何ということもない話
      
えぴそーど・FIVE 〜うたた寝


「サンジく…あら。」
 何かしらの用事でキッチンへやって来たナミは、だが、テーブルに突っ伏すようにして眠っているここの主人あるじを見つけた。
"珍しいわね。"
 時間はまだ昼下がりで、さっき皆で昼食をとったばかり。使った食器はきちんと片付いていて、それらを終えてからのうたた寝であるらしい。テーブルの下では長い足を前へと投げ出していて、テーブルの上ではブルーのカラーシャツに包まれた両腕を組むような恰好で、横へと向けた顔を上側の腕に載っけている。いつもは顔の左側を隠している直毛の金の前髪が、今は頬からテーブルへとこぼれていて、案外と繊細な作りの顔立ちがあらわになっている。女性相手以外の場面では、無愛想だったり挑発的だったりといった顔の多い彼だが、無心な眠りに支配されている今、それはそれは安らかな表情に落ち着いているのが、見ている側には何とも微笑ましい。
「サンジ、あ…。」
 続いてやって来たルフィの口を素早く塞いだナミは、ベンチに放り出されてあった上着を眠れるシェフの肩にそぉっとかけてやる。
"そういえば、今朝は海が荒れてあれやこれやでバタバタしたから…。"
 何しろとにかく"少数精鋭"。戦闘や悶着への対処のみならず、船自体の運営もたった5人で全てこなさねばならず、指針保持と周囲の状況把握、舵取りから帆の上げ下ろし、索具の調整まで…をこの人数でこなすのは、はっきり言ってかなりの集中力と個々人の機動力&スタミナが必要とされる。しかもその上、サンジにはコックとして毎日外せない仕事まである。加えて言えば、彼はその仕事のプロフェッショナルであり、妥協は許さない節があって、どんなに忙しかろうと、仕込みの時間が突発的な戦闘で潰されようと、手は抜かないことを揺るがぬポリシーにしているようで、
「よっぽど疲れたのね。」
 そっとしておいてあげましょう、と、静かにキッチンから出た二人だ。そのまま足音もひっそりと上甲板に出る。時化を乗り越えた後の海は穏やかで、ナミは腕を天へと高々と伸ばして大きく背伸びをして見せた。
「ほんっと、サンジくんはウチの船で一番の働き者なんじゃないのかしら。」
「起きてる時に言ってやれよ、それ。」
 このルフィには珍しい突っ込みだったが…確かに、まったくである。都合の悪いことへは聞く耳を持たないといった呈で、空惚けたように視線を泳がせたナミだったが、
「そしてあんたとあの男は、日頃は一番働いてないわよね。」
 そう言ってちろりんと見やった先では、安息日の置物様が
おいおい船端に凭れて昼寝を堪能していて、
「戦闘の時に頼りになるから良いよなもんの、そうでなきゃ海に蹴り込んでるとこだわ。」
 おおお、言う言う。わざとらしく肩をすくめて立ち去るナミで、その足音が甲板下のキャビンへ向かうと、
「言ってくれんじゃねぇかよ。」
 場の主役を入れ替わるように、剣豪さんが…少々しかめっ面になってぱちっと目を開けた。ややもすると鋭角的な顔立ちだから、不機嫌系の顔になるとちょっと怖い。だが、仲間ともなればそこはさすがに慣れたもの。
「なんだ、ゾロ。タヌキの嫁入りか?」
 恐ろしい…というか、随分と的の外れたことを訊くルフィで、
「それも言うなら"狸寝入り"だ。」
「あれ?」
 どうやら"キツネの嫁入り"とごっちゃにしていたらしい。それはともかく。これでも取り柄はちゃんとあるし、力仕事を文句ひとつ言わずに片付けるところはナミだって買っているようだし。まあ彼女の憎まれは一種のお愛想代わりのようなもの、ゾロもいちいち気にしてはいない。それよりも、ぱたぱた…と寄って来て傍へとしゃがみ込んだルフィが、
「俺と一緒だってよ。」
「…お前、意味判っててそんな顔してんのか?」
 妙に嬉しそうなのを見て、ついつい苦笑する。お馬鹿なことを言っても"可愛い"で収まるから、童顔はお得だ。
こらこら
「いーじゃん。大体"戦闘要員"が始終忙しいなんて船はロクなもんじゃないんだし。俺らはずーっと力仕事以外では役立たずでいた方が良いんじゃねぇのか?」
 おお、一応は意味が判ってたのね。ついこないだは"取り柄がない"ことを詰まらながってたくせして。(SS『手』参照。)そして、選りに選ってこの彼に言われては、
「ま〜な。」
 反論のしようもなく、頷くしかないゾロだった。相変わらず甘いよねぇ、ルフィには。
「ところでサンジがどうかしたのか? なんか、そんなような事を言ってたが。」
 おお、サンジくんのことも実は気になると?
"いい加減にしとけよ? あんた。"
 ………はい。ルフィくん、台詞をどうぞ。
「うん。あいつ、台所で寝てるんだ。テーブルに顔載っけて。朝のうち忙しかったから、そんで疲れてるんじゃないかって。」
「へぇ〜。」
 朝方のドタバタには勿論ゾロもルフィも駆り出されている。結構急な天候の変化にあって、今の現状からは想像がつかないくらいの荒れようだったのだ。にも関わらず、いつの間に仕込んでおいたのか、一仕事終えた皆に、いつもと違
たがわぬきちんとしたランチを出して見せたサンジであり、
"…成程な。"
 これは、ナミがついつい"働き者"比べの引き合いに出しても仕方がないというところかと、ゾロにも納得がいったらしい。
「…ってことは、今日の"お三時"はナシかもな。」
 途端に、
「えぇ〜〜〜っっ!」
 そんな、この世の終わりみたいな顔しなくても、ルフィくん。
「こらこら、何しに行くつもりだ。」
 予測があってのことなのか…その大きな手を繰り出すと、勢いよく立ち上がりかけたルフィの襟首を、実に絶妙なタイミングではっしと掴まえているゾロである。
「起こしてくる。」
「やめとけって、こらっ。」
 ごちゃごちゃともめていると、
「何をまた、陽の高いうちからじゃれ付き合ってんだ? お前ら。おやつの配給だぞ。」
 ボーイさんよろしく、肩の上へと逆手に掲げたトレイ、左手にはピッチャーとグラスを下げた当の本人が登場したから、
「お前に言われたかねぇよっ。」
 これもまた、まったくである。

  〜Fine〜    01.7.6.〜7.10.


*性懲りもなく、サンジさん贔屓話でございますvv
 この人は他人の痛みというのか、
 なりふり構うどころじゃない窮状というものを肌身でよくよく知ってる人なので、
 さり気に至れり尽せりな気の回し方をするだろうと思うと、
 もうもう好きで好きで堪らなくなるツボキャラでございましてvv
 ああ、日本語も変になるほど、あなたが好きですvv(おいおい)


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