月夜見 puppy's tail 〜その19
 

  お待たせしましたvv


 五月とか直前には、台風が来たりもして結構ザカザカと降ったのに、肝心の梅雨入り宣言の後、六月半ば以降はあんまり降らなかったような気のする今年の梅雨で。都心なんかは一気に真夏日が続いたりして、まだ七月の前半だって言うのに、もう夏バテだとぐったりしている人も少なくはない。冗談抜きに昔に比べると平均気温も随分と上がっているのだそうで、アスファルトやセメントで地面に蓋をしたり、川を埋めてまで道路を作ったりしてるからなと、ニュースを観ながらゾロが眉間のしわを増やしてた。ここいらでは、そうだな、昼間はさすがに…ちょこっとは暑くなって来たかなぁ。うん、そうそう"るう"のカッコでいるのはちょっとキツイかなって時がある。一応、夏毛に生え替わってるんだけどもね。汗かかないから、やっぱりきツイかなって。人の姿の方が水浴びとかもしやすいし、冷たいお菓子も一杯食べれるしネvv だっていうのにサ、わんこのカッコの方が好きだっていう、やんちゃ坊主が増えたから………ねぇ♪






            ◇



 全国的に真夏日を記録し云々と、テレビのニュースでは言っていたけれど。ここいらはまだ、さほどには"酷暑"という暑さではなく。それでも…いつの間にか、空の青みの深さが濃くなったような気がして。ヒマワリの深黄、キョウチクトウの鮮赤、トルコキキョウの純白などが、地上にあふれる翠にだけでなく、空の青にもいや映える"原色"シーズンの到来という観がある。

  「るうちゃ〜ん?」

 相変わらずに働き者のツタさんが、パタパタとスリッパを鳴らしながら…広いお屋敷のあちこちから外へと声をかけて回っている。そろそろお昼時。なのに、食いしん坊な誰かさんが戻って来ない。今のところはまだ、平生の安穏とした閑静な風情を保っているものの、来週辺りにでもなれば、都心から避暑にとやって来る若い世代の方々でにぎやかになる別荘地。やたら頻繁に出掛けている“るう”なのは、そうなる前に奔放に遊び回りたいといういつもの事情………とは別に、今年ならではな事情もあって。
"………此処かな?"
 お出掛けから戻って来るとしたなら此処からよねと、お庭に面したテラスに出られる大きな窓のあるリビングへ辿り着いたそのまま、窓辺に座って傍らに置かれた籠からバスタオルを取り出し、お膝に広げて待つこと数刻。

  ――― たたたっと。

 春の初めに比べれば、健やかなその緑に深みも増した芝草の広がる上を、ぴょこぴょこ跳ねるように駆けて来るものがある。バレーボールより小さめ、ソフトボールよりは大きめの、純白の………ふかふかした毛玉であり。時々勢い余ってつんのめり、お顔を芝生に擦りつけそうになりながらも、頑張ってテンションを上げたまま"たかたか…"と駆けて来た"それ"は、小さな前脚の先の小さな足を、これも頑張って伸ばして敷居へ引っかけて。それからこちらを円らな瞳で見上げて来て、

  「あん・ひゃんっ!」

 聞き馴れない幼い声は、ワンというよりキャンとかニャンと聞こえるほど頼りなく。とはいえ、ご本人には目一杯の力が籠もったお声なのだろう。吠えた勢い、反動に跳ねる身体が、そのままよたよた押されたようになって後ずさりしかかっているのが、見ていて本当に微笑ましい。懸命に背伸びをしている小さな体のお尻、ピンピンと忙しく振られている短いお尻尾もまた、何とも可愛らしくって。

  「お帰りなさいましvv

 あらあら、今朝は先に帰って来ちゃったんですねと、小さな身体を両手でひょいと掬い上げ、お膝に人間の子のようにお尻から座らせて、前足後足にくっつけて来た泥汚れをタオルでごしごしと拭ってやる。お外から帰ったら、まずは あんよを拭くこと。約束をちゃんと覚えてたのは偉い。綺麗にしてもらってお家に上がったおチビさんは、てことことリビングを歩き回ってあちこちを"ふんふん"と嗅ぎ回っていたが、愛らしい仕草でいちいち小首を傾げてから…こちらへと向き直り、

  「きゅうぅ?」

 いないよ?と言いたげなお顔がまた、何とも言えず可愛らしいvv ただでさえ小型犬、しかもその仔犬なので、顔も胴も手足もどこか寸が詰まっており、愛らしいようにとわざわざデフォルメする縫いぐるみのお手本に出来そうなくらいに、もうもう堪らなく可愛らしくって。決して"可笑しくて"という訳ではないのだが、その仕草や表情にはいちいち微笑わずにはおれないツタさんでもあるそうな。そんなところへ、

  ――― かささ…っ

 庭先から木の葉擦れの音がして、顔を戻せば…アジサイの茂みから がささと飛び出して来たのは、今度はいつものお馴染みなやんちゃさんのお姿である。
「お帰りなさいませ。」
 真っ直ぐに窓まで駆けて来た、こちらもふかふかな毛並みの可愛らしいワンコ。先に戻って来た子が純白だったのに比べると、頭や背中、尻尾に黒や茶の色が載っていて、尖ったお鼻に胸の毛並みが誇らしげに膨らんだ、シェットランド・シープドッグくん。お外は少し暑かったのか、口から舌を出してはうはうと息が荒いけれど、いきなり飛び込んで来たりはせずに、まずは片方の前足を窓の敷居にちょこりと乗っける。先に戻って来たおチビさんよりは大きいから、背伸びをすることもなくの仕草でこなせて、その手をツタさんからごしごしと拭ってもらうと、次は…と残りの前足も差し出したが、

  「あうんっvv

 そんな彼の方へと、おチビさんが たかたか まろぶように寄って来た。お帰りお帰り、まだ帰ってなかったんだと、嬉しそうに擦り寄ろうと駆けて来たのがありありしており、そのまま敷居から飛び降りかかった…のだけれど。

  「……………う"〜〜〜。」

 そんなおチビさんの鼻先、ちょんっと自分の鼻面を押し当てて動作を制し、それから…喉の奥でかすかに唸って見せまでしたシェルティくんだったものだから。

  「う・うう…。」

 突々かれた勢いに、ではなく、唸り声に窘められて。真っ白なおチビさん。後ずさりした後脚がもつれて、そのままお尻からぽそんと、フローリングの床へ座り込む格好になってしまった。はしゃいでいた気勢をぴしゃんと叱られて、ふみみと萎んでしまった小さなワンコ。当たり前ながら…ほとんど無言のままの彼らのそんなやり取りへ、

  "あらあら、どうなるのかしら。"

 そうと思いつつ、後から戻って来たシェルティくんのあんよも、慣れた手つきでてきぱきと、きちんと拭いてあげたツタさんのお膝へ、お礼のように くぅんくぅんと頬擦りした"るう"ちゃんは。やっと上がって来たそのまま、おチビさんの方へと寄ると、一丁前に項垂れてるお顔を持ち上げるように、ぐいぐいと何度も舐めてやる。せっかく拭いてもらったあんよなのに、また汚してどうするのと、さっきはそれを叱ったるうちゃんだったらしくって。叱られたのへ…拗ねないで反省したのはいい子だと、それで舐めてもらっている模様。押し負かされそうになりながらも、お顔を上げたおチビさんがそちらからも舐め返すと、お鼻とお鼻をくっつけ合って、仲直り完了vv ぴょこりと立ち上がったおチビさんの後ろ首を軽く咥えて、ゆったりとお尻尾を振りながら奥へと入ってゆく るうちゃんの貫禄に、

  "お母さんらしくなりましたことvv"

 ツタさん、やっぱり微笑が止まりませんでした♪











 白々しくも長々と。るうちゃんチのお昼の風景を、ほのぼの淡々と連ねて参りましたが………ふふふのふvv もうもう、早く早く教えてよと、じりじりしている方もおいでのことと思われます。………もうちょっと粘ったろう。
こらこら

  「きゅうん…。」

 るうちゃんがおチビさんを咥えて向かったのはお風呂場で、足拭きタオルを片付けがてらに後に続いたツタさんが通りかかると、脱衣場からふわんと柔らかい光が放たれる。それから、
「ほ〜ら、海
カイくん、お風呂入ろうね?」
 幼い奥方の声と共に、
「あ〜う〜、んまんま。」
 やいやいなん、う〜と。乳児語にてお話しをする赤ちゃんのお声も聞こえて来る。ええ、はい。そうなんですよう、皆々様vv 先程の小さな仔犬こそ、当家の若夫婦の一粒種であるカイくんが、お誕生日をすぎてから"メタモルフォーゼ"出来るよになった、そのわんこVer.のお姿でして。頼もしいご亭主でなくとも片手でひょいと抱えられそうなほどに小さくて、駆け回る動作もまだまだぎこちなく。純白の巻き毛もまだどこか短くて、いかにも生まれて数日くらいですという、ウェストハイランド・ホワイトテリアになっちゃえるカイくんでございまして。通称は"ウェスティ"といい、そうですね…そうそう、小さな缶タイプのドッグフード"シーザー"に出ている、ちょっとやんちゃな、黒々とした大きな瞳で童顔の真っ白なテリア。あれが確かそうですねvv
"童顔って…。"
 あら、だってさ。スコティッシュテリアだと、ちょっと"お爺さん"みたいなお顔じゃないですか。(そちらをお飼いの方へ。悪意はないです、すいません。筆者が極端にショタなだけです。
おいおい
"やっと1週間でしょうかね。"
 お誕生日が過ぎたからその瞬間にというものではなく、何となく…もっと駆け回りたいようとか、何でだかウズウズするのとかいう もどかしさを親へと伝えて来るのが兆し。自分が変化
へんげするその傍らに寄せてやれば、その時に放たれる波動か何かの余波を受けて、一緒に変化出来るようになるのがその最初だとかで。

  『一人で変化出来るようになるのは…う〜んと。』

 個人差があるのでどうとも言えない。でも、物心がついてからには違いないから、何年かは俺と一緒じゃなきゃ無理、と。お母さんのルフィからそんな風に説明されても、ちゃんと耳に入っていたのかどうか。小指の先みたいな短いお尻尾をぴんぴんと振って、それは愛らしい姿になった坊やに、ただただ"ぼ〜っ"と見とれていたお父さんは…今日は生憎とお仕事で朝からお出掛けであるのだが。

  『こ、こんな可愛い子になるなんて聞いてないぞっ。』

 ご対面した時の第一声は、確かこうだったような。ちゃんと目の前で変化したのだから、間違いなく本人だというのにね。真っ白な毛並みの小さな小さなウェスティくんが擦り寄って来るのへ唖然とし、それからそれから、お膝へ前足をかけてじゃれて来ていたのを慌てて抱き上げると、

  『ツタさん、確か高校生の甥御さんが近くに住んでいらしたね。』
  『は、はい。おりますが。』
  『夏休みの間だけでも、この子らのボディガードに来てもらえないだろうか。』
  『…はあ?』

 こんな可愛い子、夏休みに避暑にとやって来た観光客なんかの目に留まって、そのままひょろっと誘拐されたらどうするんだ、ルフィが反撃したとて、一緒に攫われてしまうのがオチかも知れないし、と。かなり真剣に心配していたゾロであり。

  『…ゾロって、案外"可愛いものマニア"だったんだね。』
  『坊っちゃま…。』

 見かけに拠らない趣味だったんだねなんて、的を外したことを言い出す奥方へ。可愛らしいからというのも理由ではありますが、それよりも。ご自分の掛け替えのないお子様だからこその危機感をお感じになられたんですよと、わざわざ言い足して差し上げたツタさんだったのだそうで。それからは毎日のように、ご近所へのお散歩に二人で連れ立ってお出掛けしている。街の探検を兼ねての、あちこちに住まう"お友達"へのご挨拶と顔つなぎ。特に野良のリーダーさんたちにはしっかり覚えておいてもらわないと。一番顔触れの変わりやすい、気も荒い流れ者たちに、不用意にからまれては堪らない。………まま、当分はお母さんと一緒でなけりゃ出掛けはしないのだけれども。

  『でも、小型犬種でよろしゅうございましたね。』
  『…ああ。』

 これはゾロもツタさんもずっと案じていたことだそうで。ルフィお母さんだけが、ゾロの気性を引いた頼もしくてカッコいい、ジャーマン・シェパードとかになってほしいなんて言っていたのだけれど、

  『大きな犬種だと、いつまでも小さいのが不自然になっちまうんだって。』
  『???』

 自分のことなのにピンと来ないらしきルフィ奥様を、元に戻ったカイくんごとお膝に抱え込み、

  『いいか? ルフィはもう17歳なのに、
   シェルティになった時の見かけの年齢
トシは幾つだ?』
  『…まだ2歳くらい、かな?』
  『だろう? そこで、だ。
   大型の犬種はな、生まれる時は同んなじ このくらいだが、
   半年もすれば親と変わらないくらいの立派な体格になっちまうんだぞ?』
  『あ・そっか。』

 小型の犬種だって似たような成長ぶりなのだろうけれど。人間の方の寿命に合わせて育つ彼らだから…いつまでも幼犬のままというのが十年以上も続く。小型の犬ならさして差のないことと、気にもさせないまま通せるが、大型の犬だとその成長の遅さはあまりに顕著に現れてしまい、何年経っても仔犬のままだという不自然さから周囲の噂に上るやもしれない。だから、小型犬種で良かったねと、やっと理屈が追いついたらしき幼い奥方は、だがだが、子育てという点では、さっき問答無用でメッとカイくんを叱ったように、結構しっかりと"お母さん"しているようであり、
「ま〜ま、うっくん、やう。」
 人の姿になれば、相変わらずにお母さんそっくりの大きな眸をぱちりと開けて。小さな手を振り回し、何事か話しかけて来る、お風呂上がりの小さな王子様をさかさかと拭いて上げると、自分は適当に…頭にはタオルで作ったバスキャップをかぶったまんま、Tシャツにジョギングパンツという軽装にてリビングまで戻って来て、
「ツタさん、お腹空いたよう〜〜〜。」
 ふみ〜んと泣きそうな声を出す。…とはいえ、坊やをテーブルつきのベビーサークルに座らせて、運ばれて来たメニューにワクワクしつつも、まずは。
「カイくん、どれから食べましゅか?」
 坊やを満腹にさせてからという順番だと、当たり前のものとして手が動くところがやはりお母さん。一杯食べてね、美味しい? 良かったねvv 自分も食いしん坊なのにね、まず先にカイくんって、そんな順番がいつの間にか身についてる。スプーンを間に挟んで、一緒に"あ〜ん"とお口を開けてたりするのは、見ていて何とも心安らぐそれはそれは優しい風景なのだが、
「坊っちゃま、私が差し上げますから。」
 先に髪を乾かして。それから、冷めないうちに召し上がって下さいなと、白湯あんかけスープチャーハンと揚げ春巻きを差し出され、
「あ〜〜〜、美味しそう〜〜〜vv
 だから…髪を乾かしてから。
(笑) 少しだけお母さん、でもまだ半人前で、食い意地も張ってる かわいい坊っちゃまには。過保護な旦那様の言動へと同じくらい、ツタさんもまだまだ目が離せない日々が続きそうでございます。






  〜Fine〜  04.7.15.


  *お待たせしました、カイくん、わんこになるの巻ですvv
   どんな子がいいのかな、ポメラニアンとかマルチーズとか、
   『わんわん物語』に出て来た、お耳がふかふかなあの子も可愛いよねと。
   色々と考えたのですが、
   シェルティの次に好きなウェスティくんに決まりましたvv
   ママより小さな純白のテリアくん。
   これから どんなやんちゃをしでかしてくれるのか。
   …ううう、不安だよい。
(笑)

ご感想はコチラへvv**


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