Moonlight scenery "The secret ...?"
 

 
 それへと一番最初に気がついたのは さすがの隋臣長殿で、

  "………?"

 たまたま目撃なさったものへ…ふわりと左目辺りを隠した金色の前髪の陰にて、柔らかな造作のお顔に怪訝そうな表情を浮かべつつも。まま大したことではなかろうと、その場では何という手も打たないままに見過ごした。だが、

  "…?"

 たった一度だけならまだしも、翌日も、その翌日も。果ては同じ日に数回も…と、そんな模様を目撃するようになるにつけ、怪訝そうなお顔がだんだんと不審そうなお顔へ変化をして行った…その結果。

  「…こんの ぼんやり野郎がよっ。」

 前触れなしに どかぁっと尻を蹴りあげようとした足先を見事な反射で躱されて、
「いきなり何しやがんだ、ああ"?」
 くるりと振り返った相手が腰を低く身構えつつ睨んで来たのへ、同じくらいの凶悪そうな面構えを取って睨み返していたりする。

  「何しやがんだ じゃねぇんだよ。何してやがんだ、お前こそ。」
  「はあ? 判んねぇこと、言ってんじゃねぇよ。」

 片やは第二王子専属の、王宮最強の緑髪の護衛官。双方ともに…眉間に深々としわを寄せ、切れ上がった双眸を鋭く尖らせて。相手の眼の中へ射殺すような眼光を突き入れんばかりに睨みつけ、

  "あれで、額をくっつけ合ってまでして睨み合ってたら、
   どこぞの場末のしょむないチンピラと同んなじレベルよねぇ。"

 気品もへったくれもないわね、やれやれと思いつつも、エナジーが有り余ってる方々の諍いにいちいちクチバシを突っ込んでいたらキリがない。暇ならともかく、今は王子様のお書きあそばした象形文字なお手紙の清書で手がふさがっている佑筆嬢としては、適当に…半分くらいを耳に入れつつも、忙しそうにペンを走らせ、知らん顔を決め込んでいる。とはいえ、
「…なあ、ナミ。止めなくて良いのか?」
 気のいい発明博士…もとえ、王宮駆動機担当官さんはそうもいかないらしくって。真剣本気で掴み掛かる直前の前哨戦さながら、唸りもって威嚇し合っている二人のお仲間の様子に、気が気ではないという怯えを見せていて。
「それを何であたしに訊くのよ。」
 止めたきゃ自分で割って入れば良いでしょ? すげなく言い返すレイディへ、

  「馬鹿か、お前は。俺があいつら二人に敵うと思ってんのかよ。」
  「…そんな情けないことを胸張って言うか、あんたは。」

 いや、だから、その前に。自分でも制止出来っこないそんな二人を、でもナミさんには止められると思い切り断じている辺りは、突っ込まなくても良いのでしょうか?
(笑)
「あんたたちもっ、暴れるんなら外へ行ってやってよねっ!」
 お気に入りの紅茶やらハーブやらを棚に収納してあるこの休憩室で、要らない埃を立てたら承知しないんだからと、やっとのこと、台風の目本体へとお声をかけたナミさんへ、
「そうは言いますがね。」
 日頃たいそう優しげな作りのものが よくもまあ そこまでトゲトゲと引きつるもんだというくらい、般若の如くにあちこち鋭く吊り上がっていた隋臣長殿のお顔が。カウンターの方へと振り向けられた途端に、さあっと力みを解いて…逸品のお人形さん、ビスクドールもかくやという麗しくも悩ましげな美麗なお顔に早変わりしたものだから、まるで出来のいいマジックのよう。
"つくづくと芸能人向きだよなぁ、こいつ。"
 変幻自在のお顔を差してそんな感慨を噛みしめつつ、呆れて物が言えんとばかり、眉尻を思いっきり下げてしまったウソップはともかく、
「大体、何が面白くなくて そいつに絡んだのよ、サンジくん。」
 そのサンジに解読してもらった王子様のお手紙をパタパタと片付けながら、今回は実に分かりやすい切っ掛けだったから、そこのところを改めて訊いてやるナミさんであり。カウンター下の電気ポットの湯温を確かめ、沸騰し直したところなのを陶器のティーポットへと注いで…と、手際良くお茶の用意をしながらの問いかけへ、

  「……………。」
  「…サンジくん?」

 おやや?と。ナミさんだけでなく、ウソップや噛みつかれた(正確には蹴られそうになった)ゾロまでもが、怪訝そうに眉を寄せる。この沈黙って一体。
「おい。お前、まさか理由もなしに人の尻
ケツを蹴り上げようとしやがったのか?」
 それも、一撃にてブロック塀を蹴り崩したことがあるという伝説つきの脚で。恐ろしい王宮執務官がいたものである。…そうじゃなくて。あんなにまでも揮発性の高かった喧嘩をおっ始めかかっていただけに、なのに理由を問われて ふっと黙りこくってしまったサンジさんへ、皆の不審そうな注視が集まったのはもっともなことだったが、

  「…だから、だな。」

 さっきまでの勢いはどこへやら。口籠もると視線をちらちらとあちこちへ泳がせる彼だったが、

  「…っ☆」

 今度こそは避ける暇を与えずに、がっしと…後方から肘を引っかけるようにして捕まえた護衛官殿の首っ玉。何をしやがると抵抗しかかったゾロの耳元へ口を近づけて、

  ――― ぼしぼしぼしぼしぼしぼし………………。

 何やら耳打ちすること、十数秒。そして…。

  「………。」

 一体何を囁かれたのやら。ゾロがその雄々しき体躯ごと、しばらくほど…かちんこと固まってしまい。程なくして、

  「………それって、本当
マジか?」
  「本当本当
マジマジ。」

 って言うか、お前こそ本気
マジで、全っ然、気がついてなかったのか? ああ。だってよ、あいつ…そんな…まさかな。そんなような意味深なやり取りを低めたお声で交わし合いながら、今度は何だか…お互いに理解を深め合いつつ、真摯にも何事かを案じるような険しいお顔になったお二人さんであり。
「…ちょっと何よ。」
 さっきから二人だけで…喧嘩ならまだしも、今度は何よ、その、あんたたちだけで判り合ってますっていうよな態度はと。妙に焦らされているようなのが気に入らないらしく、ウソップへ"放っておけ"と構えていた筈のナミさんが今度は急っつくような声をかけたものの、
「あのな…。」
 振り返って何か言いかけたゾロの肩をぐいと引っ張り、
「いや…ナミさんには…。」
 サンジが緩くかぶりを振って見せる。それがまたまた、何だかどうにも、妙〜〜〜に意味深であり、

  「良いから、とっとと白状なさいっっ!」

 だんっと床を叩き伏せるように思い切り踏みしめて、そのまま…脇と肘を撓やかに引き締め、ちゃきっと腕の先に構えられたるは。黒光りする銃身も冷たく恐ろしい、ブローニングのダブルアクションという自動拳銃だったから凄まじい。
「ナ、ナミさん、危ないですって。」
「素人がそういうもんを軽々しく振り回すな。」
「言っておくが、ゾロ。ナミは素人じゃねぇぞ。あいつ、宮中内での競技会では女子のチャンピオンだ。」
「…っ。国王付きの女子近侍より上か?」
「そゆことだ。」
 男性陣の慌てふためく足元目がけ、どがんと一発撃ってから、

  「あらあら、やあねぇ。
   ウソップったら、王宮内に銃器を持ち込むのはご法度でしょう?」

 なんですて〜〜〜? と。固まったウソップの手へまだ温かい銃を手渡し、銃声に駆けつけた護衛官の方々へ、何だか手入れ中に暴発しちゃったみたいよ、いけない人よねぇ、ああ怖かった…などと、目一杯のブリっ子をして見せて。


  「さぁて。次はどっちが憲兵隊のお説教部屋に搬送されたいのかしらぁ?」

  「……………。////////」×2


 居残った二人を ちろりんと眺めやる、恐ろしいお姉様。ちなみに。有無をも言わせずウソップが連行されたらしき"憲兵隊のお説教部屋"というのは、王宮の執務関係者が何かしらの落ち度をやらかした時に収監される、ちょっとした留置場施設のことであり。特に履歴に何かしらの汚点が残る訳ではないけれど、そこはやっぱり不名誉な処置だし、何より…看守さんがつまらないギャグを得意技とする小父様なので、結構な苦行であるのだとか。まだ寒い季節だもんねぇ、底冷えの来るギャグ攻撃は ちとキツイかも。
(笑)






            ◇



 薫り高いお紅茶を佑筆殿の手づから淹れていただき、ほうっと…心なしか緊張からの震えも籠もった溜息をついた、見目麗しき男性陣。春も間近いことを思わせる、目映い陽光の降りそそぐ窓辺にて、それは和やかに向かい合って語らいの一時を堪能なさっていらっしゃる、第二王子側近の方々…に、傍目からは見えるのかもしれないが、
「…お前が言えよな。」
「何でだよっ。」
 こそこそと肘で互いを突々き合っている、宮中内でも一、二を争うという人気を誇る、偉丈夫さんと美丈夫さんの二人と向かい合い、

  「さぁさ、きりきりと白状してもらいましょうかしら。」

 にぃ〜っこり微笑った麗しき佑筆嬢。こちらも、国民の皆様からの人気を集めていらっさる美女なだけに、綺麗どころが揃っての優雅なお茶会ねと、遠くからそれを視野に収めた方々へたっぷりと誤解させている模様。
(笑) さっき身柄を確保されたウソップを思えば、もう隠すのも限界かなと、やっとのことで諦めたらしき隋臣長殿。

  「ルフィですよ、ルフィ。」

 はぁあと溜息をつきつつ、かくりと首を前へと落とし、
「ナミさんはお気づきじゃなかったですか?」
「?? 何を?」
 小首を傾げる麗しのマドンナへ、
「…ですから。」
 最後の悪あがきで言葉を濁したものの、そんな彼の傍らから、
「ルフィがな、時々こっそりと、人目を忍んで予備室にもぐり込んでんだと。」
 ゾロが投げ出すように言い足した。
「それも、何かしらの雑誌を片手にだ。」
「…な、なによ。その"何かしら"って。」
 そうと訊きつつも、女性にはちょっと憚られることだからとサンジが口ごもったのを思い出し、

  "………あ。//////"

 ぽわんと。頬をほのかに染めたナミの様子に、どうやら通じたらしいなと、こちらの二人も 揃って"はぁあ"と安堵の溜息。
「まあね、あいつももう 17歳なんですし、お年頃には違いないんですから、好奇心が芽生えたことへは今更とやかくは言いませんけれど。」
 さすがは、そういった"おませな分野"はお任せという感のある隋臣長様が、出来るだけソフトな言いようをなさり、
「ただまあ、そうなんだということを妙に隠し立てしている態度が、どうかするとみっともないというのか、王族のやんごとなき人の取る態度ではないような。」
 こそこそと、高校生が大人に隠れて煙草でも吸ってる図のようで、何だかちょっと…そこはかとなく侘しいというのか、見ない振りをする側にも忍びないような。
「おまけに、この鈍感どんがらがったな野郎と来たら、全っ然気づいてなかったらしいですし。」
 ちろりんと見据えた護衛官さんは、いつもルフィの一番間近にいる存在。それが全然気がつかないでいたというのは、成程ちょっと問題かも。
「言われてみれば。専門授業からの帰りが遅いとか、何か頬やら目許が赤いって時もあったけどな。」
 大きな地図とか映写機だとか、はたまたピアノや大型機械といった専門の器具を使うような授業の際には、それらを設置してある場に講師の方と移動する王子様であり、護衛官のゾロもそこまでいちいち付いては行かない場合がたまにある。日に何十分か空き時間を捻出して、彼自身の鍛練をしておく必要があるからで、棟ごとの護衛担当官もいるのだしと、その間は他者に任せることになるのだが、こればかりは…鋭い反射や瞬発力を鈍らせないためにも不可欠なことだから譲れない。そして、そんな風な短い隙をついての こそこそとした行動であったなら、成程、いくら間近にいる筈のゾロでも気づかないままでいて不思議はないと来て、

  「…喜んだ方が良いのかなぁ、やっぱ。」
  「それよか、どこまでの人に知らせておくかだぞ。」
  「そうだな。知らん顔をしてもらうとか何とか、
   対処の取り方の刷り合わせも必要だろうしな。」
  「国王陛下と皇太子殿下には知らせるべきだろうか。」
  「いけない本を隠れて読むお年頃になりましたようでってか?」
  「…殺されかねないわよ、それ。」

 何となく、全員が猫背になって"ぼそぼそ"とした相談が始まった丁度その間合いへと、ドアを左右へ大きく開いた音も高らかに、それは無邪気にお元気に飛び込んで来たのが、

  「なあなあ、何の話?」

 午後のお勉強、終わったぞ。何かして遊ぼうようと、満面の笑顔を振り撒くルフィ王子だとあって。

  「………っ!」×3

 俎上に上がっていた当事者の登場へ、分かりやすく わたわたと慌てるような無様な様子こそ見せなかったものの、

  「あ、あたし、手紙を投函して来るわね。」

 まずは、それはなめらかな所作にて、席から立ち上がったナミさんであり。その胸中を何となく察しているから…サンジやゾロにはそそくさとしているようにも見えたものの、
「何だ、用事か。」
 詰まんないのと口許を尖らせるルフィには、欠片ほどの不審も感じさせなかったらしいから、さすがはこの腕白くんに付いて長い彼女であることよ。
"そうは言ってもなぁ。"
 その"腕白くん"が、大人びたことへととうとう関心を示し始めただなんてことが、はてさて、彼女にはどんな感慨を呼んだやら。この年頃に相応しい、健全な男の子らしい好奇心の現れ…ではあろうけれど、これまでがこれまでだっただけにね。いつまでも稚
いとけない子供みたいだったルフィだから、母親代わりというポジションの自覚も秘やかに高かったろうナミにしてみれば、この変化には困惑の度合いも大きいに違いない。それを案じてやり…何となくテンションが上がらない双璧のお二人さんに気がついて。
「どしたんだよ、ゾロもサンジも。」
 何か様子がおかしいぞと、かくりと首を傾ける坊っちゃまへ、

  「知ってるんだよ、俺たちは。」
  「何を。」
  「ここんとこ…昨日もかな? お前、予備室でこそこそと本か何か見てないか?」

 サンジからのお言葉へ、

  「え〜〜〜、ばれちゃったのか? ///////

 真っ赤になってわたわたと、飛びすさりかかった彼の着ていたシャツの背中から。ばさばさっと音を立てて落ちたる何物か。
「………あ。しまった。」
 どうやら、その問題のブツを、うっかりとまだ肌身に間近いところへ隠し持っていた王子様であったらしい。足元に落ちたのは、やはり…水着姿の大人っぽいお姉様がウィンクしている表紙もなまめかしい、所謂"男性週刊誌"であり、こんなに間の抜けた隠し方しか出来ない坊やであるとはいえ、
「ま、まあ。お前もお年頃だからな。」
「う…。//////
 ナミさんは妙に割り切ってたが、今時の女性はそんなに気にしないもんなのかな、いや〜、意地張ってそう見せてただけだろうよ。あれでなかなかピュアな人だからなぁvv 大人の二人が、そんなコメントをさりげなく交わしているのを流し聞きつつ、

  "う〜〜〜んと。"

 確かに、大人の人の雑誌を抱えて予備室なんぞに潜り込んでたルフィではあったのだけれど。

  「ウソップの薦めてくれた本って、どうしたって泣いちゃうからさ。」

 それに、ホントは女の子が好むジャンルの本だからなって言われたから、さ。///// 真っ赤になってもじもじと。足元を見下ろし、爪先で毛足の長い絨毯の上へ"のの字"を書く王子様だったものだから………。え? ちょっと待って下さいな?

  ――― はいぃい?

 おやや? 何だか微妙に…見解の相違を感じる発言があったようなのですけれど。今日びの男性週刊誌には、どうしたって泣いちゃうような、しかも女の子が好むジャンルのコーナーも掲載されているのでしょうか。

  「だから。」

 確かに、ルフィ王子様が背中の後ろへ隠していた雑誌は、もうちょこっとお兄さんになってから見た方がいい雰囲気の、綺麗なお姉さんたちのグラビアが多い、大人向けの週刊誌だったものの。真ん中辺りをぱさりと開いたその中へと、巧妙に挟み込まれてあったのは…。

  「…あれって。」
  「ああ。"ほーりぃくいーん・ろまんちっく"っていうシリーズの文庫本だ。」

 情熱的な恋愛やら悲劇の恋人たちやら、感動の再会に なさぬ仲の不幸な愛憎。そういった題材のロマンチックな小説を、これでもかっとばかりにラインナップした、女性向けの文学全集であり、王子の目許がほんわりと赤いのは…。
「今日読んだのはサ、物凄い遠くへ離れ離れになってたお兄さんを探す旅をする女の人を、色んな妨害から守る男の人が出て来るんだけど…女の人がまた、凄い一生懸命で、可憐っていうのか、もうもう、なんか、泣かずにはおれなくてさ。//////
 進んで読書とは、良い傾向じゃんか。ああそうだな、しかも男なのに泣くなんて恥ずかしいってか。極めて健全で、微笑ましいことだよな。小声でぼそぼそ、何だか今日は妙に気が合うというのか、すこぶる仲の良い双璧さんたちであり、

  「ウソップが薦めたぁ?」
  「…あいつ、戻って来たらボコってやろうな。」

 こらこら、あんたたち。
(笑) とりあえず、王宮は今日も今日とて平和なようです、うんうんvvおいおい




  〜Fine〜  04.2.10.


  *カウンター 121,000hit リクエスト
    ひゃっくり様 『疑われたルフィ、もしくはゾロ』


  *嘘がつけない人たちですので、
   意識しての隠し事とか騙しは不可能だろうと思いまして、
   周囲が勝手に捏ね上げてしまったVer.とさせていただきました。
   それにしても。
   このシリーズのルフィって、
   ぱぴぃルフィと変わらん精神年齢なのではなかろうか…。
   周囲がさんざん子供扱いしている余波でしょうね、きっと。
   


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