Moonlight scenery
          "Have a break?"
 

 

 空は濃青。からりと乾燥した空気を含んだ風は、ほのかに潮の香りを乗せて、吹きつけては先へと行きすぎる。ガス欠ならまだしも、バッテリーが上がった車ほど始末に終えないものはなく、しかも微妙にそこらに打ち捨てては行けない代物だから、それじゃあ此処からはヒッチハイクに切り替えようという訳にも行かない。
「? 何でだ?」
「王室に登録されてる車だぞ?」
 表向きにはそこまでの追跡は出来ないようにカモフラージュされてあるけれど、それでも…。
「国家予算で買った車だから、そうそう簡単に"使い捨て"しちゃあいけないよな。」
「それもあるが。」
 ほぼ未整備の路肩には、だからこその涼しい木陰がところどころに張り出しており。その恩恵に預かって、並んで座って涼んでいる二人は、友人同士や兄弟・親戚という間柄ではなく。なのに、随分と打ち解けた言葉を交わし合っている。どちらかと言えば"主従関係"であるのに、
「こっそりと特別仕様になってるからな。例えば今の今、王宮じゃあこの車が発信してるだろう信号を拾って、サンジかウソップ辺りが泡食って駆けつけてる最中な筈だ。」
「電源が落ちたのにか?」
「別の電池で発信してんだよ。」
 詳細を少々乱暴な口調で話してやってる方が"従者"であり、
「ふ〜ん、そんな仕掛けがついてるのか。」
 屈託なくも感心して、大きな眸を見張って見せた愛らしい少年の方が"主人"だとは…ちょっと判断しにくいかも。赤みがかったマンゴーの実や棕櫚(シュロ)の葉が散るトロピカルな色柄のアロハ風のシャツに、アイボリーの膝丈サファリパンツとサンダルなんていう、身の上が分かりにくいようにという簡単な変装…というか、いかにも観光客か一般人らしいざっかけない恰好をしているせいもあるけれど。
「なあなあゾロ、ちょっとだけ浸かって来ていいか?」
「もうダメだ。」
 メッと。叱るようにキツい眼差しを据えて相手を睨むところが、主人が相手にしては斟酌がないからで。
「あんまり浸かってっと、暑いからったって体は冷えるんだぞ? それに、お前泳ぎながら水を飲んでもいたろうが。腹でも壊したらどうすんだ。」
「あ〜〜〜、俺の国には病気の菌がいるような川なんかねぇぞっ。」
「あのな。菌が全くいねぇトコなんざねぇんだよ。危険なのはいなくとも、多いか少ないかって違いだけで、大腸菌なんかはどこにだっている。お前みたいな温室育ちは免疫が薄いから、ちょこっとの菌でも腹に来たりすんだ。」
「うう〜〜〜。」
 道を通すために盛り上げたのか、それとも堤防に道が出来たのか。少しほど向背へと下がった土手の下には、こちらも未整備のきれいな川が流れており、岩の間を縫うせせらぎは木陰にあるせいか冷たくて気持ちがいい。先程までにもさんざん…30分と間をおかず、下着一枚になっては腹まで浸かって涼んでいた坊やだったが、あまり繰り返すと、菌云々はともかく冷やして体を壊さないかと、今になって ふと心配になった保護者であり。これが自分と同等に鍛え抜かれている者や、そうではなくとも自分でやったことへの責任を自分で引き受けられる者ならともかく。あまりに無邪気な子供で、しかも、こんな腕白でも一応は"王子様"だから。暴漢や事故からだけでなく、怪我や病弊からもお守り奉らねばならないと、遅ればせながら気がついた護衛官殿だったりするのである。
「…喉が渇いたなら、クーラーバッグに飲み物でも果物でもあるだろうが。」
「うん。」
 王宮から随分と離れた郊外地の、オフロードと紙一重という人通りも車通りも極端に少ない国道沿い。バッテリーの上がった四輪駆動車の傍らに、ルフィとゾロの二人だけ。何とも珍しいシチュエーションだが、何も王宮が焼き打ちにあって逃げて来た訳でもなければ、ルフィが駄々をこねて無理から"駆け落ち"して来た訳でもない。
こらこら
「この道ってば、俺とは相性がとことん悪いのかなぁ。」
 いつぞやに、ゾロがいなくて退屈だからと、こっそり王宮を抜け出したルフィは、一般市民のお友達をさっそくこさえて、その子のお家までお呼ばれをした。王宮が丘陵地の高台に座った中心市街からは相当離れていたところであったので、自分では帰れなくなったルフィを隋臣長であるサンジさんがお迎えに行ったほど…というエピソードを此処にもご紹介した筈なのだが。今日はそのお宅へ、先日のお礼とそれから、お友達になった女の子のお誕生日だったからそのお祝いに、綺麗な髪飾りとサンジに手伝ってもらってルフィが焼いたクッキーとを手渡しに来たのだが、そこからの帰途で彼らが乗ってた車のバッテリーが上がってしまったのだ。
『ウソップが"この自分が整備した"って偉そうにも言ってたろうによ。』
 あいつめ、今年は式典が多かったからって手を抜いたんじゃなかろうなとゾロが腐せば、ルフィがどんぐりみたいに真ん丸な眸を尚のこと見開いて、
『ウソップはそんなことはしないぞっ。』
 乗り物には格別、人が乗るんだからってことで殊更丁寧に整備する奴だ。それをそんな風に疑ったりするのは、ゾロでも許さないんだからなと。本気で怒って見せた王子様には、護衛官殿も"すまん、すまん"と苦笑混じりにすぐさま謝ったほど。とりあえずの救援連絡は携帯で済ませてあるので、王子様の一大事とばかり、侍従たちが駆けつけるのを待っていれば良いだけなのだが、
"まさか、国王や皇太子が来やせんだろうな。"
 ………判りませんね、そりゃ。
(笑) いや、だからそうじゃなくて。大人しく待機というのが、実は一番に苦手な腕白小僧の王子様。水に浸かったり木陰を提供してくれている木に登ってみたりと、まだ1時間ちょっとしか経ってはいないのに、落ち着きがないことこの上もなく、
"さっきなんて、木に登ってたところを、通りすがりの車から"猿がいるぞ"なんて勘違いされてたからな。"
 猿って…。
(苦笑) 見物の渋滞が出来るほどの交通量はないものの、びっくりしたドライバーがハンドルを切り損ねて事故にでもなってはかなわないので、木登りだけは辞めさせたばかり。
「あと…そうさな。1時間もかからんだろうから。サンジやウソップが来るまで大人しくしてな。」
 キツい口調で言い置かれた訳ではなかったが、
「うう…。」
 小さな王子様、三角座りのままでちょこっと項垂れた。車のボンネットに肘を引っかけて凭れ、木陰に座っているルフィの方を向いているゾロだったが、話相手にとかそんなではなくて、何事も起こらないようにと見守っている彼なのだと知っているから。

  "うう…。"

 それが時々、むずむずとしてしまうことがある。お仕事だからお役目だから。ルフィの周囲にいる人たちの、誰もがさらりと口にする言葉。勿論、素っ気なく突き放すためではなくて、これは当たり前のご奉仕ですよ? これが私たちには嬉しくて誇りでもあるお勤めなのですよと、そう思っての言いようであるのだとルフィの側でも知っている。それが重々伝わってくる。サンジやナミなど間近にいる顔触れたちは、もちょっと憎らしげな言いようをするけれど。そんな彼らには尚のこと、ルフィが可愛くてしようがないからという、血のつながったお兄さんやお姉さんからのそれような、親しみの籠もった口ぶりなのだと、それも判ってるルフィだが。

  "ゾロぉ…。"

 この人にだけはそんな感覚が、何故だろうか時々当てはまらない。まだあまり長い時間を彼との間には蓄積していないからだろうか。大好きなのに、なのに怖い時がある。甘えが過ぎたら嫌われないかとか、行儀が悪いと見放されないかとか。らしくないことを ふと思い、どうしようって不安になる。伸び伸びと奔放に。腕白だったり我儘だったり、やんちゃが過ぎてハラハラさせたり。それでこそルフィだなんて言われてるよな"お元気"なところさえ、この人に嫌われるようなら押さえなきゃ控えなきゃなんて、柄にないことを思ってしまうこともあるほどで。

  「…ゾロ。」
  「んん?」
  「ごめん。」
  「ん。」
  「嫌いになっちゃヤダ。」

 上背の高い凛々しい人。屈強精悍、鍛え抜かれた逞しい肢体も、冷静沈着、研ぎ澄まされた頼もしい武道の腕前も。本物の実戦から練り上げられ、大仰ではなく彼の命を支えて来つつ、究極のそれとして高められた代物で。ルフィには想像することもかなわないほど壮絶で恐ろしいのだろう戦場や荒野の只中で、今のルフィより幼い頃から、自分の命を抱き締めて生き延びて来た彼は。何が死に直結しているのか、どうすれば生き延びられるのかを自分の体で学んで来た強者(つわもの)で。そんなシビアな生きざまを背景に持つ人なればこそ、周囲からさんざんに甘やかされて育ったルフィなぞ、到底、対等には見ることの出来ない"お子様"でしかないに違いなく。それならせめて、お勉強や何やで中身を高めれば…と思うこともあるにはあるが、そこへと飛び出すのが天真爛漫な気性。色々なことが知りたい好奇心は十分にあるのだが、それに比例してじっとしているのが苦痛で。それでついつい、お勉強の場から脱走なんかもしたりして。しようのない奴だという溜息をゾロにつかせる羽目になる。お行儀が悪いことへも時々はお説教が飛んで来て、冗談抜きに"ふみぃ〜っ"と泣きたくなる。今度こそ愛想を尽かされたんじゃないのかと…。

  「………。」

 真ん丸な瞳をちょっぴり歪めて。しょんぼりしたお顔になってしまった小さな王子様。見ているだけでほのぼのと微笑ましくも、お友達と楽しく過ごした一日となる筈だったのに。こんな思わぬ事故に遭い、しかも…気が利かなくて退屈な護衛官殿との二人きり。さぞや詰まらないことだろうと案じてみれば、そんな可愛らしいことを言い出してくれたりするものだから、

  「………ルフィ。」

 身を起こし、傍らまで足を運んで。立てたお膝に顔を埋めてる小さな王子様の前へと、片膝ついて屈み込むゾロであり。丸くした小さな体を愛おしむように見やってやり、

  「嫌いになんか、なるかよ。」

 小声ではあったが、はっきりとした声音で囁きかけてやる。お気楽に見せてなかなか強かな国。国王陛下も、その頼もしき後継者である皇太子殿下も、屈託ない気性の上辺の下に油断のならない狡猾さや太々しさを隠し持ち、列強の国々へ余裕でもの申すことが出来るまでの肝を備えた豪傑なのに。この小さな王子様にあっては…途端に揃って目尻が下がる。駄々も我儘も、大人の真似して一丁前に窘める態度へも、可愛くて可愛くてしようがないと相好を崩す。ちやほやされて身につく傲慢さを知らず、また逆にひねこびることもなく、すくすくと真っ直ぐ素直に育ってくれた無垢で純真なところを、そのままでいておくれと殊更に大切にして来た過保護振りであるのだが。

  "…そうさせるよな子だのにな。"

 そんなにも影響力があるほどの、無邪気で腕白な王子様が、なあ。覚えているだろうが。3年もかけて、総力を尽くして、一介の護衛官を捜し出した。自分へと凶刃を向けた、抱えてまだ日の浅い野良犬を、そのまま捨て置いて良い筈の取るに足らない人間なんかを。本来の屈託のなさを押さえて押さえて我慢して頑張ってまでして、もう一度会いたいからと捜し出してくれた。もう何処へも行かないでとしがみついて来た。陛下や皇太子のみならず、国中の人々からも愛されているし、貴籍の一端に身を置くだけはある、隙のない切れ者な隋臣長や、女性として完璧ではなかろうかという才色兼備の佑筆さんからまでも、惜しみ無く愛情を注がれているのに。多大なる宝であろうそれらを振り回してでも、こんな下賎な自分をと望み、懐ろへと駆けて来てくれた、太陽のような王子様。思えば、この自分が…仕えている王族の王子に刃を向けるというとんでもない策を独自に構え、そのまま地下へと潜ったのだって、彼が大切な対象だったからのこと。周囲にも同意を得て分厚い防御を築いて…と、もっと順を踏んだ策だって構えられた筈なのに。一刻も早く彼を安全な母国へ帰したかったから、ただそれだけのために、一生陽の目を見ることはない"アンダーグラウンド"へ潜伏しなければならないような段取りを組み。そして…そんなこと以上に辛いこと。ルフィ自身から恨まれ怖がられるような、言い訳も出来ないほど、乱暴極まりないような手を打ったゾロであり。

  "せっかくの覚悟を軽々と一蹴してくれたんだろうによ。"

 愛らしいだけではない、前向きで頑張り屋で、懐ろが深くて。これは大した大人になるぞと、先々を期待されてもいる"太陽の和子"。屈強な精神力を身につけた、寡欲で朴訥、欲しいものは作戦完遂の瞬間の快感だけというような変わり者を、あっさりと陥落させた天然無垢な子供。そんな彼をどうして…嫌いになんかなれようか。

  「…ホントか?」

 いかにもそろぉっと。怖ず怖ずとしつつ お顔を上げた小さな王子へ。そのお顔と同じ高さにまで、身を屈めて間近に寄ってた屈強な護衛官殿。木洩れ陽の下、深みのある琥珀色の眸が、不安の潤みに滲んで揺れたのを至近で見て………吸い込まれるように顔を寄せる。

  "………え?"

 風に孕んだ潮の香りは、夏場だから普段より沢山の海の水が蒸発してのことだと、チョッパーが言っていた。そんな磯の匂いを遮って。仄かに微かに男の人らしい、柔らかで爽やかな すうとする匂いがルフィを包んだ。肌にふわりと近づいた温みがそのまま、頬へと血の温みを体中から引き寄せて。彫りの深い、どこか不機嫌そうなお顔が間近になったかと思った途端に。


  ――― やわらかな幻みたいな感触が、唇の上へ重なって。


 鍛え抜かれて堅くて雄々しい。いつぞやなぞ、楯なしで機銃掃射の雨の中へ飛び込んだほどなゾロの身体の中に、こんな柔らかい場所があったなんて知らなかったと。そんな妙なことへびっくりしたルフィが呆然としている間に、ほんの少しだけ…下唇を擽るみたいに ちゅっと吸ってから。そぉっと顔を離したゾロであり。ルフィからのご挨拶の"ちう"は結構あっても、こちらからというのは……………これが初めて。


  「………ゾロ。」
  「………ん?」
  「ゾロ。」
  「…何だ?」
  「んと…。///////
  「………。」
  「えと…。///////
  「………。///////


 頬っぺが赤いのも胸がドキドキするのも、暑いからなのかな。ギュッてしてほしいけど、そんなしたら暑いからもっとドキドキしちゃうよな。小さな小さな声でどうしようと呟いて、たいそう困り顔になった王子様にすがられて。こちらも…珍しくも困ったように"あ〜う〜"と視線をあちこちへ彷徨
さまよわせてしまう、元"大剣豪"と呼ばれた護衛官さんであったそうな。勘のいい隋臣長さんが来るまでには、その、怒ってるみたいな赤い顔、何とか静めときなさいよ?(苦笑)



  〜Fine〜  04.7.25.

  *カウンター 140,000hit リクエスト
    Pchan様『Moonlight sceanry設定で、
          王子と二人きりで過ごすゾロの夏休み。』


  *甘くて…そろそろちょっとばかり進展したお話をとのお言葉でしたので、
   こんな感じになってしまいましたが…あ、しまった。
   どこが"夏休み"なんだろうか、これ。
こらこら
   王子様なルフィなので、二人きりで過ごすというのは難しく。
   こんな逃げたお話になってしまいましたです。
ううう
   いかがなもんでましょうか?

ご感想は こちらへvv**

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