鼻の頭がひんやり冷たい。このところ、天気予報でも"この秋一番の冷え込み"なんて毎朝言ってたけど、今朝もなんか寒いみたいだな。…そんな風にぼんやりと思ってたのが、眸が覚めて来るにしたがって、それどころではなくなった。
「………ふみぃ。」
頭がズキズキと痛い。どこかでぶつけたかな? でも、そんな痛さじゃないような気がする。頭の奥で時々"ずーん"って、まるでしゃっくりみたいな不規則なリズムで痛いのが来る。何なんだろ、これ。体も少しだるくて、起きるの、なんだかキツイなぁ。布団の中でうごうごと、小さく寝返り打ってたら、
「…お。起きてたか。」
チャッと小さな音がして、ノックもなしに部屋のドアが開いた。
「ぞろぉ〜。」
何だか情けない声しか出なくって、でも、なんか助けてほしくてそっちを見やって…、
「………えと。」
あれ? 何でかな。ゾロの顔、よく見えなかった。さかさかって足早にベッドの傍まで寄って来たから、眸が追っかけ切れなかったんだな。そういや、ドアを開けて入って来たよな。こんな明るくて、なのに俺、なかなか起きれなくて。こういう日は、いきなり床とか壁とか擦り抜けて、空中から出て来るのに。早く起きなって、遅刻しちまうぞって。
「…どら。」
ベッドの端っこに腰掛けながら。いつもの大きな手のひらが"ごそっ"て、前髪の下から頭へ、大きい櫛みたいに髪の毛を掻き上げながら滑り込んで来て。気持ちよくってついつい"へへ…"って笑ったら、手のひらの端から見えたゾロの口も小さく笑う形になった。何かそれ、凄い嬉しくてさ。もっと"えへへvv"ってなっちゃったよ。
「頭が痛いだけか? 気分は悪くないのか?」
「んんと、口の中もなんか変。」
「そか。」
おでこで熱を診てくれたみたいで、
「やっぱ、こりゃあ二日酔いだな。」
「…二日酔い?」
それって、お酒飲んだ人がなるやつだよな。シャンクスがこの頃ちょっとだけお酒に弱くなっててさ、夏に帰って来たエースと呑み比べして負けた時に、うんうん唸ってたもんな。でも、
「俺、お酒なんか飲んだか?」
なんか…いつの間に寝たのかもよく覚えてなくって、それにゾロが居たならそんなお馬鹿は絶対しない筈なのにな。えとえっと、う〜んと。
「………。」
あれ?
「…ゾロ?」
何か言ってよ。黙ってないでサ。いつもだったら、馬鹿がとか、大人しくしてなとか、立て続けにすぐに言うじゃん。
「………。」
大きい手が。温ったかくて気持ちいいけど、目の近くまでかぶさってて、顔が見えないって。
「学校には、頭痛で休ませますって連絡しといたから。話、合わせとけな。」
「あ、うん。」
――― ………あれ? 何でだろ。
「…どした?」
「ん〜ん、何でもない。/////」
何でだか判らないけど、顔がなんか熱いんだ。鼻の頭とか頬っぺとか冷たかったのが、勢いよく盛り返すみたいに。………うん。お酒飲んだの、思い出した途端に。俺、ちょっぱーっていう、ムクムクした可愛いのとお留守番しててサ。ゾロとサンジが出掛けたから、その間に。綺麗な缶だったからジュースと間違えたんだ。甘くてシュワッてしてて、炭酸のせいで気がつくの遅かったんだな。そうだ。自分で冷蔵庫から出して飲んだ。ゾロが居なかったから間違えた。
「…なぁ。」
「んん?」
「昨夜、はろいんのパーティーしたよな?」
ウソップは来られなくなったけど、その代わりにサンジが来てくれたんだ。サンジは料理が上手で、いっぱい御馳走とかケーキとか作ってくれてさ。美味しかったな〜vv 色々と少しずつ思い出せて来たのを、確かめるみたいに訊くと、
「ああ。結構遅くまでな。」
ゾロは頷く。普段からもあんまりだらだら何か言うゾロじゃない。言いたいことだけ短く、言葉少なに単語だけでピシッと言う方。サンジはその逆で、丁寧に沢山、噛み砕いて言う方なんで、一人しか増えてないのに、なんか賑やかだった♪ 俺も一杯喋ったしなvv えと、そいで…。
「…どうしたよ。」
「ん〜と。/////」
やっとおでこから手が退どいて、ゾロの顔、やっとちゃんと見えた…けど。やっぱり変。二日酔いってこんな熱っつくなんのか? 目も何かしょぼしょぼしてるし。グイグイッて擦ったら、ああ待て待てって空中から…下のキッチンにあったやつだろう濡らしたハンドタオルを掴み出して、顔拭きなって渡してくれた。ゾロはあんまり"術"っていうのは使えないって前に言ってた。今やって見せたのも、何もないとこから魔法で出すんじゃなくて、別の場所のを手に取って持って来るんだって。俺たちの居る"三次元"より上の次界の存在だから出来るんだって。細かい理屈はゾロも苦手で、そーゆーもんだって言ってた。………いや、それは今は良いんだってば。
「……………。」
――― ………どうしよ。思い出した。
『あのな、どっこも行かないで。』
………俺、泣いたんだ。ゾロが凄げぇ怒ってさ。邪妖っていうのが居る危ないトコに行くっていうのに、俺、付いてきたいって言ったから。馬鹿なこと言うんじゃねぇって叱られた。そいでそのまま出掛けたから、もう帰って来ないかもって思っちゃって。そしたらなんか、急に寂しくなって来たんだ。一人に戻るのが、じゃなくて、ゾロにもう逢えないかもって思ったら凄げぇ心細くなって。えくえくって泣いてたら、ゾロが戻って来てくれたから、
『ゾロのこと、大好きだ。だから、此処にいて。』
涙が止まらないまんまで、お願いだから帰らないでって。どこか他所に行っちゃわないでって。一生懸命、お願いしたら、
『…ああ、此処にいる。』
そう言ってくれた。
『ああ、どこにも行かないさ。』
ずっと居るって、そう言ってくれた。
『俺も、お前のことが大好きだ。
だから、他のどこにも行かない。ずっとずっと傍にいる。いいな?』
なんか。なんか、凄げぇ嬉しいvv だってさ、こんなカッコいい、こんな大っきな人が…あ、人じゃないけどさ。こんな大人がさ、俺ンこと、好きだって言ってくれたんだ。ヨシヨシ可愛いねぇっていう、小さい子に言う"好きだよ"じゃない、大人同士の"好き"。好きだからどこにも行けないって、好きだからずっと傍に居るぞって、ゾロはそう言ってくれたんだ。
「…なぁ。」
「んん?」
「俺が泣いてたから、じゃないよな?」
昨夜は酔っ払ってたから、俺。ゾロに怒られたのがなんか心細くなっちゃって、そいでぼろぼろ泣いちゃってた。(うわ〜、恥ずかしい。/////)それで困って、しょうがないなぁって"好きだよ"って言ってくれたのかなって、心配になったんだけど、
「違げぇよ。」
「…っvv」
うわあっ、うわあっ、凄げぇっ! 嬉しいっ! こんなすっ飛ばした訊き方しても、何をどう訊いたんか判ってくれるし。少し照れてるゾロなのも、初めて見るからなんか嬉しいっ! 怒ってるようにしか見えないのかもしれないけど、これは照れてるって判る自分がチョー嬉しいっ!
「そういう"おためごかし"なもんなら、キス までしねぇって。」
【おためごかし;otame-gokashi】
御ため、つまり、あなたのためですよ?とか、誰それさんのためになんですよ?と かこつけて、他人のためにと見せかけながら、実のところは自分に都合や勝手が良いように物事を運ぼうとすること、若しくはそんな風な弁明や説明の仕方。
――― ………はい?
頬っぺを撫でてたゾロの手が、するりと顎まで降りてって。大きい手が首元にもぐり込んで、そのまま顎の先、添えるみたいにして止まる。それから…親指の腹でそぉって下唇に触って…撫でてくから。
……………っ、あ。
ごめんな。俺、そこまでは思い出せずに訊いてた。好きって言い合ったトコまでだった。そうだよ。だから"大人同士の好き"って事じゃんか。…って、自分に突っ込み入れてる場合じゃない。うわぁー、どうしよー。キスしてくれたんだ。俺、男なのにヤじゃなかったんかな。あ、でも妖精とかには男も女もないって聞いた事あるぞ。恥ずかしくて顔が熱くて熱くて。布団の端で隠したいのに、ゾロ、引き降ろすんだもんな。埃を吸うから顔は出しとけって。そんなん、この恥ずかしさの後だろ? 順番としてはサ。///// このカッコいい口でキスしてくれたんだ。きゅうって抱き締めて。…あ、どうしよう。なんか思い出して来た。どうしよ、どうしよ。恥ずかしい。顔、見らんない。ドギマギしてたら、
「変わんねぇけどな。」
ゾロが優しい声でそう言った。
「…? 何が?」
「何にも。これまでと、さして変わんないんだけどな。」
大っきくて温かな手は、頬っぺや髪、頭をゆっくりと撫でてくれる。気持ち良い。大人の手。何でも出来る頼もしい手。ゾロの匂いがして、ゾロの温みがして、大好きな手。そぉっと撫でてもらうのへ、もっともっとって思いながら…うっとりしながら訊き返す。
「…そうなのか?」
「ああ。だって、いきなり昨夜好きんなった訳じゃあない。」
ああ、そういう意味か。…うん。そうだよな。俺はずっとずっと、初めて逢った時からカッコいいゾロんこと好きだったんだし。
「だから、特に変わる訳じゃあない。これからだって特別に甘やかしたりはしないからな。判るな?」
「うんっvv」
これ以上やさしくされたら、俺、ダメ人間になるかもしんないもんな。やっぱ大好きだ、ゾロvv これからもよろしくなvv
おまけ 
喉が渇いたというので湯冷ましを飲ませてやると、坊やは少しして再びくうくうと寝ついてしまった。しばらくは飽くことなく寝顔を眺めていたものの、布団を直してやり、階下まで降りて来て台所へ。今はまだ食欲も無さそうだが、すぐにも"腹が減った"と騒ぎ出すに違いない。何か食べやすいものをと、冷蔵庫を開けかけたその途端。
《なぁ〜にが、甘やかさないからな、だよな。》
「…出て来て言えよ。」
明るいキッチンには自分の他には誰の姿もないが、お仲間同士だ、あっさり判る。向こうも向こうで、隠れているつもりはなかったらしくて、
「よ。おはよう。」
「おはよーだぞ。」
リビングのソファーの傍ら、空気中から姿が滲み出して来たのは、金髪碧眼の黒衣天使。今朝は普段着スーツでチョッパー連れの、ゾロの相方、聖封様である。
「んだよ、朝っぱらから。」
「お言葉だねえ。もしかして気まずいんじゃないかとか、心配して来てやったのに。」
「そだぞ。」
何しろ昨夜の"一部始終"を間近で目撃していた二人だし。(笑) 赤子のように腕の中へと抱えて来たチョッパーを足元へ降ろしてやり、サンジはキッチンの方へとやって来る。昨夜は手際よく立ち働くシェフぶりを見せてくれた彼であったが、それでも洗い物が結構あって、取っ散らかっていた筈の台所が、今はすっきりと片付いていて。ゾロが扉を開きかけていた冷蔵庫には、食べ残した御馳走たちがきっちりと整理されてしまわれてあると判る。あのまま寝入ったルフィが手伝えた筈はなく、やっぱりめっきり所帯臭くなった破邪様である様子。(笑)
"まあ、キチンとしてなきゃ示しがつかねぇからだろうさ。それと、混乱や混沌っていう歪みには、邪が寄り憑きやすいし。"
あら。完璧に整える方が、神に嫉妬されるほどのことだからって、魔が寄り憑きやすいって言いませんか?
"それはちょいと深読みされたクチの精神論。俺たちが相手にしてるのは、微妙なところで即物的な妖(あやかし)の方だからな。"
ははあ。相変わらずのMCはともかく、
「詭弁が上手になったよな。」
「何の話だ。」
こっちを向こうともしないで、あくまでも毅然としている破邪様だったが、
「"いきなり昨夜好きんなった訳じゃあない"ってのがだよ。」
サンジは"くつくつ"と笑って、
「確かに突然恋に落ちたって奴じゃあなかろうがな。最初の内の"好き"がどんどん育って大きくなって。何となくな程度のものが、今や何にも換え難いってレベルになってるからこそ、ああまで切ない告白や接吻につながったんだろうによ。」
この聖封様、現れた邪悪を片っ端から浄封滅殺する破邪様と違って、何かしらを失われぬよう傷つかないよう、守り慈しむのがお役目なせいでか、そういった機微にもなかなか鋭い。そして、
「……………。」
そんなサンジの言いようが図星だったからか、ゾロからは何の応じも返って来なくて。………ふ〜ん、成程。詭弁だったか、あれってば。実に判りやすい反応を示してくれる、あっさりとあしらわれている彼だというのが、こっちでも判るのだろう。
「なんかゾロってさ。もっと怖いって思ってたけど、そうでもないのな。」
それはそれは恐ろしい一言を口にして、屈託なくチョッパーが笑った。にっこにこと御機嫌な使い魔くんの一言へ、
「…ほほぉ。」
ゾロからのお返事と同時に、何だかひんやり、辺りの空気が急に12月下旬並みになったような。(笑) ムクムク毛皮の直立トナカイくんには、すぐさま堪える冷気ではなかったようだが、
「???」
何でこういう現象が起こったのかが今一つ判っていないらしいから。そんな彼の山高帽子の天辺をちょんちょんと突々いてやって、素直に仰向いて来た彼へとご主人様がこう囁いた。
「チョッパー、坊やのお見舞いに行ってきな。」
「うんっ。」
「騒ぐなよ? 頭が痛いんだろうからな。」
「おうっ。」
小さな妖魔くんが、とたとた…と廊下を去ってゆくのを見送ってから、
「大人げねぇこと、してんじゃねぇよ。」
サンジが呆れもって毒づいたのは、勿論ゾロへだ。今の殺気は相当な代物だったからで、咄嗟にサンジが誤魔化したからチョッパーには気づかなれかったが、
"誰にも彼にも優しいって訳じゃないってか?"
そうと表明したかったらしい相棒の、やはり判りやすくてその分幼稚な反応へと苦笑する。
「うるっせぇな。お前もとっとと帰れ。」
八つ当たりっぽく邪険になる翡翠眼の破邪へ、
「ああ、帰るがその前に。」
こちらだって名代の聖封、そうそうあっさり負けてなんかやらない。
「お腹にやさしい雑炊の作り方を教えてやる。まずは大人しく見てな。」
「………。」
何だかんだ言って、皆んな掛かりで坊やに甘い、天聖界の方々なのでございます。
〜Fine〜 02.10.30.
*ま、そういうことでvv
これのどこが"ゾロBDもの"なんでしょうかね?
まったくもって"姑息な"前夜祭、でございます。(笑)

|