蜜月まで何マイル? "大切なのは…"
  


 イーストブルーの東にある、和国とかいう国の暦では2月が立春。四季の最初の"春"の訪れを数え始める、言わば"旧のお正月"の月だそうで、その前の日に炒った大豆を撒いて邪気の象徴である"鬼"を家屋や敷地、集落から追い出す風習があるらしい。
『気の早い国だよな。』
 同じくらいの周期で気候が巡る、同じ北半球の他の国と比較してみても、2月を春と呼ぶにはまだ早かろうにと、ウソップが呆れたが、
『昔の暦はもう少しずれていたらしいわよ。』
 物知りなロビンがそんなフォローをし、
『それに、和国というと古くからの稲作で有名だわ。農作業の段取りを考えたら、春の準備に効率よく取り掛かるためにも、早め早めに"あれをして、これをして"って片付けていかなきゃならなかったでしょうから、その数え始めは多少早くても構わなかったのよ、きっと。』
 そっか、早く春にならないかなぁ〜って指折り数えたんだな、きっと♪…と、小さなトナカイドクターのチョッパーまでがワクワクと言う。ゴーイングメリー号が進んでいるこの"グランドライン"には極端な気候の海域が随分と多く、標準的なレベルで巡る四季を堪能できる島は少ないらしいから。常冬だったドラムしか知らなかったチョッパーにしてみれば…春島のあの ほややんとした穏やかなそよ風とか、くすぐったいような暖かさとか、とろとろと転寝を誘うぽかぽかした陽光とかには、かなりのレベルにて感動させられたらしくって。
『いいよな〜、春vv
 今 航海中の海域も、極寒の冬島海域を通り過ぎて…そろそろ暖かな海流に乗り始めた兆しがちらほらと。次が春の海域だったら良いわねなんて、ほのぼのとした会話を交わしていたのが………ほんの昨日の晩のことだった筈なのだが。




            ◇



 最初に妙な態度を取って見せたのはサンジだった。一日の始まりに相応しい、温かくて美味しくて、消化がよくて馬力の出やすい朝食を皆に供していた時は、日頃と変わらぬ…ちょっぴり口が悪くて、女性にばかり殊更の贔屓をする、いつもの お元気な彼だったのに。使った食器の後片付けをし、朝のおやつと昼食の下ごしらえを手際よく済ませて、さてと。ここまでの作業の傍らに、機嫌のよさそうなトーンでリズミカルにハミングしていたいつものお唄。それがふっつりと途切れたことへ、真っ先に気がついたのはチョッパーで。

  「? サンジ? どうしたの?」

 チョッパーは知らないお唄だけれど、やさしいメロディとサンジの声の調子とが丁度良い取り合わせになっていて。聞いててとっても気持ちが良いハミングだったから、それがプツッと途切れたそのまま、全く聞こえなくなったのが妙に気になった。お仕事が片付いたので、では煙草を一服と運んだから? それにしては紫煙のあの独特な香りがしない。それに、終わり方も何だか唐突で、同じ節の繰り返しの、その取っ掛かりで不意に立ち消えたのが何だかちょっと。何かが視野に入ってギョッとしたからとか、思いがけないことに気を取られてハミングどころじゃなくなったような、そんな雰囲気がしたのが気になって。それでキッチンまで運んでみた彼だったのだが。



  …………………………………………………。



 次に、何だか妙だなと気がついたのはウソップだった。朝食の席にて"今日は釣りをするぞ"とルフィと話が合って。じゃあ、何か珍しい海草とかが針に引っ掛かったら、持って来てねとチョッパーから頼まれていた。航行中の船端からの釣りというのは、前にも触れたがなかなか掛かるものではない。単調な風景ばかりが続くから勘違いしやすいが、風に乗り海流に乗りして航行している船はなかなかの速度を出しているので、そんなところから垂らされた針に食いつく魚というのはむしろ珍しい。ましてや、水温が高いとか、案外と浅い海域ならともかく、寒い海域では当の魚自体が海面にまでは滅多に上がって来ないから尚更で。まま、半分くらいは暇つぶしの手遊
てすさびみたいなもの。魚と間違えて釣り上げてしまった海草やら藻やら、それらにしたって ほんの1掴みほどのものだったが、薬草になりそうな素材かもしれないから見せてほしがったチョッパーなのだろうと。手ぬぐいの上に広げて適当に干してから"さあて見せて来ようかい"と、まだ竿を離さないでいるルフィの傍らを離れてキャビンへ向かったウソップだったのだが。

  「? どうしたよ、お前ら…?」

 キッチンキャビンに入って見やったテーブル。そこに居合わせたのは、無敵の凄腕シェフ・サンジと、ウソップが探していたところの、頼もしき船医チョッパーだったのではあるが…。



  …………………………………………………。



 マグロや鮭のような回遊魚でも避けて通るだろう水温の低い海域だから、何かが掛かるかも釣れるかもという期待は…実のところを言うと低かったのだが。それでも、こうして甲板に出て何かするのに居心地の悪さを感じない、良い気候になりつつあるのが それだけでも嬉しい。
「なあ、ゾロ…。」
 声をかけながら肩越しに振り返れば、上甲板と主甲板の境目、下へと転げ落ちないように立てられた柵に凭れ、手枕の上へ緑髪の頭を載っけて、くうくうと静かに昼寝の真っ最中な剣豪殿の姿が目に入る。あんまり暑さ寒さを苦にしない男だが、それでも過ごしやすい気候であるに越したことはないのだろう。ルフィとウソップがそれらしき蘊蓄やら、嘘か真か疑わしい釣果自慢なんぞを繰り広げている光景を苦笑混じりに眺めやっていた彼だったものが、降りそそぐ陽光の まろやかな誘惑に根負けしたらしく、いつものお昼寝モードへ突入してしまったらしい。それも"釣果"と呼べるのかどうか、ピロピロと針に掛かってしまった海草の類をチョッパーに私に行ったウソップもなかなか戻って来ないため、ルフィとしては退屈になって来ての呼びかけだったのだが、

  "むう〜〜〜。"

 これは詰まらんと眉を寄せたものの、だからと言って無理から起こすほどの何か用があるでなし。溜息混じりに すとんと肩を落とすと、竿を竿受けへとカチンとセットし、その場から立ち上がる。そういえばそろそろ朝のおやつの時間だし。サンジが何か、蜜がけパンだかクッキーだか、焼いてたような匂いもしてたし。まだ呼ばれてはないけれど、ちょこっと様子を見て来ようと。草履をぺたぺた鳴らしつつ、キッチンの方へと足を運んだ彼だった………のだけれど。




  …………………………………………………で。


  「一体何事なんだ、そいつらの様子は。」

 ふと。その気配がなくなっていた静けさに擽られて眸が覚めた辺り、彼へは標準装備で内蔵されているとの噂も高い"ルフィ・レーダー"は、どうやら自動的にスイッチが入る代物らしくって。
"…どういう意味だ、そりゃ。"
 だからサvv 姿が見えないな、どこだ? なんていう意識を立ちあげる前に、勝手に作動し出した訳でしょうが、剣豪さんたらvv
(笑) 冗談はともかく。この時間帯だとキッチンかなと、丁度ここからだと真後ろに見える中央キャビンの、ドアを開放された戸口を雄々しい肩越しに見やったものの、
"………?"
 どんなメニューであれ"凄げぇ美味そうvv"だの"もっとお代わりがほしいvv"だのと、そりゃあ にぎやかにいただく、あの船長さんのはしゃぎ声がまるきり聞こえて来ないのが何だか不審で。寄ると触ると大騒ぎになってしまう、ウソップやチョッパーが一緒ではないからかな? 間近に居れば居たで 何やかやとしでかしてくれる落ち着きのない存在だが、居ないとなると奇妙なもので、今度はこっちが落ち着けない。面倒だがそこはやはり…気になるものだから。やれやれと腰を上げると、傍らに並べていた三本の刀を引っ掴み、顎が外れそうなほどの大欠伸をこぼしながら主甲板を経由して、問題のキッチンへと足を運んだところが………何だか妙な雰囲気で。

   「ううう…。」×@

 食卓用の大テーブルの周辺に座したサンジ、チョッパー、ウソップ、そしてルフィという顔触れが、そのテーブルに突っ伏すようにしてグスグスと泣いている。
「何かに あたったのか?」
 悪くなってた食べ物をうっかり口にして腹痛でも起こしたのだろうかと、場所が場所なだけにと まず思いついたことを訊いてみたゾロだったが、
「チョッパーがいるんだもの、それはないわね。」
 やはり唖然としていたナミが肩をすくめた。彼女もたった今ここに運んだばかりであるらしく、彼らの異様な様子には、ゾロと同じくらいに面食らっていたらしいが、
「医者だし、鼻も利くんだし。それに、サンジくんがそこまで悪くなってるものを出すかしら。しかも、自分まで食べるかしら。」
 チョッパーへの見解はともかく、日頃あれほどに優遇されているシェフ殿を捕まえて、聞きようによっては物凄い言いようをするナミさんであり、
「そんなじゃないやい。」
 二人のやり取りが聞こえたか、ルフィが…グスグスと鼻声になりつつも何とか顔を上げて見せた。う"うう…と涙に潤ませた大きな眸が、今にも蕩けてしまいそうなほどになっていて、
「…ほら、泣きやまないか。」
 しようのない奴だなという溜息混じり、腹巻きの折り目から引っ張り出した手ぬぐいで、ゾロがお顔をごしごし拭ってやる。すっかりと保護者モードなのが、なかなか微笑ましい光景で、

  "…そうかしら?"

 まあまあ。ナミさんたら、そんなにも眉を顰
しかめないで下さいましな。(苦笑) 甘やかしてくれる人がいるとなかなか止まらないのが感傷の涙。傍らに寄ってくれた剣豪さんに頭を支えられて、大すきな大きな手でごしごしと顔を拭ってもらっていたルフィだったが、そんな相手の温みに直接甘えたくなったらしい。目の前の懐ろへ ぱふんとお顔を伏せて、
「あんな、あんな、ゾロ。」
 聞いてくれようと、何とも稚
いとけない表情で見上げてくる。丸ぁるいお顔に据わっているのは、琥珀を滲ませた大きな涙目。それからそれから、むにむに歪んで わなわなと震えている口許なのが、いかにも…小さな幼児の泣き顔っぽくて。
"…確かこいつ、俺と2つしか違わん筈だよな。"
 今更ですぜ、旦那。
(苦笑) そもそも剣豪さんだとて、どこが19歳だという体格・風情でいらっしゃるのだし。両極端な人同士でそういう比較を語るのほど、意味のないことはありませんて。ゾロとてそのくらいは分かっているのだろう。ちょいと呆れたのも一瞬のこと。

  ――― どうした? ん?

 擦り寄って来た薄い肩をこちらからも引き寄せるようにして抱えてやりつつ、愛しいお顔を覗き込んで…訊いてやるからという態度を見せれば。ぐすんすんと しゃくり上げつつも、声を何とか整えて、あのなあのなと幼い声が語ったのが、


  「俺たち、ビビの誕生日を忘れてたんだ。」

  「………はあ?」








            ◇



 事の起こりは、サンジが ふと思い出してしまったことで。しかも、間の悪いことに…今日はもう、2月に入って4日も過ぎている。

  ――― あああ、なんてこったい。
       可憐なビビちゅあんのお誕生日を忘れていようとは。
       クソマリモの生まれ故郷の風習なんざ
       思い出してる場合じゃなかったろうがよ、俺。

 その二つが相俟って
おいおい 尚のショックだったらしいシェフ殿が打ちひしがれていたところへ、チョッパーが"どうしたの?"と顔を出し。

  ――― おおお、そうだった〜っ!
       カルーやマツゲやハサミと頑張って冒険したのに、
       そんな仲間のお誕生日をうっかり忘れてただなんて…。

 がが〜んっ☆とショックを受けて、やはり。ふらふらふら…後ずさりしてから、とったんと床に座り込んでしまった。そこへと顔を出したのがウソップで、尻餅ついてどうしたよと、まずはチョッパーをひょいと抱え上げてやり、やはり『悲哀の涙、滂沱
ぼうだたり』状態のサンジに気づいて話を聞いて、

  ――― あああ、そうだよ、何 忘れてんだよ、俺ら。
       リトル・アイランドでも死闘を乗り越え、
       ドラムでは仲間の力を信じてじっと耐え、
       アラバスタでは国を揺るがすほどの大革命を引っ繰り返した、
       歴史に残る大活躍を繰り広げた、その仲間だっていうのによぉ〜。

 俺ってば俺ってば、一生の不覚〜っと。サンジに負けない情熱的な雄叫びを上げつつ、テーブルへと突っ伏したところへ、ルフィが"おやつはまだか〜?"とお暢気にも入ってきて…以下同文。
こらこら

  「そ、そうだったの。」

 それは…うんうん、ショックだったわよねぇと。感慨深げな顔をしつつ、腕組みしたまま何度も頷いて見せたナミもまた、実は…言われるまでうっかりと忘れていた"以下同文"組の一人ではあるものの。そんなことが知れたなら、いかに冷血漢か、若しくはうっかり者かということを暴露してしまうような気がして…気が引けて。それで、彼らへの同情を示すような態度を見せた、のだけれども。

  「…馬鹿か、お前ら。」

 斟酌なかったのが剣豪さん。そんな大袈裟に泣くほどのことかよ、一体何事かと思ってびっくりしてりゃあ、まったくよと。大きな肩をすくめると、そこにいた男性陣の皆々様を"情けないなあ"と言いたげなお顔で見回したから、そうなると。それほどのことだなんて何事かと、打ちひしがれていた側の皆様が猛然と反撃に打って出た。

    「そういえばお前、
     アラバスタから離れる時だって、一人だけ平然としてなかったか?」
    「そうだ、泣いてなかったぞ。」
    「そうだそうだ。いい加減にしろなんて威張ってたぞ。」
    「そんなに未練があるんなら攫ってくりゃ良かったんだなんて、
     乱暴なこと言ってたし。」

 この冷血漢が、どうせお前のことだから他の面子の誕生日だって覚えていないんだろうが…などなどと非難囂々ごうごう。しまいには"お前なんか仲間じゃないやい"と、こっから入ってくんなという線まで引かれた、どこぞの小学生みたいな海賊団だったけれど。(笑)

  「ま、まあ、あれからも何かとバタバタしてたんだし、ね?」

 そんなに日は経っていないけれど、それと思えないほどに色んな冒険が間に挟まったことだし。ゾロの場合は特に、戦いが第一っていう"単細胞さん"だから、そういった細かいことは いちいち覚え照られないのよ、きっと。珍しくもナミさんが庇ってやって、

    「そんなもんですかね。」
    「記憶能力が全部"馬力"に変換されてんだぜ、きっと。」
    「それはそれで凄げぇぞ〜〜〜。」
    「どうせ"三刀流"だもんな。」
    「おいルフィ、それは腐す言葉じゃないって…前にも言ったぞ、俺。」

 人のことを何だと思ってやがるんだかと、苦虫を噛み潰したような顔になった剣豪さん。自分を庇うなどという珍妙な行いをしたナミへも、
"大方、自分も忘れてたな。"
 それでこの話自体を早く切り上げたいのだろうと、あっさり読み取った上で。これ以上絡み合っていても状況がややこしくなるばかりだろうからと、そこはあっさり割り切ったらしい。やれやれと肩を竦めたままに踵を返し、どうにも救いようがない連中を残してキッチンを後にした。








 ザザ…ンと。波が時折その律動のリズムを変えるごと、その上に浮かぶ船体が軽くスキップを踏むように弾んで、軽やかなものながらも宙へと放り出されるような浮遊感をこちらに招く。上甲板に戻って、腰から刀を外すと元の定位置へと腰を下ろし、やれやれと背中を伸ばした剣豪さん。頭の後ろへ手枕を組むと頼もしい胸板がむんと前方へ心持ち張り出して、何とも雄々しい、惚れ惚れとする佇まいになるのだが、

  「…なあ。」

 そんな彼の白いシャツの上へ陰を落とした人物にとっては、惚れ惚れと見とれるよりも、そこへ ぴとんとくっついた方が気持ちが良い場所。いつもなら傍若無人にもそのまま跨がってしがみつく相手だが、さっきの騒ぎの後だとやはり、彼でもちょっとくらいは気が引けるのか。それで一応は声を掛けてみたらしかったが、

  「………。」

 動かない鋭角的な男臭いお顔。立った位置から見下ろすと、切れ上がった目許とか意外と細い鼻梁だとか、そっぽを向いてるように冷たく見えて何だか居心地が悪い。その片方だけ眸を開けて、チロリとこちらを見上げたその様子がまた。素っ気なかったにも関わらず…肉食の獣が"何だ、食われたいのか?"とばかり、たいそう尊大にこちらを睨んだ一瞥みたいにも見えて。

  "うわぁ、かっこいいvv"

 …おいおい。
(笑) ちょっと ときめいてしまったけど、そうじゃなくって。サンジが支度してくれた、朝のおやつのアップルパイ風味のデニッシュを平らげてから戻って来た船長さん。さっきはちょっと、雰囲気に流されたこともあって、悪態をついてしまったものの、ゾロ本人を嫌いになった訳ではなくて。

  「やっぱ大事なことだぞ?」

 随分とずぼらした短い一言だったのに、

  「判ってるよ。」

 ちゃんと通じるから物凄い。
「何もすっかり忘れたって訳じゃないんだ。」
 ビビの存在をすっかり忘れたという訳ではない。城の中しか知りません、箸より重いものは持てませんというような"深窓の令嬢"では決してなく、国を守るためにという決意の下に、冷酷非常な秘密犯罪結社という敵の組織内に潜入してしまうほど、極めて行動的だった王女様。たった一人で何とかしようと奔走していて、国や仲間のために自分を犠牲にするのは厭わなかったくせに、その仲間に"犠牲になってくれ"とまでは考えもしなかった、正義感が強くって、限りなく利他的で心配症だった、強くて綺麗だった王女様。

  「顔だって覚えてるし、
   自分の苦労には気がつかないまま、
   誰かのためにばっか、必死んなって奔走してたってこととかよ。
   そういうところはちゃんと覚えてる。」

 何へだか、ちょっと怒っているみたいに。そんなこんなを並べるゾロの傍らへ、ぺたんと座り込むルフィであり。冷たい板張りなのを気遣ってか…ゾロが伸ばしたのは片腕だけだったが、それが脇から腰へと回されて。後はいつもの呼吸が働き、ベルトを掴んだ手と腰回りに添えた腕の絶妙な抱えようだけで、たった一息で体ごと軽々と懐ろの中まで引き寄せられているから…ホント、言葉とか要らない間柄なんだねぇ。それはともかく。

  「だからな。
   誕生日だの記念日だの、出会った日だの別れた日だの。
   そんな細かいことは、どうでもいい。
   どんな奴で、好きだったか嫌いだったか。
   それだけを忘れなきゃあ、それで良いんじゃねぇのか?」

 ゾロとしては。その存在を忘れなきゃあ、それで十分だろうと言いたいらしくて。間近に見下ろした琥珀色の大きな瞳が、真っ直ぐ真っ直ぐ見上げてくるのへ。微塵も揺るがず、瞬
まじろぐこともなく向かい合う、透き通った灰緑の瞳のその強さへ、

  「………うん。」

 そだな、と。こくりと頷いた船長さん。凭れている目の前の胸板へ ぽそんと頬をくっつけて、
「俺たちな? ビビを忘れてた訳じゃねぇって。そう言いたくて、ごめんなって気持ちになったんだな。」
 大事な仲間なのに大事にしてねぇって気分になっちまった。それであんな うろたえちゃってさ。感じたままを話してくれるルフィへ、
「そっか。」
 ゾロは、それはそれは短く応じて。だけれど、大きな手のひらでゆっくり髪を梳いてくれた、それがとっても暖かくて。

  "…狡いよな。"

 なんでゾロってさ、言葉を知らない ずぼら男なくせに、ちゃんと想うことを伝える方法とか知ってて、上手いこと使えるんだろうなって、思ったルフィだ。俺は俺のやりたいようにやるだけだ、仲間なんて知ったことかなんて ひねくれたような態度を取りつつも、自分が怪我をしてもまずは仲間を助けようと、敵の繰り出す刃の前へ真っ先に飛び出す彼であるし。こやって撫でてくれるだけで、心根の温かい彼であることが十分過ぎるくらいに伝わってくるし。ごろごろ・ふにゃんvvと、まるで仔猫みたいに。髪とか頭とか、撫でてもらって嬉しいようと、あんなに不貞腐れていたものが今はすっかりとご機嫌になっている、小さな船長さん。




  「じゃあさ、ゾロ。俺の誕生日は? 覚えてんのか?」

  「……………………………5月5日。」

  「お。//////////


  ――― やっぱゾロって狡い奴だよなと。
       そんな風に思ってしまった この一言は、ルフィとあなたとだけの ヒ・ミ・ツvv



  〜Fine〜  04.2.6.


  *一番に うっかりとしていて
   ビビちゃんのお誕生日を忘れていたのは、他でもない私でございます。
   あんなに壮絶なお話だったのに、今はただ懐かしいばかり。
   アラバスタの再建はきっときっと順調に進んでいることでしょうね。
   扉絵とかでまた出て来てくれないかなぁ…。


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