Moonlight scenery
   "Santa Claus is coming to the Court?"

 
 地中海沿岸部の砂漠寄りという位置取りは、なかなか微妙な気候に支配されており、一年を通しておおむね温暖で、降水量も少なく、特に夏場にがくんと落ちて乾燥気味になる。温暖なのは暖流の影響を受けるからで、夏場の水不足は、だが、地下水脈という強い味方があるため、さして困りもせず。そんな恵まれた環境、周囲の列国がただただ指を咥えて見ていた訳ではなかろうに…その成立の頃からのずっとという長い歴史を、現在の王室が紡ぎ続けてもう何百年になるか。随分と昔には大きな帝国の領土の一部であった時期もあったらしいものの、近年に限っては…主立った大戦にも巻き込まれず、イデオロギーやら啓蒙やらを旗頭にしたような内乱にも縁がなく。安穏としたままにその存在を固持し続けて来た奇跡の王国。………はい。お久し振りの、あのお国のお話です。




 基本構造は白亜の自然石作りとなっている荘厳華麗な王宮は、紺碧の海や青い天穹を背景に、地中海の朗らかな太陽の恵みの下、柑橘類からオリーブ、ベラドンナ。壁に伝うアイビーや、膝までの茂みに小さな花々が揺れるハーブ各種といった、様々な種の豊かな緑に埋まるように取り囲まれて佇んでいる。大まかに分類すると、執務用の棟、賓客接待用の棟、そして王族の方々がそれぞれに住まわっておられるプライヴェートな棟とに分かれており。殊に"王室の太陽"と呼ばれて可愛がられている第2王子がおわす"翡翠の宮"は、本来ならば代々の皇太子殿下が使って来た、内宮で最も美しくて見晴らしのいい館なのだけれど、
『どうせ俺は外遊でしょっちゅうバタバタと出たり入ったりしてっからな。』
 随分と年若な頃から、早くも頼もしき"外交大使"として立派に立ち働いていらしたエース皇太子殿下ご本人がそうと仰せになったことから、その宮はルフィ王子に譲られ、無邪気な王子様が駆け回る中庭や離宮ごと、それは厳重に守られている。そう。確かに見晴らしもいいし、施設設備も充実しているし、緑あふれる庭にも近くて、王宮内では最も快適で過ごしやすい建物なのだけれども…それだけではなく。高さといい方角といい、その位置や周囲の環境といい、最も厳重な護衛が可能な立地になっているため、愛らしくも大切な末王子を守るのに最適だからと下された決定。つまりは、そんな次元から既に、可愛いルフィをこそ守れと、王宮一丸となっているだけの話でもあるということか。
(苦笑) そんな翡翠の宮の中心部。ここの主たる第二王子様のお部屋を訪れたところが、

  「………おや。」

 あやうく、その"王子様"を踏み付けそうになって、おとと…と出しかかっていた足を引っ込めたのは、金髪碧眼、長身痩躯。週に一度の祭礼のおり、古風な儀礼服を着こなしての淑々とエレガントな仕草や、宣誓書を読む時の伏し目がちになった目許の優美で深い表情がステキと、今時の社交界におわす妙齢のご婦人方の間で超人気の、隋臣長のサンジである。
「こ・ら。いやしくも一国の王子が床に寝そべって何しとるか。」
 アラベスク模様が丁寧に織り出された、品の良い、毛足の長いじゅうたんが敷かれてあるとはいえ、皆が踏みしめる一番低い地べたに高貴な位の人物がべったりと寝転んでどうするかと、頭の側の傍に屈み込んで声を掛ければ、
「自分の部屋なんだから、いいじゃんか。」
 長々と、普段着姿のその身を伸ばしたその手元辺りの床に、何をか広げていた王子様。それらを覆うように手のひらをパタパタと並べてから、
「それよか、今は立ち入り禁止だ。此処は"げんかいたいせー"なんだからな。ひょいひょい入ってくんじゃねぇよ。」
 陸
おかに上がったアシカみたいに上体だけを引き起こし、入って来ちゃダ〜メと、隋臣長様へ眉根を寄せて見せる。小さな顎でひょいと示した先、ドアの裏には、成程、なかなか前衛的な字で"げんかいたいせー"と書かれた紙が貼ってあり、
「厳戒態勢って…。」
 12月に入ったばかりの、今日は"普通の平日"で。何がしかの記念日だとか、特別な行事のある日でもなく、来賓の予定もない。だというのに、何をそんなに頑張ってるかなと、さっぱりと事情が分からぬまま、怪訝そうにこちらも細い眉を寄せて見せたが、むむうと引き結ばれた王子様のお口は、そう簡単には繙
ひもとけてくれなさそうで。
「厳戒態勢なら、警護の野郎だって職務に就かなきゃなんねぇんじゃねぇのか?」
 そういや姿が見えないぞと、この王子様の傍らにいつも居る、緑頭のお兄さんのことを訊けば、
「ゾロなら居ないぞ。」
 これまたあっさりとしたお返事。
「どっか、ナミんトコんでも行ってんじゃないか? しばらくは"げんかいたいせー"だからな、うん。」
 つまり、その"厳戒態勢"であるがために、専属護衛官である彼までも追い出したと?
"…順番が訝
おかしかないか? それ。"
 ますます不審さのレベルが上がったものの、
「ほらっ! 今は誰でも入ってくんな。」
 げんかいたいせーが解けたら呼ぶからさと、わうわう吠えるものだから。これは大人しく引いた方が良いかと、渋々ながら後ずさりして、お部屋から出るに至った隋臣長殿であった。





            ◇



 じゅうたんの上へごろりと寝転び、膝のところで立てた脚。ふくらはぎと足とを宙でブラブラと揺すって、ご機嫌そうに何をか書き連ねて遊んでた姿が、
「ウソップが言ってたわ。おやつのジャーキーをもらって、嬉しそうに長々と寝転んで遊びながら食べてる仔犬みたいだって。」
 おおう、上手いことを言う。
「確かにそういう構図だったかな。」
 思い出しつつやれやれと溜息をついたのは、厳戒態勢ならば傍に居るべきな近衛でありながら真っ先に追い出された護衛官さんで。ルフィが言っていたその通り、書記官であるナミさんと共に、ホームバーのカウンターにてコーヒーなんぞを啜っていたりする。彼の仕事は"ルフィの傍らに居ること"であり、それを中座しろなんて命じられてしまうと…そのまま待機の状態になってしまう訳で。
「大体だな、あいつの悪筆はそう簡単には読めんのだ。」
 公式な書類や何やの署名や宣誓文ならともかくも、緩み切って伸び伸びと、自由奔放に綴られた王子様の字を解読できるのは、唯一、此処におわす隋臣長のみ。そんな書面なんだから、誰がどう覗き込んだところで支障はないだろうによと、追い立てられたのが少々つまらないらしき護衛官殿が不貞腐れて見せたが、
「ほら、だって。12月ですもの。」
 くすくすと微笑っているナミは、何かしら…背景が既に分かっているらしく。窓から差し込む陽光に、明るい髪をなお輝かせている彼女のその言いようへ、
「…っ! そうでしたね。12月。」
 唐突に、今度はナミとサンジの二人だけで何やら通じ合っている様子であり、
「???」
 さっぱり話の見えないゾロとしては…そのはしゃぎようまでもが怪訝に見えてしようがない。カウンターの上へ、雄々しい腕で頬杖をついて、
「12月になると此処の王宮では床に伏せて何かする習慣があんのかよ。」
「違うって。ほら…判んない?」
 ああもう、焦れったいわねぇと、ナミが急かすがやはり一向にピンと来ない。
「12月よ、12月。24日の晩には誰が活躍するのかしら?」

  ――― はい?

「………ちょっと待て。」
 成程と、それへの知識はあったらしきゾロだったが…だが、しかし。
「あいつはこの春に確か17歳になったよな。」
「そうね。帯佩式を催したわよね。」
「なのに………。」


   「サンタクロースへの手紙を書いてるってのか?」


 おおう。これはちょっと…結構なインパクトがあったりしないか? 思い切り怪訝そうに、力んだ眉をそのままぐぐっと寄せたゾロへ、
「ウチの国は宗教へは割とイージーというかアバウトだからな。」
 王家の方々は一応のものとして、その血統の祖先とされている神様を祀って信仰してもいるけれど、いわゆる"政教分離"はしっかり普及していて、キリスト教やら仏教やら回教やら、何を信仰しようと個人の自由とされている。日本だって随分とアバウトですもんね。生まれたら神社にお宮参りするのに、仏式でお葬式上げるでましょ? クリスマスはもはや定番の風物詩だし、ハロウィンだって普及しつつあるし。
「いや、俺が言いたいのはだな。」
 何も宗教的に問題が有るとか無いとか言いたいゾロなのではなくて、
「幼稚園児じゃなかろうよ。」
「あら、失敬ね。あたしたちの王子様を捕まえて。」
 途端にナミがぷんと頬を膨らませて見せたのへ、
「だ〜か〜ら。」
 緑髪の護衛官殿が"まぜっ返すな"と声を伸ばした。
「あいつは、その…まだ"サンタクロース"を信じているのか?」
 いくら世離れしている王子様でも、それは無かろうと力説すれば、

  「心の花園は本人だけが愛でるものだ。他の誰にも侵せはしないんだぜ?」
  「…そういう鳥肌が立つよな言い回しはやめんか。」

 サンジの気障な言いようへ、お前を崇拝してるレイディとやらに取っとけと青筋を立てて見せたゾロだが、
「信じてるかどうかはルフィ本人にしか判んないことよ。」
 冗談は置いといてと、ナミが小さく苦笑する。真面目な話としてのお説らしく、
「毎年何かしらのお願いをね、書いては封筒に入れて渡してくれるの。サンタさんへ出しといてくれってね。」
 微笑ましい話でしょと、肩をすくめて"うふふ"と笑い、
「昔々の最初にそれをルフィへと教えたのは皇太子殿下で、だから小さい頃は殿下のところへ一応お届けしていたのだけれど。各界のクリスマスのパーティーだ何だに招待されたりして、おいでにならないことが増えたから、最近ではあたしたちで判断して対処しているの。」
 可愛いルフィ、彼らの大事な宝物な王子様。一体何をサンタさんにお願いするやら。それが信じていてのものでも そうでなくとも、彼らには擽ったいほど嬉しい"おねだり"に違いなく。
「…ああ、そうか。去年の今頃はバタバタしてたから、パーティーやんなかったんだわね。」
 チェリーピンクの唇に、手入れの行き届いた人差し指の指先を当てて、ナミがちろりんと二人の男前たちを見やった。

  「去年は…って。」
  「…ああ。」

 そういえば。まずは、3年越しで行方不明だった某護衛官殿が見つかって戻って来たという、大きな事件がありましたし、それからそれから、金髪碧眼の某隋臣長様が外国の組織に拉致されたなんていう騒動もありましたしねぇ。
「王宮主催のパーティーなんてのはやらないけれど、王子を囲んでの宴会はやるのよ?」
 若い世代の側近たちが集まって、それはにぎやかな宴になるらしく、
「ウソップが降雪機を用意して雪を降らすからな。」
 温暖な国には滅多に降らない代物なれど、ルフィが大好きなのが雪だるまだから。毎年が"ホワイトクリスマス"になる王宮なのだそうで。
「サンタさんのとは別のプレゼントだって用意しなくちゃね。」
 さあさ、何を選ぼうかしらとワクワクしているナミさんとは打って変わって、
「………。」
 いかにも武骨な護衛官殿、困ったように眉を顰める。何と言っても"戦闘請負人"だった彼であり、護衛や格闘には自信もあるが、そんな…坊やへの心を込めたプレゼントなんてものを考えるのは、苦手というか、慣れがないというか、はっきり言って無理難題であるらしい。そんなお顔の護衛官殿へ、
「よし、じゃあお前の役は"サンタ"だ。」
「はああ?」
 サンタと似たよなお名前の、隋臣長様がうんうんと頷いて見せた。
「さすがにな、持って来てくれるのが"サンタ"本人じゃ無いってのは分かってるらしいんだ。世界中の子供へ一人で届けるのは大変だからなって、国王様がフォローしたのを信じてくれて。」
 それから"にっか"と笑って見せて、
「光栄な話だぞ? そのサンタから任命された使者って役どころだからな。」
「そうよ? しっかり努めてもらわなきゃね。」
「………お前らな。」





 煙突は無いから安心なさいと、妙なエールを送られて。何だか無理から押し切られたようだが…これはちょっと逆らえないかなと、少しほど観念しかかっている大きな背中が廊下へと出てったのを見送って、
「…信じてるとしか思えないのよね、あたしたちには。」
 ナミさんがぽつりと呟いたのへ、
「そうですね。」
 サンジも感慨深げな声を出す。それまでとは まるきり事情が違った、昨年までの3回のクリスマス。そのどの"おねだり"も全く同じ文面だった。

  《 ゾロを見つけて連れて来て下さい。》

 失踪していた護衛官。招かれていた留学先で、その国のクーデター派にルフィの命が狙われていたため、わざと茶番の騒ぎを起こして王子らを帰国させ、彼自身はその身に大罪を背負って姿を消した。後になってそんな真相を知った仲間たちは、再びゾロに逢いたいと、こんな哀しい別れ方をしたままではイヤだという王子の意向を一番に優先し、地下組織に身を隠した彼を追って3年も奔走したのだが。
「信じていたからこそ、あんなお願いをしたルフィだったんでしょうからね。」
 切なかったなと甘い溜息をこぼしたレイディへ、
「どうですかね。イワシの頭も何とやら…だったのかもしれませんよ?」
 サンジがくすっと笑ってまぜっ返し。それへと"イ〜〜〜ッだ"ときれいな歯並びを見せたナミさんで。
「さあ、そろそろ"げんかいたいせー"も解けてる頃ね。」
 お手紙を預かって来なけりゃだわと、部屋から出かかった佑筆様、
「勿論、解読してちょうだいね、サンジくん?」
「仰せのままに。」
 それは優雅で甘く、うっとりするほどにエレガントな笑顔を見せる隋臣長殿。麗しのナミさんへのお愛想は勿論のこと、彼らの大事な王子様が、はてさて今年はどんな"おねだり"をして下さるのかと。それを思っての笑顔でもあって。お気楽な王国のクリスマス、今年こそ穏便に過ごせれば良いですね。


  "………あんたが言いますか、それを。"


   あはははは。それではではvv





   〜Fine〜  03.12.14.〜12.15.


   *久々のアニメを観て、ああ、そうよ、このテンションよと、
    ちょこっと凍りかかってたエンジンが
    何とか回り出せるほどには温まった想いがいたしました。
    バレーボールやサッカー中継がいかんとは言わんが、
    ああまで続かんでも良かったのでは?
しくしく


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