月下星群 
〜孤高の昴・異聞

  天上の海・掌中の星 〜夏暁雲峰

 

 
          




 今年の七夕は物凄いまでの豪雨の中に過ぎゆき、朝になっても止まない雨を睨んでから、リビングの窓辺に…父上がどこやらの外国の港で買って来たというご大層な花瓶を床置きして、そこへと飾られた笹飾りをちょいと唇を尖らせつつ見やった坊やは、
「ほら、早く支度しないか。」
 同居人の従兄弟
いとこがキッチンから声をかけるまで、パジャマ姿のまま、どこか名残り惜しげに笹の枝に下がった短冊を小さな手で撫でていた。
「なあなあ、ホントなら川に流すんだろ?」
 やっとのことでテーブルについて、ホットサンドとハムエッグの朝ご飯にぱくつきながら、笹飾りの去就を随分と心配する坊やに、特別に天聖界の川へ流して来てやるから安心しなさいと言ってやると、
「ホントかっ!」
 途端に機嫌が直った現金さよ。それから、中身がほとんど入っていないデイバッグを肩に、いつもの如くギリギリの時間に飛び出していった坊やを見送り、使った食器を片付けて"さて…"と問題の笹を手にした緑髪の破邪精霊さんは、
"…ん?"
 昨夜の宵に、坊やと一緒に作った切り紙細工をあれこれ飾った時にはなかった1枚の短冊に気がついて…その文面へ小さく小さく苦笑した。

   《期末テストで赤点を取りませんように。》

 大方、夜中にこっそりと付け足したに違いない。昨日から始まった期末考査。現代国語に古文に英語。地理に歴史に、数学、理科の二分野という基本教科に1つでも及第点を取れなかったら、夏休みの始めに補習があると言っていたっけ。それでなくとも受験生で、自分から塾の特別セミナーや模擬テストを受ける子が少なくない中、
"一体どういう神頼みをしてるやら。"
 中学3年生にしては可愛らしい、だがだがきっとご本人には切実なお願いに、男臭いお顔をほころばせた精霊さんであったのだった。



            ◇



 週休二日制になってから宿題がやたらと増えたような気がする。テストのたびに補習なんていう"居残り"もしょっちゅうあって、そんならまだ土曜にも授業があった方がマシだったよなと言えば、
「そーか? 俺としては、ガッコに来る面倒がないのは助かるぜ。」
 すぐ前の座席に横座りした幼なじみのウソップが、白い開襟シャツの胸元を、下敷きをウチワ代わりにしてパタパタ扇ぎながら言い返して来た。週の初めからずっと鬱陶しい雨やら曇天続きで、期末考査最終日の今日も空模様はすっきりせず。そのくせ気温は高くて、部屋の中にいると蒸し蒸しと暑苦しい。
「お前だって、土曜が休みンなって好きなだけ寝坊が出来るって喜んでたじゃんか。」
「…そうだけどよ。」
 この子たちの世代というと、小学生の半ばくらいから土日が休みになったクチだろうか。先生方は大変なんだそうですね。就学時間が減った分、でもでも教えなきゃならない内容はそんなにも減ってはいないから、時間のやりくりとか教え方とか、どうかすると抜本的に転換しなくちゃならないそうで。たかが半日、されど半日。週休二日制にしたことで、何か具体的に豊かになったものってあるんでしょうかね? 大人の小理屈はともかく、
「まあ、お前はガッコで皆と騒ぐのが大好きだしな。」
 明るく元気なお日様坊や。小柄で童顔の人気者。ウソップだとて、この彼からのお誘いならば、日曜祭日でも学校に来たって良いと思えてしまう。きっと何か、面白いことや楽しいことを企んでいるに違いないからで。他の生徒たちにしても…このルフィが招集をかければ、それが夏休みの真ん中であっても集まるし、事実、これまでにもそういうことが何度かあって。いきなり"ハイキングに行こう"だとか"タイムカプセルを埋めよう"だとか突拍子もないイベントを突然立ちあげる彼であり、しかもしかも、不思議とそのどの集まりも必ず楽しく過ごせた。特にルフィの手際が良いという訳でもなく、物によってはウソップや他の生徒がお膳立てやら下調べやらに奔走させられるケースだってあったのに、当日を迎えると何故だか楽しい。何かの折に思い出して、あの時はあーだったこうだった…なんて話してたりすると、他のクラスだった者たちに必ず羨ましがられてしまうほど。
"これも人徳ってやつなのかもな。"
 だが。そんなルフィでも"受験"はやはり意識しているものなのか、今年度に入ってから…春休み辺りからはそういうお誘いがピタッと無くなった。特にガリ勉になったという様子でもなかったが、聞けば席次がいきなり30位も上がったそうだし。こんなに屈託が無い彼でも、先々のことは真剣に、もしくは堅実に考えているんだなぁと、しみじみとそう感じたウソップくんだったが。実を言えば、

  "補習なんか受けることになったら、せっかくの夏休みが削られちまうもんな。"

 この、あまりにも当たり前な事実を。毎年のことであるにも関わらず、そして、エースお兄さんという間近い見本がいたにも関わらず、3年目にしてやっと学習したらしきルフィなのだということを。知ったらきっと、ウソップくんもズッコケるに違いない。早い話、夏休みに入ってもなお、お勉強のために学校があるのはやっぱり嫌なルフィであり、柔道部の練習だったらいくらでも平気だけどもさと、その頬を丸ぁく膨らませる。

  "…あ、でも。"

 そう。去年はその"補習"の時期に、物凄く嬉しいことがあったんだっけと、それを思い出して…ふいと気が逸れた。窓の外には薄いグレーの曇り空。それでもここ数日に比べると、随分明るくなった方。このまま梅雨も明けちゃえば良いのにと、話の途中でよそ見をしてしまい、ウソップから軽く叩
はたかれた坊やだったりするのである。







            ◇



 テスト期間中は、午前で終わり。その最終日とあって、終礼のHRもそこそこにカバンを小さな肩へと引っ担
かつぐと、廊下をパタパタパタッと駆け抜けるルフィである。
「あ、おいっ。ルフィ、部活はどうすんだよっ!」
 夏休みの大会までは一応在籍扱いになっている。それでだろう、同じ柔道部の3年生が声をかけて来たが、
「今日は休みだっ!」
 部長に言っといてくれっと、それは威勢よく言って駆け去った彼であり、だが、

  「いや、言っといてったって…。」

 本来なら昨秋に交替するものが、部員全員からの推薦を蹴り続け、春休みの引き継ぎ試合まで引っ張って。その揚げ句、今の部長さんへ押し付けたという因縁が一応はあるのに、そんなこと伝えたらどんな八つ当たりをされるやらと…いや、そんな筋違いの大暴れをするよな人ではないのだけれど。まったく やれやれと肩をすくめたお友達である。そして、当のご本人は、

  "早く帰んないと…。"

 元気元気で、他の生徒たちを一気にごぼう抜きした健脚は、構内のスロープを抜けて正門から飛び出すと、ますます軽快になって商店街までの通学路を駆け抜ける。お昼どきなせいか、食堂やお総菜屋さんから、おうどんやカツ丼、お好み焼きにカレーなんかの良い匂いが漂ってくるが、頭を低く構えて"たかたかたか…"と振り切って、住宅街に入ってやっとのこと、ほうっとため息をつきながらスピードを一旦ゆるめた。
"お腹空いたなぁ。"
 今日は最終日だったから、テストは3つしかなかったけれど、少し長い目の終礼があったから、結果としてはやっぱり4時限分あったも同じ。夏休みまでのあと1週間は短縮授業になるけれど、
"お弁当がないのはやっぱりキツイや。"
 くるくるきゅ〜と、切ない悲鳴を上げ始めるお腹を押さえて歩いてたら、近所のおばさんから"どうしたの? お腹が痛いの?"なんて訊かれちゃったし。それでもね、お家の門扉が見えて来ると、お腹が何だか ほこほこ温
ぬくとくなってくる。今日のお昼は何だろ。焼きそばかな? チャーハンかな。
"ゾロはあっと言う間に俺より上手になったからな。"
 冷やし中華も美味しいよな。ああ、そんなこと考えてたら、またお腹が空いて来たから、それを振り払うみたいに駆け出して。たかたかたかたか・かしゃんっ、ゴールインっ!


   「ただいまっ!」













          



 今日のお昼は何と、ピリ辛の肉味噌と茹でたチンゲンサイがのっかった担々麺だった。テレビの料理番組で覚えたそうで、破邪精霊さん、柄になくもどんどん腕前を上げている模様。
こらこら タンクトップと短パンという極めて涼しげな恰好に着替えてきたルフィは、お代わりまでして堪能し、
「美味かった〜〜〜っ!」
 御馳走様でしたと両手を合わせる。すると、
「ほら、こっち向け。」
 テーブルの向こうから大きな手が伸びて来て、口の回りと、ついでにおでこに浮いた小汗も、ぐいぐいと冷たいおしぼりで拭ってもらっちゃった。結構広いテーブルなのに、背が高くて肩幅もあって腕も長いゾロには、このくらいの幅、大した距離ではないらしい。一通り拭ってから解放されて、椅子から立ってリビングへと向かう。その窓辺にはもう、笹飾りも花瓶も置いてはなくて、
『天聖界にはそういう習慣はないからねぇ。』
 地上に"天の川伝説"があるという知識はあっても、その地上から見上げられてる天聖界。
『ここから更に"空"って言ったら、宇宙空間になってしまうわよ。』
おいおい
 そういう"上層世界"じゃあないクセして、火星人たちがどんなデートをしていようと関心ないし…なんて、天使長様は冗談めかして言ってから、それでも笹飾りを川へ流すことへは特に咎め立てはしなかった。ビニールだのプラスチックだのという、自然風化しない人工物素材を使っていなかったことと、坊やの存在感や貢献度を買われてのこと。そのうち、また遊びに来てほしいなと、ちょいと無茶な伝言を預けてくれた美人さんだったが、
「そか。流して良いって言ってくれたんか。」
 ルフィには十分ありがたい配慮であったらしい。ナミがいるのはどっちの方角だと訊いて、どっちも何も上だと言い返すと、天井を見上げて手を合わせ、何かしら"なむなむ…"とお祈りして見せた、実に素直な坊やである。………厳密に言って"拝まれる対象"なんでしょうか、天使長様。
(笑)
「神頼みはともかく。」
 食器をひいて片付けて。大窓を開け放ったリビングのソファーに落ち着いた坊やに、こちらもTシャツにGパンという若々しい軽装の破邪様が声をかける。
「夏休みの予定は何か立ってるのか?」
 そう言いつつ、またまた長い腕を伸ばしてルフィへと差し出したのが1通の封筒。赤と青の縁模様があるそれは、海外からのエアメイルであり、
「あ、父ちゃんからだろ?」
 受け取っても特にビックリしはしなかったのは、
「メールもらったから中身は知ってるんだ。」
「ふ〜ん?」
 い、意味があるのか、それ。
(笑) 怪訝そうな顔になるゾロに構わず、ペリペリと封を開き、確認するような表情で文面を流し読み。
「あんな、船の回送の関係で帰って来るのは9月になるんだって。夏休みに間に合わないのが悔しいって言ってた。」
 ルフィの父上は大きな貨物船の一等航海士だ。主に太平洋の南洋航路を行き来する船で、しかもあちこちに細かく寄港するため、一度の航海の往復が半年近くかかる。いざ、急を要する時は、最寄りの陸に駆け上がって飛行機で帰って来る人ではあるけれど、日頃は究極の放任主義。
"まあ、どんだけルフィに甘い親父かは知ってるけどな。"
 そですね。どういう伝手があるのやら、地球の反対側から半日で帰って来るという離れ業さえこなしてしまった前歴もあって、こういうのは微妙に"放任主義"とは呼ばないのかも…と思うほどの、熱烈な愛情の注ぎっぷりですもんね。
(笑) そして、そんな構われ方をしている割に、坊やの方はなかなかにドライで。全然淋しくない…ということはなかろうけれど、便箋を畳む様子は飄々としたもので、
「エースもカナダでの交流会があれこれあるらしいから、帰って来るのはお盆すぎになるって。」
 ルフィのお兄さんはカナダの大学に留学中。西欧では夏休みが年度末だが、だからこその引き継ぎやら顔つなぎやらという交流会が幾つもあるのだそうで。
「だから、8月半分までは二人きりだぞvv」
 これまでと何ら変わらない訳だと、お口を真横にほころばせて"にしししvv"と嬉しそうに笑った坊やである。淋しいと愚図られても困るが、こうまで"平気だよんvv"という顔をされても、それはそれで何となく複雑。一番の身内だのにせっかくの夏休みに帰れないことを非常に残念がってるに違いない二人に少々同情しつつ、
「まあ、それは良いとして。」
 とっとと切り替えるゾロの薄情さも大したもんである。
(笑) ラグやクッションカバーを夏用の麻地のに取り替えたばかりなリビングは、窓からそよぎ込む風が涼しくて気持ちがいい。重苦しい雲がかかって鬱陶しかった曇天も少しずつ吹き払われているらしく、窓から差し込む陽射しが徐々に力を増していて。試験も終わってウキウキだぜとばかり、いたって前向きな様子の坊やのお顔をぺかぺかと照らしている。壁側のソファーに座った彼の、こっちを向いた思い切り全開な笑顔は、
"…なんか。"
 大好きなご主人と二人、近所の公園まで散歩にと出掛けて来た仔犬を連想させた。一応は言いつけを守って"お座り"しているものの、ワクワクが高じて、全身がついついピクピクと撥ねて、落ち着きない様でいるような元気が有り余ってる仔犬。向かい合ってる飼い主が、さあ何を言ってくれるんだろう、何して遊んでくれるんだろうという、期待に満ちたきらきらした瞳をしている仔犬のように見えてしようがない。そんな坊やと、こちらは手前側のソファーの背に手を突いて向かい合い、
「補習や部活の登校日もあるんだろ? それと、模擬試験だってあるんだろうし。」
 夏休みって言ってもあんまり平生と変わらないよなと付け足すと、
「そんなことないもん。」
 ルフィは"しししっ"と笑って見せて、
「遊ぶ時はしっかり遊ぶぞ、俺。」
 むんっとばかりに薄い胸を張って見せる、相変わらずの強者
つわものだ。
「部活は7月中だけだし、補習は…試験の結果待ちだけど頑張ったから大丈夫だし。」
 おいおい、ホンマか。
「模擬試験は?」
「夏休み明けになったら受ける。」
 学校側から強制的に受けろと言われている訳でなし…と、あっさり応じたルフィだったが、
「…良いのか? そんな態勢で。」
 確かに成績の方はなかなかの安定を見せているらしく、だからといって油断や慢心もなさそうな気配だから、足元を掬われて下位へ逆戻りする恐れはそうそうなさそうなものの。そんなに楽観的で良いのかと問うゾロへ、
「良いんだって。」
 ちょいとお行儀悪くソファーの座面へと足を上げ、細っこい両足首をぎゅうっと掴んで見せて、
「俺ってサ、あんまりガリ勉やると却って調子崩すみたいなんだもん。」
 けろりと言ってのけるサバけた様子は、生意気というよりも…どこか"大物"っぽくもあり、
「…まあ、確かにな。」
 実際の話、勉強全般は超苦手…に見えたこの子だが、実はなかなか、理解力や把握への勘は良いらしい。字が読めないから勉強は見てやれないと、確か去年の夏休みにそんなとんでもないことを言った破邪様だったが、こっちだって1年近くも同居を続けていれば色々と身につく。最初はルフィと同格、教科書の読み方から覚え始めた彼なれど、そもそもの知識の蓄積はあったのだから、解説さえ理解出来れば何とかなるもの。そんな彼が数歩分ほど先を浚ってはそれを根気よく話して聞かせて、数式はクイズ扱いにしてコツを掴ませ、歴史や古文などは教科書から離れた逸話を幾つか持ち出して応用とし、史実や文法を身につけさせた。ゆっくりじわじわ、焦らずに少しずつ。ぎゅうぎゅうと詰め込まれる"お勉強"ではなく、ちょっとだけテレビを消して何か話そうかと構える談話みたいにして。そうやって少しずつ身についた知識は、例えば…解らない単語や用語をそのままにしておけないような感覚を彼に植え付け、相変わらず辞書を引くのは下手くそながらも、そういった用語辞典を手の届くところに何冊か、常備するようになった。もともと好奇心は旺盛な子なのだから、お堅い勉強がらみのことへまで、何かが"解らない"ままな状態を放っておかなくなったのは大きな進歩。逆に言えば、彼が言うように…じたばた焦って詰め込んでみても、しっかり吸収とまでは なされないのかも。
「だからさ、お勉強もするけど、夏の遊びだってするんだもん♪」
 ソファーの上へ胡座をかくよな恰好にて、ご機嫌そうに笑うルフィにあっては、ゾロもそれ以上の強いことは言えないらしい。それでも一応は、
「けど。今からじゃあ、どこに行くにしたって予約は間に合わんぞ?」
 最後の悪あがきをしてみたところが、
「世話役の大人が居ないとか予約を入れてないとか言いながら、去年だって海にもキャンプにもちゃんと行ったじゃん。」
「………まあな。」
 砂浜の綺麗な海と、降るような星空が見事だった高原と。人気の少ない穴場まで、軽々と抱えてひとっ飛びして連れてってくれた精霊さん。静かな海辺は二人きりでも楽しかったし、人懐っこい坊やはキャンプ場にてあっさりとお友達も作ってしまったし。
「キャンプ場のアピスちゃんから絵葉書来てたじゃん。また来てねって。」
 精霊さんの不思議な力の恩恵もあるけれど、坊やの人柄だって物を言った夏のバカンスだったらしくて。
"う〜ん。"
 こうまでひょひょいと詰められては、破邪様にももはや打つ手がないらしく。ここは素直に諦めて、坊やの言う通り、夏という季節を思い切り堪能した方が良いのかも。

   ――― それと。

「まずは記念日が来るしさ。」
「? 記念日?」
 キョトンとするゾロへ、
「あ。やっぱ、忘れてたな。」
 ルフィはむうと頬を膨らませ、

   「もうすぐ1周年なんだぞ? ゾロが此処に来てさ。」
   「…お。」

 おおお、そういえばそうでした。………そっか、まだ1年なのか。色々あったのにねぇ。小さな小さな児童公園に、たまたま居合わせ、巡り会うこととなった彼と彼。だが、彼らが天世界にて遭遇した、あの突拍子もない大事件を考え合わせると(『黒の鳳凰』参照)、それはもしかして世に言う"運命"という代物だったのかも知れない。遥かに昔、この世界の始まりという大きな大きな契機にて、浄化される側とする側という遠い立場に分かれて、一度覲
まみえていた彼と彼。それが、幾星層もの歳月を経て、あんなに呆気なくも巡り会おうとは…。
「………なんて、考えてやいないだろね。」
「何だよ、いきなり。」
 坊やの側から思考を読まれていてどうしますか、破邪様。
(笑) 不意を突かれてしまったゾロへ、
「運命なんてナシ。」
 唇を尖らせて言い切る坊やであり、
「ルフィ?」
「だってサ、あの変な生意気な奴が何物でも、俺はあいつのものにはならなかった。ゾロだって…俺んコト、助けに来てくれた。それってさ、成り行きとか何かがトントンって運んでとか、そういうことからじゃなかったろ?」
 うっと、えっと、と。上手に言えなくてもどかしそうな、でもでも、放り出したくはないからとそれこそ頑張って、言葉を紡ぐ彼であり、

  「俺は自分の意志で"あんな奴のものになるもんか"って頑張ったんだし、
   ゾロだって、そういう使命があったとか誰かに言われたからとか、
   そんな理由であんな熱っついトコまで
   俺んコト助けに来てくれたってんじゃないんだろ?」

 不思議な矢に導かれたのも、こちらからの求め、強い念じに応じて現れた指針のようなもの。あの一件、もしも"運命"などという何かが関わった事態だったのだとしたなら、それは彼らを引き離すために舞い降りた邪悪な存在の方であり、その闇の翼全てを彼らの強い意志にて打ち破っただけの話だと、そうと言いたい彼であるらしいから。
「………。」
 ったく、と擽ったげに苦笑した破邪の精霊さんは、だが、そのまま言葉が継げないでいる。不思議な力を持ってた少年。体を失った存在の声が聞けるだけでなく、負の素養を帯びた良からぬ者を身の回りへ集めてしまうような、辛いばかりな力でもあって。でもでも坊やは、限りなく明るくて。屈託なくて元気で、そして…優しくて。

  『やっぱりだ。兄ちゃんたち、人間じゃあないんだろ。』
  『俺、小さい頃からそういうのが見えるんだ。』
   『何かサ、家族が増えたみたいで嬉しいんだ、俺。』

 それが、あの邪妖の末裔だったから…という順番で持ち合わせていた能力や感応だとしても、自分の強固な意志により干渉を撥ね除けることが出来たのならば、それはやっぱり、何かしらのお膳立てに振り回されてのことじゃない。運命なんか知らないと、自分がやりたいようにやっただけなんだからと、大威張りで言ってのけるルフィの様子には、神格さえ目覚めた破邪精霊様であっても舌を巻く。

  「…ゾロ?」

 ふ…っと。向かい側のソファーの後ろに立ってたその姿が、空気の中へと掠れて消えたものだから、え?え?っとちょこっと慌てたルフィだったが、すぐさま、傍らへと現れたからホッとして、隣りへ腰を下ろした彼の懐ろへともぐり込み、容赦なくぎゅううっとしがみつく。
「暑苦しくないのか?」
「暑苦しくないっ。」
 着ている木綿のTシャツ越しに、ほんのり温かくて良い匂いがするゾロ。堅くて広い胸板に頬をくっつけ、すっきりと冴えた顔立ちを見上げる。

    「記念日にはパーティーしような。」
    「ああ、そうだな。」
    「サンジとチョッパーも呼んでさ。あ、ビビさんとかたしぎさんは呼べないのかな?」
    「…う〜ん。」
    「何だよ、女の人は苦手なんか?」
    「う…、まあな。」
    「案外とオクテだな、ゾロって。」
    「うるせぇよっ。」

 照れ隠しだか腹立ち紛れだか、ぎゅうぎゅうと抱きしめられた坊やが、大好きな懐ろで"くくっvv"と楽しげに笑った。明日にも梅雨は明けるだろうから、夏本番はもうすぐそこだ。今年は雨で逢えなかった牽牛と織女の分までも、沢山々々一緒に居ようなと、坊やは破邪さんに約束させて。そんな可愛らしいお達しへ…ちょっとばかり切ない何かを覚えつつ、猫っ毛のやわらかな髪をくしゃくしゃと掻き回しながら了解してやったゾロだった。




  〜Fine〜  03.7.8.〜7.9.


  *カウンター 92,000HIT リクエスト
    kinako様『天上の海〜設定で
           夏休みの計画に余念がないラブラブゾロル』


  *暑いですねぇ。
   この暑い中、いちゃいちゃできるお元気さが羨ましいです。
こらこら
   kinakoサマ、こんなお話でいかがでしょうか?


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