月下星群 
〜孤高の昴・異聞

  天上の海・掌中の星 星宵散歩
 


 秋の夕焼けがそれはそれはスペクタクルなまでに綺麗なのは、陽が沈んでゆく角度が絶妙なのと、気温の下がった空気が、他の季節に比べて随分と乾いてて、埃をくるんで浮いてる水滴っていうのも少なくなってて、とっても澄んでいるからなんだって。れが関与する現象は夕焼けに限らないんだそうで、秋は遠くの物音がよく聞こえたり、星がくっきり見えたりもする。この辺は都心に比べりゃ郊外な方で、町のネオンだって少ない筈なんだけど、
『そんでも少ないよな、こりゃ。』
 ゾロはそう言うと、窓から見える星空を、ちょっと小馬鹿にするような澄ました顔つきになって斜
はすに見やった。
『? そうなんか?』
『ああ。』
 満天の星々っていうのはこういうのを言うんだなって、それが納得いくくらい、空の目一杯に隙間なく敷き詰められた星の群れ。夜の闇色に染まった天蓋が重たげで、今にも迫って来るようにさえ見えるんだぜと、それを我がことのように自慢してくれたものだから、
『俺も見たいっ!』
『………っ。』


 破邪精霊様が"しまったっ"と自分の迂闊さに気づいた時にはもう遅く。ルフィ坊やはもうもうすっかりと、その"満天の星空"を観に行くんだという気分になり切っていたのだった。



            ◇



「ほら。あそこの、鼓みたいな形してて、くびれた真ん中に3つ星が並んでるのがオリオン座ってやつだ。」
「あ…ホントだ、そんな形してる。」
 陽が落ちれば冬と大差無いほど気温は下がるし、しかも空の上を飛び回ろうというのだからと。ロングコートにバックスキンのボアつきミトン、首やうなじどころか頬まで埋まりそうなくらいに巻きつけられたマフラーに、フェイクファーの耳当て。念のために使い捨てカイロもお尻の上辺りの腰に貼られてあるという、重装備のもこもこ状態。
『これじゃあ動けないよう。』
 大仰すぎると膨れたルフィだったが、
『動く必要はねぇだろうが。』
 優に一回りは"膨張"した坊やを、ひょいっとその腕へと抱えてくれた精霊さんは、念のための障壁まで張ってくれていて。おかげで凍りそうに冷たい筈の夜気さえ寄りつかない完全防備状態。そうまで守られて…どうかすると湯気が立ちそうなほどに温かなまま、ルフィは晩秋の星座が待ち受ける高層の空へとやって来たのである。
『うわぁ〜♪』
 文字通りの雲の上、月光に煌々と照らされた夜の雲海が広がるそのまた上というほど高い夜空には、ゾロが自慢したそのままに、圧倒されそうなほどの星たちが珍客の来訪を静かに迎えてくれて。どこまでも奥行きのある初冬の夜空は、いつまでも眺めていたくなるほどの厚みと、直接手が届くようなものは何もないのに…何故だか不思議と神秘的な月や星たちの存在感に満ちていた。ぽかんと口を開いて頭上を見上げ、足下になる雲海の縁まで…つまりは自分の前方や横手、眼下という視界にまでもはみ出して、まるで自分たちを取り巻いているかのように広がる別世界に気づいて、興奮気味な声を上げた坊やへと、この時期の星座とやらを1つ1つ示してやっていたゾロだったのだが、
「言われてみればそういう形の星だって分かるけどさ…。」
 ルフィがふと、どこかしら…微かに疑問を乗せたような声を出す。
「んん?」
「ほら、星座盤っていうのにはさ、綺麗なイラストが描いてあるだろ? 星をつないだその上にかぶせてさ。神話のお話の神様とか、ひらひらした服を着た人たちとか。」
 そういや、そうですよね。
「でも、実際の星って、一個一個をつないだ図形っぽいもんにまではなるけどさ。そんな風にまではちょっと見えないよなって思ってさ。」
 鼻の頭をちょこっと赤くして、月光に白く浮き上がる吐息とともにそんなことを訊く坊やへ、
「あのな。」
 そんなことまでは知らねぇよと、素っ気なく応じるかと思いきや、
「昔の人たちってのはさ、今のお前らみたいに、夜になっても明るいトコで色んなことが出来るような生活を送っちゃあいなかったんだぜ。」
「? そうなの?」
 おやおや? 破邪様、親子で学ぶ冬の星座講座の開催でしょうか。
おいおい キョトンとする坊やへと、
「ああ。明かりがまるきりなかったとは言わないがな。今ほど目映いもんじゃあなかった。篝火だとか松明なんていう炎そのものを使った明かりには照らせる広さに限度があるし、薪がすぐに燃え尽きるからその見張りも必要だろう? ロウソクやランプが発明されるまでは、周りへの警戒をする見張りの他に、火の番ってのが当たり前にいたくらいだ。」
「ふ〜ん。そうなんだ。」
 ………さすがは長生きしてるだけあるのね、精霊様。
こらこら
「火の番、宝庫の番として、夜中ずっと起きてなきゃならない人たちはさ、今みたいにテレビだラジオだがある訳じゃあない。それどころか、ちょっとした本だってまだないほどの昔。さてどうやって時間をもたせたと思うね。」
 そうと訊かれて、ぬくぬくな懐ろの中、小首を傾げて考えてみたルフィ坊やだったが、
「??? ………っ、あ・そっか。空を見てた。」
「そういうことだ。」
 よく出来ましたと、精霊が微笑う。何も全部の見張り役がそうだったとは言わないが、闇に没した景色よりかは自己主張している存在だ。ついつい見上げた者も多かったことだろう。
「毎晩見上げてるとな、そのうち自分のお気に入りな星とか出来るのかも知れない。」
 他に何にもないんじゃあね。それこそ配置を覚えてしまうくらい見上げたことでしょうよ。
「いつも同じところに、妙に気になる並び方をしている目立つ星があって。それで星々をつないでみて。最初は簡単に図形止まりだったかもしれないが、人から人へと語り継がれてゆく内に、それが段々と神話や寓話になぞらえられた代物になった。」
「そうなの?」
「ああ。何たって長い長い歳月をかけて語り継がれたろう話だ。見張りの世代交替なんてもんがあるたびに、先輩格の者が新米へ『いいか? あの星はこう並んでいてな。で、こういう話があるんだぜ?』なんて、時間つぶしに話して聞かせもしたろうし、家に帰って子供らにおとぎ話として聞かせもしたろうさ。」
 ちなみに、そういう"火の番"が必要なのは、財産が有ってそれを盗まれる恐れがある裕福な者や、味方と同じほど敵の多かった著名な為政者・権勢者。それと、陸路や海路で旅をしていた者というところか。一般の人々は暗くなったら手元が見えないからって、夜なべ仕事の必要でもない限り、さっさと寝ていたことだろうからね。それがどういうことかというと、知的レベルが高い人達の周辺だったということだ。主人からの影響を受けて知恵者な使用人もいたろうし、逆に、見張りたちの星の話を聞いて関心を寄せた有識者たちもいただろう。旅をする者たちにしても、方位を読むための特殊な知恵や訪ねた先々で拾った幅広い知識を持っていようし、やはり逆に滞在した土地々々で手持ちの話を色々と語って聞かせもしたろうから、その発展と伝播は結構早かったろうという訳で。
「今じゃあお前くらいの子供でも知識として知ってることだが、昔の人は自分の目で見た体験からそれらが北天の碇星を中心に少しずつ動いてるって事にも気がついた。そこから生まれたのが天文学や暦だよ。」
 いつもの張りのある声が、それこそ判りやすく語ってくれたお話へ、ルフィはというと、

   「ほぇ〜〜〜。」

 ついついどこか頓狂な声を上げてしまう。
「ゾロ、凄げぇ〜。そんなことまで知ってんだ。」
 尊敬の眼差しで呆気に取られて見上げて来るものだから、
「…あのな。俺がどんだけ長いこと生きてるか…。」
「そんでも凄げぇっ。」
 見栄えがいかにも"筋肉バカ"…もとえ、体動かすこと以外には関心ありませんという風情でいるゾロだから尚のこと、こんな話をすらすらと語って聞かせてくれたのが、ルフィにはとにかくもうもう"驚嘆もの"だったらしい。
"それって、日頃はどう思ってたかって事だよな。"
 あはははは。そんなひねたことを考えちゃいけませんて、旦那。
(汗)
「…ふゆぅ。」
 ふと。懐ろの仔犬が、吐息をつきつつそのやわらかい頬を胸元へ擦りつけてくる。
「寒いか?」
「ん〜ん。温
ぬくといよ?」
 重装備の上に方術をかけてあるので、冷たい外気に直接さらされてはいない筈だが、それでも底冷えというものがしんしんと忍び入っているのかも。自分はさして寒暖を感じない身だから気づかない代物なだけにわざわざ訊いてみたゾロだったが、ルフィはふりふりと首を横に振る。もしかして暖まりすぎて眠くなって来たのかもしれない。
「ゾロは寒くないんか?」
 自分をすっぽりと包み込んでいる大きな身体。見てるだけで寒いからと、家に置きっ放しのエースのコートを無理から着てもらってこそいるが、それにしたところでルフィを覆うためのフード扱いで前合わせは全開状態。手袋さえつけない、いつもの普段着と大して変わらないいで立ちの彼だ。気遣うように訊くルフィへ、小さく笑いかけながら、
「俺はこの世界では実体がないからな。あんまり寒くも暑くもないんだよ。」
 何度言ったら覚えるのかなと思いつつ、見たそのままからどうしても感じてしまう事だから仕方がないのかなと、さして面倒そうな顔もしないで、いつもと同じ言いようをしたゾロだったが、その途端に。

   「………そんな言い方するなよな。」

「? ルフィ?」
 不意に冴えた気魄をはらんだような、何だか思い詰めたというような声だった。何か気に触ったのだろうかと、それが気になって自分の胸元を覗き込むと、
「此処にいるじゃんか。見えもするし触れもするし、温ったかいじゃんか。」
 ルフィの方こそが"居ないもの"だと言われたような、そして傷ついたというような、そんな顔になって怒っている。
「あのな…。」
「俺、幻に惚れた覚えないもん。此処にちゃんといるゾロのことが好きになったんだもん。」

   ――― おっと。

 そういう…精霊であるゾロの存在を把握出来るような感受性があるからこそ、悪いものからも付け込まれていたんじゃねぇかよと。事の始まり、そんな憎まれを言い返したくもなったが。

   「そだろ?」

 黒々とした大きな眸で、上目遣いでじっと見上げて来られては、

   「…そだな。」

 苦笑しつつも頷首するしかない精霊様だったりするのである。








  「あ、いい匂いvv」
  「んん?」
  「ほら、焼き芋屋さんの匂いだよ?」
  「へぇ、こんな夜中なのにな。」
  「買ってこうよvv 財布、持って来たしvv」
  「…抜かりないんだな。」
  「へへへ、ホントは肉まんを買おうって思ってたんだvv コンビニで。」
  「で? どうすんだ?」
  「お芋が食べたいvv」
  「よーし、掴まってな。」
  「ひゃうっ♪」

 


 獲物を見つけた鷹のよに、高い高い空からの急降下。雲に突っ込むと濡れてしまうからと、隙間を縫っての直滑降は、下手なジェットコースターよりもよっぽどスリルがある。頬を叩く風についついぎゅうっと瞑っていた眸。そっと開くと眼下には、街灯や家々の灯火が散りばめられた、光の絨毯が広がっている。
"…地上にも星があるみたいだ。"
 こんな素敵が一杯の、他の誰にも秘密のデート。坊やと精霊様の内緒の空中散歩は、こうして夏の部から冬の部へと引き継がれ、これからも続いてゆきそうな気配である。





   〜Fine〜  02.11.3.〜11.4.


   *何だか"肉まん"づいてる今日この頃のMorlin.ですが。
(笑)
    あの井村屋だったか木村屋だったかの
    プレゼントキャンペーン中のクッションがどうしても欲しいのよん。
    でも、ここいらでは
    お土産の肉まんというと"551の蓬莱"の、なのであった。
(くすん)
    いや、美味しいんですけどね。
    ちなみに、関西では"豚まん"と呼びます。
    肉と呼ぶのは牛肉使ってる料理のことで、肉ジャガも牛肉を使いますし、
    牛丼は玉子でとじるものに限ってながら"他人丼"と呼んでました。


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