月夜見 〜Moonlight scenery
   nursing 〜look after a baby

 

  春夏秋冬、四つの季節が巡る国や地域は、その気候の変化を効率よく生かした農耕や生活様式が発達し、その効率や計画性がよりスムーズな文明の発達にも通じたと言われている。とはいえ。秋と一口に言っても、土地によっては気候の差からその趣きだって随分と違うもの。なのに、何となく人恋しい風情を感じる季節だとされるのは万国共通。透き通った空気、高い空。木々の葉が色づき、澄み切った静寂の中、小鳥の囀さえずりもどこか物悲しく響いて聞こえ。収穫の後の黄昏時なぞ、まるで祭りの後のような うら寂しさを感じてしまうほど。間近に近づく寒い季節も一緒に暖かく過ごせると良いなぁなんて、大切な人と肩を寄せ合って、ついつい しみじみしてしまう。そんな季節。




 夏場の雨量がほとんど見込めず、温暖な上にからりとしているのが地中海気候の特色で。年間を通じた日照時間が短くて、太陽に焦がれる高緯度地域の人々には、晴天を求めての格好のリゾート地であり、また、雨が少ないことから映画の屋外撮影にも向いていて。カンヌだのニースだので映画祭が催されるのは、高級リゾート地だからではなく、そんな気候のためであるそうなので念のため。そんな土地は、だが、同時に水不足にも警戒が必要。いくら温暖でも水量が少なくては農業も難しく、乾燥地域でも生育可能な柑橘類やらオリーブあたりしか栽培出来ないというネックもあり、だから、観光で外貨を稼いでもいるのだが。この国は、水に困るという心配だけは知らないで居られる。それもその筈、豊富な水量を誇る水脈の真上に位置しているからで。そのくせ、蓋代わりの岩盤がしっかりしているので、流砂だの液状化現象だのという災害には縁がなく。その上に積もった滋養豊かな土壌という恵みだけを、ちゃっかりと"美味しいトコ取り"して来た、砂漠の端の奇跡の国。
「ちゃっかりと…ってのは何だよう。」
 あらあら、聞こえておりましたか?
「別に そうだからってズボラとか楽ばっかりして来た訳じゃないんだぞ? 早くから地盤研究を進めてて、やたらに井戸を掘れば良いってもんじゃないってこととか、慎重に構えて来たことだって沢山あんだからな。」
 ………なんか。意外な人が意外なお言葉を下さっておりますが。
「ああ。こいつ、今、第一次産業の歴史の黎明期辺りを浚ってんですよ。」
 成程ね、お勉強で習ったばっかなところだった訳ですのね。
「むう。サンジまでそんな言い方すんなよな。」
 真ん丸に膨らませた頬も相変わらずに幼
いとけない、お久し振りの王子様。随分とお偉そうなのは、彼がやんごとなき位の方だということを考慮すれば、まま、それなりの態度でもあるのだろうが、
「ル〜フィ〜。さっきから何やっとんだ、お前は。」
 まとまりは悪いが瑞々しくてつやのある、真っ黒な髪をふりふりと揺すって。金髪の侍従長さんのすぐお隣りにピトンとくっついて座ったかと思えば、立ち上がってウロウロしたり。そうかと思えば、ソファーの背もたれ越し、肩にぎゅうとおぶさってみたり、前に回ってお膝に登ったり。ちっとも大人しくしてはいないものだから、いい加減に落ち着きなさいとお膝の上に捕まえる。偉そうな割に小さい子並みに甘えまくってませんかね、王子様。彼には甘い方なサンジからさえ"こらこら"と制されて、
「だってよぉ。」
 再び、ぷくぅと柔らかそうな頬を膨らませて見せる。日頃からも、じっとしているのはあまり得意ではない やんちゃ者。暇を見つけては王宮内の広大な庭を駆け回り、追っ手の侍従たちを駆け摺り回らせ。もったいなくも、先代、先々代の国王方が植樹なされた健やかなる木々の梢の先へよじ登っては、下で見守る女官たちをハラハラさせ。どこやらからもぐり込んで来た仔犬や仔猫を両腕に抱え込んで昼寝をしたり、どうやって持ち出したのか、式典用の美麗で高価な装具や祭具を、庭のあちこちに立つ銅像や塑像なんぞに飾り立てたりもして。
"まま、そのくらいの悪戯なら大目にも見るんだが。"
 お付きの方々を振り回すという意味では人々に大迷惑をかけているものの、そして、王子ご本人の身が危険かも…という心配もさせているものの、何とか"やんちゃ"の圏内に入る可愛い程度の代物。それに自分が一喝すれば、そういった"おいた"の手も止まって傍らまで たかたかと駆けて来る、ある意味"オートマチック"機構が働く種のやんちゃなので、
"俺が困らないもんをどうにかするのは難しいってもんだし。"
 困らないってのは、自分には制御可能なことだったからか、それとも、何をやらかすのを見ても"可愛い腕白"でしかなかったからか。どっちにしたって、何か変な理屈でないかい? そりゃあ。
"そですかね。"
 けろりと言い切る豪胆さよ。…と、これまでは"そういう感覚"でいられた隋臣長様だったのだが、今日の王子様の落ち着きのなさは少々見かねる限度のそれで。何をいらいらと落ち着かない坊やであるのだろうか。
"以前なら結構 読めたんだがな。"
 何となく嫌いな国賓が来るのへご挨拶をしなくちゃならないとか、作法の厳しい神事に参加する予定が入ってるとか。そういう堅苦しいことが控えているか、もしくは…何かしら後ろめたくも疚しいことを胸の裡(うち)に抱えているか。そういう時の、心境を如実に表している、実に分かりやすい態度がこれ。だが、
"今んトコ、こいつが関わるような式典や来賓の予定は入ってないしな。"
 王子様を掴まえて"こいつ"ですよ、奥様。
(笑) まあ、まだお膝に抱えられるほど幼い相手なら、例え…それがもう17歳になろうかという人物でも"子供扱い"して構わないこた構わないのでしょうけれど。
"…17歳に、なったんだなぁ、こいつも。"
 初夏には大々的に、王族の成人の儀式にあたる『帯刀式』だって催された。だというのに…相変わらずに無邪気な腕白さんなルフィであり。表向き、早く大人びて落ち着いてほしいと切に願う反面、内心では…このままいつまでも子供みたいな彼で居続けてほしいような気もする、何とも複雑な心境を抱えている隋臣長さんであるのだが。

  "俺が始終傍に付いてなくなって…どのくらいになるのかな。"

 幼い頃のルフィには、このサンジを筆頭に何人かの"お傍衆"がついていた。彼の母である王妃が病に倒れたがため、まだ随分と幼かったルフィが浮足立って慌ただしい王宮内の様子に不安を覚えないようにと、遊び相手として集められた名士の子供たち。王子様の間近で過ごして来た彼らは、王子の意図を酌むことが出来る感覚や気の合いようを生かして、やがては成長した王子が携わることとなった外交関係の政務や、様々な事業における大使としての執務への補佐という役どころに就くようになり。公式な見解を受けたり発したりする代弁者になった者もいる、スケジュールの調整をすることとなった者もいる、と、彼の耳目や手足には違いないながらも…彼自身からは少々間を空けた位置に立つよになった。そんな経緯を経た結果、現今のルフィの傍らには、身の回りのお世話をする女官たちは例外として、直属の護衛官である"某氏"しか常には置いていない態勢になりつつある。某国の精鋭傭兵部隊にいた凄腕の戦闘員。奇襲や潜入という単独任務もこなせる、彼そのものが一個の強力なる兵器のような実力の持ち主で、その筋での またの名を"大剣豪"と呼ばれていた、ロロノア=ゾロという名の精悍な青年。いかにも武骨な野趣あふれる偉丈夫は、ちょっとした悶着を挟みつつ、それでもルフィ王子の傍らに落ち着くこととなり、名目は護衛官だが、そして腕っ節も大したものであるのだが…。何しろ平和なお国柄。実際の役回りは副官のようなもの。もっとぶっちゃけて言えば、
"お守り役ですよ。坊やのね。"
 そ、そんなはっきりと。勿論、いつも彼一人しか傍らにいないという訳ではなく、手が空けば、若しくはルフィのかかわる式典だの政務だのに間が空けば、担当する仕事も多少は暇になるのだから、お傍衆たちも彼の周囲に自然と戻って来るのではあるが。今は丁度、秋の祭事への準備に取り掛かっていて、ナミさんもウソップもばたばたと忙しいらしく、更に今日はゾロが警護の下見にと式典会場まで足を運んでいて、
「新しい会場なんて要らねぇじゃんかよな。」
 ははあ、成程vv
"あいつが居ないからか。"
 何というのか。判ってしまえば何とも分かりやすいことよと、ちょっと妙な言いようをしてしまいたくなる単純さ。あまりに不審な様子だったものが、キーワード一つであっと言う間に理解に届くあたり、その要素にちょいと苦いものを感じたサンジだったが、それは今更なので置いといて。これまで使ってた、大きくて厳粛な雰囲気の祭場ではいけないのかと、素朴な聞きようをするルフィへ、
「まあな。どうしても必要…ってんで作られたものじゃないんだが。」
 聡明そうな眼差しをちょいと宙へと泳がせて、麗しき隋臣長さんは少々言葉を濁した。確かに、この国には国の行事に使う会場とやらは既に幾つかあって、しかも"建国当時から使われている"というような古いものばかりではなく、結構最近作られた、広さも設備も充実した逸品揃い。
「まったく、父ちゃんにも困ったもんだよな。余計なもん作ってばっかでさ。他所の王様もそうなんか?」
 一人前な言い方をするルフィだったが、これにはさすがに、
「…ルフィ。国王様の政務に、分かりもしないで口出しするような言い方すんのは辞めときな。」
 一応のクギを刺すサンジでもある。政治向きというのには、色々と…事情だの駆け引きだのや、若しくは長い長いスパンで見守られるべき施政なんてものもある。芸なく"箱もの"を作りまくるのは、どこやらの政府を見るようで(おいおい)確かにあまり手放しで賛成出来ないパターンでもあるけれど、建物自体ではなく建設という事業が必要な場合だってある。事業が1つ持ち上がれば、それに携わる人たちという"求人"が生じる。また、事業に関与する様々な分野の関係者たちが、それぞれの最新の技術を実地で発揮出来る機会にも恵まれる。経済も回るし、技術も進む…と、メリットは多いと見なしての施工によって建てられた新しい式典会場なのであり、
「…うん。ごめん。」
 いつもいつも優しくて、多少の物言いなら"おお、一丁前なことを"なんて言って適当にはぐらかすお兄さんから、ちょいと真摯なお顔で叱られたとあって。ああこれは、もしかしなくとも言い過ぎたらしいなとすぐに判ったのだろう。無邪気な王子様、しょぼんと反省。こういうところもまた、とても17歳の男の子には見えなくて、
"困ったことだよな、実際の話。"
 自分たちがさんざん甘やかしたからだというのが、判っているやら いないやら。お膝の上でうつむいた坊やの、額髪の向こうの丸ぁるいおでこへ。自分の額をコツンと当てて、くすりと微笑う。
「判ればいいサ。」
「うん。」
 神妙なお顔でこくりと頷いた王子様は、
「あのな、サンジ。」
 パッとお顔を上げて見せ、
「俺、父ちゃんのこと、大好きなんだ。だからさ、他所の国にたまにいる、皆に嫌われてる王様みたいには なってほしくないんだ。」
 ああ、これだからと。サンジは隠しようのない笑みの対処に困ってしまうのだ。子供のように無垢で真っ直ぐで。17にもなってこんなに明け透けでいても良いのだろうかと危なっかしく思う反面、こんな彼の素直な物の見方や物言いの幼
いとけなさが、何とも言えず擽ったくて愛らしい。ひねたところのない無邪気さが、そのまま国の健やかさを示しているようで、お傍衆には誇らしい限りでさえあるのだとか。だから、
「ん、判ってるさ。」
 よしよしと、ここで笑顔で宥めてしまうから。なかなか大人の分別が身につかない王子様なのではなかろうか…と、筆者あたりは思ったりするのだが。
(苦笑) おでこ同士をくっつけ合って、至近距離からの睨めっこ。先に朗らかに笑い出した王子様がぎゅうっと抱きついて来たのでこのお話にも鳧がつき、さて。
「なあ、お前。日頃だってゾロと二人きりも同然だろうが。」
「? うん。」
 そだよ? それがどうしたの? と。そんなお顔をする王子様に、
「一体何やって遊んどるんだ?」
 あの、傭兵上がりの"戦う男"が、こんなお茶目な王子様のお守りを、一体どうやってこなしているのか。サンジとしてはそれがちょいと不思議になった。じっとしているのが苦手なところは、ゾロもまた体力あり余る身だから十分に付き合えるし御せるとしても、その方法。それこそもう小さな子供ではないのだから、庭の散歩くらいで収まる少年ではなかろうし、かといって賑やかしくもばたばたと暴れれば、そんな大騒ぎ、自分や佑筆のナミの耳に入らない筈はない。…と、
「んとね。この頃は護身術を習ってる。」
 訊いた途端にルフィは"くすす"と笑って見せるから、結構お気に入りの"護身術講座"な様子で、だが、
「護身術って…道場は使わずにか?」
 一応は王子様の居室だから。このテラス付きの居間にしても、隣りの寝室にしても結構な広さはあるけれど、武道をこなすにはそれなりの広さが必要だろうにと感じたサンジであるらしい。だが、
「大丈夫なんだな、それが。」
 にこりと笑って綺麗なお兄さんのお膝から降り、
「えとね。アイキドーとかジュージュツとかいう武道だから、そんなに場所は使わないんだ。」
 座ったままなサンジの手を引っ張って、その場にすっくと立ち上がらせて。掴んでいた手をそのままひょいと返すと、
"………え?"
 床と天井が反転し、重力が入れ替わって。あっと言う間に毛足の長い絨毯に、背中を預けていたサンジであって。
「ほらね、その場で決着がつく。」
 小手先でひょいっとひねるような技が主体だから、成程広さは必要がないのだろうが、
「…何がどうなるかくらいは先に言えっての。」
「あ、ごめん。」
 金の髪を渋い色みの絨毯に散らして引っ繰り返っている隋臣長様からのお言葉に、王子がペロリと舌を出す。そ〜れは鮮やかに素っ転がされた彼であり、
"王子には必要なかろうに。"
 護衛されるばかりな側の人間であるのにと思いはするが、これもまた…あの不器用で気の利いたことを余り知らない男が思いついた"遊び"であるなら、まあ致し方ないかなと。苦笑混じりに納得をし、床の上へと身を起こす。そのすぐ傍らに、同じように座り込んだルフィは、だが、
「でもでも、今、ちょっとドキドキしたぞ、俺。」
 何だか嬉しそうなのが、きっちり倒された身には少々複雑。
「何がだよ。」
 ちょいと不機嫌そうに訊き返せば、
「だって、俺、いっつもゾロんこと、引き倒せないでいるんだもん。」
 ふふんて鼻で笑って"まだまだ甘いな"なんて偉そうに言うんだぜと、唇を尖らせる王子様に、
「そりゃあ、一番間近についてる近衛の護衛官が、お前みたいなチビさんにコロコロと転がされててどうするよ。」
「だってサ。ゾロの説明だと、ちゃんと技がかかっているなら、力に差があったって関係ないって。ゾロより うんと大きな強そうなオジさんだって、易々と薙ぎ倒せるぞって言ってたのに。」
 なのに、その基準に持ち出された当のゾロが頑として倒れもしないものだから、自分の技ではまだまだダメなのかなと思っていたルフィであるらしい。彼からのそんな言いようを聞いて、
「成程な。」
 サンジは小さく苦笑する。
「さっき言ったように、あいつほどの手練
てだれともなるとな、いくら物理的な"理屈"で嵌まってたってそう簡単には倒せないんだろうよ。」
「そういうの、有りなの?」
 かくりと小首を傾げて見せる王子様に、うんうんと頷いて見せて、
「何せ"戦い"の専門家だし、それを仕事にしている護衛官なんだからな。素人に薙ぎ倒されていちゃあ始まらないだろうが。だから、それなりの防衛手段、裏技みたいなのがあるんだよ、きっと。」
 そんな風に言ってやれば、
「そっか。」
 なんだ成程な、そんでなのかと、納得したようなお顔になるルフィだが、
"何で俺があいつをフォローしてやらにゃあいかんのかね。"
 何とも複雑な心境を抱えつつ、隋臣長様、お行儀悪くも床に座り込んだまま、王子様の柔術談義に付き合わされることと相成ったそうである。身振り手振りを織り交ぜて、屈託なく技の説明なんぞを話してくれる王子様の様子はいかにも楽しげで、過ごしやすい時節の中、つんとお澄ましばかりしていないで、こんな風に過ごす日もあって良いのでは。








  aniaqua.gif おまけ aniaqua.gif

    「…おい、マリモ。」
    「なんだ、グル眉。」
    (あははvv)
    「頼むから、ルフィにややこしい技を教えないでくれ。」

 あれから"実技"にまで付き合わされて、ほいほいと投げられたサンジさんであったらしい。………ご愁傷様です。




  〜Fine〜  03.10.5.〜10.7.


  *PCの調子が絶不調なもんだから、びくびくしつつ書きました。
   久々の王子様ルフィで、
   このお話ではどうしてもサンジさんを書いてしまう困った奴でございます。
   もうすぐゾロの誕生日だというのに、これで良いのだろうか。うう…。


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