Moonlight scenery

          "Let's count ♪" 
 

 


 乾燥気候の土地柄なりに、一年の中で一番降水率が高いんじゃなかろうかという春が半ばを過ぎれば、地中海地方には速足で初夏がやって来る。オレンジとオリーブの国。陽気で長閑な国民性は、彼らがそれへ“太陽”を冠して親しんだ王朝王家の、危なげない頼もしさが反映して齎(もたら)した気質であり。土壌や地形に恵まれた事も一因ではあろうが、それ以上に。代々の王がそれぞれに大らかな人格者であり、身の程というものを知り、過ぎ足る野心は抱かずにいたがため。その“公明正大さ”が他国から付け入られる隙を作らず、大きな戦にも巻き込まれず。結果として、建国の頃から今日に至るまで一度として揺るがず安定したままな国力を継続出来ているのだと。………表向きには、そういうことになっているらしい。ホントのところは…狡猾なまでの情報力と強かなまでの集中力とが、強靭な骨組みとなり、どんな列強国をも跪
ひざまづかせて来た“あれやこれや”があったりするそうだけれども。そういったややこしい政治のお話はよく判んない筆者なので、お堅い話はこんなところで勘弁してもらって。(おいおい)


  ――― そうです。あの王国にも夏への入り口がやって来た訳ですvv





            ◇



 国民からの絶大なる支持を受けている王家の、今世に於ける現王は。近代化に沿うように様々なメディアやツールの発達により膨大複雑化し、競うように更新を重ねる速さをもってその扱いも極めて難しくなったとされる“情報”を、それこそ自在に把握し駆使することで尚の国力を高めたほどで。表向きには取るに足らない規模の小国であり続けながら、地下に潜れば何処の誰もがまずは一目置くような、途轍もない存在に今や上り詰めており。そんな国王陛下には直系の子息たちが2人いて。皇太子のポートガス・エース殿下は、父上にそれはよく似た知略家で、しかも行動派でもあり。有能な参謀
ブレインたちを自分の眼力で選抜淘汰した上で、十代半ばにして既に国際舞台に頭角を現し、情報世界でもその名を轟かせていた強かで頼もしき未来の後継者。それなりの地位におわしながらも、いかにも人懐っこく、気さくでざっかけない振る舞いをなさるこのお二方が、こよなく愛し、国民もまた“王宮の太陽よ、お日様よ”とお呼び奉り、その伸び伸びとした気性と笑顔を愛でているのが、モンキィ=D=ルフィと仰有る弟王子様。それは幼い頃に母君を亡くしたという大きな悲劇に見舞われつつも、何とか頑張って立ち直られて。誰もが自分の励みにしたくなるような、無邪気で屈託のない、曇りひとつない笑顔や言動を愛され続けてきたお茶目な王子様も、この初夏にお誕生日をお迎えになり、また1つ大人になってしまわれる。

  「で? 今年で幾つになるんだったかな?」

 最も間近にいつもいつも仕えている存在のくせに、そんなことを本人へ聞くとんでもない奴も奴だが、

  「えと………十九歳だ。」
  「何で微妙な“間”があったんだろうな。」

 ホンマにな。
(苦笑) 延ばした足を乗っけるオットマンつきの肘掛け椅子を、陽あたりのいいテラスへ引っ張り出して。そこへゆったりと身を預けたまんまで、お抱えの理髪師による散髪の真っ最中にあった王子様の護衛をこなしつつ、そんな他愛のない話を振ったのは。地毛にしては珍しい緑色という髪を短く刈った、いかにも頼もしき屈強精悍なる護衛官。第二王子直属のボディガードを務めているロロノア=ゾロという御仁。
「筆者ほど年を重ねているならともかくも、まだティーンズのくせに もうボケ始めとるのか、お前は。」
 うっさいわねっ! 何もあたしを引き合いに出さなくたって良いでしょう?
「でも、懸賞の質問欄に記入する時とか、ついつい数え直すくせに。」
 あ、王子まで突っ込むか? それは…平成と西暦の数え直しがややこしいからやんか。
「…そういうものなんか?」
「いや、関係ない筈だ。」
 筆者の話はどうでも良いから…自分たちの方のお話を進めてくださいっての。とんだ脱線はともかくも、
(まったくだ)
「十九歳ねぇ。」
 毎年毎年の盛大なお祭りを…少なくとも去年も一昨年も見て来たし、着実に年齢を重ねているのはゾロとて承知のことだというのに。皇太子からこの国へと招かれて、初めて引き会わされた6年前のルフィと…まだ十三歳だった頃の彼とさして変わってないような気がするのはどうしてだろうねぇと、護衛官殿には苦笑が絶えないらしきご様子で。くすすと口許がほころんだらしい気配を、微かな吐息の音から嗅ぎとり、
「何だよ。」
 咄嗟に数字が出ないのがそんなに可笑しいのかよと、ちょいと膨れたルフィだったのは、理髪師さんの手が彼の頭を固定していたので、ゾロのお顔がよくは見えない角度になっていたから。その理髪師さんや助手の方々には、当然のことながら…何に制限を受けるでなしで護衛官殿のお顔もよく見えており。凛と力んで涼やかな目許や、強靭な意志に引き結ばれて形の立った口許などなど、いかにも男臭くて頼もしい、その面差しに浮かんでいた表情もしっかと目撃出来ており。

  ――― 何とも言えぬ擽ったそうな笑みと、
       そこへと染ませた深い愛情のようなもの。

 護衛官殿は馬鹿になんかしておいでではありませんよと、どれほどお言葉添えをして差し上げたいか。でもでもそれは差し出がましいこと。お二人の会話に割り込むのは僭越だから、せめてお邪魔にならぬよう、自分たちの苦笑を必死でこらえる皆様なのでありました。いやぁ、平和だ………♪






            ◇



 自分の年齢についつい詰まったルフィだったというのは、何もゾロから訊かれた時だけではなかったらしくて。
「まぁた やったらしいじゃない。」
 丁寧な手際でお茶を淹れたナミが、クスクスと鈴を転がすような綺麗な声で笑って見せたのへ、
「…誰から訊いたんだよ。」
 恨めしそうな上目遣いになったルフィではあったものの、ゾロがチクった…もとえ、言い触らしたんじゃないというのが前提になっている訊きようなのへ、あらあらと素早く気づいた書記長さん。髪のお手入れの後もずっと、ルフィの傍らに一緒にいたゾロだったから、こっそり他言するよな機会はなかった…という理屈からのことだろうか?
“そんなややこしい道理や順番なんて、わざわざ巡らせもしないか。”
 ゾロがそんな蓮っ葉なことはしないという、当然の信頼あってこその、なのに素晴らしくナチュラルな発言へ。魅惑的な口唇の端へ別な笑みを…ほんの一刷毛ほど浮かばせてから、
「さあ。それを言ったら、あたしが告げ口したことになってしまうから内緒vv」
 ご尤もな言い方をし、王子様をあっさりとへこませて、
「ま、しょうがないわよね。ウチの国では年が明けたらそこで一気に年齢をカウントする“旧暦”がまだ健在だから。」
「らしいな。」
 窓辺に立ったままな護衛官さんへもお茶を運んで差し上げた佑筆さんへ、それは知っていたゾロが苦笑する。これは昔の日本でもそうだったことで、年越しと同時に皆して1つ年を取るという考え方。生まれた“日にち”というのを祝うのではなく、よって“誕生日”という概念もなかったのではなかったか。個々人が生まれた日のことは、春の暖かな日にとか、秋ののどかな日和の晩にとか、せいぜいその程度しか語られない。恐らくは“太陰暦”を用いていたがため、年によって日付が不定期・不安定だったからじゃないのかなとか思う筆者なのですが。
「今では民間レベルでも普通に西暦でだけ数える年齢だけれど。王族は儀式だ何だで、今でも旧暦の方も使うから。」
 まだ誕生日は来てないけれど、新年の儀式の席では既に“十九歳”になってたルフィだったりしたものだから、それでついつい混乱もするらしい。何だよ、知ってて笑い者にしたのかよと、ますます頬を膨らませるルフィだったが、
「だって、ルフィってば小さい頃から数を数えるのは遅かったもの。」
 それを思い出しちゃうのよと、はんなり笑ったナミであり。今度の笑顔は囃し立てるような揶揄
からかうようなそれではなくて、むしろ優しくも懐かしいそれだったから。
「う〜〜〜。//////
 尚のことキャンキャンと喚くのは、ますます子供じみた所業ではなかろうかと。そうと気づいたらしいところは、それなり分別も出来た証左か。
「…懐かしい話題ですよね、それ。」
 途中からながら聞こえていたらしき話の中身へ、しょっぱそうな苦笑をしながらも一枚咬んだのは、真っ直ぐな質の髪を顎先まで伸ばして柔らかく斜めに流した、金髪碧眼、しゅんと絞られた痩躯がそれはスタイリッシュなお兄さん。
「サンジまで からかうのかよ。///////
 皆して意地悪だと膨れる王子様だが、
「可愛かったってことを思い出すことが苛めになんのかよ。」
 ぽふぽふと、指の長いきれいな手で髪を撫でられながら言われては。
「う〜〜〜。/////////
 返す言葉もないところが、やっぱり素直で可愛い王子様。過去を懐かしむやり取りへ…自分だけが蚊帳の外だと思ったか、ちょっぴり口許が歪んだ窓辺の誰かさんへ。
“今の今、至福を独占しとるんだから。このくらいのやっかみは甘んじて受けな。”
 いつもの如く、ちょいと意地悪な想いをその胸中で転がしてしまう隋臣長様だったりもするのである。





            ◇



 ルフィは結構利発な子供で、ユーモアいっぱいの受け答えをしては、大人たちを和ませもした。ただ、唯一、数を数えることだけが、なかなか身につかなかったのだけれども。それにも実は事情があって。
『じゃあ、このカゴの中にはリンゴが幾つありますか?』
『んと、ひとーつ。ひとーつ。ひとーつ…いっぱいvv』
 家庭教師がついてのお勉強が始まる、五、六歳になる前に、せめて十か二十までは数えられるようになっているものなのに、せいぜい3つまでしか数えられなかったルフィ王子。何でだろうかと頭を抱えた先生方だったが、何のことはない、全ては周囲の大人のせいだと、お傍衆の子供たちにはちゃ〜んと判ってたことだった。

  “だって、生活の中で“数える”なんて必要が殆どなかったルフィですものね。”

 例えばお友達と遊んでいて、さあ おやつですよ、皆で仲良く分けてお食べなさい…というシーンが彼にはない。大きな大きな幾つもある皿の上、1年分はあろうかという、1つずつ種類の異なるケーキやお菓子を差し出され、好きなだけお召し上がりをと言われるのが常であり。玩具もご本もお洋服や靴も、彼のためにと幾らでも用意され、専門の係がその管理を担当し。ゲームやお遊戯といった遊びもまた、彼を優先して当たり前だったからね。何番目とか何分かかるとか、数える必要はてんでなく。

  “それとは別口のものはもので、数えちゃいけないものでしたしね。”

 いちごのケーキにチョコレート。アイスクリームにマシュマロ、クッキー。ふかふかのブッセに、エクレア…と。どれもとっても美味しくて、どれもこれもみんな好きvv でも、あのね? ルフィは王子様だから。どれか1つだけを好きと、一番好きとはあまり言い切ってはいけなかった。色々なものが均等に好きでないと、じゃあ他のは要りませんか?と、指名されなかったものは値打ちが落ちてしまいかねなかったし、また、大好きだと言ってしまったものの値が意味なく跳ね上がったりしかねない。お花も童話も、お洋服も。どれも素敵ねvv 可愛いねvv まま、順位をつけずとも、選ぶのに迷うほど“良いものが沢山”溢れてたから、そこのところを気をつけるようにとまで“強制”はされなかったルフィだったけれど。どれも最高というそれもまた、1番2番と数える必要のない環境を作ってしまって。素直なルフィは“1つと沢山”という概念で十分な環境下に長く置かれた子供だったから、助数も序数もなかなか身につかなかったのであり、
『サンジ、だ〜いすきvv ナミもウソプも大好きだよvv』
 皆して“一番”のないままに、同じ“好き”でもって愛されていたのにね。鬼ごっこでパタパタ駆け回る君の前を、追いつきやすいよに逃げ回ってた。寂しいのと小さなお手々でしがみつかれれば、いつまでも撫でてあげれた。ふんわり優しい温もりが、切ないまでのか弱さで頼ってくれるのがとっても嬉しかったよ。でも…君はもう大人になりつつあるからね。


  「いつまで笑ってんだよっ、ゾロっ。//////


 もうもうと真っ赤になって。他の面子だってくすくすと笑っている中、ただ一人にだけ殊更ムキになってる王子様。舌っ足らずな物言いをしていた声も、寸の足らなかった愛らしかった手足も、少年のそれとして伸びやかなものへと成長し。一番好きなものにのみ、ふらふら迷って鼻面を引き回される恐れもなくなり。それを好きだと強く自覚し、主張出来る年頃になり。依然として“皆のお日様”ではあるけれど、周りからあやされるばかりでなくなりつつある、自分から照り輝く存在になりつつある王子様。


  ――― ねえ、君は気づいてますか?
       意のままになるばかりの相手ではなく、
       意のままにならないものに惹かれる“大人”になった君に。
       嬉しいんだけれど、ちょっと寂しくもある、
       そんな者たちがいるってこと………。




     
HAPPY BIRTHDAY,LUFFY!



  〜Fine〜 05.5.7.


  *ああ、しまった。ちょこっと湿っぽい話になったかも。
   サンル話もあって良いかなと思ったんですが、
   いつものパターンじゃあ面白くないかと、
   毛色の変わったものをと捏ねくってみたらば、こんなになってしまいました。
   サンジスキーの皆様、どうかお許しを…。

ご感想は こちらへvv**


戻る