“お母さんは どこ?”A
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何とか“失せもの”も見つかって、大人たちには 鷄そぼろ丼と豆腐とエノキダケのすまし汁を温め直しての、やっとのお昼ごはんと相成って。食器洗いを旦那様が受け持って、その間に食事中に汚しちゃったらお洋服をお着替えするカイくんで。それからそれから食後のお昼寝に入る。2階の広々としたベッドがある寝室まで上がるのではなくて、1階奥の、元はルフィが私室に使っていたお部屋一杯に、今の時期なら花ゴザを敷き詰めて。タオルケットをお腹に乗っけて、奥方と坊やが伸び伸びとお昼寝に入り、万が一、坊やが起き出して“這い這い脱走”しないよう、旦那様が見守る寸法。
「何しろ、這い這いのタフさじゃあ誰にも負けなかろうからなぁ。」
「そだねぇvv」
というのも、実は実は。この仲睦まじい気さくなご家族。普通一般のご一家とは大きく一線を画す相違点がある。それも…ワイドショーなんぞに“変わってるんだよね〜”と気さくに取材に来られては絶対に困るという種の、どちらかと言えば“秘密”なポイント。まずは…大きな瞳にふかふかの小鼻と柔らかい頬、表情豊かな口許に、若木のような撓やかな肢体をした愛くるしい奥方が、歴れっきとした男の子であるという点で。まま、今時には…戸籍上の権利などなどを求めないのであれば、そ〜れ〜ほ〜ど“有り得ない”夫婦でもないのだが。単なる同性同士の同居で済まないのが、先程からさりげなく騒動の核になっている“海カイくん”は、間違いなくこの二人の間に生まれたお子で。
――― え? 何でなんで? と。
男同士でそんなの理屈がおかしい…と思われた方は、器用にもいきなりこのお話から読んでらっしゃいますね? そこが、2つ目の“秘密”にして、絶対に外へと洩れてはならない、重要なる極秘事項。童顔で愛らしいこの奥方、不思議な精霊の末裔であり、自分の意志で…それは可愛らしいシェットランド・シープドッグにメタモルフォーゼが出来る。そんな不思議な血統を子供に伝えるに際して、ある意味でお相手を選ばない。性別が同じでも、また…わんことしての恋愛の末であるのならわんこ同士でも、愛を分かち合うことが出来、しかも身ごもるのは必ず彼らの側。そんな風に性別的な要件の関与が風変わりなことで、何とか細々と今世代まで命を綱いで来れたという彼らであるらしく、ただただ愛らしいばかりじゃあない、それは健気で思いやりのある子なルフィに心惹かれたご亭主は、彼の背負った様々な重荷ごと、ど〜んと引き受けて愛してしまったという訳でvv これ以上の詳細は、拙作をお読み下さいなのですが。
「………ぷや。」
ほんの1時間強ほども眠っただろうか。大きな瞳を黒々と開いて、小さなカイくん、お目覚めの模様。辺りをキョロキョロと見回し、すぐ傍らでそぉっくりなお母さんが ふかふかの頬を自分の腕に乗っけて“すぴすぴvv”と眠っているのへ、つぶらな瞳をじぃっと向ける。よいちょ…っと寝返りを打ち、やっぱりじぃっと見つめて、それからそれから。起きてくれないみたいだなぁという事実を理解したのか、うんうんと調子を取るみたいに首を縦に揺すってから、お尻を持ち上げ、腕を立て、這い這い態勢への起動オッケー。お腹に絡まりかけていた、ベビー毛布さんが引き留める手を振り切って、たっかたかとお昼寝のお部屋を這い這いで探検開始。ここはリビングよりもちょっとだけ狭くて、収納を兼ねた作り付けのベンチが腰高窓に沿って並んでて。そこへと辿り着くと、座面に手をかけ、よいちょと立っち。暑いからって襟足を少し短くした柔らかい猫っ毛が、寝癖でちょこっと、後頭部だけ撥ねているのが、何とも可愛らしくって。キョロキョロと周囲を見回して、そこでやっと、扉を開いたその戸口を自分の体で目一杯塞ぐみたいにして座ってた、お父さんに気がついたカイくんで。
「あ〜あ〜、っくんvv」
いかにも嬉しそうに、言葉にするなら“見ィ〜つけた”と言わんばかり。お口をU字に頬に食い込ませ、にひゃ〜〜〜っと笑って、小さなお尻を上下に振り振り。そのままぱったんとゴザの上へ両手をついて、たたた…と素早い足並みで、お父さんのところまで一気に這い寄った。
「よぉ〜し、到着〜♪」
「きゃうvv」
好きよ好き好きvv そんな仕草でふわふわの頬をこちらの胸板へとぎゅむぎゅむと擦りつけてくる、それはそれは可愛い坊やには…お若いお父さんも もうメロメロであるらしい。雄々しい腕で高々と抱き上げてやり、それからあらためてきゅうと抱っこ。でもね、小さな手が伸びて来て、しゃら…って音がしたら、
「おっと。」
これはメンメだよと、すっかり身についた幼児語で窘めて。左の耳朶に下げてたピアスから慌てて遠ざける。ずっと抱えてる外へのお散歩なんて時はきっちり取り外すほどなのに、どうしてだかお家にいる時は頑固にもつけたままでいるお父さん。事情があるからね、一種のポリシーというか意気地というか、なんて。ナミさんが以前にその理由も話してくれたんだけれども、
“でもサ、万が一にもカイが掴んで引っ張ったら、えらいことになるのにね。”
お元気な声に軽やかに揺さぶられたか、ルフィもいつの間にやら目を覚ましていて。夏掛けの陰から、睦まじい父と子のやりとりをこっそりと覗き見ていたりして。お耳から遠ざけられたカイくんは、中空に浮かぶ格好の抱っこをされてて、寸の詰まった手足をわきわきと、泳ぐみたいに動かしていたものの、
「ちゃーちゃっ。」
不意に、窓の外へと目をやって、うんうんと体を大きく揺さぶって見せる。
「???」
腰高窓から見えるのは、すぐ傍らに植わっている若い木立ちの緑の梢。風に時々泳ぐ様に何か感じたカイなのかなと、同じ方向を見やって短く刈った髪を乗っけた首を傾げたゾロだったが、
「違うよ。」
おやや、反対側の横手からのお声がした。そちらへと振り返れば、花ゴザに頬を伏せたまま、ルフィがくすくすと笑ってる。
「窓ガラスに俺が写ったから、それで声をかけて来てたの。」
「ああ、なんだ。」
ゾロとカイでは角度に微妙に差があって。カイくんと目線が合ったことで“あっ、ママ、起きたっ”というお声をかけられたお母様であるらしく。
「ちゃーちゃっ!」
ガラスに写ってた姿ではなく、ご本人と向かい合い、カイくんが小さな手を伸ばしてくる。この“ちゃーちゃ”がルフィを指す“お母さん”かと言えば、そうではなくて。何かを急いてねだる時の決まり文句というところか。
「どしたんだ?」
さっきも何かねだってたということになるカイくんだけれど、たかたかと這い寄ったお母さんは…どうとも動かないままだ。抱っこされたお膝の上、焦れたみたいに“うんうん”と体を揺すぶるカイくんだけれど、ルフィはどこか困ったような顔をするばかり。
「…愚図ってるのか?」
「うん、まあね。」
ルフィは肩をすくめて、立ち上がるとベンチへと足を運んで腰掛ける。ゾロもそれへと続いて、すぐ傍らに腰掛けて。つぶらな瞳をママに懸命に向けているカイくんのお顔を、すぐの脇から覗き込んだ。
「わんこになってお外にお散歩に行きたいんだって。」
「…はあ?」
さっきからずっと“お散歩に行きたいの”とおねだりしていたカイくんだと? まだまだ暑い真っ昼間だというのに…お出掛けですか?
「わんこになってって。」
1歳のお誕生日をめでたく過ぎて、カイくんもメタモルフォーゼが出来るようになったものの、まだまだね、ママの放つ変化への波動というフォローがないと変身は無理。
「そういうもんなのか?」
そんな短い言いようで、野生の働きってやつにかかれば、この暑さも関係ないのかなと感心しかかった旦那様だが、
「そういうもんじゃないって。」
ルフィはますますのこと、眉を下げると苦笑する。
「暑さも寒さも感覚は人間と同んなじ。今日はまだ少し過ごしやすいけれど、毛皮がある分、汗をかけない分、犬のカッコの方が却ってキツいんだって。」
「??? じゃあなんでまた?」
「ウエスティになりたいだけだと思うよ。」
「? なんで?」
あちらも可愛らしい姿ではあるけれど、今の話からして、毛皮を着ることとなる分、今の時期は苦行ではなかろうかと、単純にそうと思ったゾロだったが、
「だからさ、ウェスティになれば、今の“這い這い”以上に早く駆け回れるじゃない。」
「………あ。」
そうでした、そうでした。わんこは這い這いが当たり前の標準仕様だ。それに、成長速度も人間とは違い、1年目と言えば立派な大人、人間の18歳くらいになっている。まさかにカイくんも…ウェスティになった途端にそんなくらいまで体機能が発達する訳ではないけれど、それでもね。メタモルフォーゼが出来るようになるということは、何かあった時の“逃げ足”を確保出来るということであり、
「…そういや、このところ這い這いが多いよな。」
「でしょ?」
そっちは一概に“いけないこと”と断じるのもまた良くないことで。個人差があることなので、這い這いの時期が長い短い、立っちが遅い、歩き初めが遅いなどと心配したり急いたりする必要はないのだが、
「掴まらない立っちが出来てたのに、伝い歩きだってその前兆みたいな踏み出しまでは出来てたのに。」
わんこになれば、たかたかと軽快に駆け回れる。裸んぼさんになってたって怒られない。それにね、お外の…この春に生まれたばかりっていうお友達と、ちょこっとだけお喋りも出来る。わんこの方が いっぱい色々出来るから、そっちの方が良いようと、それでのおねだりをしているカイくんであるらしく。
「う〜ん。」
そういう種族だから。わんこの姿と人の姿と、どっちかを特に蔑むとかなんて出来ないけれど。ルフィとしては…大好きなゾロと愛し合える、意志が通じる、そんな“人”の姿でいる方が断然大好きで。カイくんのことだって両腕でしっかり抱き締めてあげられるから、やっぱり人の方が良いなって思ってて。でも、
“俺の考え方ばっか、押しつけちゃいけないんだろうな。”
ルフィの父は、ルフィを頼もしき雄の犬との間に授かった。なのに、人との交流や対話も疎かにするなと言うように、此処でミホークのおっちゃんと出会う前から…言葉や所作、ちょっとした常識などをきちんと教えてくれていた。どっちも大事。どっちも友達で仲間だと、そうであることを忘れるなと。それに、
“人との共存は、そんなに簡単なことじゃあないしね。”
自分はとても恵まれていた。ミホークのおっちゃんも、そしてゾロも。自分のこと、それは大事な家族だといたわってくれたし、愛してもくれた。仔犬の姿も受け入れてくれた。でも、そんな事って滅多にないことだ。
“………。”
何につけまだ真っ白なカイを見ていると、時々どっちを選べば良いのかと迷うことが多くなって来たルフィであり、そして、
“…やっぱ、聞けないかな。”
どうしたら良いのか、人間であるゾロには聞けないかなって。どうしても口が重くなる。そんなのの前に“父”だからと、大きく胸を張って言い出しそうな彼だけど、何だか怖いなって思ってしまう。ちょっとした喧嘩とは次元の違う、深くて大きな隔たり、意見の相違というものが初めて生じそうで。それが怖い。
「ちゃーちゃっ!」
何とも答えてくれないお母さんへ、焦れたように愚図ってたカイくんが、とうとう我慢ならなくなったか、
「う…っく、ひん、ぁあ〜〜〜んんんっ。」
堰を切ったように、大きなお口を開いて泣き出してしまって。あ〜あと苦笑したゾロが、ルフィごと、その長い腕の中へと二人を抱き締めたが、
「…ふみ。」
その温みになんとなく、ルフィまでもが胸が辛くなってしまって。くすんと啜り上げたかと思うや否や、ひぃっくと泣き出してしまったから、
「えっ? えっ?」
これは一体何事か。一見“のほほん”と構えてたけれど、実は育児ノイローゼとか、こっそり抱えてたルフィだったのかしらと。腕の中で双方それぞれに泣きじゃくる、そっくりな母と子に、今度はお父さんがうろたえそうになったのだけれど。
「あらあら、どうなさいました?」
穏やかなお声と共に、ひょっこりと戸口からお顔を見せてくれた人。少しほど小鬢や額に汗をかいてる、でもでもお元気そうなツタさんが、随分と早くに戻って来て下さって。
「あらあら。汗いっぱいかいてますね。」
愚図った勢いで暴れかかってたカイくんを、ひょいっと優しく抱え上げたツタさんは、
「そこいらを涼みがてら歩いて来ますね。」
そのお外から帰って来たところなのに、そんなことを言い出して。少しは休んでくださいなとゾロが引き留めかかったが、
「旦那様は、ルフィ坊っちゃまの…。
いえ、奥様のお話を聞いて差し上げなくてはね。」
にっこりと。何かしらの確信を持っての笑い方をして、そんな風に言って下さった。何にか不安で、それで泣き出したルフィだと。まるで赤ちゃんみたいな手放しで、不安でいっぱいな泣き方だったと、聞いただけで分かったと、後で話して下さって。さあさ、お外行きましょうねと、たかたか足早に玄関へと向かったツタさんのスリッパの音を聞きながら。懐ろの中、再び見下ろした頼もしい旦那様へ。小さな奥方、潤んだ瞳で訴えかける。
――― あのね。お話ししても、笑わない? ………水臭いって怒らない?
ツタさんが再び戻って来る頃にはネ。おでことおでこをくっつけて、この暑いのにすっかりと出来上がってる、その筋で言うところの“バカップル”なご夫婦が、いちゃいちゃしていることでしょう。ええ、もうしっかりとねvv
〜Fine〜 04.7.28.〜8.2.
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ひゃっくり様『puppy's tail設定で、ツタさんがお留守の日』
*何だか なし崩しに色々詰め込んでてすいませんです。
そろそろ歩き初めですよねと言われて、
ああそうだったとそれも詰め込んでしまいましたが、
本題はやっぱり、カイくんにルフィはどっちを大切と教えるのか。
シャンクスさんは、よほどのこと、伸び伸びと満遍なく教えたみたいですが、
自分にはそれが出来るのかな、
ゾロがいるのに、人とわんこを一緒にしても良いのかなと。
ちょっと悩んでもらいましたです。
でもま、下手な考え休むににたり、でしょうけれどvv
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