月夜見
 puppy's tail 〜その16
 

  新緑、萌ゆる


 ゾロに初めて ちうから始まる一晩中の"いい子いい子vv"をしてもらった夜は、朝からサーサーと静かな雨が降っていたのを覚えてる。確か…四月の初めの、菜種梅雨とか花冷えとかいう頃合いのこと。それからそのまま海
カイをお腹に身籠もって。そいで俺の…正体っていうか、普通の人間ではないんだよってことをツタさんにお話しして。あと、親身になって仲良くしてもらってる、東京のナミさんやサンジさんにも話しておいた方がいいかなってことになって、わざわざ此処へ来てもらって説明したのが、そういや このくらいの時期だったような。
"もう そんなになっちゃうんだ。"
 先日のとある日にも、ゾロと俺とが初めて逢った日っていうのをお祝いした。そもそも俺は、ゾロのお父さんのミホークのおっちゃんと一緒にここで暮らしてた。おっちゃんもあんまり人付き合いっていうのが好きじゃなかったそうで。そいで…怪我をしてた俺の父ちゃんと俺との世話をすることを"これ幸いな理由"にして、世の中から姿を晦ます"蟄居っていうのをやってたんだって。でも、父ちゃんが亡くなってから半年ほどもした頃だったか、急におっちゃんまで身体の具合が悪くなって。俺も頑張って傍に付いてたんだけど………。その訃報っていうのを弁護士さんから知らされたゾロがこのお家に来てくれて。そいで初めて逢うことになったんだよね。優しいゾロは、俺が独りぼっちになるのが忍びないからって、そのままここに一緒に住むことに同意してくれて。でも、それからの何日か何週間かはサ、まだ"単なる同居"って感じだったんだよね。その頃のゾロは、あんまり人付き合いっていうの得意じゃなくて。それと俺の方も方で、居辛くなったら…自分が辛いとか相手に迷惑かけそうとか、そんな状況になったら早く出てかなきゃいけないぞって、父ちゃんから教わってて。だから、今にして思うとさ、甘えっ子ぶってはいても、案外と…内心ではどこか及び腰でいたのかもしれない。いつでもすっぱり見切れるように、そのまま出てって良いように しとかなきゃって。でもさ、それって、
"…ちょっとキツかったよな。"
 だってさ、そんな風に構えようって思うより先、俺ってば早くもゾロに捕まってたと思う。目許なんか切れ上がってるし、がっちりとした体格だし。自分に自信があって、その分の気勢っていうのかな、負けん気? そういうのの迫力が視線とか声とかに乗っかってるから、初見だと取っ付きにくくも見えるけど。実は実は、真面目すぎるくらい純朴すぎるくらい、誠実で優しくてとってもいい人で。ただネ? 正しいことを必ずしも真っ直ぐに貫けない、都会の会社っていうところでの"ややこしい人間関係"っていうのに辟易してたらしくて、それで。ちょっと不貞腐れたような、気難しそうなお顔になってたんだって。ナミさんに言わせれば"不器用な人"なんだってvv なんか可愛いよねvv そんな素敵なゾロを好きになるのは簡単で。ミホークのおっちゃんの息子さんだよって紹介された時、あっと言う間に一目惚れしちゃったし、おっちゃんにも物凄く感謝した。こんな素敵な人を残してくれててありがとうって。………随分あとで、ゾロ本人から"それって何か違わないか?"って怪訝な顔されたけど。おや? 何か訝
おかしいことなのかな?(笑)

  "…だから。"

 だから尚のこと。好きになればなるほど。こんなややこしい自分が一緒にいることで、ゾロに迷惑かけたくないと思ったし。なのにね、自分からこっそりとお別れするのがすごく辛かったの。時々シェルティの姿になっちゃう俺。勝手な作用でそうなる訳じゃないけどさ、自分の意志で制御していることだけどもさ。ずっとずっと人の姿の方だけでいると、身体中がむずむずして来て、なんか…無理からずっと正座ばかりさせられてるみたいな窮屈な気分になるから。やっぱり犬の方の姿っていうのも俺には必要であるらしくて。それと、好きな人との子供だって、あのその…それなりのコトの果てには生まれるし。////// しかもその子は間違いなく、俺の方の種族の特性を引いてしまう。そういうのが大変だとか辛いとか、そんな業を背負って生まれるなんて子供が可哀想だとか思うなら、それなりのことをしなきゃ良いと、口で言うほど簡単じゃあない。自分の血、自分の分身である"子供"を残すというのは自然の摂理だからね。ましてや好きな人との子供だもん。作りたいし生みたいって思うのは当たり前じゃない。………こういう考え方もまた、俺が純粋な人間じゃないから思うことなのかな。

  "人間って、そういうことを意志で割り切れちゃうんだから凄いよねぇ。"

 悲しい先々を思えばって、自分の意志で制御出来ちゃうんだもんね。涙ながらに身を引いたり、あと、子供が育ちにくい世の中だからって、出来るだけ生まないようにいようって構えたり。
『う〜ん、どうだろな。特に"偉く"はねぇだろ、そんなの。』
 ゾロはそんな風に言ってたけどね。そういう制御をしちゃうのって、やっぱり不自然なことには違いないんだって。そうしなきゃいけないような、例えば…今の時代は生きにくいからって親が子育てを尻込みしちゃうようなとか、こそこそとしたお付き合いの"ふりん"っていうのをしちゃうようなとか、そういう困った社会にしちゃったことが、そもそもいけないんだって。


  ………都会の大人の社会って色々と難しいんだね?




 う〜っと、ちょっと脱線しちゃったかなと、ひょこりと小首を傾げるルフィであり。珍しくも一人で物思いに耽っていた、そんな自分の姿が映ってる窓ガラスを"かしかし"って爪の先で擦ってみる。広くて明るいリビングルームの、お庭に向いた大きな窓のすぐ傍ら。少ぉしばかりお鼻の峰が高くて長い、つやつやでふさふさの毛並みをした愛嬌たっぷりなシェルティくんのお顔が、窓にはうっすらと映っていて。つい先日、コルク素材の床へと葺き直したフローリングにお腹をつけるよな格好で、ちょこなんと座ってる可愛い子がいる。窓に映ってる輪郭や陰がくっきりしていないのは、まだ明るめのお昼間だから。お空は明るいグレーに満たされていて、時々"さぁーっ"ていう軽やかな音を立てての雨が降っている。若い緑がふんだんに萌え出すこの時期に、日本では"ゴールデンウィーク"っていうのがあって、祭日が居並ぶ連休になるのでと、人々はこぞって行楽地や故郷へと移動する。今年は曜日の配分にもお天気にも恵まれたけれど、最終日の今日はちょっとお空も機嫌を悪くしたか、それとも"明日からお仕事でしょう? 身体を休めなさい"ってお空が気を遣ってくれたのか、朝からしとしとと雨が降っており、

  "お散歩に出そびれちゃったな。"

 さっき少しだけ空が明るくなったんで、ちょこっとだけ一回りして来よっかなって思ってサ。そいでこの姿へとメタモルフォーゼしてみたんだのにね。さあ出掛けるぞと窓に駆け寄ったら、その鼻先で雨脚が立ったもんだから…。

  "………うう。"

 こういうのも"雨男"って言うんだろうか、なんて。恐らくは…作家だったミホークさんからの受け売りだろうことを引っ張り出しつつ、くぅ〜んとお鼻を鳴らしてみたり。

  「……………。」

 今日は祭日だけれども、ゾロのお仕事はむしろそういう日の方が予約が入ってたりして拘束されるという種のそれで。今日も何だか早くから身支度をしていて、まだベッドで寝ていたルフィがようやっと"ふにゃい…"と目を覚ました時には、ツタさんが抱っこしたカイくんに見送られてお出掛けしたばかりという、微妙なタイミングだったりしたものだから。

  "ふに…。"

 何だかね、ちょこっと詰まんないの。しかもしかも雨じゃないよ。憂さ晴らし…じゃなくて、えとえっと。そこらを走って気分を変えようかななんて思ってたのに、お天気にまで制されちゃったもんだから。

  "うう〜〜〜〜。"

 尖ったお鼻、つんと振り切って横向いて、誰へともなく拗ねてみる。ツタさんは台所で何だかパタパタって忙しそうにしているし、カイくんまでが今日は妙に大人しくてサ、遊ぼうよっていうお声さえ掛けてくれなくて。朝からずっと、ベビーベッドで良い子にしてる。るうのカッコになったらサ、いつもなら多少は気持ちも読める筈なのに、今日は何だかちょっと…。うー、むーむーって唸りながら、小さな体をコロコロと丸ぁるくして足の先っちょ掴まえたりして、独り遊びに熱中してるみたいで。

  "良いよね、皆、することがあって。"

 何だかサ。こうやって独りぼっちにされちゃうと、自分てこの家の何なんだろって思っちゃう。お家のこととかカイくんのお世話とかはツタさんが卒なくやっちゃうし、ゾロだって…甘やかしてはくれるけど、あんまりというか全然頼ってくれてはいないしさ。これってサ…これじゃあサ、

  "奥さんでもお母さんでもないじゃない。"

 ふみみと、前脚の上へお顔を落とす。俺って、今でもカイくんと大差ない"お子様"なのかな。お仕事してないし、遊んでばっかだし。またちょっと雨脚が強くなって来て、その分、お外が暗くなったから。窓ガラスが鏡みたいになって、小さな仔犬の姿をした自分の姿がくっきりと浮かび上がったの。ふさふさの絹糸みたいな毛並みの小さな体を床の上へと投げ出して、お耳の立った頭をへちょんて前脚に乗っけてる仔犬。くりくりした潤みが滲み出して来そうになった黒目を上目遣いにして、ううっと拗ねてる小さなお子様。

  "うう………。"

 雨の日はロクなもんじゃない。気分が滅入って、悪いことばっかり考えちゃうし。そんな日に独りでいるのは尚のこと詰まんなくて。少しくらい濡れちゃってもいいから"ダ〜〜〜ッ"て走って来よっかって、ちょっと自棄
やけ気味に思い詰めかかったそのタイミングに。

  「お。こんなトコにいたか。」

 え? ええ?

 「ルフィ〜〜〜vv お久し振りぃ〜〜〜vv

 玄関の方のお廊下からリビングへと入って来たのは、金色の髪にいい匂いのするサンジさんと、みかんの色の髪にとってもスタイルの良い美人さんなナミさんのお二人。それから、

  「あ、こら。そのカッコってことは、どっか出掛けるつもりだったな。」

 ゾロもいたから、あれれぇ?と小首を傾げてしまったルフィだったが、

  「何言ってんの。もしかして何にも話してなかったんでしょう、あんた。」

 すぐ傍に屈み込んで、柔らかな腕で るうくんの首っ玉をきゅううって抱っこしてくれながら、ナミさんがその薄い肩越しに鋭いお声をゾロへと投げる。キョトンとしていた るうもまた、はっと我に返ると"あん・おんっ"て弾みをつけて鳴いて見せた。

  "そうだぞ、ナミさんたちが来るなんて聞いてないし、それに…っ。"

 立ち上がっても屈み込んでるナミさんの肩くらいにしか高さが変わらない、小さな小さなシェルティくんへ、わしわしと長い脚で歩みを運んで近づいて来たゾロは、
「判った、判った。ちゃんと話すから、ほれ。」
 少し屈んで長い両腕を広げられるとね、これも"条件反射"かな、ちょこっとだけ身を後ろにひいてからバネを溜めて。ついついそのままピョイって、その懐ろへと飛び込んじゃうから………ううう、やっぱ俺ってゾロからは離れられない体質になっちゃってるのかな。広くて居心地の良い、飛び込み甲斐のある頼もしいお胸。小さな前脚をちょこりと載せたがっしりした肩。顎やおとがいから麻のジャケットの襟元へと続いてるすっきりした首条は、こんな間近に見るとね、なんか…色っぽくてセクシーなんだよなvv 尖ったお鼻を"きゅうんきゅうん"ってお耳の下とかに擦りつければ、
「擽ってぇってvv
 クスクス笑いながら、あやすみたいにちょこっと揺すりつつ、真っ直ぐ立ち上がってそのまま、お二階へ階段へと向かうゾロであり。縫いぐるみみたいな小さな温みの、ふかふかな毛並みへと鼻先を埋める彼の仕草に、

  "やだやだ、やんやんvv"

 擽ったいようと身を震わせて、それからね。きゅううんvvって甘い声で鳴いて、旦那様の肩の上、小さな顎をチョコンと載せる。幼児くらいの小さな体が淡い光に包まれて、ほら、やわらかく姿が変わってくよ。ふかふかの毛並みが光りながらすぅって消えて、その下にさらさらした肌が現れる。小さな前脚が後脚が、するするするって蔦みたいに伸びてって、撓やかな腕と脚へ育ってく。肩に乗っけた頭の付け根にまだ幼い肩が薄く張り出して、その下、かいがら骨に挟まれて、なまめかしくもなだらかな曲線の背条がふわりと柔らかな尻にまで伸びてゆく。

  「…ぞろ。」

 耳元をくすぐるのは軽やかで甘い声。腕の中、胸板へと凭れかかって来ている、一糸まとわぬ瑞々しい姿が、眩しいほどに可憐で愛しく。伏せていたお顔をそろりと起こして、間近に微笑ってみせる稚(いとけな)さの何とも まろやかなことよ。

  "この瞬間のとろんとしたこの顔だけは、誰にも譲れんよな。"

 信じている人だからこそ、無防備にも全てを見せてくれる。そんな人の懐ろに抱
いだかれることの、至福の中なればこその…蜂蜜にひたしたみたいな、いっそ蠱惑的なまでの甘い甘いお顔。いつまでも眺めてたい、愛らしくも愛惜しいお顔。


  ――― 今日は何の日なの? ナミさんたちまで来てたりして。

       んん? なんだ、まだ気づいてなかったのか?

  ――― ゾロが直々お迎えに行くなんて、何か大事な日?

       ああ。物凄く大切な日だぞ。

  ――― ゾロの記念の日?

       俺だけの話だったら、覚えてないまま放っておくさ。

  ――― え〜〜〜? ねぇねぇ、何の日だよう。

       …なんだ、ホントに覚えてないみたいだな。


 ツタさんも張り切ってお料理を作ってる。カイくんまでが良い子にしていて。それで何でだか、一人だけ置いてけぼりを食ってたみたいで詰まらなかったのに。いかにも困ったというよなお顔をし、一人前に眉を寄せて見せた愛しい奥方の、ふかふかなやわらかい前髪をお鼻の先っちょで掻き分けて、


  「今日は、ルフィが生まれた大切な記念日だろうがよ。」


 柔らかなキスをおでこに一つ。途端に、小さな奥方、あっとお口を丸くする。だからこそ、東京からお友達も呼んだ。サンジさんは大きなクーラーボックスに、季節のフルーツを満載させたバースデイケーキを持って来てくれたそうだし、ナミさんはこの夏に流行りそうだっていうおしゃれなお洋服を何着もお手製で作って来てくれた。カイくんにも"ママのお祝いをするぞvv"と言い置いて、だから良い子でいろよと、パパと男同士の約束をした。ツタさんもルフィの好物料理でテーブルを埋めなくちゃと大張り切り。そしてそして、


  「俺からは………。」


 裸ん坊の奥方を腕の中へと抱えたまんま、二階へ上がって…向かったのは。

  "ウォーキング・クロゼット?"

 廊下のどん突き。ルフィにはあんまり用がないお部屋のドア。余裕の片手抱きでルフィを抱えたまま、そのドアを開けたゾロが"ほぉら♪"と示した中にはね、首までのマネキンさんが立っていて、それからそれから………。






  ――― ねぇねぇ、ツタさん。例のものは間に合ったの?

       はい。昨日、旦那様がお店まで引き取りに行かれて。

  ――― ルフィには…気づかれちゃないみたいだよな、あの様子じゃあ。

       さようでございますね。

  ――― でもサ。なんか、あのむっつりの考えそうなことよねぇvv




   「遅ればせながらの、純白のウェディングドレス(しかもミニ)だなんてサvv




 そのドレスを本人に着せたいからと、ツタさんとナミさんが呼ばれたお二階では、ガウン姿の小さな奥方が、感極まってのことだろう、それは嬉しそうに旦那様の懐ろに"ほっぺグリグリ攻撃vv"を敢行中。面白いからしばらく見てましょうと、ナミさんが割って入ろうとするツタさんを制したため、奥方が気が済んで離れた頃合いには。窓の外でも、あれほど垂れ込めていた雨雲がすっきりと晴れていて。久しく見たことのなかったくらいに見事な虹が、幸せそうな人たちをにっこり微笑いながら見下ろしていたのであったりした。





  〜Fine〜  04.5.16.


  *所謂"梅雨の走り"という雨が降り始めましたね。
   湿っぽいのは古傷にくるから堪忍なのですが、
   全然降らないってのも夏を前にして困ることですし…。
   今年の夏はどんな夏なんでしょうか。
   関東地方ほど"冷夏"でもなかった関西なので、
   涼しいといいななんて、腑抜けたことを思ってます。
(苦笑)

  *ウチで一番若手の新婚さんたちのお話も、
   この際だから書いとけと思いまして。
   突貫だったので何だか甘えてばかりな文章になっておりますが、
   この人たちの常温はこんなもんだろうということで。
おいおい

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