何ということもない話
      
えぴそーど・EIGHT 〜爪


サウザントサニー号の昼下がりは、
ややこしい奇襲さえなければ、それはそれは優雅な空気に満ちており。
それぞれに趣味だのお役目だのが多岐に渡っているクルーの面々が、
自分の時間をそれぞれなりに、有意義に過ごしており。
書斎で分厚い古書を読んでいたり、広い机へ海図を広げていたり。
海を背景に、鍛え上げられた筋骨振るい、
自分の何倍も重いバーベルを使っての、
鍛練に勤しむ剣豪がいるかと思えば。
真っ当な薬草を乳鉢で丁寧に摺り下ろしている医務室のすぐ外では、
何やら怪しい薬品を長っ鼻のエンジニアさんが調合していたり。
どんな材料からでも何でも作ってしまえる船大工さんが、
今日のところは道具のお手入れをしていて。
そんな彼の鼻歌は、
甲板で奏でられているビオラの旋律だったりし、と。
とてもじゃあないが、

 このところの彼らが関わる騒動は、
 相当にレベルが上がった証しか、
 世界政府や海軍の本部が
 苦々しいお顔になってしまうよな。

そんな途轍もない海賊団なのだということ、
欠片ほども匂わせぬ穏やかさ。

 「♪♪♪♪〜♪」

広々とした明るいキッチンでは、
此処の主の青年が、
まな板の上で刻むリズムも軽快に、
自慢の包丁を振るっておいで。
昼食の後片付けが終わったばかりでありながら、
夕食の下ごしらえと、
お茶の時間に供すスィーツを、
ことさら丁寧に手掛けておいでであるらしく。

 「サンジ〜〜、腹減ったぞ〜。」
 「おうさ、待ってな。」

まま、中にはこういう、
暇を持て余しているクチも若干おいでで。
午前中は船端から糸を垂れ、
釣りに没頭しておいでだったのだけれど。
今日は ちいとも漁果が上がらず、
そのまま午後ともなれば、
遊び相手も忙しそうだとあっての、
結局は飽きてしまい、
キッチンを急襲しに来たらしい船長さん。
バタバタバタっと駆け込んだ腕白さんを、
チラとの一瞥、目の端で眺めたコックさんだったが、

 「ちょい待ち、ルフィ。」
 「何だよ、手は洗ったぞ。」

失敬だなとでも言いたいか、頬を真ん丸に膨らませ、
大きなテーブルの定位置へ。
どっかと座りかかった小柄な船長の、
まだまだ子供っぽい作りの右手を、
ひょいと素早く捕まえたコック殿。
その手をまじっと眺めてから、

 「洗ったのはいいとして、この爪は何だ、この爪は。」
 「爪?」

海賊王になる男を掴まえて、
盗み食いを現行犯で取っ捕まえたかのように、
片腕を持ち上げ、そうと指摘したサンジが咎め立てしたものは、
他でもない、手の先のオプションの“爪”たちである。



       ◇◇


おやつは特製ロールケーキだったが、
後で何本でも食わせてやっからと、
ひとまずはこっちへ付き合わせる。

  ぱつん、ぱちりと

硬質のいい音がしては、
細い細い三日月が船端から海のほうへとこぼれ落ちてゆき。

 「こうまで伸びてんのに、何で気がつかねぇかな。」
 「ん〜、別に邪魔じゃねぇしな。」

それに右手は左手で摘むからよ、
何か難しいから深爪でなきゃいいかって。
そんな風にズボラさぶりを自分で言い立てつつも、
手間をかけてもらえるのは何とはなく嬉しいか。
利き手を他人へ預けたまんま、
おやつへのお預けへも大人しく応じているほどの船長様だったりし。

 「サンジは手にしんけー使ってるのか?」
 「しんけー? ……ああ、神経か。」

まあ、衛生的にって意味合いから、爪は摘んでるかなと。
そうと紡いだシェフ殿の指先は、成程、爪も形よく摘まれていて。
よ〜く見れば古い傷が一杯あるが、
今はそれも昔の話か、
手のひらがすべすべで、包み込まれていると気持ちが良い。

 「よぉし、ついでだそっちも見せな。」
 「おおvv」

左はさほどには伸びてもなかったが、
形が微妙にいびつなのが
芸術的な感性もお持ちのシェフにはお気に召さなんだか。
微調整を加えて差し上げることにしたようで。
陽あたりのいい甲板は、春島海域なことも相俟って、
それは暖かで気持ちがよく。
間近になっての向かい合うサンジの、
金の髪がその頬へ落とす陰も、
いつもほど淡くはないのが、
ちょっぴり意味深に見えるのが不思議。
いつもほどによく見えないせいだろう。
あれれと、どんな顔してんだろと、
伏し目がちのおのお顔、
ついつい覗き込みたくなってしまう船長さん。
ん〜〜っと伺うようにしてくるのが、
もっとずんと小さい子供のようで。

 “何やってんだかだよな。”

こんなまで稚(いとけな)い坊やっぽいのが、
だってのに あちこちの戦場では、
鬼のようと呼ばれた大物、幾人も薙ぎ倒して来もしたなんてな。

 “冥王のおっさんとの修行では、
  もっと地力をつけもしたんだろし。”

おっかないことこの上もないよなと、
思っている割に、口元は綻んでいるシェフ殿であり。

 「ほれ、済んだ。」
 「おお、ありがとよvv」

自分の指先だってのに、新品の何かを眺めるようにし、
まじまじと矯つ眇つ見回しておいでなのへ、
ふふんと微笑ってから、ほれ待望のおやつだろと、
キッチンまでを戻ることとしたお二人さん。

 「大体よ、あのクソ剣豪が手ぇ貸してくれてねぇのか?」

ほぼ公認という間柄の、緑頭の剣豪は、
きっと指先にもそれなりの気配りはしているはずだ。
手入れほどじゃあないにせよ、
あまりに爪が伸びていちゃ、
剣の柄の握り具合が気にもなろうに。
その辺を思って訊いたところが、

 「うっと、あんまり気にしねぇみたいだな。」

よほど伸びてて暇なんなら、小さめの刀で削ってるみたいだけどと。
そんなところを何度か見たとの、船長殿のお言葉であり。
それでも…と、何かしら思い出したらしくって。

 「???」

何だ今更と、先に歩んでいたコックさん、
んん?と首を伸ばして振り返れば、

 「えと、
  時々朝っぱらから人を取っ捕まえて、
  爪を切れってうるさい時もあんだよな。////////」

 「……………ほほお、そうかい。」

あの堅そうな肩口あたりへ、引っ掻き傷でもつけてやったかと、
いや、まさかホントに訊くほど野暮じゃあないけれど。

 “何本か残すか、いっそ尖らせてやりゃあ良かったかな。”

いやいや、船長さんの爪のお話ですがねと、
微妙に口許ひん曲げたコックさんだったのは言うまでもなくて。

 「サンジサンジ、おやつっ。」
 「おう、たんと食べな。」

今日も今日とて、サウザントサニー号は平和です。




   〜Fine〜  2011.03.26.


  *いえね、某“副シャン”サイト様で、
   目からウロコなネタと遭遇したんですよ。
   赤髪のおかしらは、どうやって自分の手の爪を切っていたのか。
   隻腕でも出来る限りのことは自分でなさってたと思うのですが、
   (着替えとか食事とかお風呂とか。)
   でもでも手の爪きりは成程 無理な相談でしょうね。
   陸にいる間なら
   床屋で髪や髭の手入れのついでに頼めもしましょうが、

    じゃあ、航海中はどうしていたか。

   勿論、副船長さんが手入れしてあげてるというネタでして。
   喧嘩した日なんて、
   凄い豪華なネイルアートされてたりというオチに笑った笑ったvv

   ………で、
   サニーではどうなっているものかと思って書いてみたのですけれど。
   これってもしかして、蜜月ネタだったかもですね。
(苦笑)


ご感想はこちらへ めーるふぉーむvv

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