Moonlight scenery
       "The mollycoddle of the cold catching" 
 

 


 日頃から沢山の人々に傅
かしずかれ、それはそれは大切に扱われ。食事時には滋養のある美味しいものを、毎食きちんと“さあ、お食べ”とたっぷり準備され。規則正しく、穏やかで健やかな生活を送り、陽が落ちれば暖かい寝床に“おやすみなさいませ”と誘いざなわれる。冗談抜きに“風にも当てず”という待遇に置かれ、そこまで恵まれた環境下にあっても、

  「ちゃんと風邪を引いちまうから不思議だよな。」

 不養生なんてもんが もぐり込む隙さえないだろうに そんな病気を拾うってのは、むしろ わざわざ構えて取り掛からねば不可能なくらいに難しいことなんじゃねぇのか? そんな厭味な言いようをしつつ、綺麗な手のひらが横向きに伸びて来て、丸ぁるいおでこへふわりと伏せられ、
「………ん、熱は随分と下がったな。」
 畏れ多くもお仕えするご主人に当たる人物が臥せっているベッドの端へ ふわんと腰掛け、手慣れた様子でひょいと片手を伸ばしたお兄さん。その色白で端正な顔容
かんばせの上へ淡い陰を落としている金色の髪が、眩しくないようにと立て回されてある衝立の向こう、窓の側から射し込む陽光を受けて、柔らかそうな色合いに温められている。お行儀がよくて品があり、指の先まで神経の行き届いた優美な手。それからそれから、PCのキーボードをそりゃあ手際よく弾きもすれば、美味しいお料理を作るのも得意だし、儀礼用の飾り組紐を結うのも手早くて上手な、何でも出来てしまう働き者の手。悪戯をすると容赦なくこづいて来たりもする手なのにネ。書き方のお勉強の時に見本を示してくれたのも、ニホンの折り紙を教わったのも。色々な儀式の時に髪やお洋服を直してくれては、そのまま手を引いてくれたのも。それからそれから、こっそり出ちゃった涙をこっそり拭ってくれたのも、この綺麗な手だったからね。そろそろ…色々と周囲から構われるのが鬱陶しい、背伸びしたがるお年頃になって来たにもかかわらず、この手にだけは依然として構われたい王子様だったりするらしい。それが証拠に、
「………あ。」
 伸びて来た時と同様に、用向きが済んだからとそれは速やかに引っ込みかかった気配へ、ついのこととて声が出た。ほんの一瞬の一声だったが

  ――― もう離れて行っちゃうの?

 そんな気色の載った、すがるような声音であり。そして、
「………。」
 わずかに離れ切らず、指先がぎりぎり居残っていたのを境に。一旦撮影した画面の巻き戻しを見るかのようななめらかさで、元の位置へと戻った手のひらであり。
“…甘えたれが。”
 困ったことだと苦笑して、されど、自分の側の速やかな反応にもっと苦笑した隋臣長様だったりする。だってあなた、この甘えん坊な王子様の至近に、どれだけほど長い間 仕えているお兄さんであることか。ちらっと聞こえた寝言からでも、坊やの体調から…朝ご飯に何が食べたい彼なのかまで判るほどという、とんでもない伝説があるくらいだから恐ろしく、
「まだキツイか?」
「ん〜ん、随分楽になった。」
 ふかふかで肌触りの良い羽毛布団に、埋まるほどにもくるまれた中から、パジャマ姿の小さな王子が力なく答える。事の起こりは…一昨日のクリスマスの晩。各国の大使を招いて迎賓館にて催されたパーティーの帰り道にて“もうちょっと夜更かしがしたい”と駄々を捏ね。お付きのお兄さんにおねだりをして連れられて行ったのが、月の綺麗な浜辺まで。気温的にはさして冷えた訳でもなかったのだが、それでもその翌朝に…お返事が少々緩慢になる程度の微熱を出していた王子様であり。
『これは大変っ!』
『早くご典医をっ!』
 何せ その名にし負う悪戯者だから、お元気さが有り余っての小さな怪我を拾うことは結構多い坊やだが、熱だの悪寒だので具合が悪くなるという事態は滅多になくて。よって、周囲の方々にも慣れがなく、よもや大病の兆しではないかとばかり、翡翠宮が引っ繰り返りそうな大騒ぎになりかけるわ。そんな不穏な気配をいち早く聞きつけて、国事を放っぽり出してまで駆けつけた国王陛下や皇太子殿下を、枢府院の執務室へと引き戻すのに骨を折るわ。
“ウソかホントか、取り押さえるのに一個連隊分の人員が要ったとかどうとか。”
 おおう、それは凄い。
“何たって国内でも屈指というほどに腕の立つ方々ですからね。”
 冗談抜きに護衛官より腕っ節が強かったりするから始末が悪いお二方を、それでも何とか宥
なだめ賺すかしてお仕事にお戻りいただき。そんなすっとんぱったんな騒ぎから何とか1日が経過して、お熱の方がやっと落ち着いたという訳で。
「…腹の方の具合はどうだ? 何か食うか?」
 滅多にないと言ったって、全然なかったことではなし。咳きこんでいたり関節痛やらをちょろっと訴えていたところから、チョッパーの所見が出るまでもなく“軽い風邪だろう”というのはすぐに分かった、間近にお付きの皆様方におかれては、
『じゃあ、国王陛下や皇太子殿下を宥める“生贄”にはゾロが回ってくれるとして。』
『………。』
 小脇に抱えてでも寄り道を阻止して帰って来ておればという、直接的な負い目があったので逆らわなかった、屈強精悍な特別護衛官さんを、いえ…何もそんな露骨な理由からではなくてですな。(苦笑)彼くらいの腕っ節ででもなければ両閣下の突入進軍を“お帰りください”と阻止し切れなかろうからと説き伏せて。彼とてやはり案じているのだろうに、王子の傍から引きはがし、宮の入り口の警備に回っていただくことで罰として。ぼややんとしているルフィ本人には、ただただ安静にしているようにということを貫徹させたからこそ、こうも早く回復したのだろうて。
“これでも昨日あたりは手を焼いたんですよ?”
 ほほお? 遊びたいとか言い出してごねましたか?
“ええ。ゾロに逢いたいと臆面もなく騒いで、そりゃあうるさくてね。”
 あやや。それはまた、正直というか何というか…。///////
“あいつ、日頃は割ときっぱりしてますが、こんな状態のこいつが相手だと、どんだけ甘やかすか知れませんからね。”
 ははぁ…。
“そいでもって、要領が判らないままに はしゃがせたり機嫌を損ねたりして、悪化させるのがオチなんですって。”
 まったくどいつもこいつもと言いたげに、小さく小さく苦笑をし。今は引いた寝汗でへたりと張りついたままになっていた、前髪の後れ毛を指先で掻き上げてやっていると、
「何か、食べたいけど。」
 ルフィが小さな声で返事をする。んん?と小首を傾げて目顔で問うと、
「オートミールやリゾットは いやだ。」
「そか。」
 食べやすくて消化にいいものということで病人食の定番なメニューではあるが、熱があった名残りか、あまりに熱々なものは食べたくないのだろう。
“オートミールは元から嫌いだしな。”
 そこはサンジが幼少の頃から傍らにいて躾けたから、食べ物への好き嫌いがないのが自慢という、よく出来た王子様だったが、唯一の苦手が…味のない、糊みたいなオートミールで。日本のお粥と重湯
おもゆの中間みたいなものと思って下さると判りやすいかと。とはいえ、まだまだぼんやりしたお顔でいるほどなので本復とは言いがたく、いきなりハンバーグだの焼肉だのを口にしたとて、体の方が受けつけまい。お腹が空いたと自覚出来るのは良いことと解釈した上で、
「じゃあ、ケーキならどうだ?」
 ふかふかのスポンジはきめが細かく、しっとりしているが あくまでもふわりと軽く。口に含めば淡雪みたいにあっと言う間に蕩けてしまう風合いで。そんな生地を包む生クリームも、くどくはないが仄かな甘さが印象的で、いくらでも舐めてたいって思うほど軽やかで。中に挟むフルーツは何が良いかな? イチゴか? 桃かな? ラズベリーか? だったらカスタードクリームで挟もうな? バニラの甘さと匂いが果物の酸味をくるんで、上手い具合に引き立て合って、そりゃあ美味いぞ? チョコレート風味のブッセも付けような? ココアクリームを挟んであって、粉砂糖が振ってあるのが好きだろうが…と。さすがはそっちの筋のお家柄の御曹司、それはそれは美味しそうな描写でもってリクエストを聞いてやり、特に異存がないようなのでと…そのままの“実物”を作って来てやるべく、腰掛けていたベッドの端から立ち上がったサンジであったのだが、

  「…ごめんな?」

 力のない声の、だが、聞き間違いのない謝辞。ん?と。何への謝意かなと、お兄さんが首を傾げると、
「だってさ。サンジにも伝染るかもしんないのに。」
 ただでさえ看病なんて面倒なのにサ。しかもしかも、
「………お仕事だって一杯あるのにサ。」
 クリスマスの次はお年始に向けての行事や関係筋へのご挨拶が数々と控えてるってこと、ちゃんと覚えていた王子様。それでなくとも外交関係の公式なお仕事が増えつつあるルフィなのだから、隋臣の方々のお仕事もそれに比例して増えていて、なのにお仕事を増やすような真似をしてごめんなさいと、しおらしくも謝っている坊やであるらしく。

  “ルフィ…。”

 元気な時はいつだって、侍従の皆様をきりきり舞いさせるのがお仕事だと言わんばかりに。やんちゃな腕白ぶりを発揮しては、後始末や収拾が大変なことばかりしでかすくせにネ。微熱に浮いた幼いお顔が、きゅう〜んという鼻声が聞こえて来そうな切ない瞳で見上げてくるものだから、
“こ〜んな時ばっか、そういう殊勝な顔しやがってよ。”
 人が感じ入るツボってのを本能で心得てやがるんだもんな、まったくもって けしからん坊っちゃんだぜと。憎まれ半分な悪態を、溜息混じりに心の中で呟いてみたものの、愛らしいお顔から視線が外せないのも事実だから困ったもの。
「俺は日頃の行いがいいから大丈夫。そう簡単に伝染ったりはしないし、仕事の方だって優秀なスタッフ揃いだ、困ってやしない。」
 ふかふかな枕の上へぱさんと散った、くせのない黒髪に指を差し入れ。もしゃもしゃと掻き回すように撫でてやりながら、

  「それよか早く治せな。陛下や殿下や…あの大バカ野郎が心配しとるから。」

 ルフィを発奮させるための一番のお薬になるのだろう、誰かさんのこと思い出させて。自分のことは気にしなくて良いからと、優しいお言葉をかけていた金髪痩躯のお兄さんでございました。





  ――― 優しいのね、サンジくん。
       病気なんですもの、しょうがありませんよ。
       今からキッチン?
       はい。ルフィを頼みますね。
       ええ。
       うとうとしていますから、すぐにも眠るとは思いますが。
       判ったわ。


 一年中温暖な地中海地方だが、これから春先まではさすがに多少は寒くもなる。でもね、坊やの周囲には、ほわほわと温かな想いが一杯、彼を守ろうと取り囲んでいるから大丈夫。だから早く元気になって、お日様パワーを復活させようね?



  〜Fine〜  04.12.22.〜05.1.1.


  *何だかどたばたしていたもんで、年越しをまたいでしまいました。
   大したお話でもないのにね。
(苦笑)
   肝心な剣豪が ちらとも出て来ない辺り、
   正月早々、問題があるようなないような…。
(う〜ん)
   まま、何はともあれ、今年もよろしくお願い致しますですvv

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