何ということもない話
      
えぴそーど・SIX 〜背中
 

 
  ――― 自分の持ち物なのに、一番遠い。
        顔からだって手からだって、
        もしかしたら一番近くにあるのに
        人によってはなかなか届かない。
         それって、一体なーんだ?



「…背中、か?」
 さして間をおかずに答えたゾロの声へ、
「ぴんぽ〜ん♪」
 ルフィがご陽気に“正解だよん♪”という擬音を放つ。
「よっく判ったなぁ。」
 殊更嬉しそうに言う彼だったが、
「そりゃお前…。」
 正しく丁度、ゾロの大きな背中に“ぱふん”とおぶさって、すりすりと頬擦りしながらという…しごく“ご機嫌さん”な様子でいる彼である。目先のものを話題にするのはいつものこととて、馴れのあるゾロにはあっさりと察しがいったまでの話だ。順調な航海の最中の、のんびりと何にも起きない昼下がり。いつもの上甲板にて、最初は向かい合って寝転んでの腕相撲なぞ楽しんでいたのだが、そうそう何度も続けられるものではない。最初の何回かは白熱した戦いだったものが、二桁に達しないうちからすぐに飽きて。次は…とルフィが思いついたのが、背中に指で字を書くゲーム。以前に何の宴会だったかで、チョッパーとウソップとが余興としてやって見せたのが、何だかやたら楽しそうだったのを思い出してのことらしいのだが、
『ふひゃひゃひゃひゃ…vv くすぐってぇよ、ゾロvv』
『こら。そんな動いたら、1文字だって書けねぇだろが。』
 5センチ分も我慢出来ないで身をよじって暴れるルフィでは…結局何も書けないままに選手交替。ところがルフィの字というのが、これまたひどい悪筆で。
『だから、チョッ・パ・ーって書いたんだって。』
『…これでかよ。』
 脇から顔を出して来て、ゾロの大きな手のひらへとちゃんと目の前で書いて見せても、彼には自慢であるらしき例の“絵”にも負けないくらい“解読不能”と来たから、これではゲームにならなくて。それで、というのか、なぞなぞの出し合いになった次第。
「ふふ…♪」
 今日は珍しくトレーニングも昼寝もしないまま、長いこと遊んでくれるゾロだったから、ルフィも自然と機嫌がいい。膝立ちになって大きな背中にくっついたまま、ひとしきり笑っている様子は、傍目にはお父さんにじゃれかかる坊やのようでもあったが、後甲板からキッチンへと向かいかけてたナミが、たまたま見かけてその途端“この暑いのに…”と鬱陶しげに眉を寄せていた。いや、それは今は関係がないからともかくも。
(笑)
「………。」
「? ルフィ?」
 ふと。じっとくっついているだけの、大人しい彼になっているのに気がついて。はしゃぎ疲れたのか?と背後へ声を掛けると、
「…大好きだけど、嫌いだな。」
 波の音や潮風の音に紛れさせるような小さな声がぽつりと。そんな一言を呟いた。
「何がだ。」
「背中。」
 大きな肩に額を載せて、きゅうっとしがみついているから顔は見えない。
「こんな傍なのに、ゾロ、向こう向いてるし。こんなにぎゅってしてるのに、ゾロの方からは抱っこしてくれれないし。」
 くれれないって…くれられない、いや違うか。くれれんない。…あれ?(正しくは“してくれることが出来ない”ですので念のため。)どんなにぴっとり、どんなにぎゅうぎゅうとくっついていても、何だか本人からは遠いような気がする。それが“背中”。
「自分の背中に手がなかなか届かないのは判っけど。こっちからはこんな触れてんのによ…。」
 体全部くっつけても、好き好きとじゃれついても、何だか何だか一方通行みたい。片手間に構われてるよな気さえする。どうしてだろう。
「なあ、どうしてだ?」
 これはまた、なぞなぞにしてはちょっとばかり難しい。それより何より、
「おいおい、またこっちが答えるのかよ。」
 ゾロが訊きながら肩先を前へと引いて、自分の背後を覗き込めば、
「だって…。なあ、何でだ?」
 ちらっと見えてた頭の先が、さっと素早く反対側の肩の方へと場所を移した。さんざん子供みたいに振る舞っておいて、時々こんな“子供”らしからぬことを言う。まったくもってケシカランと思いつつ、大人の保護者殿はこっそり吐息をついてから、
「…答えが知りたきゃ、前へ来い。」
 おもむろにそうと言った。
「??」
 背中からそぉっと顔を浮かしたのが判って。さっき字を書いて見せたように、横合いから身を乗り出して来たから、そちら側の腕を浮かして…。こちらの顔を見上げられるまで出て来たところをすかさず、
「…あ。」
 胴ごと抱え込んで力任せに引っこ抜き、胡座をかいてた膝の上、ぽそんと着地も10点満点。…相変わらずに信じられないことが出来る馬鹿力である。
「狡い。」
「狡くなんかねぇさ。これが答えだからな。」
「???」
 小首を傾げる船長殿を、向こうを…船首の方を向かせて腕の中に抱きかかえる。
「ゾロ?」
 今度は身長差があるし、体つきの大きさも違う。懐ろ深く、すっぽりと包み込むように抱えられているから、見上げればゾロの顔だってちゃんと見える。丁度懐ろの中に取り込まれてるみたいで、ゾロの側にしたって“よく見えない”という不満はない筈で。答えだと言われても何が何だかよく判らず、
「?」
 しきりと小首を傾げていると、
「俺の背中とお前の背中は違うんだよ、きっと。」
 そんなことを言うゾロなものだから、
「???」
 小さな船長さんはますますもって首を傾げてしまっている。
“………。”
 屈託なく先頭を駆ける者の、今にも翼が生えて来そうな背中と、油断なく身構えて、決して晒されぬ壁のような背中と。目指す指針として皆が追う目映い背中。楯になって誰かを庇い、何かを守る強靭な背中。
“…だから。“
 この小さな、されど伸びやかな背中が。一時も落ち着いていず、こんな風に腕の中にじっとしていてはくれない背中が。
“俺も…好きだけど嫌いでもあるんだな、これが。”
 こちらさんは理由も判っているから、なればこそ複雑な想いで敢えて答えをぼやかしたのだが、
「うむむ…。」
 それが通じるようでは苦労はしない。しきりと首を傾げ倒して、
「判んねぇぞ、ゾロ。」
 降参して来る幼い顔へ、
「そか。悪りぃな、俺もこれ以上の説明の仕方は判んねぇんだ。」
 にっかり笑って意地悪に答える。
「狡りぃい〜〜〜っ!」
「狡くなんかねぇさ。お前だって、どうしてもだ、なんて説明の仕方する時があるだろが。あれと一緒だよ。」
「うう”…。」




 さて、ここで問題です。こういう意地悪のことを他の表現で何と言うのでしょうか?




    ……………はい、そうですね。大人げない。正解です。
(笑)





  〜Fine〜  02.7.31.〜8.1.


  *カウンター36564hit(ゾロゴムよ) リクエスト
    ヒロ様『何ということのない話で“背中”』


  *背中背中背中〜、背中を撫でると〜♪
   (いつぞやの、ちかさんの二番煎じですが/笑)
   ものすごく久し振りの更新となった“何ということのない話”です。
   特に放っておいた訳でもないのですが、
   小ネタ中心の“船上日常もの”コーナーだったので、
   う〜ん………何と申しましょうか。
   最初は“ここ用”に書いた話が、
   容量が大きくなってつい別コーナーに持ってってしまったり。
   あと、次々に独立したシリーズものに押されてしまって、
   ここのコーナーに向くような話を思いつけなかったり。
   そもそも、すぱっとシャープな短いお話には、
   手際のいい要約や絶妙な揶揄というセンスが必要なんですよね。
   ………欲しいなぁ、そういうの。(切実)


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