何ということもない話
えぴそーど・THREE 〜手


 まるで魔法みたいにくるくるとリンゴの皮が脱げてゆく。横からじっと見ていると、
「? どうした? パイになってからの方が食いではあるぞ?」
 そんな風に言いながらも、6分の一ほどを削いで渡してくれる。そして残りは数ミリの厚さに手際よくスライス。切り分けられた数個分のスライスりんごは、まな板の上に一点を押し付けてクルリと回した指の先、トランプのように扇子のように次々と広げられ、あっと言う間にリンゴの扇子が幾つも出来るのが、見事なテーブルマジックのようだった。
「凄げぇなぁ。」
 心からの感嘆を込めた声を上げるルフィに、サンジはくすんと笑って見せる。
「当たり前だ。お前が"ゴムゴムの何とか"の練習をしとった間、俺はこういうことばっかりやってたんだからな。」
 ストライプの青いシャツの腕まくりに少し緩めたネクタイ。いかにもな"コックさん"スタイルではない、ちょっとした趣味の延長のようなさりげない雰囲気だのに…超一流の鮮やかな手捌きを惜しみなく披露する男。手際よくリンゴとパイ生地、リンゴのジャムソースを重ねて成型し、オーブンへと放り込み、続いてサワージュースを作り始めるらしく、
「ほら、焼けたら持ってってやるから表で遊んでな。」
「うん。」
 お母さんと子供の会話ですな、こりゃ。キャビンから外に出ると、明るい陽射しに満遍なく塗りつぶされた中央の甲板が見渡せる。マストの足元ではウソップが何やら細かい機械や道具を広げていて、また何か新しい装備でも開発している最中であるらしい。昨日、同じような状態にあった彼にちょっかいを出して、完成間近だったらしい機械を台なしにしたことを…さすがにまだ一応覚えていたルフィとしては、
"………。"
 今日はお誘いするのは遠慮しとこうと、珍しく気を遣ってみる。ナミの姿は見えない。そういえば、朝から部屋で海図を描いてたっけ。キャビンの縁を回って上甲板に向かう。自分の特等席である羊の頭に、足が自然と向かっている。
「? どうした?」
 短い階段を上ると、そんな声がかかった。甲板に出て、毎日の日課である、巨きな重し付きの鉄棒の素振りを終えたところならしい剣豪殿で、
「え?」
「何だか…ぼーっとしとるぞ。」
 いつもの"何を考えているんだか…"というのともちょっと違う、何かに気をとられているかのような、もしくは考え事をしているような、そんな様子だという見分けが、この彼にはつくらしい。
「うん。…大したことじゃないんだけどな。」
 そうと応じて、だが、
「ゾロ、手ぇ見せてくれ。」
「手?」
 怪訝そうな顔のまま、それでも無造作に差し出される手。赤ん坊が父親のがっしりと大きな手をおもちゃにと当てがわれたように、ルフィはゾロの大きな手のひらやら指やらをつくづくと眺め回して、
「ゾロは刀を一度に三本も思う通りに振り回せるんだもんな。」
「? まあそうだが…?」
 今更なことを訊かれて、ゾロがますます怪訝そうな顔になる。これがサンジ辺りの言だったなら、人を曲芸師のように言うもんじゃないと、すぐさま怒っていたところだが、ルフィの場合、婉曲な厭味なぞ言える筈がないから、言葉のそのまま、素直に感心しているのだろう…と判断したらしい。…こういうのも"身贔屓"って言うのかな。
「サンジは足技の他に包丁を器用に使えるだろ? ナミは裁縫が上手いし、この帽子だって直してくれたし、海図も書けるだろ? ウソップは修理や発明が得意で絵も上手いだろ? 皆、何かしら器用なんだなって思ってさ。」
「………。」
 だからどうしたまで聞かずとも、まぁた子供みたいなことで拗ねてやがる…と判って苦笑が漏れた。それを誤魔化すように、吐息混じりの穏やかな声で、
「お前、自分で言ってたろうが。何にも出来ないから助けてもらわないと生きてけない自信があるって。」
 アーロン戦でしたね。
「う…ん。」
 それはそうなんだけどもさと、ちょっとばかり唇を尖らせる。そんな啖呵を日頃からいちいち覚えちゃあいない彼であるのだろう。
「第一、お前が羨む器用な奴らは、全員、お前について来て今ここにいるんだろうが。」
「それって凄いことか?」
「少なくとも俺にしてみりゃ下らないことじゃねぇな。」
 う、上手い言い回しですね、それは。
「…ふ〜ん。」
 少しは納得出来たのか、両手で包むようにしてまだ持っていたゾロの手を、そっと離して腕を組む。いかにも大仰なその態度に、ゾロは笑いたくなるのをこらえるので大変だった。
"暇んなるとロクなこと考えねぇ奴だよな、まったく。"
 大体、何にも出来ない奴な筈がない。表面的には突っ張っていたり悪びれていたりしながらも、心のどこかが潔癖な者たちが、するすると共感出来る、うらやましいと思える無垢なところを持ち続けている。がむしゃらで何が悪い…と胸を張って言ってのけてしまう、絵に描いたような正統派な男なのだ。………そうは見えないが。
こらこら だからって、
『お前の凄いところは無茶や無鉄砲を臆せずやれるところだ。』
とは言えませんもんね。良いことなのかと勘違いして、これからの暴挙になお一層の輪をかけちゃうから。
「そっかー、俺ってそんなに凄いのかー。」
"…ちょっと違うぞ。"
 特に声を潜めていた訳でなし、途中から聞こえていたらしい二人の会話の決着に、おやつのアップルパイを運んで来たサンジが何とも言えない顔になっていた。…って、えらく早くないですか? 焼き上がるの。
"一個二個で足りるような奴らじゃねぇからな。ピストン焼きしてたんだよ。"
 ははぁ。…で。
「あんまり甘やかすなよな。」
 ボソッと忠告するサンジへ、だがゾロの方でもそうあっさりとは引きはしない。
「お前に言われたかねぇよ。」
 他の4人は1つを4等分、そして船長さんには丸々1カートンのアップルパイをと用意したらしいコックさんであり…確かに、どっちが甘やかしているんだか。
「しょうがねぇだろが。どうせ足りねぇって騒がれるんなら、最初から大きいのをあてがってだな…。」


    〜Fine〜   01.6.30.〜7.12.



  *何か、3人でのコントみたいな様相になって来ましたな@
   サンジくんも好きなもんだから
   ついつい出番を作っちゃうのは良いけど、
   これって却って気の毒な役回りかもしれないなぁ。
  

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