月下星群 
〜孤高の昴・異聞

  天上の海・掌中の星 〜青水無月
 

 
 梅雨前の五月に陽光目映い初夏並みの気候が来るものだから、うっかりそのまま暑くなるもんだと錯覚しがちだが、自然もまた上手く出来ているもので、そうそう人間の思うままには運ばない。さすがに"梅雨入り"宣言のすぐ後ともなると、しとしとと雨も降るし、降らなくとも分厚い雲が垂れ込めて薄暗かったり、湿気が多かったりして、気分的にも何となく鬱陶しい。
「うう〜ん。」
 机の縁に肘を突き、そこから頬杖をついて横手の腰高窓の外へと視線を投げ、芸術的なほどの重なりと奥行きの見事さを披露しているグレーの雲の群れを見やる。
「なーんか今にも降って来そうな、キモイ雲だよなぁ。」
 最初はもっと明るい灰色だったのになと、観察の初めの方の情景を回想する彼だが…そっちの観察は"よそ見"に他ならない。一応、参考書とノートとが真新しい両翼をピンと広げた机に向かってはいる彼であり、なのにシャープペンシルさえ手にしていないこの有り様は、はっきり言って"注意散漫"の極み。とはいえいえ
こらこら、学校がお休みの土曜の朝からきっちり起き出して、こんな風に机の前なんぞへ着座しているなんて、この彼には珍しきこと。鬱陶しい暗雲どころか、空から槍とか桃色の雪とかが降って来たって良いくらいのことなのかも知んなくて。
「相変わらず失敬だな、お前。」
 中坊から"お前"呼ばわりされる覚えはありませんよ〜〜〜だ。…って、何を暢気に場外の人間とMCなんか交わしてますか。
(笑)
「う〜〜〜。」
 宿題でさえ提出当日に教室でやっつけるか、さもなくば平気で"忘れる"豪傑が、今日は何と自分で早起きし、朝食後も誰に言われるでなく自分で机の前へと座った彼であり、

  『…正直に言いな。何か隠し事とか してねぇか?』

 同居人の従兄弟からまでそう問われた異常事態。筆者が"槍が降るかも"なんて思ったのも当然だろう。

  "うう…。"

 皆してもう、といかにも不服そうに真ん丸い頬を膨らませたこの坊や。今更に何だが、あらためてご紹介するなら、ルフィという名の中学生。ざくざくっと梳いて刈った長いめのショートカットに真ん丸いおでこと柔らかそうな頬がよく映える、それはそれは大きな眸をした、まだまだ十分"子供"で通るほど童顔な男の子。体つきの方にしたって同様で、背丈も小さく、胸板薄く。腕も脚もひょろ長く、動作が機敏で筋肉の隆起も多少はあるものの、瞬発力のための撓やかなそれ。それでも柔道の有段者ではあり、3年連続で県大会代表に選ばれている強者
つわものだったりするところは大いに胸を張っていいポイント。軽量級の体格だが、自分より大きな相手だってほいほいと投げられる勘の良さは、名のある関係者の方々からの折り紙付きであり、先々では史上最軽量の無差別級選手になるのだって夢じゃない。
「えっへん♪」
 おお、急にというか簡単に機嫌が直ってしまったわね。
(笑) 柔道なんていう格闘技とは無縁に見えるほど、日頃はとことん無邪気で屈託のない坊やであり、学校でもなかなかの人気者。ただただ元気溌剌なだけでなく、意外なくらいに人の気持ちを酌むことの出来る、それは豊かな感受性も持ち合わせているからだ。その感受性の根幹には…実はとある要素が横たわっていて。この世の端っこ、もしくは裏側。肉体という名の殻を持たない、目には見えない筈な様々な存在の、その息遣いを感知出来る不思議な力。何とも説明のつかない、そんな力を生まれながらに持っていたがため、物心つくかつかないかという頃から様々な悪しき存在からの影響を受け続けて来た彼は、不思議な縁えにしから不思議な青年と巡り会う。彼を脅かしていたような邪悪な負の存在を、片っ端から浄化封印、成敗する精霊。永き歳月ただそれのみを生業なりわいとし、孤高に生きて来た、その名をゾロという"破邪"の精霊。
「ここー?」
 ああ、えっとですね。独りだけ皆から掛け離れていてどこか気高い存在って意味ですが。能力が飛び抜けて勝
まさっている上に、威厳や風格があったり、独特の威容があって近寄り難かったりして。
「いよー? 異様ってことか?」
 じゃなくて。威風堂々、厳
いかめしい様子のことで…このくらいは辞書で調べんか、受験生。(怒)
「え〜〜〜、面倒臭いじゃん。知ってる人がいるんなら訊いた方が早いし。」
 だから、それではいつまで経っても辞書の引き方とか上手くならんと言うとるのだろーが。先々で、そう、レポートとか論文とか書かなきゃならなくなった時に困るぞ?
「論文なんて偉そうで難しいもん、書かなきゃならなくなんてならねぇって。」
 笑って言うけどネ、なるんだよ、それが。大学の入試とか、その大学でのレポートの集大成として。たとえ体育系の学校へ進んでも、物事を順序だてて話せる力とか、散らばったものを統合する力とかは必要になるの。
「いいもん。難しいことはPCで調べられるし。」
 だ〜か〜ら。PCに掲げられてるもの全部を、あっさり鵜呑みにしちゃあいかんのだってばよ。1つことにも人の数だけ様々な見解があるんだから、適当な抜粋で全部分かったなんて解釈しちゃっちゃあいかんのだとか、そういう理屈の土壌が出来ててゆうとるのかあんた…などなどと、筆者とお暢気にもお喋りしていたそんな場を、

   ――― ………っ。

 不意に"かかっ!"と横ざまから叩いた真っ白な光。前触れなくお部屋へなだれ込んで来たのは、質量や形があるみたいだった強い強い光の塊りだ。いきなりストロボを焚かれたみたいなそれへの鋭い反射として、ビクッて肩を跳ね上げながら窓の方を向いたそのタイミングに、

   ―――(ゴロゴロゴロ…。)

 学校の正門の重たい門扉を引くような、長さのある重たい何かを転がすみたいな音が遠くの方でした。轟くって感じの音だったから、これはもしかしなくとも、
"…雷だ。"
 それに誘われたか、刺激されたか。屋根や周囲の緑の葉っぱに、ぽちぱちぽちっと粒のはっきりした雨の落ちる音がし始める。窓からそよぎ込む風にも、どこかつんとした土の匂いが混じって来て、
"あやや…。"
 中へ降り込まないようにと、椅子から少しだけ腰を浮かして、腕を伸ばして窓の開きを細めに調節しかかったルフィだったのだが…そこへ間髪入れず、

   「…っ!!」

 窓越しに見えたのが、真っ暗な雲を背景にくっきりと宙を引き裂いた稲妻の閃光。家々の家並み、瓦やスレートの屋根たちを水の面に見立てたそこから天へ高々と勢いよく昇った龍のように。空を真っ二つに割った亀裂とほぼ同時、

   ――― かっから、ぱりぱりぱり…ドドーンッ!

 窓がびりびり震えたほどの大きな振動を一緒に連れて、乾いた音だが輪郭もはっきりしていて…それだけ形あるもののようだった雷鳴が落ちて来たから堪らない。
「…ひやあぁぁ〜っ。」
 日頃からも大きな瞳をますます大きく見開いて、呆然としたままに素っ頓狂なお声を上げたルフィであり。すると、

   「どうしたっ!!」

 突然。宙空から彼の傍へ…空気に色が滲み出して形を取り始め、幻が質量を帯びたかのごとく、最新鋭の特撮のCGでもこうは行かんぞという滑らかさで飛び出して来た偉丈夫が約一名。濃色のタンクトップの上へ生成りの綿シャツを裾を出して羽織り。ボトムはジーンズで、片手に細長いハンドスィーパ−を持っていたのはお掃除の最中だったかららしいが
(笑)、階下で家事に勤しんでいたらしき彼が、そんな姿であることさえ顧みずにいきなり次元跳躍で現れたのは、
「何か出たのか?」
 ルフィの上げた声に反応してのことならしい。敵襲かと言わんばかりの勢い(ノリ)でいきなり現れたゾロへ、
「な、なんだよ。何でもないよっ。」
 その大仰さに驚きつつ、どこか決まり悪そうに言い返す坊やだったが、
「…何でもない奴がどうして、椅子を蹴倒して壁に背中で張りついてるかな。」
「うう"…。」
 学習用デスクがあった場所から一番遠い壁へと、どこぞの修行中の忍者のように背中で張りついている坊やには違いなく。そうですね。何でもないことへ、お客様の目もないのにこうまでのリアクションをしてどうしますか。
"芸人じゃないんだから、客の目があったって異様だろうが。"
 うん、そだね。
(笑) 大きな手からハンディスィーパ−を宙へひょいと消して、依然として壁と仲よくしているルフィに近づき、
「どした。何かそこに隠してんのか?」
「違…。」
 違うと言いかかったその語尾に重なって。丁度向かい合ってたゾロの肢体を、くっきりと逆シルエットにしてしまうほどの強い光が、再び窓の外にて閃いた。すると、

  「…あ、やだっ!」

 ぎゅうっと目を閉じ、身を縮める。彼のそんな所作に重なって、ぱしん・ぱりぱりり・かっからら…と、やはり乾いて大きく響く、相当に近い位置だということを忍ばせるよな雷鳴が轟いて、
「………ルフィ?」
 壁に背中をくっつけたまま、ずりずりと床まで滑り落ち、ふええぇっと座り込んでしまった坊やに。ゾロは…といえば、

   「………。」

 少々戸惑ったような顔をして見せた。短く刈った自分の緑髪に節の立った指を差し込み、ほりほりと軽く掻く仕草。それから、
「ほら、どうしたよ。」
 床に崩れ落ちてしまったルフィのすぐ間際に中腰になって屈み込み、困ったようなお顔になってる彼へ"ほいよ"と両の腕を差し伸べる。
「ぞろぉ…。」
 小さな坊やは、どこか戸惑うようなお顔のままながらも怖々と。伸ばされた大きな手へ、長くて頼もしい腕へ、しがみついてそのままわしわしと辿ってゆき、それらの付け根の先、深い懐ろへと、すがりつくようにもぐり込む。わさわさの髪を乗っけた頭を顎先の真下に見下ろせる、そんな至近まで寄って来た坊やの甘えようへ、口許を薄く、笑う形にやわらげて、
「どしたよ、ルフィ。」
 膝の裏へと腕を通しての子供抱き。そのまま難無く立ち上がったこの彼こそが、先程ご紹介しかかっていた、ゾロという名の"破邪"という精霊さんだ。表向きにはルフィの従兄だということになっていて、年の頃は二十代前半辺りだろうか。上背があって、かっちりと鍛えられた頼もしい体つきの、なかなかの存在感を持った青年である。日本人でなくとも珍しい緑という髪の色は、だが、教育テレビの『100英語』に出ているジョージお兄さんがこれだったんで、実写版だとこうなるのかと確かめられた筆者だったのはともかくも。(VO5シャンプーのCMにも出てましたね、緑髪のお兄さん。)…だからそうじゃなくってだな。
「何か途轍もなく怖いとか危険だって思わなきゃあ、俺にこうまで強くは伝わりはせんぞ。」
 精霊という不思議な身の上の彼は、専門分野が微妙に違うため、この少年の心の中まで読むことは出来ないものの、その感情の色や気配くらいなら察知出来る。なればこそ、とんでもない何かを感じ取ってすっ飛んで来たんだぞと言われて、
「うっと…。」
 そんなことくらい重々承知のルフィは、だが。ベッドの縁に腰を下ろしたゾロのお膝に抱えられたそのまま、何となくもぞもぞと彼には珍しいくらいに口ごもったままだ。
「どうしたよ。」
 んん?と。お顔を覗き込まれつつ繰り返し訊かれて、
「…うん。」
 こしこしと大好きな精霊さんの胸板へ何度も頬を擦りつけてから、やっとこお顔を上げた彼はといえば、

  「なんか凄っごく怖かったんだ。」
  「………何が。」
  「だからさ…。」

 ゾロがいかに鈍いと言っても、このシリーズでは精霊様で、先にも述べたが感情の色や気配くらいなら察知出来る身だ。だのに、また何を今更回りくどいやり取りをしてるかな…と、皆様白々しいと思うなかれ。

  「お前、カミナリとか大嵐とかってワクワクするって言ってなかったか?」

 そう。この坊や、雷鳴も稲光もドキドキはしゃぐほどに大好きだった。ピカッと光ると食事中でも席を立ち、ダイニングの隣りのリビングまで大窓に張りつきにゆくほどだったし、台風が来ようものなら、大風の中で不謹慎なまでに楽しそうにはしゃぎながら、
『停電とかになるのかな』
『あ、そだ。雨戸を閉めなきゃいけないんだ』
『懐中電灯やラジオの電池、確かめなきゃだな』
『沢山雨が降ったら、学校が休みになるんだぜ?』
 遠足や修学旅行並みに"嬉しい"という方向にて興奮していた彼だのに。昨年だって、大きい台風が幾つか来て、そうそう、庭を囲ってる柵の浪板が剥がれてしまって。その修理も楽しいぞとばかり、台風を丸ごとしっかり堪能した豪傑なくせして、
"今日のはただの雷雨だぞ?"
 まま、落雷は命にかかわる代物なのだから"ただの"なんて言い方で侮
あなどってはいかんのだし、台風にしても…大雨や大水、風や津波で家や畑に被害が出たり、命を落とす人だって沢山いるのだから、ワクワクと楽しみになんかしてちゃあいかんのだが、
"それにしたって…。"
 心からの悲鳴というのか、警戒音まるけだった感情の波動を自分に届けるほど"怖い"と感じたルフィだったのは、彼をよく知るゾロにはたいそう意外なこと。
「…うう"。」
 もぐり込んだ先、薄着のシャツを下から押し上げている、頑丈に頼もしいゾロの胸板へ、すりすりと頬やおでこを擦りつけてる愛らしい仕草と、お膝にチョコンと乗っかった、頼りない重みや擽(くすぐ)ったい感触へ…ついつい口許をほころばせていた破邪様だったが、

  "…まさか。"

 こういったことへ対面するたび、いつもいつもゾロが思い出してしまうのは、冬の最中に彼が巻き込まれてしまった とある騒動について。今現在、無事な彼らであるくらいだから、結果としては万々歳な仕儀に決着したものの、死さえその間近に触れかかったような…こんな幼い子供が振り回されるには惨
むごいほど、途轍もない恐怖の体験をした彼でもあって。その後のずっとをけろりとしているルフィではあるけれど、何かの拍子、その後遺症が精神的外傷トラウマとなって出はしないかと、常に身構えてもいたゾロである。全く平気だった雷鳴にこれ程まで怯えるなんて、この変わりようは尋常ではなく、まさかこういう形で出たのだろうかと、その胸中にてこっそりと。眉を顰めて考え込みかかったものの、

  「だってよ、先週のテレビで言ってたじゃんか。」
  「…テレビ?」

 懐ろからの声に、???と小首を傾げる精霊さんへ、
「衝撃の瞬間とかいうやつ。あれで、雷が落ちたらこんだけの電気が流れるんですよって実験、やってたじゃんか。」
 こちらの肩へ腕を伸ばして来て ぎゅううっと。頬の形が変わるくらいに強く強くしがみついてた坊やがそんなことを言い出して。

  「………ああ。」

 それでやっと合点がいった。監視カメラが映したものや記録映像のショッキングなものばかりを集めた"スペシャル企画番組"とやらを、先週だったかに観た覚えが確かにあって。その中では、レース中のクラッシュや飛行機の墜落事故、コンビニ強盗の一部始終などと共に、漏電火災のメカニズムだとか、カセットコンロの使い方の落とし穴だとか、実験を交えた映像も幾つかあって。ルフィが言うのは、マネキンを人に見立てて頭上から高圧電流を放電するという実験映像のこと。ばつんっという凄まじい衝撃と共に、マネキンの着ていた服が燃え上がりの、カツラが弾き飛ばされのと、物凄い有り様が映し出されて。しかも、
『人間は体の構成の大部分が水ですからね、電気なんかいくらでも通りますし』
なんて、レポーターの芸能人がお軽く言ってくれたもんだから、
『なあなあ、ゾロ。あれってホントか? 雷って人間に簡単に落ちんのか?』
『いや、そうそう簡単に落ちはせんが。』
 雷が鳴り始めたら、出来るだけ姿勢を低くするとか、車や建物の中に居るとか、注意事項を守ってりゃあ大丈夫だと笑ってやり、
『でもな、電気が通りやすいってのはホントだから。』
 何の気なし、そうと付け足したのまで思い出して。
「あれから、雷ってのは今日が初めてなんだよな。」
「………うん。」
 成程。そこから引いて来た"怖いよう"であったらしい。一通りの筋道が立ったところで、ゾロとしては、だが、
"よかったって安堵して良いやら悪いやら。"
 あの一件から来ていなくたって、これもまた一種のトラウマには違いなく。

   「俺、弱虫になったんかなぁ。」

 柔らかな頬をこちらの懐ろに埋めたまま、坊やはぽつりと呟いた。
「ゾロが居るからサ、何にでも助けてくれるからって思うようになったんかな。」
 ちょいと難しい言いようで"克己心"という代物を、皆様ご存じだろうか。己の弱さや欲に打ち勝ち、強い人間になろうという向上心のことで、意識せずとも前向きでお元気な坊やだったものが、頼もしいゾロにすっかりと甘えて頼って過ごすうち、どんどんとそういう強い心を無くしてしまい、とうとう雷にまで怯えるようになったんだろうかと、何だか頼りない声を出すものだから。

   「ば〜か。」

 懐ろ猫の小さな頭を大きな手のひらに包み込み、指通りのいい髪を梳いてやりながら、間延びさせてのものとはいえ、そんな罵倒句をルフィへと呟いたゾロである。当然、
「…なんだよ。」
 坊やは"むむう"と膨れたが、
「馬鹿だから馬鹿と言ったんだ。」
 言葉の割に優しい語調でゾロはそうと繰り返すと、ふわふわと軽くて幼
いとけない、腕の中の小さな温もりへ、
「弱虫な奴が、ダイビングヘッドで頭から飛び込みながらのシュートなんかするかい。」
 その髪に吐息をくぐらせるようにして囁いた。途端に、腕の中、ルフィが小さく身じろぎをした。
「…何で知ってんだ? それ。」
 学校でのこと、ゾロはどこにもいなかったのにと怪訝そう。精霊さんは"くすん"と笑って、
「ウソップから聞いたのさ。体育の授業でそこまでやるんだもんなって、3年の間だけじゃない、学校中で話題になったって。」
 顔は腕で庇ったらしかったが、それでも膝とか肘とか擦りむいて帰って来たルフィであり。案じるほどの大した怪我ではなかったものの、柔道部の練習で出来た傷にしてはおかしいなと思ったゾロが、商店街でたまたま会った幼なじみくんにカマをかけて詳細を聞き出したらしい。
「足が竦むどころか、体がきっちり前へ前へ出てる奴が、臆病な筈はなかろうが。」
 喉の奥を"くつくつ"と鳴らすように、いかにも大人の笑い方をしたゾロは、
「闇雲に怖いってんじゃない、これこれこういうものなんだって分かってるから怖いのなら、別に恥ずかしくはない。どれほど危険なものかをちゃんと知ってるってだけのことだ。」
 それを"弱虫"とは言わないぞと、響きのいい声が言い、
「怖いものの一つや二つ、出来てくれた方が俺としては安心ってもんだ。」
 そこまで言うものだから、
「うん…。」
 気持ちの良い懐ろの中、小さな坊やはこくりと頷いた。そうこうと語り合っているうちにも、雨脚は弱まり、雷鳴もいつの間にやら遠ざかってしまっていて。あれほど暗かった空も、気がつけば薄陽が射すほどの明るさを取り戻している。
「おや、このまま晴れそうだな。」
「そうみたいだな。」
 それでも。何だか居心地が良いものだからと、ルフィはゾロのお膝から降りようとはせず、ゾロもゾロで、坊やの髪を大きな手で梳き続けていて。
「大体な。珍しいこととか似合わない殊勝なことを突然すると、天も驚いて奇異が起こるっていうだろが。」
 予測のなかった雷雨が来たのは、ルフィが柄になく、休日だってのに机に向かったりしたからじゃないのかと、破邪様は小さく笑いながら揶揄するような言い方をする。
「むう、ゾロまで言うか、それ。」
 ゾロまでって、他には誰から言われたんだろうかと、小首を傾げる精霊様なのはおいといて。
(あはは) 再び"ぷくぅ"と頬を膨らませたルフィは、昂然と顔を上げ、
「大体な、ゾロが言うから…ゾロが何かって言うと"受験生だろが"って言うからさ。だから、ウソップと明日、模擬テスト受けに行くんじゃないか。」
 おおう。成程、それで一応はと、付け焼き刃ながらも何かしらお勉強しておこうかなと思っての、にわか"本の虫"だった訳ですね。
「…そか。」
 こっちだって柄になく口うるさかったのが、馬の耳に念仏ではなかったらしいなとホッとしたのか、それにしては…ルフィの真ん丸おでこに自分の額を"こつん"とくっつけてくるゾロであり、
「熱なんかねぇぞ。」
 そこまでしてからかうかと、さすがに声が低くなったルフィだったが、
「じゃなくってだ。明日、弁当いるか?」
 深色の瞳に覗き込まれて。琥珀色の瞳が、じわ〜〜〜っと光を増した。
「…うんっ! 弁当持ってくぞ!」
「じゃあ、こっちも合格弁当の予行演習な。頑張って作るから期待してな。」
「おうっ!」
 大事なお弁当はサンジさんに頼らないんですね。さすがだ、破邪様vv わくわくと笑顔になった坊やのご機嫌さがしっかり波及して、こちらもその頬が笑みにほころんでいる精霊さんであり。明日は良い天気になれば良いですね。


  "いや。ピクニックじゃないし。"
(笑)








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 梅雨時のお弁当には、足が早い食材への注意点が色々とある。

  1.ごはんやおかずはきちんと冷まして粗熱を取り、
   ケースの中が水蒸気で蒸れないようにする。
  2.まぜご飯やチャーハンは出来るだけ避けましょう。
  3.海苔も湿気を含みやすい食品ですので、出来れば避けましょう。

 などなどというポイントを守ったり、お弁当用に開発されたワサビエキス配合の防カビシートなんかを使うのも対策の一つなのですが。

  「そんな面倒しなくても。」

 ………そうでしたね。あなたは精霊。お弁当箱へ封咒をかけて、微生物さんが発生しないようにしちゃうなんてお手の物でしたね。いいなぁ、便利で。




  〜Fine〜 03.6.11.〜6.16.

  *ラスト手前の一言は、
   燃焼系アミノ式"そんな運動し〜なくても♪"から引用しました。
おいおい

  *なんとなく、梅雨だから何か雨のネタをと書き始めたのですが、
   何ですか、あちこちの原作情報によりますれば、
   エネルの雷攻撃にけろっとしているルフィさんなのだそうで。
   しまったな、雷を怖がってどうするよ、ルフィ。
(笑)
   ゴム人間だもんなと予測はしておりましたが、
   ………いいのか、そんなオチで。
(笑)


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