何ということもない話
                       えぴそーど・ONE〜無心な横顔

      ゴーイングメリー号は、厳密な決まりがある訳でもないのに、結構規則正しいタイムスケジュールをこなして運営されている。そうなってしまう一番の要因が、きっちりと食べ時を計算した上で仕込まれ、栄養バランスも完全な、必ず食欲をそそる絶品が饗される、名コック・サンジ氏の提供する食事にある。朝昼晩の食事と、合間のお十時&三時の"おやつ"。リクエストがあれば夜食も気前よく作ってくれるが、大概はこの5回のメニューで体内時計が順調に巡るようになり、結果、一日の生活リズムも規則正しいものになるという訳。昔の中国の人も『衣食足りて礼節を知る』と言ったそうだが、ほんっと、食事って大切だ。おいおい で。そのコック殿の長い一日の締めくくりは、晩餐の後片付けと明日の仕込みを終えると、寝る前の一服を…と、宵闇の立ち込めるデッキに出るのが習慣となっている。料理人には本来"喫煙"という嗜好は禁物な筈なのだが、これもまた所謂"余裕的要素"なのだろうか。(おかげでアニメの方の彼は、これもやはり酒が好きな剣豪共々"二十歳"という設定にされている。)
      「んっ、ん〜…ん。」
       撓やかな上体を大きく伸ばしながら見上げた頭上には、そこから名がついたというクロワッサンそのまんまな三日月が出ていて、(これはホント。確か、トルコの国旗にある三日月だよん。)
      "明日はパンのまとめ焼きをしておくかな。"
       職業意識からそんなことを想ってしまう辺り、彼の中での"現実"というやつは結構身近であり、女性への騎士道精神という今時には珍しい種の"ロマン"と上手いことバランスが取れているのかも知れない。…それはさておき。なめらかな金色の髪を淡く照らし出す月を見上げた視線がふと降りて、
      「…おや。」
       キャビンの屋根に胡座をかいて、やはり月を見上げている人影に気がついた。そういえば夜更けの時々はここにいる奴で、実は彼もまたナミさんのミカンの木が好きなのかも…って訳ではない。甲板の真ん中や船縁に立って夜を満喫…という、絵に描いたような"風流"を体言するのは照れ臭いのだろう。とはいえ、人並みの感受性を持ち合わせているのかどうかは、他の面子に負けず劣らず最下位争いをしている節が大きに見受けられる
      おいおい彼こそは、この麦ワラ海賊団の誇る斬り込み隊長、剣豪ロロノア=ゾロ氏である。
      「どうした。」
       声をかけるとこちらを見、その逞しい体躯には似合わないほど"ひょいっ"と音もなく飛び降りてくる。
      「ん、なんか寝られなくってな。昼に寝過ぎたかな。」
       殊勝な言いようだが、
      "…そら、あんだけ寝てりゃあなぁ。"
       一応、日々の鍛練とやらは欠かさずこなしているらしいが、それにしたって寝ている時間の方が明らかに長い。ここんとこ航海も平穏そのものだから尚のこと、体がなまっているか、あるいは体力が余り倒しているのだろう。逞しい肩の上、かったるそうに首を左右に倒して見せる彼に、
      「ルフィがずっとそばにいたんだぞ。」
       遊んで欲しかったんだろうに、結局一日、彼の傍らでぽけっと座って過ごしていたのを思い出し、寝ていたから知らぬが仏…では済まされんぞと、そこのところをちょいと突々(つつ)きたくて言うと、
      「ああ。」
       知ってるという意で短く頷く。あまりにもあっけらかんとした、自然な応じ方だった。だが、
      「…寝てても判るのか?」
      「ああ。途中で立ってって、砂糖菓子の匂いくっつけて帰って来た辺りからは覚えてないが。」
       おやつの時間だな、そりゃ。そして、
      「………。」
       そこまで判るのなら、彼の側からは成程充分満ち足りてもいたんだろうよな…と言いたげな顔になるサンジである。
      "まったくよぉ。"
       そういえば…最初からの仲間、その筋の専門用語で"連れ"だったせいか、この剣豪と船長は、他の仲間たちとは少々毛色の違う理解や連携を持ち合っているような気がする。自分としては気にそまないが彼ならこうするだろうとか、その選択では上手くいかないかも知れないがそうと選んだ彼の気が済むようにやらせてやろうとか、そういう奥の深い理解と把握を、当たり前のもののように持っている。無論、相手への信頼と、そういう判断をした自分への責任のようなものを礎にしての結構立派なものをだ。まあ、そんなものは今に始まったことでなし…と小さく苦笑したサンジは、ついでにとあることを思い出した。
      「そうそう。いつだったか、何が面白くて寝てる奴のそばにじっといるのかって、ルフィに訊いたことがあるぜ。」
      「へぇ?」
       先を促すような視線。そこは他人の持ち物である"気持ち"の話。推量には限界があるから、本人の言葉ほど確かなものはない。とはいえ…彼のようなストイックそうな、もしくは他人に余り興味が無さそうな人間でも、相手によっては知りたいと思うのかなと、そこがちょっと意外だった。
      "…それこそ白々しいだろう。"
       あはは。…で? ルフィはなんて言ってたんです?
      「自分が何か食うのが好きなのと同んなじなんだってさ。」
      「?」
      「だから、自分が物食うのが好きなように、ゾロは寝るのが好きなんだ…とサ。で、好きなことやってるトコを見てるのは何となく楽しいんだとよ。」
       理屈的には間違ってないが、当てはめるところが微妙にちょっと違うんじゃなかろうか。そういう言い回しは、少なくとも"目を覚ました状態で"何かに熱中している人を差して使う訳で、
      「それは…。」
       ゾロもそこはさすがに違和感を覚えたらしい。表現力が要り用なことなだけに、すっぱりと正す自信がなくって。それでも…察してくれよ、おい、という何とも言えない顔になったが、サンジは愉快そうに笑って続ける。
      「奴らしい言いようじゃねぇか。それに、自分のことを放り出してまで無心になってるトコがまた、見てて飽きないんだ…なんて、聞き様によっちゃあ、いっぱしのノロケだぜ?」
      「おいおい。」
       今度は"何だその邪推は…"というような呆れ顔を作って見せるゾロだが、それもつかの間。ため息をつくと、
      「…さてと。」
       急に踵を返して寝部屋へ向かうところが正直というか何というか。
      "眠れねぇんじゃなかったのかね。"
       誰かさんの寝顔でも見たくなったのだろう。分かりやすい奴だ。

        〜Fine〜
                       6.30.〜7.1.

       *なんだか『月下星群〜月下の宴にて』の兄弟バージョンみたいに
        なっちゃったなぁ。


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