月下星群 〜孤高の昴

    其の十七“空と海とジレンマと”
 

    「なあなあ、サンジ。
    “あんたたちは本っ当に性懲りのない馬鹿だ”なんて、ナミがよく言うじゃないか。
     それって、進歩がないとか成長してないとか、そういう意味なんだよな?
     けどサ、俺たち、そんなにも“進歩”してねぇのかなぁ…?」


 ここ数日ほど続いてる好天の下。乾いた陽光を浴び、生成りに褪めた帆の白を光らせて。何の障害物もない大海原をなめらかに走り続ける愛船ゴーイングメリー号。もうすっかりと体に馴染んだゆるやかなペースのスウィングが、船体を薄く浮かせては引っ張りを繰り返しており。軽快な船足ならではなそのリズムに、手持ち無沙汰な男衆たちはそろって転寝でもしているのか、船内は至って静かなもの。そんな中でただ一人、日常のお務めを果たしていた人物へと、可愛らしい疑問を、つぶらな瞳に浮かばせた微妙な表情とともに向けて来た船医さんへ、
「う〜ん。」
 こちらさんは…肘の手前まで袖をまくったことで晒された長い腕や、ボタンを二つほど外してはだけられた胸元などなど、本来ならかっちり着こなすシャツを少々着崩しているが故の、ほのかな色香・しどけなさを滲ませた風情にて、鋭意労働中だった金髪碧眼のコックさん。生クリームの絞り出し袋を片手に、午後のお茶用のスィーツの仕上げに取りかかってたシェフ殿が、トナカイさんとは別の意味合いからだろう、何とも微妙なお顔になってのお返事をする。
「いや、まあ…成長はしてると思うぞ? 多少はな。」
「してるのかっ?!」
 勢い込んで確認して来るお声へ、
「ああ。」
 端正なお顔のその目許。にっこり or にんまり、どっちとも取れそうな笑顔を向けてやり、さぁさ、カシスのムースケーキ・積乱雲に見立てた生クリーム添えが出来たから、ウソップとルフィを呼んで来なと急かしてやって。ほいきたとキャビンから飛び出してく小さな背中を見送った。どんな拍子でそんなことを思いついたチョッパーなのかは知らないが、意表を突かれた割には真っ当な答え方をしたと思いつつ、調理作業中だからの上着のないギャルソンエプロン・スタイルのまま、シャツの胸元、ポケットから煙草とマッチを摘まみ出す。慣れた所作にて紙巻きを咥えると、伏し目がちになってその先を炎で炙って火を移し、
“ただまあ、進歩はしてないかもな。”
 最初の紫煙と共に、ついつい苦笑が洩れ出てしまったのもまた、紛うことのない正直なところ。かつて遭遇したその時その時の強敵たち。今の今、再び相覲
あいまみえたなら、自分たちはやっぱり苦戦するのだろうか。既に攻略法が分かっているからというのを退けても、例えば…ドン・クリークやアーロン一味程度が相手なら、あの時ほどの瀕死の死闘にはならないと思う。グランドラインに入ったことで相手のレベルが上がったのに合わせ、それらを蹴倒した自分たちもまた底力は上がってる。王廟に隠されたポーネグリフを目当てに、アラバスタ王国を乗っ取ろうと構えていたクロコダイル。天空から襲い来る雷光を武器に空島を支配し、自ら“神”と名乗っていたエネル。そいつらに比すればちょっと雑魚だった、バロックワークス幹部たちにベラミー、邪魔グチのワポルに割れ頭のフォクシー。それからそれから、各海域で遭遇した海軍艦隊まで挙げたらキリがないほどに。あちこちで戦いに明け暮れ、そして…どの死闘にも勝って来たからこそ、こうやって生き延びている自分たちで。それを指せば戦闘能力のスキルにおいては“成長した”と言えるものの、ナミがいつも呆れて見せるのはそっちへではなく、
“余計なことへばかり首を突っ込む、うっかり屋なところのことだろうからな。”
 ナミ本人が聞いていたなら、うっかりなんてな可愛らしい言い方なんかじゃあ済まされないわよっと怒鳴られ、そんな のほのほした解釈をするようになった頭はどれよっとばかり、クリマタクトによる強打の雨が容赦なく降って来ているかも知れないくらい。
(おいおい) 人並みの用心深さがあったなら、関わらないで済んだかも知れない難儀も、思えば数知れず拾い上げて来ている彼らであって。
『せめてもうちょっと、後先を考える能力ってもんを身につけてくれれば。』
 毎回毎回、同じことをばかり嘆いているナミさんのお決まりの台詞。それさえ覚えていられないほど、後先どころか自分が向かう先さえ決めぬまま、とりあえず飛び出してくケースがどれほどあった船長さんか。目についたものにはとりあえず触ってみる不用心さもなかなか治らないし、それがために巻き込まれた騒動も数知れずで、
“ま。お陰様で、退屈ってのはあんまり体験してねぇよな。”
 薄い口元、今度こそはにんまりと。真横に引いての不敵な笑い方をしたその途端、

  「わあっ、ルフィっっ!!」

 チョッパーの悲鳴のような声がして、それと重なっての水音が潮騒を上回る派手さで舞い上がる。はっとして身を起こし、キッチンキャビンの戸口へと駆け寄って甲板の前方を眺めやれば。腰の刀を素早く引き抜いた剣士殿の屈強な肢体が、流れるような俊敏な動作で高い船端へ足を掛け、そのまま身を乗り出すと眼下の海へと躊躇なく飛び込むところが丁度見え、
「…あ〜あ。」
 安寧平和な時ほど生じやすい、重々覚えのある騒動がまたぞろ起こったらしいなと、けれど、これまた昔よりかは心配する度合いも薄くなった、船長さんの一大事への苦笑をひとつ。まだ半分ほど残った煙草を手際よくもみ消し、キッチンから出ると隣りの医務室へと足を運ぶのは、意識があれば良いのだけれど、そうでないなら横にさせとかねばない船長さんのため。ベッドや換気を確かめに…という、やっぱり手慣れた段取りであり。
“これだから、ナミさんも“性懲りもない”って怒鳴るんだろうよな。”
 苦笑混じりに、ふと見上げた空には、何処のと決められないほど何処にでもありそな色合いの、夏の青空と白い雲。るふぃーっ、無事かーっ。ゾロっ、もっと右だ右。そっちは左だ、さては そっからの方向音痴か、てめぇー! わいわいと賑やかな騒ぎを背に、何とも言えない笑みが浮かぶのを何とか噛みしめるサンジであった。






            ◇



 舳先飾りの羊頭の上という一等好きな特等席に、いつもと同様、そりゃあ機嫌よく座っていたものが。何の弾みか、真下の海へと転がり落ちた船長さんだったらしくって。ここんとこは気をつけてたのにどうしたことか、そんなにも気が緩んでいるのなら、ここは威勢のいい怒声で叱ってやろうと構えていたナミだったが。運ばれて来たのが意識のないルフィだと見るや、
「…ん・もうっ!」
 案じてしまう感情をぐぐっと抑えた分だけ、より一層厳しいお顔になってしまう彼女であり。甲板でザッと海水を拭われた小さな身体をベッドへと横たえれば、チョッパーが一応の診察をする傍ら、皆もまた一応は心配顔にて様子を見守ることとなり。
「一体どうしたの?」
 大きな真ん丸という不安定な場所ながら、日頃は十分に注意している彼でしょうにと、一番新しい仲間内だからこそ、こんな風な騒動にあまり縁がないままだったロビンもまた、由々しきことねと眉を顰めている。悪魔の実を食べた能力者なら、何よりも気をつけねばならないこと。人知を越えたとんでもない能力を得る代わり、その生命に呪いを刻まれ、海に落ちれば全身から力を奪われる。浮力はもとより、泳ごうともがく体力も筋力も発動出来なくなり、全身が弛緩したまま、若しくは凍ったようになって、海底深くへ沈んでゆくしかなくなってしまう。意識のあるまま、抵抗も出来ず、じわじわと死地へと誘
いざなわれるのがどれほど恐ろしいことか。それへと応じたのが、
「さぁな。いつものこったから、きっと単なる不注意のどれかだろうよ。」
 ウソップが差し出した大判のタオルを受け取り、短く刈られた髪をがしがしと乱暴に拭いつつ、こちらさんも不機嫌そうに投げ出すように答えた剣豪さんで。どれかだなんて何だか妙な言い回しだなと、ますます小首を傾げる考古学者さんへ、
「海鳥に見とれた、波を数えてて目が眩んだ、眠くなって肘がかっくんと折れた。そんな程度の他愛ないうっかりの内のどれかだってことですよ。」
 シェフ殿がこそりと説明して差し上げれば、
「…まあ。」
 納得したそのまんま、彼女には珍しくも素のそれだろう、柔らかな苦笑を零したロビンだったりするのだが。

  “確かに…それじゃあ剣士さんも収まらないわよねぇ。”

 毎回毎回、彼なりの理由や事情は様々にあるらしいのだが、聞かされるこっちにしたらば どれにしたって同じこと。力説するにも価わないような下らないことと引き換えに、その命が容赦なく摘み取られてしまう海へ、そうそうあっさりと落ちてんじゃねぇよと。麦ワラ帽子も忘れずに拾ってくるほど気の利く、彼専属の救助班の班長さんとしては…助け上げるのが間に合って良かったという安堵の気持ちをドドンと飲み込んで、そのまま遠い波打ち際まで持ってってしまうほどの、怒涛のようなムカムカがその分厚いお胸を満たしもするのだろう。そんな彼へと同調してか、
「最近は滅多に落ちなかったのにな。」
「ってゆうか。眠くなったり飽きたりしたらば、すぐにも降りて“寝床”へ直行してやがったのによ。」
 意識もじきに戻るよと、大事はないとの診断を終えたチョッパーの言いようを受けたウソップが、ちろり〜んと見やった先には。成程、ルフィ専属のお昼寝用の“寝床”さんが、髪を拭った後のタオルをがっつりと雄々しい肩にかけて立っており、
「〜〜〜〜〜っ。」
 額にくっきりと浮いた青筋込みの表情を、端的に直訳するなら“言いたい放題される筋合いはねぇよ
(怒)”というところだろうか。ぐぐいと寄せられた双眉の狭間の渓谷の、これまた深いこと深いこと。しかもその上、もっと判りやすかったのが…その手元。鍔を親指で押し出すようにして、ちゃきりと切られた鯉口に、
「…判ったから、刀の柄に手ぇかけながら睨むのは辞めてくだしゃい。」
 自分も聞こえよがしな揶揄
からかいは辞めますですと、いち早く怯えて半身を隠したチョッパーを背後に背負いつつ、狙撃手さんが謝りながら後ずさりで室外へと撤退。心配するほどではないからこその、意識のない人を肴にしたコントのような展開になりつつあって、
“相変わらずに。”
 かわいらしい子たちだことと、ロビンがやんわり目許を細める。真摯に心配したからこその全員集合から一転して、今度はホッとしたからこそ…誰が一番ムキになっていたのかしらと、ちょっぴり容赦のないお茶化しが飛び交いもする。大人ぶりたい子供ほど、素顔や素の感情を隠して斜
ハスに構えてみたがるもの。剥き出しの真摯さはそのまま“余裕のない態度”に通じるようで、それってちっとも大人クールじゃないからと。ムキになった者を囃し立てたり冷やかしたり。
“いつだって小学校の教室みたいな騒ぎになるのね。”
 いつもならその筆頭なのは船長さんなんですが。
(苦笑) 体力が削られたのは事実だから、結構な騒ぎになっても目を覚まさないルフィであり、
「起きたら起きたでまたまた大騒ぎになるんだから。静かにして寝かしときましょ。」
 残りの面々への場面転換を告げるよに、若しくは…寝覚めと同時に必要とされるだろう人以外はお呼びじゃなさそうだからとばかり。細い肩をすくめたナミが、あたしたちはキッチンへ下がりましょうと残りの二人を促した。医務室から出れば、そこにはさっきと何ら変わらない…潮騒の音をBGMにした、陽光目映い昼下がりのいかにも平坦な空気があるだけ。そこまで逃げたのか、ステップ下の主甲板では、ウソップがチョッパーに何かしらのホラ話を始めており、
「………急に静かになっちゃったわね。」
 さっきまでだって、特にルフィがワーワーと声高に騒いでいた訳ではないのにね。ここに立った時の皆のいつものクセで、舳先に座る小さな背中を視線がついつい探してる。
「何か拍子抜けしたって感じですかね。」
 お茶でも淹れますよと、二人のレイディを誘ってキッチンへ戻ったサンジは、騒ぎの間中のずっと、出しっ放しになっていたムースケーキと生クリームを再び冷蔵庫に戻し、大きめのビンへと移してあった蒸留水をシャカシャカと手際よくシェイクしてからヤカンへ注いで火にかける。汲み置き水では沸かしてもお茶葉が開いて躍ってくれないからと、水へ少しでも酸素を入れるためのおまじないなんだとか。湯が沸くまでの少しの間、オーブンの方を向いてる背中を見やったナミは…少ぉし撫で肩になってる細い背中に見覚えがあると気がついた。
“…あ、そっか。”
 別に焦燥している訳じゃあない。強いて言うなら放心状態。恐らくはゾロと変わらないくらいに。むしろ…待ってた立場だったからこそその分の時間を多いめに、気を揉んだ彼だったからこその反動で、細い首を項垂れさせているに違いなく。

  “意識のない姿なんて久し振りに見たもんだから…思い出したのね。”

 燃料が切れたみたいにという描写そのままに、精も根も尽き果てて。されど、十分満足し切ったぞという穏やかなお顔になって。泥のようにくうくうと眠ってる姿で戻って来た、砂漠の国での我らがキャプテンと同じ顔。重々覚えがあったし、それに。あんまりいい思い出とは言えなかったことだから、さぞや気疲れしちゃったサンジなのだろう。どいつもこいつも素直じゃないったらと、思うナミもこれまた同じで、それはそれはこっそりと、張ってた肩からやっとのことで力を抜いていたりするのである。






            ◇



 歴史的な遺物以外には熱くならないロビンが、海賊としてはまだまだルーキーなルフィへ殊更の関心を持ったのは、自分をあの、崩れ落ちる王廟から救い出してくれたからだと言っていたが。もっと穿
うがって、あの時の…海軍による関係筋への一斉検挙というどさくさに一番持って来いの脱出手段だったから利用しただけだとしても、その後もずっと行動を共にしているのは何故なのか。

  ――― 絶望なんて言葉は知らない。

 あの、誰も信じてはいなかったからこそ、忌々しいまでに周到だったワニの大将以上に粘り強くて執拗で。二度までも殺されかかったにも関わらず、それでも諦めないで食らいつき続けた、その信念の根源にあったのが。

  ――― 仲間であるビビ王女の力になるため、という強い意志。

 王下七武海の一角を成し、一般人を襲う残虐な海賊を平らげては救世主を気取り、世界政府や海軍をさえ欺いた“策士”クロコダイル。彼は確かに、強くて切れ者で隙のない、一筋縄ではいかない、手ごわい男であったけれど。誰も信じてはいなかったが故の策に凝って…結果として溺れた。打算や計算になぞ縁のないその代わり、信念なんてものを馬力にする“計算外な存在”が現れたことで計画は迷走した末に破綻し、リアルな力技にて粉砕されたのだ。悪魔の実を食べていなくとも、足場がなければ命を呑まれる海の上で。飛び立った先に陸がある保証なんてないのに、まだ見ぬ先を地図にて見越した訳でもないというのに。何物も恐れないまま、走り続けることが出来る破天荒ボーイ。負けたと認めないうちは、負けじゃない。諦めない限り、力尽きて頽れない限り、負けじゃあない。残り少ない空間を塗り潰し、今にも一気に埋まろうとしていた王廟の中で。あの小さな体の一体何処に蓄えているのか、信じられないほどの覇気を放ち。とうとう最後には、物理的な打撃技しか使えない身には絶対不利な“砂”を相手に、堂々の勝利を収めた、まだ十代の少年船長の未知数な何かに、好奇心を擽られたロビンだったからではなかろうか。そんな結論へと忌々しげに眉を顰め、

  “んなこたぁ当然だ。”

 何故なら彼は、未来の海賊王なのだ。普通一般の人間が後込みするよなことでも、笑ってこなせなくては話にならない…と、その言動のとんでもなさに馴染むにはそのくらいの覚悟がいるってこと、まずはとさんざん学習させられ。その結果、ルフィへの対応に最も必要な心掛けとしてゾロが覚えた単語は“諦める”の一語だったほど。
(苦笑)
「………。」
 壁に凭れて立っていて、塑像のように視線の向きさえ動かさないままなゾロであり。そんな彼の視野の中、医務室内は日陰と日向が曖昧な仄かな明るさに満ちている。直射日光はたいがいの傷病に良くないからと、航路の向きによっては窓から差し込む陽射しをソフトに遮蔽するブラインドが降りているからで。そんな采配を下したチョッパーの診立てによれば、海に浸かったことで体力が無理からぐんと奪われているけれど、ルフィの回復力なら大丈夫。海に落ちた能力者の消耗は、体力だけじゃなく精神的なところへの負担も多々あって。そうでない人には体感しようがないことだけに、何とも表現し難いけれど。敢えて例えるなら、今のルフィの場合は、寝不足なのを取り返すためにと体がねだるまま眠ってるような程度のものだから。意識が戻って眸が開いたら、それでもう充足出来てるよとのこと。先程、暇を持て余して濡れた服を着替えさせたし、薄い枕に載った頭の黒髪ももうすっかりと乾いているので。目が覚めたら何があってこんなところにいる自分なのか、覚えていないルフィかも知れないなと、そうと思うと苦笑が洩れた。

  “あの時だけは…さすがに堪
こたえた、かな?”

 この、目を覚まさないルフィの姿に、皆がそれとなく思い出していたのは、この航路に入って初めてその身を投じた大掛かりな騒乱の、その、国ごと揺れていた運命の決戦が繰り広げられていた終焉の地でのことだろう。同じよに国家の根幹を揺さぶった戦いでも、極寒のドラムで立ち会ったものの方は“国の再生のための乱”であり、身勝手極まりない馬鹿王…もとえ、独裁者を誅しただけで済んだこと。反乱軍の誤解を解かねばならないという、一刻を争う事態の最中。周到な策を巡らすのが可能だった、組織立った相手への抗戦ということで。それぞれへと割り振られた格好の、バロックワークスのオフィシャルエージェントたちとの死闘をこなしたのみならず。首都アルバーナの街が吹っ飛ぶだろう爆弾を巡っての、これまた信じられない無茶も強いられて。さすがに当日の晩だけは、皆して疲労困憊したまんま、死んだように眠ってしまったのだけれど。

  ――― コトが収まってもなお、皆して妙に不安だったのを思い出すから。

 騒乱の結末は、勝手ながら自分らには他人事で、それでも偉大なる王の終結宣言には心打たれたものだったが。それよりも…自分たちには、王廟から吹っ飛ばされて宙を舞った大悪人の無様な姿にこそ“勝利”を覚え、手放しで喜んだ。そして、その“我らが勝利”を齎した船長を探したところが。どれほどの死闘をこなしたものか、三日三晩もの間、眸を覚まさないだけに収まらず、熱まで出した危篤状態に陥った彼であったから。勝利の喜色もするすると息を潜め、周囲の人々の歓喜の模様や復興への意欲さえ、遠い他人事と化したほど。
「………。」
 いつもいつも飄々としており、元からそのくらいの力は持ち合わせていたかのような。特に進化しているように思えぬルフィもまた、思い起こせば…どの戦いにおいても、終盤のデッドヒートではずたずたになるほどに力を振り絞り、余力を残さずにいたようだったから。そうは見えずとも、彼もまた1つ1つクリアすることでこつこつと力を上げていたのだろう。そんなところは同じだなと、剣豪の口許に浮かんだは自身への失笑。どんな修羅場に置かれても追い込まれても、危機感は薄く、ルフィ同様どんな強い奴が出てくるのかと血肉が騒いでワクワクした。自分の殻を破るのに最も安易な方法は、後がないほど追い詰められて、そんな対峙に何としてでも勝つことだから。ドラスティックに進化したけりゃ、頼まれてもいないのに危ないことに首を突っ込みやすい船長さんは、餓
かつえるように強さを求めていた自分には、もしかすると打ってつけの舵取りだったのかも知れず。とはいえ、そんな自分でさえ思いも拠らないほどの無茶苦茶ばかりを選ぶ船長には、さすがに閉口しもしたゾロで。

  “上には上がいるもんだと思ったが。”

 正義・正道をしか食えないなんてな、ピュアなクチじゃあなかったけれど。プライドなんかクソ喰らえと悪びれていた雑食派にも、一応はモラルくらい理解出来て。そんな自分をまんまと言いくるめ、下らない“海賊業”へと引き摺り込んだ“悪魔の息子”は、実は…タロウカードに描かれた“fool”の図柄そのままに、崖っぷちに気がつかないまま楽しげに一歩を踏み出そうとしている、何も考えちゃあいない大馬鹿者で。こんな奴と一蓮托生していいんだろうかと、頭を抱えたことがどれほどあったか知れやしない。

  “……………なあ、おい。”

 強くなるための喧嘩なら黙って見てもいよう、邪魔する雑魚は片付けてもやろう。だがな、置いてけぼりはさすがに堪
こたえる。別々の空を見上げるほどにも立つ土地の遠い、何も見えない身で待つのはどんな修羅場や習練よりも厳しいものだったが、それでも。奴より先にくたばって堪たまるかという想いを杖に、ますますの頂きに駆け上がれたけれど。

  “こんな下んねぇことで、
   あん時は押さえ込めてたもんを引っ張り出すんじゃねぇよ。”

 頼り合うための、凭れ合うための、馴れ合いのコミュニティーなんかでは決してなく。この俺様が見込んだ野郎どもの集まりだからこそ、自分だって負けるものかと挑発し合うような間柄だってのが正解だから。こんな想い、ホントは感じちゃいけないのによ。持ち得る力を出し尽くした反作用。安心し切って、気が緩んでのこととはいえ、初めての高熱を出してしまったルフィであり、目覚めを待ってた皆を少なからず心配させた、あの時のことを思い出してしまったもんだから。自分の思わぬ脆さや弱さ、ひょいっと突きつけられたような気がして。しかも…言い掛かりや紛いものではないからこそ、しっかり覚えがあるからこそ、それが何だか落ち着けない。
「………
うにゃい。」
 小さく唸って首が動いたのへ誘われて、ベッドの傍まで寄って伸ばした手。触れた感触が届いたか、たちまち“ふにゃりvv”と無防備にも頬が緩んだのが、こちらの胸にも擽ったくて。思わずのこと、口許がほころびかかってしまったゾロだったものの。今回はただ すやすやと寝入っているだけだと判るけど、無心なこの顔の、柔らかな髪もまろやかな肌の温みも、彼のうっかりや無茶ひとつでどうにでも消え去ってしまう代物で。そうそう簡単に潰
ついえぬようにと、強く果敢であって欲しい反面、こういう詰まらないことにも足を取られやすいうっかり者へ、いっそのこと懐ろの中に閉じ込めておいてやろうかと、思わないでもない今日この頃。夢も野望も大事だが、その前に…実はお年頃でもあった彼らでもあって。

  “海賊王になる前に、詰まんねぇことで逝っちまうんじゃねぇぞ、こら。”

 うりうりと突々けば、目覚めないまま“ふにふに・やーの”と、逃げるようにむずがる様が、思った以上に可愛くて。それでようやく溜飲が下がったか、理不尽なピンチに攫われかけた彼へのご立腹も何とか収まったらしい未来の大剣豪殿。こんな小さな気持ちのささくれも、大きく深刻な事態が新たに出来
しゅったいすれば、そんなことあったっけとたちまちの内に塗り潰される。ささやかな想いなればこその微妙な甘酸っぱさを、
“せいぜい堪能していなさい。”
 隣りのキャビンで香り豊かなお茶を供されながら、年上のお姉様、こっそり小さく苦笑ったそうでした。







  〜Fine〜  05.8.30.〜8.31.


  *カウンター187000hit リクエスト
     茄子様
      『アラバスタでルフィが寝込んでいる時、ルフィを心配する仲間たち』


  *アラバスタですか、懐かしいですねぇvv
   何を隠そう、アニメ派の私が唯一持っているワンピのコミックスが
   アラバスタの後半部分。
   でもでもそれを読み返しはしないで、
   何とか覚えているものだけで書いてみたらば、
   他にも思い出すものが出て来ちゃったその結果、
   何だか焦点がずれた代物になったような気がしなくもなくもなく。
(こらこら)
   あまり甘やかな叙情的なものにはならなくてすいませんです。
   ロビンさんがこっそり覗いてたってオチが多いのは、
   彼女の立場があまりにも羨ましいからに他なりませんです、はいvv

ご感想は こちらへvv**

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