月下星群 
〜孤高の昴・異聞

   天上の海・掌中の星 〜余寒春兆



          




 「たったら〜らん、たったら〜らん、た・らったらった…♪」


 スキップこそ踏んでないものの、足取りも軽く、ついつい鼻歌がこぼれてしまう帰り道。陽も随分長くなったし、身を縮めさせるような冷たい風も、一頃に比べたら弱まった。そして何より、昼間の陽射しの明るく暖かいこと。暦の上ではもう既に次の季節へ移行しているのだからして、現実の本当の"春本番"までにしても、あとわずか、秒読み態勢というところか。
"うう〜、お腹が空いたよ〜い。"
 たいそう小柄な坊やはこれでも中学生で、今日は部活があったのでもうお腹がぺこぺこで。それでもあと少しだぞっとばかり、パタパタと小走りになるとクセのある猫っ毛が頭の上でふさふさと撥ねる。大きな眸に丸ぁるいおでことふかふかの頬。愛嬌のあるお顔は表情豊かで、人懐っこい笑顔が何とも言えず愛らしい。学校指定のコートに制服。白いスニーカーの足首近く、ちょこっと汚れた紐が駆け足に合わせてぴょいぴょいと弾んでいる。いつものデイバッグとは別に、手に提げた少し大きな紙袋をゆさゆさガサガサ、元気な歩調に合わせて揺らしながら、
「たっだいま〜っ。」
 かすかに軋む門扉を開けて、小さな玄関をガチャンと開けて辿り着いたるマイホーム…だったのだが。
"………あれれ?"
 飛び込んだ玄関にまで、それはそれはいい匂いが漂ってくるから、おややと小首を傾げかけたが、
「…あっ!」
 素晴らしき反射神経で状況を分析しながら、もっと素晴らしき反射にて、足は既に動き出している。スニーカーを蹴るように脱ぎ飛ばし、廊下に上がって"ばたばたばた…っ"と駆け込んだ台所。きれいに磨かれたシステムキッチンの前に立っていたのは、いつもの大柄な緑髪の偉丈夫ではなく。
「よっ。」
 水色のシャツの袖を腕まくり。甘い色合いの金髪をぱさりと色白な顔まで流した、長身痩躯の美丈夫だった。気安い会釈を向けられて、
「サンジっ! 来てたんだ!」
 うわい・うわいと坊やがはしゃぐ。彼と会うのも嬉しいことだし、そこに加えて、
「じゃあじゃあ、今日の晩ごはん、サンジが作ってくれてるのか?」
 お料理上手な彼である。どんな美味しい至高のメニューを並べてくれるのかと、それを思うと嬉しくて堪らないのだろう。そんな期待をそれはそれは判りやすくも満面に浮かべている彼へ、そこは…多少は面映ゆげな顔をしつつも、
「ま〜な。」
 さらりと流すところがまた余裕。お玉で掻き回していた鍋に蓋をしつつ、
「ほれ、とっとと手ぇ洗ってこい。」
「おうっ。」
 すっかり馴染んだやり取りを交わし、廊下へ戻ると奥向きの洗面所へ向かいかかった坊やだったが、
「くぉら、待たんか。」
 そんな坊やの首根っこを後ろからひょいと掴んだ、大きな大きな手があった。
「あや?」
「"あや?"じゃねぇよ。」
 肩越しに振り返れば、こちらこそが…いつも坊やを待ち受けてくれている方の緑髪のお兄さん。背が高くて頑丈そうな体つきの、いかにも頼もしそうな青年である。
「玄関の外にまでスニーカーが吹っ飛んでたぞ?」
「あやや、ごめん。」
 くるりと方向転換をし、靴を揃えに玄関へ戻ろうとする坊やの胴回りを、トレーナーを着た長い腕でひょいとすくい上げ、
「もう揃えて来た。」
「むう、自分でやんないと覚えねぇんだぞ?」
「何を威張っとるか。」
 両手で脇を支えて赤ん坊相手のように軽々と、腰高なその腰あたりまでという結構な高さまで抱え上げた坊やと、どこか漫才のような会話を交わしていた彼だったが、
「…ぞ〜ろ。」
 ばっと広げて伸ばされて来た幼い腕に応じて。そのまま"ぽすん"と懐ろへ抱え込む。いつものことであるらしい、お見事な呼吸であり、
「ただいまvv」
 力いっぱい"ぎゅううっ"と抱き着いてくる坊やからの抱擁に、
「ああ、おかえり。」
 ややソフトな声にてしっかり応じながら…こちらも嬉しそうな和んだお顔になる彼は、破邪精霊のロロノア=ゾロといい、ここだけの話、実は人間ではない。見た目的には二十代前半くらいの、十分に若々しい年代風なのだが、それにしては。学生ではなさそうな、一種重厚な落ち着きをその雰囲気にたたえた男性で。淡い緑という珍しい色合いの髪を短く刈って、左の耳朶には三連の棒ピアス…という、ちょっと砕けたいで立ちをしているが、どうしてどうして軟弱・惰弱な"ナンパ"な風体には決して見えない。広い背中にかっちり頼もしい肩口・二の腕。肉置きの隆と張った厚い胸に、無駄なく締まった腹・腰という、何ともがっちりした体躯。鞣
なめした革のような肌の張りついた、顎からおとがい、首条にかけては、きゅっとばかりに引き締まり、凛と冴えた面差しを引き立てている。しゅっと撓やかに伸びた背条や長い手足との程よいバランスから、さほど…これみよがしなゴツゴツした風情には見えないものの、そこらに たむろっているやんちゃな若い衆というよりは、どこぞの武道場に通う猛者という感じの青年だろうか。
「ほれ。手ぇ洗ってきな。」
「おうっ。」
 廊下に降ろされて、ガサガサと荷物を鳴らしつつ、突き当たりの洗面所まで駆けてゆく元気さよ。そんな坊やを見送りつつ自分はキッチンへと足を進めた精霊さんへ、
「成程、お元気なこったな。」
 サンジと呼ばれていた青年が苦笑を含んだ声をかけ、
「まぁな。」
 それへと…何ともくすぐったげな顔で応じる破邪さんだったりするのである。



            ◇



 皆様にはもうもう十分お馴染みの彼ら三人。晩ごはんの支度にかかっていた、サンジという金髪の青年も実は精霊さんで、聖封という封印を専門にする一族の総帥の血を引く跡取り息子。先に紹介した破邪のゾロと二人一組にて、負の邪気に満ちた良からぬ存在を片っ端から退治・封印して回っている一種の"始末屋"さんである。彼ら、人ならぬ身の精霊たちと、ひょんなことから出会った坊やはルフィといって。そもそもは…不思議なものの気配を察知出来るところから良からぬものを過分に招いていた身の上を不憫に思われての、彼らとの係わり合いだったのだが、どうもそれだけではない"因子"が絡んだ宿命を負った坊やだったと判ったのが前作の長編『黒の鳳凰』。天聖界を引っ繰り返し、果ては地上をも含めた世界の全てを混沌に戻そうとするような巨大邪妖の復活という、何ともとんでもない騒動が勃発したのだが、すったもんだあった末にきっちりと方をつけて…今日でもう2週間ほども経っただろうか。


「何だ? そんな紙袋、持ってったか?」
 体操服だの部活の柔道着だのは、専用の巾着袋かデイバッグの方にぎゅうぎゅう詰めて持って帰る子だし、体操服の方は昨日持って帰って来ている。覚えのない荷物を、しかもデイバッグの方は自室に引き上げた上で、普段着に着替えて戻って来た居間へ、わざわざ再び持って来たのへ怪訝そうな顔になるゾロへ、
「あんな、今日はバレンタインデイだからさ。」
 応接セットのローテーブルの上、袋の口を下へと構え、中身をざらざらと無造作に空けて見せた坊やであり、
「ほほぉ、結構な数じゃねぇか。」
 見かけ以上の寿命を生きている彼らであり、地上世界のさまざまな風習は一応知っているのだろう。ちょこっと手の空
いたサンジがダイニングを横切って、その"収穫"を見物に来た。
「全部"義理"だけどな。」
 小さいのばっかだしと、あははと楽しげに笑う坊やだが、
「そうか? これなんかデカイぞ?」
 サンジが指差したのは、成程なかなかのサイズである。A4サイズ程もあろうかという大きさの包みで、シックな包装紙からして…ブランドチョコのトリュフタイプの詰め合わせと見たが、やはりルフィの返事はあっさりしたもの。
「だってそれ、部活の先輩たちの連名だよ?」
「…お。」
 彼の先輩ということは三年生であり、
「卒業するから記念にだって。忘れないでねってさ。」
 ほらと見せてくれたカードには、確かに5、6人の名前が並んでいる。
「でも、他の子にもやってたのか? その先輩さんたちとやら。」
「う?」
 あらためて訊かれて、おや?と小首を傾げる辺り、
"案外モテてんのに、自覚なかったな、こいつ。"
 サンジがくつくつと笑って見せた。ばさばさと転がり出た中には、妙に大きな紙袋もあって、
「これは?」
 手に取ってみたゾロへ、
「あ、それはゾロにって。そこで本多さんのおばちゃんから渡された。」
 けろんと言ってのける坊やであり、
「町内のお母さんたちやおばちゃんたちからだって。いつも頼りになってくれてるからってさ。」
 ちなみに…覗いてみた数量的にはルフィといい勝負の結構なもの。
「………。」
 まあ、今日びは"義理チョコ"ならぬ"感謝チョコ"なんて言われてますからねぇ。
「へぇ〜。結構モテてんだな、お前。」
 この堅物には面白そうなことよと、ちょいと小馬鹿にするよな顔付きでそんな風に言い立てるサンジに、
「うるせぇよ。」
 面白くねぇよと、むっつり不機嫌そうに言い返す破邪殿であり。そして、
"………。"
 そんな彼らのやり取りへ、少々…何か言いたげな顔になった坊やであったが、
「さて、飯にすっかな?」
「おうっ、俺、腹減ったぞっ!」
 美味しいものの魅惑には勝てなかったか、それともそれで誤魔化したのか。サンジからのお誘いにすぐさま乗って、いい匂いの立ち込めるダイニングの方へ、ぱたぱた向かってしまったのだった。









          




 ルフィ坊やは中学二年生で、去年の春先から夏までの間の数カ月ほどを、このお家に殆ど一人で住んでいた。お母さんは早くに亡くなり、お父さんは外国航路の貨物船に常勤する一等航海士なので家を空けがち。お兄さんはずば抜けた弓道の腕を買われて、交換留学生としてカナダの大学に在学中。それまではお友達のウソップくんのお家に預けられていた彼だったのだが、もう一人で暮らせるもんと言い張っての独立
である。そして夏の初めに彼らと知り合い、ゾロが同居してくれるようになって…もう半年とちょっとが過ぎていた。



 ゾロが何者であるのかを、人間側から唯一正確に知っているのは…当事者であるルフィを除けばエースだけ。先日の騒動の時、彼へも何かしら良からぬ存在からの働きかけがあったとかで、心配して一時的に帰国したエースだったが、元気に戻って来た弟にホッとしたらしく、ゾロからの説明をザッと聞いただけであっさりと学校に戻って行ってしまった。
『あんたが付いているのなら、間違いはなかろうからな。』
 小さくはない怪我も結構負っていたのだが、それでも笑顔で帰って来たのなら良いと、さばけた様子で戻ってしまった兄殿で。
「それって、今回はまま大目に見るって意味にも受け取れるよな。」
 ぷりぷりの芝エビたっぷりのグラタン風クリームコロッケと、グリーンサラダ。牛肉、ピーマン、タケノコの細切りをさっと炒めた青椒絲肉。豚肉三枚バラ肉をふわとろに煮込んだ角煮に、シラスと玉子の簡単チャーハン。冬瓜の白湯スープ、レンコンのキンピラと蕪の蒸し煮あんかけ。仕上げはサクサクのパイ生地にストロベリーアイスを挟んだクール・ミルフィーユというデザートで締める、サンジお兄さん大活躍の何とも豪華な晩餐となって。お腹ぽんぽこりんになるほど御馳走を堪能した坊やを、しばしの食休みの後、お風呂へ追いやったその間、精霊さん同士で顔を突き合わせた場にて、サンジがボソッと口を開いたのがそんな一言。あの兄上がどれほどルフィ坊やに心を砕いているのかは、サンジもまた重々知っていることだし、彼もまた、今回…ただ単に"久し振りに遊びに来た"という身ではない。
「…あの様子じゃあ、大丈夫そうだがな。」
「まあな。」
 ほんの半月ほど前に彼らが遭遇することとなったあの大騒動は、終わってみればほんの一日というあっと言う間に駆け抜けた代物だったが、その中であの坊やが体験したあれこれは、そりゃあもう筆舌に尽くし難いほどの凄まじいことばかりだったから。無事に終わって良かった良かったと、単純にそれだけで済まされない色々もある。世界を混沌に戻そうとする企み…なんぞという、果てしのないほど壮大な邪悪の目論みだの何やかやはともかくも。得体の知れない存在に体を乗っ取られ、引き摺り回されたその上に、散々な想いをも味わい、冗談抜きに…文字通り"死"を覚悟したような場面もあったのだから。そんな途轍もない体験が、まだ幼い彼の心の奥底にどんなに深い傷や陰を残したか。それを思うと、もう終わったことだと笑って済ます訳にもいかないというもので。とはいえ、
「まるきり変わりがない。悪夢に跳ね起きることもないし、何かに怯えて見せる様子もない。」
 本人さえ気づいていないケースというものもあるからと、これでも…出来得る限りの神経を使い、その様子を微に入り細に入り観察しているゾロであるらしいのだが。攻撃専門で大雑把な傾向の強い彼でも、人間の思考の色合いや何や、精霊として多少は読んだり感じ取ったりが出来る。ましてや相手があの坊やだということで、これまでにないほど慎重に気を留め、綿密に見守っている。そんな彼でも不安傾向は察知出来ないというから、
「…ふ〜ん。」
 サンジの返事はどこか曖昧な微妙さに滲んでいる。無論、そうであるに越したことはないのだが、
「鈍い子ではない筈なんだがな。」
 逞しいとか頑丈だとか、体だけでなく気性におけるそういう"強さ"と、感受性の鋭さ・豊かさは次元が別である。頑固で図太い、粘り強く屈強な気丈夫でありながら、繊細な心くばりや緻密なフォローをこなせる人や他者の痛みをよくよく理解出来る人はいる。お日様のように元気な坊やではあるが、同時に孤独というものをよくよく理解していて、寂しいという感情には殊更敏感なルフィでもあるから、精神的外傷…トラウマというもの、縁がないと言い切れないタイプでもある筈なのに。そんな後遺症の欠片さえ見受けられないというゾロからの報告へ、考え込むように唸ってしまうサンジからの言に、
「だがな、俺では読み取れないほどのものだっていうなら、それこそ察知のしようがないぞ。」
 お手上げだと無責任な言いようをしたいのではなく、そうだとしたなら困ったことだと、案じるように眉を寄せるゾロであり、
「俺の見たところでも、大丈夫そうではあるんだが…。」
 存在探知や封印結界と聖護を専門とする一族の御曹司であるサンジには、ゾロ以上に濃
こまやかな察知の能力もあるのだが、
「坊やが心をより開いてるお前に判らんもんは、いくら俺でもな、それ以上を知ることは出来んよ。」
 正直なところをあっさりと暴露。
「何せ、随分と特殊な力、強い性質を持ってた子だからな。あっけらかんとしていても、普通の人間のような無防備とは質が違う。今だから言うがな、ナミさんですら、あの子の胸の奥底までは読めんのだと。」
 短くなった煙草を灰皿にもみ消して、そんなことまで披露する。彼ら精霊は人間と違って、言って見れば"意識"や"意志"だけのような存在だから。肉体という殻に覆われていることで保護されている反作用か、案外とか弱い"人世界"の住人たちの心模様は、能力によってはかなり深いところまで読み取れる。声に出す寸前の思いという"表層思考"ならほぼ100%、気配・気色の色合いや感情の傾向だけで良いなら60%…というくらいに、そういうことは専門外のゾロであっても把握出来るし、天使長という座に就く"準神格者"のナミならば、子供の頭の中くらい、ちょいと念じることで読み取れる筈が…、
「読めない…か。」
 そうと聞いて、だが、何故だかちょっとホッとしたゾロだ。さては覗かれては困るような何かあるわね、あなた。
"………。
(怒っ)"
 あはは、ごめんごめん。そうじゃなくって。
(笑) 自分の頭越しに、あの坊やの内面の大切な部分や柔らかなところを勝手にまさぐられるのは、それが誰であれ、何だか不快な気がしたからだ。だが、そんなことへ妙な安心をしている場合ではないと、気持ちを切り替えかかったその時だ。

   「そか。そんで、俺んこと、前より甘やかしてたんか。」

 戸口の方からいきなりの声がして、
「え?」
「…あ。」
 揃って顔を向けた二人の精鋭精霊さんたちがぎょっとした。パジャマに着替えたお風呂上がりのルフィ本人が、廊下からの刳り貫き戸口に立ちはだかっていたからである。
「な…っ。」
 くどいようだが、気配というものへ人間以上に敏感な筈の彼らであるのに。お風呂から上がって来た彼の気配が全く読めなかった辺り、
「…う〜ん。やっぱり只者じゃねぇな、この坊主。」
「だな。」
 顔を見合わせる二人へ、
「誤魔化すなっ。」
 両手は"ぐう"にして腰に据え、むんっと胸を張って居丈高なポーズを取っている坊やだったが、
"………。"
 頭から湯気がほわほわと上がっているその襟足から肩へ、ぴたぴたと滴が落ちているのに気がついて。
「…こっち来い、ルフィ。」
「やだっ。ちゃんと説明しろっ。」
 彼としては"ぷいぷいぷんっ"と怒っているらしく、
「俺んこと、なんでそんな観察みたいにしてたんだよっ。」
「説明してやるから、来いって。」
 それでも動かぬ坊やに焦れて、ソファーから立ち上がったゾロが大股に歩み寄ってゆき。まじっと睨みつけてくるのへも怖じず、小さな肩から下げていたバスタオルを引き抜くと、そのまま頭にかぶせて………もさもさと、やや大雑把に髪を拭い始める。
「ふやっ! 痛いってば、ゾロっ。」
「頭はちゃんと拭けって、風邪引くだろうがっていつも言ってんだろが、お前はよ。」


   ――― 緊迫感、台なし。
(笑)


 タオルとドライヤーとで髪をふかふかに乾かされ、ついでにフリースのガウンとムートンのルームソックス、お気に入りのふわふわのブランケットでくるまれた、ほかほか暖かな重装備。大きな頼もしいお兄さんたちに寄ってたかって着せられて、まま、これで風邪はひかないだろうという万端な態勢にされてから、さて。
「で? 俺んこと、見張ってたのか? だから、あんな優しかったんか? ゾロ。」
 何らかの"様子見"のために仕組んだ、そんな構い方をしていたのかと、その点へ怒っているルフィらしいのはその憤懣も含めて重々判る。坊やのことが好きだから、可愛くて可愛くてしようがないからと、自然な感情の発露から優しくされたり甘やかされるのが本道である筈で、実は何かを探るため、気を逸らすためのカモフラージュだったんだなんて判った日には…。
"そりゃあまあ、怒りもするだろうよな。"
 もともと人懐っこく、日本人には珍しいくらいに"抱っこ"やついばむようなキスにも馴染みのある、ちょいと甘えたな子ではあったが、それへと対するゾロはといえば、どこか恐持てのする厳
いかつい容姿に合わせてか、さほどまで甘い扱いは…まあ抱っこくらいは以前からもしてやっていたようだし、キッスの方も……………あれあれ? ちょっと待って下さいな。
"………あんなに優しかった…って?"
 もう既に、結構甘やかしていたことは周知の事実だった彼ら二人ではなかったか?と。サンジはふと、今になって気がついた。この、木石漢の"石部金吉"、冷血鉄面皮で売っていた翡翠眼の破邪が、別人のような甘やかな顔をして、じゃらしたり宥めたり構ったりしていた可愛い坊や。それに加えて、まだもっと、新たに…"あんなに"がつくほどに、優しい構い方をしていたゾロだったということだろうか。そこいらを知らないまま、そんな彼と一緒くたに糾弾されるのは、ちょっと待ったと思ったらしく、
「…おい。」
 目許を思い切り眇めた不審げな顔にて、仲間内な筈の破邪殿を見やった聖封さんだったが、
「特に何か増やしちゃいねぇがな。」
 そんな風に応じる辺り、ゾロには自覚がないらしい。それへと、
「だってさ、朝起こしに来る時も、前は声かけるだけとか ちょんちょんて突々くだけだったのが、ここんとこは起きないままでも抱っこして一階まで運んでくれてるし。」
 ほほお。
「絶対食べたいって言ったおかずでお弁当作ってくれてるし。」
 ふ〜ん。
「前は自分でやんないといつまでも上手にならないぞって言ってたのにさ。あれからは手のも足のも、爪、全部摘んでくれてるじゃんかっ。」
 ははあ。
「それはお前が、右手の爪とか切り過ぎで深爪し倒してたのを見かねてだな。」
「前は自分でやれって言ってたっ。」
「そんな些細なことで怪我されちゃあ堪んねぇんだよ。」
「じゃあじゃあ、戸口のとこでコケそうになったら魔法で助けてくれんのは?」
「あれは前からやってた。」
「嘘だもんね。俺、今年に入ってからアザ作んなくなったもん。」
「見てねぇトコのまでは責任取れるかよ。ここんとこは前より一緒にいるから、自然、フォロー出来る機会も増えたってだけの話だろうがよ。」
「じゃあさ、この頃はお膝で寝ちゃっても、いちいち起こさないままベッドまで運んでくれるのは?」
「起こすたびに愚図られると面倒だからだよ。」
「じゃあさ、じゃあさ…。」


   サンジ「いい加減にせんかい。
(怒)

      まったくである。
(笑)












          




 途中から完全な"のろけ合戦"になってしまったため、馬鹿馬鹿しくて付き合ってられんと、金髪碧眼の聖封様は呆れ返って天聖界へ帰ってしまわれた。
「冗談はともかくだ。」
 おいおい。
(笑)
「本当に、その…怖かったとか何とか、あの時の色々を、何かの機会にふいって思い出したりしてないのか?」
 こんな風に直接訊くこと自体、気を使うなら避けた方が良いほどのこと。だというのに、「ホントを言うと、ちこっと怖かったけどな。でも、すぐにゾロとまた逢えたし。」
 お膝に抱っこしてもらって、もうすっかりとご機嫌も直ったらしいルフィが"くふふvv"と嬉しそうに笑って見せる。
「そうそう良い方へばっかり運ばないってのは判ってるけどさ。でも、ゾロはこれからもずっとずっと一緒にいてくれるんだろ?」
 そっちの方が断然嬉しいからと彼は笑う。精悍で屈強で、頼もしくてカッコいいゾロ。大好きな精霊さん。そんな彼がずっとずっと一緒にいてくれる。あんな怖い邪妖を刀の一閃で追っ払ったほど強い彼が、出来得る限りの力を振り絞って、ずっとずっと守ってくれる。
「こんな凄い嬉しいことはないもんな。だからさ、怖かったとか何とか、そんなの思い出してる暇なんてないんだ。」
 怖かった思いにカッコよかったこととか凄い強かったこととかが、すぐさま追いついて来るからと。どんな不安もあっと言う間に安心一杯に塗り潰してくれるからと、にこにこと笑い、
「どんな怖いことが起こっても絶対助けてくれるもんな。」
 そだろ?と、懐ろから大きな眸で見上げて来る小さな仔猫。簡単な理屈じゃんと笑う坊やに、
「まあな。俺としてはわざわざ言われるまでもないことだがな。」
 すぐ目の前に真ん丸なおでこ。ふわふわになった額髪を大きな手で梳き上げてやり、その真ん中へ軽くキス。くすぐったげに"きゃはは"と笑って肩をすくめた坊やを、そのまま軽々と抱き上げて、ソファーから立ち上がると居間を後にする。時計の針が狭い隙間を、文字盤のその頂上寄りの位置にて重ねようとしている時間帯。明日はお休みの坊やではあるが、それでもいつもより遅いくらいだ。寝かしつけようと二階へ向かう精霊さんであるらしく、
「そか。大丈夫か。」
 自信満々、心配は要らないよんと言ってのける坊やに、一応の安心をして見せた破邪殿は、だが、
「けどな。お前、その"好き"ってのを乱発してんじゃねぇよ。」
「え?」
 懐ろの中、大切な宝物さんへそんなことを言い出した。


   『エース? もう帰るんか?』


 あの騒動の後、急いで戻ったこの家に帰って来ていた坊やの兄上。先にも言ったが、無事ならそれで良いと、ほとんど"とんぼ返り"というノリでカナダの大学へと戻ってしまった彼だったのだが、
『あのな、助けてくれてありがとな。』
『よせやい。俺にはまだ、事の次第は分かってないんだし、どうせならもっとちゃんと力になりたかったさ。』
 苦笑するエースにぎゅううっとしがみつき、
『そいでもっ。ずっとずっと大好きだからなっ。』
 惜別の寂しさも込めてのそれだったのか、随分な想い入れの程を見せてくれた坊やだったものだから、
「"大好き"をそうそう安売りすんじゃねぇよ。」
「う…と?」
 そんな他愛のない言葉がどうしていけないの? 到着した子供部屋。床に置かれたフットライトと枕灯だけを灯した仄暗い中、ベッドの上へそっと降ろされたものの、お布団を掛けてくれた精霊さんの言い回しがちょいと理解出来なくて。小首を傾げる坊やからの視線を遮るように、その目許へ大きな手をはぷんと伏せる。
「あやや?」
 見えないようと外してようと、その手へ両手をかけたその時だ。


   「…妬いちまうからだよ。」

   「あ…。/////


 空耳かと思うほど、素早い短い一言だったけれど。大好きな精霊さんの声だもの。聞き間違える筈がない。
「え〜、ゾロでも焼き餅なんか焼くんだ♪」
「うるせぇな。」
 くすくす笑い出す坊やに、ちょっと乱暴に言い返す大人げない精霊さん。それでも…目許を塞いでいた手から、やっと力を抜いてくれたから。その手を今度はこっちから、両手で捕まえて離さない。
「…? ルフィ?」
「俺さ、今日、ゾロにチョコを渡せる"女の子"じゃないけどさ。ゾロみたいな"精霊"でもないけどさ。」
「?」
 何を言い出すのやらと、口を挟まぬままでいると、

   「…俺、ゾロんこと、誰にも負けないくらい大好きだからな。
    他の誰かへの"大好き"より大っきいし、
    誰かからゾロへの"大好き"より大っきい、
    一番大っきなチョコにだって負けないくらいの、大大大好きだかんな?」

 安売りじゃない"大好き"を、誰にも負けない"大好き"をゾロにだけ。薄い胸板の上、両の手で大事に抱えた手のひらからも真意が伝わりますようにと、舌っ足らずなお声が紡ぐ幼(いとけ)ない睦言が、何ともいえず愛惜しい。
「…ああ。」
 判ったよと、静かな声を返した途端に、
「ゾロは?」
 ………はい?
「ゾロは俺んこと、どんくらい好きなんだ?」
 あ、あはははvv そう来ましたか、やっぱし。
(笑)


    「あー。///// うっとだな…。」
    「なあなあ、ゾロは? 俺んこと、どんくらい好きなんだ? なあ。」
    「だから…。」
    「だから?」
    「………。/////
    「聞こえないってば。なあなあ。」
    「判れよ。」
    「やだ。言ってくれなきゃ、判んねぇ。なあって。」
    「だから…だ。」
    「うん。」
    「う〜〜〜。/////
    「往生際悪いぞ。言えよ、ゾロっ。」
    「あほう。こんなこと、そう簡単に言えっかよっ。」
    「俺は言えたもん。」
    「う"…っ。」
    「なあなあって。あ………。」
    「ちっと黙ってな。」
    「ん………。」



        ―――やってなさい。
    (苦笑)





   〜Fine〜  03.2.12.〜2.14.


   *カウンター67890hit リクエスト
      kinakoサマ
      『天上の海〜
          これでもかというくらいの甘甘生活に耽っているゾロル
                              ルフィにやっぱり甘いサンジさん付き』


   *フェードアウトの後は…各自でご想像下さいということで。(笑)
    まま、キッスは既に経験済みのお二人さんですからねぇvv
    こんなもんでいかがでようか、kinakoサマvv
    お待たせいたしましたです。どうかご賞味あれ。


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