ほどの大きさの、とある港町の繁華街の一角で。そんな場所にて繰り広げられているのは、毎度お馴染みの彼らの買い物風景である。今回の組分けで、ナミと組んだのはゾロであったらしい。なるほど筋骨逞しい頼り甲斐のありそうな偉丈夫だが、自分の背丈ほどもの買い物の山を両腕、両肩の上へ器用に積み上げて運んでいるその様相は、アクロバットの実演ででもなければやはり尋常ではなくて。街路を行き交う人々からの視線を結構集め倒している。そして、
「こんなだけ人の目を集めて、不味かねぇかっつってんだよ。」
 抱えさせられた荷物が重いというのではなく、そういう事態がやばくはないかと訊いていた剣豪であるらしい。何しろ途方もない賞金の懸かった面子のいる海賊団。船だって港からは随分と離れたところに係留しているほどだ。そうと言われて、ナミは今初めて気づいたという顔になり、
「そうね。確かに目立っては不味いわよね。」
 そう言うと、手にしていたチラシの束をパラパラとめくって、
「じゃ、仕方がないから、次の店のボディシャンプーのお徳用1ケースで終しまいにしときましょう♪」
 お気楽そうに言われて、
「…お前はな。」
 眉間の皺がいよいよ深くなるゾロである。抱えさせられた荷物が"重いから"音を上げている彼ではない。彼にとっても50キロは50キロ、100キロは100キロで、重さを感じない訳ではないが、そこが鍛練の賜物、何となればトン単位の重量さえ頭の上へ抱え上げられる化け物…もとえ、力持ちである。ただ、女性の買い物というのはなかなか時間が掛かるもの。目的のものを探してそれだけを買うという単純な買い物しか知らなかったゾロにしてみれば、買い物に出向く前にお買い得商品を入念にチェックまでする彼女が、だというのに…現場で更に"安くていいもの"をと発掘する作業に余念がなく、店主と掛け合って値切りまくることに意欲を燃やすその手間暇にこそ音を上げかけているのである。
"これだからこの組み合わせは嫌だったんだ。"
 しかも、文句の一つでも言おうものなら、あんたたちも使うものなのよ、だの、せっかくの力持ちなのに貢献しない気なの?、だの、あらそれじゃあ配送費を借金に上乗せしてもいい訳?、だの、十倍くらいの反駁が返って来るのは必至。鋼さえ叩き斬れる凄腕の剣豪を顎でこき使う女の子というのもなかなか恐ろしい。
「さ、急いだ急いだvv」
「判ったから、荷を叩くなっ。バランスが崩れるっ!」
 …嫌がらせも兼ねてるのかも知んないわね。
(笑)


            ◇


 今回の補給にと上陸した面々の組み合わせは、

  ・ナミとゾロ…日用雑貨担当
  ・チョッパーとウソップとロビン…修理用備材、燃料、薬品担当
  ・サンジとルフィ…食材担当

というラインナップ。力持ちたちを上手く割り振っていて、ついでに言うと、それぞれ突っ走りかねない人物を上手に御せる相手もちゃんと検討された上で割り振られている。このサイトのお話の中、戦闘班コンビが散歩デートを楽しむ話が結構あるが、あの、方向音痴にして必ず何かしらの騒ぎを引き起こす二人を、彼らだけ放し飼いにばかりしているクルーたちではないというところだろうか。(おいおい、自分で言うかい。)


「はぁ〜〜〜、疲れた。」
 やれやれどっこいしょと、いや、そこまでオバちゃん臭いことは言わないが。
(笑) それでも"くったり疲れたわぁ"という様子を見せる航海士嬢へ、
「何がどう疲れただと?」
 剣豪がついつい三白眼になって睨みつけたが、今更怖がるナミではないし、こっちも判っていて言ってみただけのこと。あの小山のようだった荷物をこれまた器用にも片手で抱えて主甲板まで上がった剣豪の傍ら、暑い暑いと顔へ手ウチワで風を送っていたナミだったが、
「ナミさんっ! おっ帰りなさいっ!」
「あら、サンジくん。先に帰ってたのね。」
 キッチンから出て来たシェフ殿に顔を向け、
「ってことは。」
 その相方も帰って来ている筈ねと、辺りを見回したナミの視線が、

   「…?」

 少し離れた大きな背中にひたりと留まる。
「? ゾロ?」
 ちょうどこちらに背を向けて立っていた剣豪の、白いシャツに包まれた大きな背中が、妙に…強ばっているような。何でまた、自分たちのマイホームのようなこの船の上で、こんなにも緊張…というのか、何だか変な雰囲気を漲らせている彼なのか。………と、
「よお、帰って来たんか、ゾロっ。」
 聞き慣れた屈託のない声がその向こうから聞こえて来たから、
「ちょっと、あたしはどうでも…。」
 良いの? と訊きかけたナミの声が途中で立ち消える。
「やぁっ、と♪」
 とたとたとととと、だんっと。勢いをつけて飛びついて来る微笑ましい様子は、今更取り立てて冷やかすほどのことでもない。だって彼らはもはや"公認vv"の間柄。まあ、剣豪殿の方はいまだに慣れがないのか、昼日中から人前でベタベタするのは苦手なようだが、それでも"お帰りハニー♪"というこの甘えっぷりなぞには随分と慣れて来ていた筈だったものが、
「………。」
 短く刈った緑頭をピクリとも動かさないまま、えらく硬直したままでいるのは何故なのか。相手の肩にしっかとしがみつくだけでは飽き足らず、腰辺りに脚を…文字通り"巻き付ける"ようにして抱き着いたまま、そのおとがいの奥や胸板へと顔を伏せてぐりぐりと頬擦りをし、会いたかったようとさっそく甘える小さな船長殿だったが、こんなに熱烈に甘えているのに恋人さんからの反応が返って来ないのに気がついたのだろう。いつもなら、照れ屋な彼は困ったように苦笑しながら、それでも頭や背中をやさしく撫でてくれる筈なのに。

   「………ぞ〜ろ〜?」

 どしたんだ? と、無邪気そうなお顔を上げて見上げて来る。日中だというのに珍しくもあの麦ワラ帽子はかぶっておらず、ぱさぱさとまとまりは悪いが指触りはしなやかな黒い額髪が潮風になぶられるのを、自分の手で軽く掻き上げて見せている。そんなルフィへ、
「お前…、」
 やっと何か言いかけたゾロは、だが、ガバッと背後へ振り返ると、
「きさまっ!」
 腰の刀を正に抜き打ち、一気に切りかかろうとしたから怖い。相手は勿論、
「わわっ!」
 氷の浮かんだサワードリンクのグラスを載せたトレイを、ナミのところまで恭しく運んで来たシェフ殿だ。(勿論って…。)
「何しやがんだ、てめぇっ!」
 こちらも素晴らしい反射神経で咄嗟に避けたが、その拍子にトレイの上でグラスが倒れた。いくら突発事態だとはいえ、本来ならそんな無様をする彼ではないのだが、今回はそれだけ唐突で、しかも刃の持ち手の気迫が凄まじかったということか。何しろ、
「何しやがんだだと? そりゃあこっちの台詞だっ! お前、こいつに何しやがったっ!」
「…こいつって?」
 しがみついたままのルフィが"俺のこと?"と自分を指差し、訊かれたナミが"うんうん"と苦笑混じりに頷いて見せる。何しろ、
「その恰好ですもの。そりゃあキレもするわよ。」
「恰好?」
 言われて自分の身を見下ろすルフィには、やはり…何故にこうまでゾロが怒っているのか、さっぱり判っていないらしい。だがまあ、ナミさんもそうと思ったように、ゾロの怒髪天状態も無理はないと思うの。だって…ブルーのストライプもシャープな印象の、どっかで見たことがあるぞという、彼には大きめのワイシャツだけを着た、なかなか"可愛・せくしい"な恰好をした船長さんであったのだからして。
(笑)
「だから、どういう恰好してるのよ、ルフィ。」
「ん? これか? サンジのシャツだぞ?」
「だ・か・ら。それは判ってるって…、あわわっ!」
 振り下ろされた白刃の切っ先がこっちを向いたため、慌ててのけ反るナミだ。ゾロが標的としているのはシェフ殿オンリーなのだか、妙に盲目的になっている様相で、
"このままでは傍にいるこっちまで危ないわね。"
 …って、サンジくんの苦境はどうでも良いのだろうか? 振り落とされまいとしがみついたままのルフィを腹辺りにくっつけて、右へ左へ避けまくるサンジを追ってぶんぶんと刀を振り回し、執拗に切りかかろうとする剣豪の図は、見様によっては笑えるが
おいおい、触れれば手足が吹っ飛ぶ"真剣"と、海軍本部から懸けられた賞金は伊達ではない腕前の持ち主なだけに、物騒には違いない。
「落ち着いて話を聞けっ、こらっ。」
「問答無用だっ!」
 う〜ん。
"…やれやれ。"
 まあ心情は判らんでもない。最愛の恋人さんが、しかも自分ではない男と二人っきりの船というシチュエーション下で、こんなにも意味ありげで悩ましい格好をしていただなんて…。
「…っ!」
 いきなり頭に血が昇ったらしいゾロであっても誰が責められようか。
"だから、あんたも煽らないの。"
 あはははいvv とにかく、これでは話が進まない上に、どちらかが大怪我を負うこと間違いない。まったく手のかかる男どもだわねとの認識も新たに、溜息混じりにずいっと歩みを進めると、


   「いい加減にしなっさいっ!!」


 麦ワラ海賊団の最終秘密兵器"ナミさんの鉄拳"が、不公平なく双璧両方の頬へ深々とヒットしたのであった。
(ちょんっ)



          2


「だからさ、海に落っこちたんだ。」
 ともかく落ち着きなさいと場を収めたナミの仕切りで、全員、一旦深呼吸。それから、ゾロの胸元からようよう剥がされて、メインマストの根元に椅子代わりに置かれた樽の上へと座らされたルフィは、実に屈託なく"事の次第"を話してくれた。
「買い物から帰って来てさ。俺たちが一番に戻って来たらしいなってことで、誰もいなくて暇だったから、あすこに乗っかろうとしたら、勢い余って落っこちてさ。」
 そうと語りながら、長すぎるために随分の量を折り返したらしい袖まくりの腕を伸ばして上甲板の羊頭を指差す船長へ、
「…ルフィ。頼むから胡座はかくな。」
 やや明後日の方を向いた剣豪が、えらく的を外したことを言い立てた。
「何でだ? ちゃんとパンツは履いてるぞ?」
 前をまくり上げようとする手を掴んで、
「だから、見せんでも良いって…。」
 言われなくとも、さっきからちらりちらりと紺色のトランクスが見えてはいた。いや、そうじゃなくってだな。
(笑)
"目のやり場に困るとは…まさか言えないよな。"
 トランクスはこの際どうでも良い。ジョギングパンツのようなもので、女の子の"見せパン"よりもよほど刺激は少ない。
おいおい 問題なのはその下から伸びている脚だ。濃青のシャツの裾からすんなりと伸びた両脚は、さすがに女の子のものに比べれば筋肉のつき方が全く違って、その撓やかさも健康的な見栄えではあるのだが、まだ大人の体には育ち切っていない柔軟性が、若々しい肉置きからは十分に感じられるし、何と言っても…いかにも柔らかそうな"お肌"が問題。それは丁度、暑い季節を迎えて袖丈を短くした女性たちの、白く嫋たおやかなる二の腕の柔らかさに男性陣がときめくようなもの。おいおいすべすべと柔らかそうな肌と中性的な肉づきという見栄えの太ももが、その根元から惜しげもなく剥き出しのままというこの構図は、結構罪作りな代物なのである。本来"お元気ボーイ"である筈の彼には、意外なくらい鍛えられ方が足りない部分であるらしい。
"ゴムだから筋肉がつきにくいのよ、多分。"
 かも知れませんな。腹筋はついてるけど腕だって細い方だし。しかもしかも、サイズの合わないワイシャツの裾がその太ももの半分ほどにかかっていることで、微妙に…隠しているのだか見せびらかしているのだかという、所謂"チラリズム"の不安定な色香を辺りへ振り撒いて。………えらいことになっております、はい。
(笑)
「だからっ。膝を立てるなっ!」
 今度はサンジから怒鳴られて、
「なんなんだよ、お前らっ!」
 日頃は胡座をかこうが立て膝をしようが何も言われはしない、彼らだってやってることだのにと、ぷく〜っと膨れて、相変わらず本人にだけは何も判っていない様子である。
"判っててやってたら恐ろしいって。"
 …ごもっとも。
(笑) ともかく、話を戻そう。
「荷物を整理してたサンジがすぐに気づいてくれて、助けてくれたのは良いんだけどさ。ほら、俺、今朝方に全部洗濯しちまっててさ。」
 次にと指差された後甲板に張られたロープには、ルフィのシャツとズボンばかりがずらずらと干し出されていて。
「そういや、そうだったな。」
 ゾロが思い出し、
「あんたが溜めるからいけないんでしょうが。」
 ナミが憤然と言い返す。ただでさえ海の上。汗もかけば空気の中に含まれる塩っ気だって半端ではない。だというのに、小まめに洗濯をこなしていなかった船長さんであったため、着替えのどれが一番綺麗かな・なぞというとんでもない発言をした彼にぷちっと切れたナミが、無理から全部を差し出させ、その時に着ていた一揃え以外の全てを洗ってしまったのだ。
「わざわざ洗ってやったんだから、感謝してほしいくらいだわよ、まったく。」
 さすがに…あのお馴染みの赤いシャツと青いジーンズばかりではないのだが
(あはは)、それでも、どれもこれも袖なしに半ズボンが多い。彼の"悪魔の実の能力"がゴムゴムという体を伸び縮みさせるものであるが故、袖があったり裾があったりすると却って邪魔なのでもあろう。新たに洗ったものだろう、まだ水気を滴らせている半ズボンには、ベルト通しにイルカのキーホルダーが揺れていて。そのお隣りの端っこには、麦ワラ帽子まで干されているのが、何だか微笑ましい。
「だから、俺のシャツを貸したって訳だ。」
 シェフ殿はそうと言ってから、ため息の代わりのように煙草の紫煙を吐き出すと、
「しかも、ズボンはいらねぇなんて言いやがる。」
 どこか忌ま忌ましげとも取れそうな顔になって付け足した。サンジとしても、まさかシャツだけしか貸さないつもりではなかったらしく、ともすれば真っ直ぐに船長さんを見据えられないでいる辺り…。
"…やれやれ。"
 もしかしなくとも、剣豪と同じ意味から含羞
はにかみを感じているらしい様子。結構純情な彼だと察して、航海士嬢は肩をすくめた。何故に断ったルフィであったのかといえば、
「だって、サンジのズボンって長いのばっかじゃん。暑いんだもん。」
 だって彼ったら結構毛深いし。
"…またそういうややこしいネタを。"(本誌扉絵参照/笑)
 まま、色が白いから目立つだけのことなのだろうね、きっと。…じゃなくってだ。サンジからの、もしかしなくても懇願に近い要請を断って、ずっとこの"Yシャツだけ"という恰好でいた彼であるらしく、
「サンジって見た目より肩幅あるんだな。ほら、こんなだもん。」
 自分の肩口はシャツの中の随分とずれた位置で遊んでいるのだと、袖が始まる辺りが二の腕まで落ちた青いワイシャツを、肩から下へと手のひらでするんと撫で下ろして見せる。そんなルフィは、
"………。"
 ナミにしてみれば、お父さんのワイシャツを悪戯して羽織ってる子供のようにしか見えないのだが、片やは公認、片やはこっそり、彼を憎からず想っている双璧二人には、どうやらそうではないらしくて。
『ナミさんっ! おっ帰りなさいっ!』
 あの高らかな声でのお迎えは、ナミやゾロが戻って来るのを、冗談抜きに待ち焦がれていたサンジであったせいなのかも知れない。…良く我慢したねぇ、偉いぞ。
(笑) ともあれ、
「これで説明は終わりだ。」
 ルフィはにっこしと笑うと、ピョコンと樽から飛び降りて、
「ゾロ、前、行こっ!」
 頼もしい腕を取り、いつもの定位置へ行こうよと誘
いざなう。
「あ、ああ。」
 こちらの腕を抱き込んで、ぴったりと擦り寄った小さな体の…その胸元に、どうしても視線が吸い寄せられてしまう。シャツのボタンを二つ三つ外した胸元の、V字になった陰の部分が、妙に気になるのはどうしてだろうか。いつもだってそのくらいの深さで晒している彼だのに。
"…う〜っと。"
 依然として戸惑いの隠し切れない雰囲気の剣豪を引っ張って、上甲板へと向かった船長殿であり、その…もろに中学生くらいの女の子然としたキュートな後ろ姿に、こちらもついつい釘付けになっているシェフ殿へ、
「…ねえ、サンジくん。」
 ナミは結構冷静な声を掛けていた。唐突な声だったものだから、
「は、はい?」
 ちょっとばかり慌てて応じたサンジだったものの、
「どのくらい保
つと思う?」
「………っ☆」
 視線を全く動かさないナミの言いたいことへ、ピンと来る辺りのコンビネーションの良さは相変わらず。
「そうっすねぇ。あと何時間か…。おやつの時間くらいには服も乾きますから、そこまでは何とか頑張るんじゃないすかね。」
「う〜ん、そっか。結構風があるから、デニムも早く乾くか。」
 こらこら、何を残念そうにしてるんだ、あんたは。
(笑)


            ◇


「やっぱ、あの上はダメか?」
「当たり前だ。今度落ちたら着るもんないんだろうが。」
 上甲板の端、下の主甲板へ落ちないよう設けられた柵に凭れて、いつものように板張りの上へ直に腰を下ろしている剣豪であり、では船長さんは…というと、そのお膝に抱き上げられている。崩しかけた胡座の片側の太ももの上へと腰掛けての横座り。体格に差があるせいと、彼らにはさして珍しい態勢ではないので違和感はない。とはいえ、昼間の甲板という、明るいわ人目はあるわという場所でこのようにくっつき合う彼らなのは、実は珍しいこと。意識がどこかぼやーんとしかけている、このまま昼寝に入るぞという前奏曲でのみ見受けられる態勢であって、まずは剣豪殿の方が照れる筈なのだが、
「………。」
 下手に距離を置いて離れると、全身が目に入る。パタパタと歩き回られたり、高々と脚を上げて船端によじ登られたりして、ワイシャツの裾をひらひらと潮風に煽られて…。それでどぎまぎするよりはと、足元の見えなくなる"間近"に引き寄せた彼なのだろうが、
「つまんねぇの。」
 ぷくっと膨れたルフィがそのまま胸板へと、ぽそんと凭れて来たその顔を見ている"視覚"は、成程それで"事なき"を得ているようだが、実は。…見ないようにと頑張っている視野のちょこっとすぐ横には何と、無造作に立てて寄せられたひざ小僧(半分露出した太もも付き)があったりするのだ、お客さん。
おいおい それはそれは無邪気で愛らしい恋人くんの、やわらかな脚が、それも"手が届く"どころじゃない、シャツ越しにその温みとなめらかな感触が既に接触しているのだから。…これは作戦失敗ですな、剣豪殿。(笑)
"…うう"。"
 夜ごと思う存分撫でさすってるクセして
こらこら、なんで昼間だとこうまで照れるものなのか。根が真面目な男ってややこしい生き物なんだなぁ。
「ゾロ?」
 何だか様子が変な剣豪に、今頃になって気がついたのか、ルフィが真下から見上げて来る。
「ん? どした?」
「何か変じゃないか? ゾロ。」
 誰のせいだよと咄嗟に言いたかったが、さすがに大人げないからそれは避けて、
「気のせいだって。」
 さりげなさを装いながら、余裕を見せて髪など梳いてやったりするのだが、
「いいや、気のせいなんかじゃない。」
 むむうと見つめて来るのは、真っ黒な、されど光を強く強く凝縮したかのような大きな眸。
「こんな恰好になって、改めて俺んこと明るいとこで見て。…イヤんなったのか?」

   「…はあ?」

 何ですて?
「だから…俺、やっぱ男だし、手も脚もひょろひょろしてるばっかだし、胸も尻もないしさ。」
 あったら怖い。
おいおい じゃなくって。突然に訥々と語り始めるルフィに、何が何やらとただただ呆気に取られていたゾロだったが、
「こんな恰好になると全然色っぽくも何ともなくって、何でこんな、面白みのない"男"なんかを相手にしてるかなって、そんな風に思っ………っ!」
 皆まで言わせず、小さな顎を捉まえて。掬い上げるように引っ張り上げるや、そのままやさしく口づけている。
「ん、んん、ん…。」
 触れるだけから深く咬み合い、途中から何が何だか判らなくなり。気がつけば…髪を梳いてもらいながら、良い匂いのする頼もしい胸元へと顔を伏せていることに気づいたルフィである。
「見当違いなことを言い出すんじゃねぇよ。」
「だって…さ。」
 余所余所しいから不安になったのに。原因はゾロにあるのだと、そういう顔を向けられて、
「だから…その、なんだ。」
 今さっきのキスだけではダメならしいところが、言葉でも何かが欲しいところが、ちょっぴり不安な乙女心。
(…え?) 一途な眸に"じぃ…っ"と見つめられ、短い髪に指を立て、ほりほりと照れ臭そうに頭を掻いていたゾロだったが、
「………。」
 肩を落としてため息一つ。その長い腕をくるりと回して、風からも陽射しからも守るかのように愛しい少年の体を囲うと、深色の声をなおやさしく低めて、囁いた。

   「あんま見てると、このまま掴み掛かりたくなるから。
    今まで見たことないくらい、凄んげぇ可愛いから。
    だから、そっぽ向いてたんだよ。」

 見栄もほどほど。あまりに本心を覆い隠すと、当然のことながら誤解を招きます。空と海と、そして君にだけの秘密。正直に言うから、だから、ごめん。額と額とをくっつけて、うんと間近になった眸を、その底まで覗き込んで。どこにも何も隠れてなんかいないよと、確かめ合って。


        「………ゾロ。」
        「なんだよ。」
        「…スケベ。」
        「………☆」


  ………お好きなようにやってなさい。



  〜Fine〜  02.5.27.〜5.28.



  *上原ひよこ様サイト「Marineblue Sea」サマ、10000hit突破記念。

  *いつもいつもお世話になっております。
   そしてそして、カウンター10000hit突破、おめでとうございますvv
   可愛らしくってお元気な、そして何より甘い甘いゾロル小説を、
   それはそれは沢山堪能させて下さるひよこ様。
   素敵なセンスと張り切りパワーあふれる貴女に比べたら、
   当方、随分と年寄りのババですが、
   どうかこれからもお付き合い下さいませね?

  *ところで、いつもおステキなイラストをお送り下さる岸本サマから、
   またまた楽しいのを頂いてしまいましたのvv 観たい方は
こちらvv


back.gif