月夜見
   My dear, Sanji
               〜Moonlight scenery より
 


          



 地中海に突き出した半島とその周辺にちりばめられた島々から成る、小さな小さな王国の早春は、自然災害はもとより、内紛・有事という種の物騒な憂いにも縁がないその代わり、暢気な国情ならではの様々な行事が目白押し。新年にまつわったりかこつけたりする行事や催しが落ち着いたかと思ったら、今度は春を迎える古くからの儀式が有りの、周辺国家とのお付き合い的行事・式典が有りのと、なかなかバタバタ忙しい。ただでさえ"形式的"という以上の影響力でもって、国家としての政権を掌握してもいる王室なので、決裁を下すだけでもかなりの事業や何やにきちんと通じていなければならず。右腕代わりの頼もしき大臣たちを多数抱えていても、内政へのお仕事も有りの、外交上のお仕事も有りのと、王族の皆々様には本当に目が回るほどの慌ただしさであり、

   「え〜〜〜っ。サンジ、行かねぇの?」

 随分と古くから同盟国としての姉妹提携を結んでいる、とある友好国との記念式典へ出席することになっていた第二王子様だったのだが、その出張…もとえ、外遊にと付いてくることになっていた隋臣長さんが、急に同行出来なくなった。
「皇太子殿下の主催する祝宴が幾つか続くだろう? それへの事務方が足りないそうなのでな。そっちの助っ人にと呼ばれてるんだよ。」
 こんな砕けた口調にて、その旨をご本人が直々にお伝えしたところ、王子様はすっかりとムクれてしまい、
「むう〜〜〜っ。サンジは俺よか兄ちゃんの方が良いのかよっ。」
 頬を膨らませての無茶苦茶なお言いようには、その場にいた仲間内の皆して、呆気に取られてから…ついつい吹き出してしまったが、彼の心境も分からないではない。この初夏にも17歳におなりあそばすとはいえ、まだちょっとばかり甘えん坊で。殊に…家族も同然、実の兄弟のように優しくかまってくれる隋臣長は、自分の向かうどこへでも一緒に行くものと当然の事として把握していた彼なだけに、そうでないと分かったその反動も大きく、たいそうショックだったのだろうと偲ばれて。
「アラバスタはそんなに遠くはないのだし、第一、気心が知れてる国だから、そんなにも沢山でぞろぞろ行かなくても支障はないでしょう?」
 何とかナミが宥めたものの、それでもご機嫌斜めは収まらず。果ては、
「兄ちゃんはゾロを俺に取られたもんだから、サンジんこと欲しいのかも知んないもん。」 そんなことまで言い出す始末。
「ルフィ〜。」
 いい加減にしなさいよと、ちょっと語調を強めたナミから身を避けるように、
「だってよぉ。」
 肘掛け椅子から立ち上がって"ぱたぱた…"と逃げた先は、そんな彼と向かい合うようになってご報告申し上げていた当の隋臣長の背中の後ろ。
「もうっ。そうやってすぐサンジくんに頼って。」
 子供扱いするなと言う割に、そんな愛らしい仕草がなかなか抜けない困った王子様。琥珀色の大きな眸に丸ぁるいおでこ。小さなお鼻や骨張らない頬はふかふかと柔らかな肌目に包まれていて、舌っ足らずなお声も何とも幼
いとけない少年王子。愛らしいお姿もさることながら、お元気さが余っての悪戯や ちょいとはしたない行動の数々の中には、それをついつい語り継いでしまうような事件や逸話も尽きなくて。お傍衆にしてみれば、毎日のように…朝から晩までお傍にいて見ていても決して飽きることはない、魅惑の存在でもあって、
「まあま、ナミさん。」
 頼られればそこはやはり嬉しくもなるのか。金髪碧眼の文士風、スタイリッシュでスマートで小粋な、長身痩躯の隋臣長殿は、ぺたりと背中に張り付いた王子様の回して来た手を、自分の腹の辺りに捕まえると、


   「こんな駄々こねも今だけですよ。
    向こうへ出かけちまえば、半月もの長逗留ですからね。
    あっさり忘れて、羽の伸ばしまくりになるってもんです。」

   「あ〜〜〜っ、言ったな! サンジの馬鹿やろっ! 薄情もんっ!」




            ◇



  "………。"

 そんなことをケロリと言ったのがちょうど1週間前のことだったなぁと思い出しつつ、やっと戻れた自室のソファーにぼそんと身を落とす。わざわざ乞われただけのことはあり、結構毎日忙しい。直接の雑務は担当の小者たちが手掛けることで、あちこちを一日中駆け摺り回るというような肉体的な疲労はそうそうないものの、一日中"接客用"の笑顔でいなければならず、気が休まらずでこれも結構疲れるもの。サンジに任されていたのは催し全体の監修の一端であり、進行中に発生するあれやこれや、様々な事態へ融通を利かせる機転を買われての抜擢だったらしい。まま、何しろ"お暢気な王国"であるがゆえ、そんなに大事が発生するものでもなく、華やかな催したちは恙無く消化されてゆくのではあるのだが。来賓の勘違いやちょっとした我儘などから小さなトラブルが起こっても、金髪の美丈夫による…一流のコンシェルジュばりの機転や計らいから、それはそれは気の利いた采配の下に気持ち良く処理されるため、例年以上に評判も良く、
『こんなことなら、もっと早くにサンジに声かけてりゃあ良かったよな。』
 弟王子に負けないくらい屈託のない言いようをして"あはは"と笑った皇太子に、
『…殿下。』
 他の侍従さんたちに失礼ですよと、そこはやはり立場を弁
わきまえて、こそっと窘たしなめたサンジではあったが。
"…明日明後日は休みか。"
 幾らなんでも宴ばかりを続ける訳にも行かなくて、スタッフとして関わる者としては"やっと訪れた"という観のある、催しの狭間の中日である。他の方々には次の祭事への下準備やら何やらとお仕事もお有りだそうだが、臨時のスタッフであるサンジには、
『現場担当に近い仕事の連続で疲れてもいるだろうから』
と、ありがたくもお休みをいただけた。はふうと大きな溜息をつき、眸を閉じて幾刻か。そのまま眠ってしまったのかと思われたほどにじっとしていた体が、もう一度の溜息とともに背もたれから起き上がり、すぐ脇に据えられた、しゃれた小卓の上を手探りする。今朝方受け取ったはいいが、そのまま職務に向かったがため、封も切らないでおいた手紙が何通か。この部屋にまで届くものというと間違いなく個人的なものとはいえ、それでもある程度の地位のある人間には、ちょっとばかり不注意なこと。誰ぞに盗まれたり勝手に中を見られたら、もしかして困る書簡もあったかも知れずで、ああそんなにも余裕がなかったんだなぁと思いつつ、1通1通の差出人に目を通していた手が、ふと、止まった。

   "………。"

 その純白の封筒は、表向きのこととして…どこぞの事務所名義のDMを装った体裁になってはいたが、実は実在しない住所・名義からのものであり。即ち、そんなカモフラージュが必要な人物からのもの。誰からのものであるのか、一見しただけで判ったサンジは、目線はそのままに、卓の下部に付いていた引き出しからペーパーナイフを掴み出す。ちょいと覚束ない手でのこととて、絨毯の上へうっかり取り落としかけたサーベル型の銀のナイフは、可愛い王子様が何年か前のサンジの誕生日に、わざわざご自分でデザインを選んで拝領下さった、王室ご用達の職人謹製という逸品である。そのナイフを下さった人物からの…昨日今日のお勤めが妙に気疲れしたその原因からのお便りだったから、ちょいとあたふたしてしまった隋臣長殿であり、
"…大丈夫、だったんだよな。"
 ある程度の詳細はきちんと伝えられていたものの、それでもどこかで心配していたからこその更なる疲弊であり、それを癒してくれるのだろう特効薬が届いたのだと言わんばかりの慌ただしさにて、ややもすると乱暴に手紙の封を切っていたサンジであった。











          



 ルフィ王子が招かれていた式典というのは、内陸部の砂漠の国、アラバスタ王国との"友好ん百周年"を祝うべく催された祭典であった。領土の広さも国民の総数も、産業の規模も。どこを取っても小じんまりとした国だというのが共通点だという、どちらも小さな国同士のこととて、さほど大掛かりなそれではなかったのだが、逆に言えば…この2つの国と親密な国々やその主要なる政財界人たちばかりが招かれていた、ある意味"要人ばかり"の宴でもあった。こちら側の国に関しては前作までのあちこちでご説明したように、豊かな経済基盤を持つなかなか強かな国なのだが、相手側のアラバスタ王国もまた負けてはいない。こちらもまた悠久の歴史を誇る長寿な王室が治めてきた国で、人知れず世間にも知られずの巧みな諜報活動が最大の武器。某国のCIAだのMI6だのKGBだのなんてまだまだお子様と豪語出来るほど、日本の忍者やお庭番ばりの歴史を誇る代物をその始まりのころから抱えていて、この国を怒らせるとエライことになるとまで言われているところまでがそっくりな"姉妹国"…なのかどうかは不明だが。
(笑) なればこその警備もまたしっかり取られてはいたものの、実は…そんな式典の只中へとんでもない闖入者があったのだ。
『…なんだとっ!』
『どこのテロリストだっ!? 国ごと ただじゃおかんぞっ!』
 こちらもお目出度い式典の最中であったにも関わらず、父王様や皇太子殿下ともどもが第一報を聞いた控室にてそれはそれはいきり立ち、傍らに居るだけでざわっと総毛立つほどのお怒りを見せた一件だったのだが、結果的にはさして大騒ぎにもならないうちに収拾がついたそうな。そんなせいでか、所謂"ワールドニュース"などでこそ取り上げられなかったが、さすがに主催国が主賓として王子様を招いた相手側のお国下へは事態の詳細が追って伝えられもした。それによると、
『ふん。ルフィとビビ王女と、まだ幼く若い方々を傷つけることで名を挙げようと構えた馬鹿者どもだったらしいな。』
 どうやら大掛かりな組織によるものではなかったらしいと判明。ターゲットにされたお二方は勿論、来賓から一般市民まで、誰にも悲しい被害は出ずとのことであり、王室の皆して、ようよう胸を撫で下ろしたものの、
"………。"
 事が事なだけに、ただ怪我をしなければ良いというものではないと、サンジとしては人知れず…ずっと気を揉んでいた。そう。まだまだ幼く、気心の知れた自分というお付きが同行しないというだけでああまで拗ねた王子様が、そんな生臭い騒動の渦中に巻き込まれて、気持ちの上で傷ついてはいないか、怖い思いをしなかったかと、それをのみ気にかけていたサンジだったから。
「………。」
 取り急ぎぱらりと開いた幾枚かの便箋が、よくよく見慣れた、奔放で元気の良い字で埋まっていることに、まずは安堵の吐息をついた。間違いなくルフィ本人の字であり、勢いがある辺り、少なくとも彼は元気だという証拠に他ならない現れだったから。


            ◇


 前略、サンジへ。

 お元気ですか? 俺は物凄く元気です。ナミもゾロも元気です。ナミやイガラム大臣が緊急の極秘メールを父ちゃんに送ったそうなので、こっちで起こった事件のことはもう聞いたと思います。それとは別に、サンジが特に心配しているだろうからって、俺もこうやってお手紙を書くことにしました。メールの方が早く届くのにって言ったら、ナミが
『そんなことをしたら、逆探知されて王子がどこに滞在しているのかがあっと言う間にバレちゃうでしょうが』
なんて言ってました。じゃあ、先の報告みたいに王宮から出させてもらえば良いって言ったら、
『アラバスタ王宮の公的な記録に残っても良いお手紙なら止めないわよ』
 それに父王様やエース皇太子殿下にも読まれちゃうのよ、なんて言ってました。俺は別に構わないって思いましたが、恐らくきっとサンジが恥ずかしがるだろうから止めとけってゾロが言いました。恥ずかしいことなんか書かないのにって思いましたが、大人には子供っぽいことが恥ずかしく思えるもんだって言われたので、こっちにしました。まだちょっと意味が分かりませんけど、帰ったらサンジに説明してもらえと言われました。よろしくです。


            ◇


 "おいおい。"


 手紙を書くことにしたその背景のあれやこれやが、微笑ましくも拙い文章で綴られていて。彼からの手紙というのを実はこれまでにも何度か貰ったことのあるサンジには慣れた文体であったが、格下な隋臣へ宛てたものだのに"です・ます"で綴っている辺りが何とも可愛らしい。


            ◇


 ニュースとかでは放送されてなかったことなのですが、それでもメールで詳しく伝わっていると思います。昨日、変な奴らが襲撃して来て、こっちの式典の邪魔をしました。一般の皆さんへのお目見えの前、式典会場までのパレードの出を待ってたホテルの控えの間で、来賓の人たちと"謁見"っていうのをしていた時に、順番を守らないで割り込んで来た奴らがいて。それで廊下で大きな騒ぎになったまま、押し合いへし合いする人たちが塊りになって広間まで皆して飛び込んで来て。ビビ王女の側近のコーザや近衛兵のペルさんが部屋から押し出そうと向かってったところへ、そんな大扉があった方とは反対側からホテルの中庭に侵入してたらしい賊が窓ガラスを割って飛び込んで来て、広間の中は物凄い騒ぎになりました。


            ◇


 "………。"


 手紙の中でルフィ本人が言っているように、この事件は表沙汰にはなってはいない。主賓や要人ばかりを集めた控えの間に、このような狼藉者たちを乱入させたという事実は警備上の落ち度に違いなく。とはいえ、大事には至らなかったのだし…と、関係者たちの了解を取った上で、箝口令が敷かれたらしい。そんな大騒ぎをこうまで淡々と綴れるとは、結構落ち着いていたルフィだったのだなと思う。こういっては何だが、さすがは自分がお付きあそばす王子様。肝が太いというか、瑣事には動じないというか、なかなか大物なんではなかろうかと、ちょいとお顔がほころんだ…相変わらずに"親ばか"な隋臣長殿である。
(笑)


            ◇


 俺とビビとは一番奥まった席にいたので、窓から飛び込んで来た奴らからは一番近いってことになってしまって。俺は男だからビビを守らなきゃって思いました。並んで掛けていた椅子から立って、窓から離れながら奥の壁、休憩用の控えの間につながってるドアまで向かおうとしました。そちらには外に面した窓はなかったし、大急ぎでこっちへ向かおうとしてたナミも、俺の考えが判ってか"そうしなさい"って言う代わり、大っきな眸を動かして、目線でしきりとそっちの方を示していたし。でも、飛び込んで来たのは鍛えられた男たちだったらしくて、奴らと俺たちとの間に頑張って立ち塞がったビビの家臣の人たちを、難無く振り飛ばし乗り越えて進んで来て。何だかあっと言う間に間を詰められて、ビックリしました。後でゾロに訊いたら、合気道という武術をたしなんでいると、そんなに力も入れず大きな身振りや勢いも掛けず、ひょいって手首を捻るだけとかで簡単に大人でも引き倒せるんだそうです。


            ◇


 "………。"


 幼い字と拙い文章にて、冷静に淡々と綴られているが内容はとんでもないことだ。無事だったからこそのお便りだと、その順番が重々判っているのに、ついつい面持ちが堅くもなる。何しろ大切な王子様の身に降りかかったこと。ビックリしただけでなく、それはそれは怖かったことだろう。お傍にいてお守りあそばすことが出来なかったのが何とも悔しいと、今更ながらの歯噛みをしつつ、サンジは次の便箋を読み始める。


            ◇


 何度も書きますが、俺は無事です。だってゾロが守ってくれたから。あっと言う間に近づいて来て掴みかかって来た奴に"ああ、ダメだ"って思って眸を瞑ったら、誰かが物凄い勢いで間に飛び込んで来て。ばしんっという勢いのある音と大きな悲鳴とが聞こえて、顔を上げたら、さっきまで傍に姿もなかったゾロが、いつの間にって素早さで割り込んで来ていてくれてました。あんまり近すぎて背中しか見えなかったけど、護衛とか隋臣とか、男の大人は皆して黒っぽい同んなじスーツ姿だったけど、俺が見間違える筈がありません。背中だけで判ったって言ったらナミもビビも、
『ゾロは髪が緑だからね』
『そうですよね』
なんて言います。違うっていうのにゾロまでそう思ってるみたいで、何遍も違うったらって言ったのに、
『判った判った』
ってにこにこと笑います。サンジならこういう時に何て言ったら良いのか知ってますか? 帰ったら教えて下さい。


            ◇


 "………。"


 そんなことへのレクチャーを求められる辺り、自分は王子からどういう奴だと思われているのだろうかと、ちょっと疑問に感じたサンジだった。
(笑)


            ◇


 こういう戦いの場になると、ゾロはほとんどこっちを向いてはくれません。でも、ちゃんとその広い頼もしい背中で守り切ってくれます。前にゾロが言ってました。背中にだけは傷がない自分だから、そこに守るのが一番安全なんだって。それと…日頃にないほど必死になってる、全然余裕のない怖いお顔になるかもしれなくて。そんなところを俺に見せるのが嫌だからって。それで、背中を向ける格好で守ってくれるんだそうです。何人掛かりの攻撃でも、決して横手からの手をこっちに届かせません。そのままどんどん、一番安全な方向へって俺とビビとを誘導してくれるゾロだから、背中…は服で隠れちゃうから、頭の後ろに目があるのかなとか思いました。ひゅんって伸ばした警棒1本だけで、何人もが掴み掛かって来るのを右へ左へと薙ぎ倒します。相手が銃を構えても怖がらず、警棒の一振りであっと言う間に弾き飛ばしてしまいます。そうやって頑丈な壁代わりになってくれている間に、イガラムさんとかペルさんとかが来てくれて、ビビと俺とを安全な控えの間まで直接誘導してくれました。俺としてはゾロの惚れ惚れする活躍をもっと見てたかったのですが、俺がもたもたとこんな危ないとこに居ると、ゾロもいつまでも危ない盾になり続けてなきゃあいけないのよと、ナミに言われて逃げました。


            ◇


 "………。"


 幼く拙い文章はそのまま、何のカッコつけもない素直な心をありのままに綴った代物。誰にも見せない日記のように、思うところを包み隠さず書かれた文面。それを自分にだけは見せてくれるという特別な信頼は嬉しいものの、けれど何となく…彼(か)の人のいかに秀れた腕と姿であるのかを、言葉を尽くして褒めてばかりな愛しい坊やであることが、それはありありと伝わって来て。何だか他人への恋文を読んでいるようで、ちょっとばかり胸に痛い。王子があの護衛官にどれほど傾倒しているのかは分かっていた筈。それなのに…いやいや、こんなところにまで余燼が出ていようとは思わなかったから、というべきか。

 "年頃の娘が恋人の話をするのを聞いてやってる父親の心境だよな。"

 だとすれば。このお手紙はそんなほどまで信頼を置いた相手だからこそと綴られた、正真正銘、ルフィ王子の"一番信頼する腹心"へのもの。ありがたいと思わねばならないのだろうなと、押しいただいて…だがだがやっぱり、ついついこぼれる溜息が一つ。

 "長いこと傍らに居過ぎたってことだろな。"

 最初はともあれ、望んでそのお傍に居続けた自分なのだから、それを今更悔いたりはしないが、家族同然の空気のような、とっても静かな"大切"と、恋愛にも似た強い憧れの籠もった、それはそれは鮮烈な"大切"と。後者を注がれているのだろうあの護衛官殿へ、ちょいとばかり嫉妬したくもなった隋臣長殿であったりした。






            ◇◆◇


「…凄げぇ字だな。」
 ひょいっと逆さまから覗き込まれて、あわあわとテーブルに広げた便箋へ覆いかぶさって体ごとで蓋をする。
「やっ、辞めろよな。人の手紙読むなんてマナー違反なんだぞ?」
「おおや。お前の口からそんな気の利いた言葉が飛び出そうとはな。」
 くつくつと可笑しそうに笑うゾロであり、一介の警護官にしては出過ぎた言いようだったが、同じく歓談用の広間にいた秘書官のナミもまた、明るい窓辺近くからクスクスと楽しそうに笑うばかりだ。
「これなら盗まれても何が書いてあるんだか判らんから、暗号代わりに使えるんじゃないのか?」
 そもそもあまり書簡系統には縁のないゾロがそんなお気楽な言いようをすれば、
「それがね、あたしにさえ読めないくらいだから、肝心な相手にさえ読めない恐れがあるのよね。」
 ナミもまた負けてはいない言いようの応酬。…あんたたち、ホントに"第二王子様付き"の侍従さんたちなの?
(笑) お付きの方々たちに言いたい放題をされつつも、この件に関しては免疫があるのか、それともこのくらいのことでヘソを曲げるような方向でのデリケートさは、さすがは王子様で持ち合わせてはいないのか、
「うっさいなぁ。良いんだよ、サンジにはちゃんと読めんだから。」
 むうっと唇を突き出しながらも、可愛らしい手がカリカリとペンを動かし始める。テーブルへちょこっと体が斜めに伏す角度になっていて、はっきり言って姿勢がすこぶる悪いのではあるが、正式な調印だの式典だのではきちんと構えて見せる彼なので、ナミも今更いちいち正しはしないことであるらしい。それはともかく、
「???」
 彼の言いようがよく分からなかったらしいゾロへ、
「そうなの。」
 ナミはやはり可笑しそうに微笑いながら言葉を継いだ。
「どういう訳だか、どんな走り書きでも…下手するとただの直線や曲線でも、どんな意味があるのかピッタピタで当てちゃうのよね、サンジくんてば。」
 おやおや、それはまた物凄い。ますます怪訝そうな顔になったゾロの傍ら、
「むむう、失敬だな。ちゃんと"読める"ってだけじゃんか。」
 クイズじゃないんだから"当てる"はなかろうと、途轍もない奇跡みたいな言い方をするなと、王子様はいたくご立腹のご様子である。そんな二人のやり取りへ、

  "………時間の蓄積ってやつには敵わねぇよな。"

 ちょっとばかり。この、何につけてもストイックなガーディアンの彼には珍しくも…嫉妬めいた感情がちょろっと涌いた逸話であったりしたのであったが。そんな内心の揺らぎさえ、あっさり完璧に封じ込め、
「よしっ、出来たっと。」
 書き上がった手紙を封筒に入れ、特別な表書きはナミに任せた王子様が、
「なあなあ、ゾロ。屋上の庭に行こうよ。ビビが俺の名前つけた花があるって言ってたんだ。」
 それを見に行こうとねだるのへ、表向きには"気が乗らない"と言いたげな顔をして、小さな手に腕を引かれるままに付いてゆく。母国へ戻るのは1週間後。サンジが予言した通り、羽を伸ばしまくっている王子様ではあったが、それでも…その胸中にはちゃんと、あの金髪の隋臣長のこと、大切に抱えている坊やみたいである。

 "妬けちゃうわよね、実際。"

 それは素晴らしい男性陣の心をしっかと鷲掴みにしている愛らしき王子様へか、それとも…さほど捨てたものではない筈の、自分のような女性陣には脇目も振らない連中へか。ナミさんは小さく小さく口許へと苦笑を浮かべると、預かった封筒へいつものように特別な住所と宛て名をサラサラとしたためて、それを投函するため外出する準備にと、明るい早春の陽光あふれる窓辺から立ち上がったのだった。







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『そうそう。あのな、外国からのお客人の中に、サンジに良く似た男の人がいました。』

  ――― おや。

『金の髪の濃さも青い眸の色味も同んなじで、凄げぇそっくりでビックリしました。
 でも、向こうの人の方がちこっと大きかったです。』


 この"大きい"は、恐らく"年上"という意味だろう。もっと幼い子供が使う言い回しだよなと、くつくつと笑ってしまうサンジであり、

『その人も、避難しないでオレんこと庇ってくれました。
 いい匂いがする人で、サンジみたくビシッてスーツで決めてたカッコいい人だったのに、
 蹴って蹴って悪い奴らを10人近くも伸してしまいました。
 凄い強くて、ゾロみたいなサンジだなと思いました。』


 おいおい…と。その例えに呆れはしたが、何だか引っ掛かる。
"…誰だ? そんな謁見の間にまで招かれるような人っつったら、ただの来賓じゃないよな。結構高貴な人とか地位のある要人だよな。"
 それが自分にも似ているだって?…と、サンジとしてはちょろっと気になったが、
"でもなぁ。ルフィの"似てる"はアテにならんからな。"
 これまでにも自分の身の回りの人々に似た人というのを挙げたことが何度もあった彼だったが、統合的に何となく似ているということであったり、声が手が仕草が似ているという人であったりした例も多かった。


『サンジェストさんっていって、ビビの国の北の方の姉妹国からのご招待で来た人で、
 何か難しいコンピュータ分野の、経営管理の専門家だそうです。』



   ――― あれれ? それってもしかして。
(笑)




   〜Fine〜  03.2.18.

   *カエル様サイト『らぐする』さんへ
     10,000hit突破お祝い・リクエストSS
       "手紙でゾロル。できればサンジさんがらみで"


   *単品ではない"シリーズもの"関係になってしまってすみません。
    原作船上Ver.では、ゾロにしてもサンジにしても
    手紙出すほど遠くに離れている設定というのを考えられませんでした。
    (あ、ビビに宛てたナミからの手紙という手もあったかな?)
おいおい
    ちょっと放ったらかしになってた"王子様"ものですが、
    待てよ…カエル様は これって読んでらしたかな?(あわわ/汗)
    ど、どうかご笑納くださいますように。
こらこら


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