Moonlight scenery
   The sword dance for the dedication
 

 


  ――― しゃり・りん、と。


 鞘から解き放たれた銀の光から涼やかな音が響く。研ぎ澄まされた刃の輝きは、野生の獣の牙そのままに、冷たく無情なる酷薄さを帯び、そして。柄の先に飾られた宝石の華やかな煌めきが、軽やかに空を躍る。広い舞台の真上は晴れ渡った大空へと天蓋が途切れており、その頭上へ高々と跳ね上げられた一閃が、そのまま素早く演者の懐ろの内へと引きつけられて。迷いなく前方へと飛び出し、右へと一直線に薙ぎ払う、その力強さよ。銀色の切っ先が鋭く宙を舞い、鮮やかな軌跡を描く。祭祀用のものとて、決して軽くはなかろう鍛鉄の剣。なのに、軽々と片腕で操り続ける演者の膂力の、何とも凄まじいことか。


  ――― たん・たたん、と。


 素足が舞台を叩く。他には音のない中に響く軽快な音。しっかりと大地を踏まえたる力強い響き。雄々しき首に詰まった襟が立っている、前合わせのアイボリーの内着は、古風な寝間着のように足首近くまで裾長で。幅の広い帯の真ん中に頭を通す穴が空いていて、体の前と後ろへ布を垂らすものやら、袖もあって肩に引っ掛ける形ではあるのだが、前の合わせがどう見ても幅不足で、先の帯の錦を見せるための工夫ですよと説明された綺羅々々しい羽織りだとか。数枚ほど重ねられた綾錦の上着もまた、どれもが足元まで届くほど裾の長い装束ばかりで。内着と帯のような貫頭衣との腰をのみ、錦の佩
ベルトで絞ったそのいで立ちは、砂漠の国のどこやらの部族のそれにも酷似しているが、そもそもの発祥はむしろ、東のとある古代帝国なのだとか。短く刈られた髪を背中まですべらせた頭布で包み、額に回した鉢当てでくくっての仰々しいスタイルは、日頃の彼のシンプルな恰好と比較すれば、これはもう…はっきり言って"仮装"の部類に入るほどに現実離れした代物だったが、今回ばかりは仕方がない。彼自身も恰好の仰々しさには、実はとうに慣れて来てもいた。それ以上に問題なのが………、

  「だ〜〜〜っ!
   わざわざ足で拍子まで取るなんざ、気が散って出来ねぇってばよっ。」

 日頃は気配を殺して動き回る彼であり、底のがっちりしたワークブーツであっても無音で走れる立派な曲者。
おいおい なかなかに難しい筈のそんなことを自然なものとして身につけている彼にしてみれば、逆にそれを打ち消して"たたんっ"と足音で拍子を踏むなどという仕儀がどうにも重荷でしようがないらしく。がうがうと吠え立てて、とうとう舞いを中断させてしまった。その途端に、
「そんなもん、子供にだって出来るこったぞ。」
 幼稚園のお遊戯の舞踏でもやってることだ、と。なのにお前には出来ないのかと。そう言いたいらしいサンジが舞台下で目許を眇めて見せ、
「ったく、情けないお兄さんだねぇ。」
「うっせぇぞ。」
 オリンピック・イヤーには何かと特別な行事が多い国であるらしく。3年ほども不在という状態を過ごしてしまったゾロには、いつぞやの武道大会もお初なら、この剣舞を奉納する儀式とやらも初耳な代物で、

  「オリンピック・イヤーだからってより、閏年だからだろうな。」

 そだね、そういう順番でしょうよね。こちらも舞台下から見学していた腕白な王子様が、嬉しくてしようがないというお顔にて説明を足した。

  「前に話したろ? 黒孔雀を退治した大スルタンのお話。
   あれに出て来るスルタンの息子がサ、
   魔物を倒した報告を兼ねて、亡き父君へって奉納した剣舞なんだと。」

 ルフィが口にしたのは、神話の時代のお話のことで。昔々の大昔、世界の始まりである"混沌"を均して統治しようとしていた偉大な指導者に襲いかからんと出現した、大きな闇の魔物、漆黒の大孔雀。偉大な王がそれを退治したものの、相手も狡猾で、自分の分身をこっそりと世に残した。王が亡くなったのを見越してから育ち始めた…その分身である和子を、闇の住人たちが攫いにやって来るのだが、大スルタンの子息が聖なる剣でこれを撃退。和子に宿っていた闇の眷属としての力さえ打ち払い、今度こその揺るがぬ平和が訪れる…というこの国の古い伝説である。お話やこの装束に、ところどころで少々東方の香りがするのは、その昔、この国をも統治下に治めていたトルコ系統の大国の文化の影響が出てのことだろうなと。そこまでの感慨を思考の中へと浮かべたところで、

  「…ちょっと休ませてくれ。」

 ただでさえ、あれこれと重ねて着ていて体が重い。今時、防弾用の防具にだってこうまで重いものはない。実戦用の様々な戦闘装備をぎっちりと揃えたとしたって、最新鋭のものならばもっと軽いものが…じゃなくってだな。
(げほんごほん…)こういう古風で畏かしこまった装束なんぞ初めて身につけるゾロだったので、身動きのコツを会得するまでは照れている場合ではなかった。何せ、真剣…刃を潰さず しっかり研いである剣を振り回すのだから、正直なところ、油断は禁物。よくよく練られた鋼の業物わざものは、握力での制御がなかなかに難しく。下手をすれば制御を外れて勝手に宙を泳ぎ、自分の脚を斬りかねないからで。そんな上で、しきたりに則った所作というものを求められ、しかもしかも"奉納舞踊"としての段取りや振り付けを覚えなければならないと来ては、いくら体力があったって追っつかないというもので。珍しくも額に滲んだ汗を大きな手でぐいと拭った彼が、闘技場のように四方に開けた奉納舞い用の舞台の隅へと足を運んだので、

  「あ、ゾロってば。」

 休憩なら俺がお世話すると言わんばかり、小さな王子様がパタパタ…と彼の後を舞台下にて追っかけた。そんな彼らの様子に肩をすくめて、
「じゃあ、ひとまずの休憩にしましょうか。」
 自分の向背に"実は居たんですよ"な、古式楽奏担当の皆様方へとそんな声をかけたサンジである。





            ◇



 4年に一度の奉納舞踊。この王国を治めている王族の祖先を祠っている神殿にて、王族の最初の祖先とも伝えられている"伝説の剣士"の働きを褒めたたえ、感謝する神事があって。祝詞に楽奏、舞踊やらが奉納されるその他に、これこそがメインのものとして、今回は特別護衛官殿が割り振られたところの"剣舞"があるのだが、

  「凄げぇ、凄げぇ♪ ゾロ、踊るのも上手いよなぁ〜vv

 椰子の皮で作られた大きな団扇を振り回して、風を送って下さる王子様の言いようへ、

  「舞いと言っても、武道の型みたいなもんだからな。」

 だから心得のない俺でも引き受けられたんだよと、耳朶から下がった3本の棒ピアスをちかちかと揺らして、珍しくも肩で息をしている護衛官殿が謙遜気味に応じて見せた。奉納の式典では、この…柄に朱房の下がった三日月型の大きな青龍刀を、豪快かつ鮮烈に操っての力強い舞いを披露せねばならず。これはやはり、力自慢で腕自慢のゾロが適役だよなと、ルフィが推してのこの運び。当然のことながら、苦虫を噛み潰したような顔をして固辞したゾロであったのだが、推挙したルフィの顔を潰す気かと国王様から直々にやんわり脅されて、渋々承諾したらしい。
「サンジがやった時もカッコよかったけどな。」
「…おや。」
 お前もやったのかと、意外そうな顔になるゾロへ、
「まあな。」
 こちらさんもすぐ傍らまで足を運んでいた隋臣長殿が少々しょっぱそうな顔をする。何たって祭祀だから、特に護衛官でなくたっていいんだし、本当に腕が立つ人間でなくてもいい。それでと、4年前の式典では推挙されて彼が引っ張り出されたらしく。金髪碧眼、長身痩躯。それは艶やかな美貌の君なだけに、麗しい装束のそれはよく似合っていた彼の艶姿へ、女性の観衆たちからの溜息が物凄かったそうであるとは、ゾロもあとから聞いた話だが。
(笑)
「やたら重いぞ、これ。」
 彼の腕力も大したものだろうと思いはするが、それでも…本格的に鍛えたゾロとはやはり格差がある筈で。そんなゾロが眉を顰めるほどの逸物なのに、これをサンジも扱えたのかと訊けば、
「俺ん時の剣はもう少し小さかったがな。」
 おやや。その点への規定は特にはなかったのね。………もしかして、

  "そうですね。国王陛下か皇太子殿下の嫌がらせかもですね。"

 それもまた彼らなりの可愛げ…なんでしょうか、果たして。…う〜ん、そんな立場にある人たちが大人げないったら。
(笑) 歴代二人の舞い手の傍ら、双方とも自分の隋臣であることへか、誇らしげに にまにまと、嬉しそうなお顔をしてくっついていた王子様も、先の舞踊をしっかりと覚えているらしく、
「こんな意味ない宝石とかついてなかったものな。」
 ゾロが傍らへと立て掛けている剣を眺めやり、そんなご意見を述べたところが、

  「まああ、意味ないなんて、なんて罰当たりなこと言うのかしら。」

 やわらかな高さに囀るカナリアのそれを思わせるような、女性の声が割り込んで来のは誰あろう、
「ナミさんvv
 レディキラーの字名も形無し、シニカルなダンディさ加減を甘く蕩かして、サンジが神々しき御名を口にする。ルフィ直属の佑筆、書記官のナミが、自分のお仕事を片付けてやはり見物にとやって来たらしく、
「宝石だってこの国の大事な産業なのよ? それをそんな言い方するもんじゃないの。」
 畏れ多いことではもっと上ではなかろうかという所業、綺麗な手を軽く握り、第二王子の頭をコツリとこづいた彼女である。宝石はその美しさに霊力や魔力が宿ってるなんて言われている。それが金や金剛石のように永遠不変に通じるからという場合もあることはあるが、大部分は綺羅らかな美しさと希少価値から値が張るせいであり、
「土から掘り出す人や研磨する人、沢山の人の手が関わった上でやっと商品として完成するんだもの。あんたには関心ないものであっても、そんな風に言うもんじゃないの。」
「は〜い。」
 すぐさま反省しての、よい子のお返事。これでも十七歳というのだから…いかに周囲から甘やかされ倒しているのかが偲ばれるというものだが、

  「あれだけ渋ってた人が、ちゃんと装束着て舞ってるんだから、
   ルフィのおねだりのいかに効果的で凄まじいかよね。」
  「そうですよねぇ。」

 再び立ち上がって剣を手に舞台中央へと向かった護衛官殿を見送りつつ、ナミとサンジがこそこそと囁き合う。事の次第を知っている彼らだが、いかな国王に脅されたとはいえ、それのみには従わないゾロだろうということくらいはお見通し。ルフィの顔を潰す気かという文句が効いてのことだろうにと、正確な理解をしている二人であり。いまだ戦乱多かりし砂漠の国でも抜群の戦闘力で名を馳せていた勇者ですのにねと、サンジが苦笑し、ルフィってば猛獣使いみたいよねとナミもくすすと微笑って見せる。そこへと、

  「何だよ、二人とも。」

 内緒話なんかして感じ悪いぞ? 第一、今はゾロを応援しなくちゃだろうがと、真面目な口調にて叱咤をし、ぷく〜っと膨れた愛らしい王子様へ、
「そうよね。応援しなくちゃよね。」
「おお、そうだった。俺も精のつく差し入れを考えとかなきゃな。」
 慌てて取り繕うような笑顔を向けてる彼ら二人だって、立派に牛耳られているよな気がするんですけれど。
(笑) 楽奏団の皆様が静かな演奏を始められ、それがふっと途切れて…再び剣が宙を舞う。この国が栄えますように、人々が幸せでありますようにと、祈りを込めての真摯な舞い。神頼みは好かない筈の護衛官殿だったが、それがあの王子様のためなら別。彼がいつまでも健やかにありますように。それを妨げる邪が現れたなら、容赦なく叩き切るぞと…随分と趣旨の違う想いを乗せての見事な舞いは、少しずつながらも様になって来たところ。本番ではさぞかし鮮やかなものとなるのでしょうねと期待を込めて、部外者である特派員は、この辺りでカメラをスタジオへお返し致します、はいvv



  〜Fine〜  04.6.18.


  *古式ゆかしき祭典とか儀式のニュースを観ていて、
   あの王国にだってそういうのがあるんじゃないかと思いましてね。
   それで書いてみたのですが、
   …護衛官殿ではあんまり優雅ではなかったですかね。
(苦笑)
   成田美名子さんの『アレキサンドライト』という漫画の中に、
   主人公の武道大好き青年が
   意外とワルツが上手だというエピソードが出て来まして。
   何のことはない、柔道の脚さばきに置き換えて繰り返してただけなんですが。
   それを思い出してのお話でございました。
   (あああ、またまた年齢がバレるよなことを…。)

ご感想などはこちらへvv**


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