月夜見
 puppy's tail 〜その21
 

  トンボさんと一緒vv


 今年の夏は異様なくらいに暑かったし、台風もたくさん上陸した。迷走台風は南西諸島や沖縄、中国・四国のみならず、日本海に抜けてから再上陸というコースを取ったため、東北や北海道でも大きな被害を たんと出し、オリンピックで盛り上がりつつも大変な目に遭った人たちも少なからずという、明暗双方へ印象深い季節となってしまった感がある、ダイナミックな夏だった。
「あ〜〜あ〜、んう〜に。なんなん・だーvv」
 ご機嫌さんですと全身で表して。お椅子に掴まって立ち上がったそのまま、ちょこっと突き出されたお尻を上下にひょこひょこと上げ下げしているのは、当家の家宝でアイドルの、1歳二カ月を迎えたばかりな海
カイくんで。紙おむつとネズミーのTシャツというとんでもないほどの軽装でいるのが、よほどのことお気に入りらしく、ここいらでもかなり暑かったこの夏は、ほとんどその恰好で通したほど。
『最近の紙おむつは、なかなかおしゃれですねぇ。』
 パステルカラーのお星様やらトラックに飛行機、可愛らしくてポップなイラストがプリントされており、今年は なんと“水遊び用”という、防水性の高いものまで出たというから、日本の企業の研究熱心さって凄い。
(笑) そういった製品の恩恵に預かっての、こういうカッコであり、まあ、家人だけの場でなら可愛いで済ませても良いかなと放っておいたが、そろそろ朝晩は涼しくなったので、
「ほ〜ら、カイ。こっち来い。」
 同じリビングにいてお守りを…しているやら、されているやら。がっつりと大きな図体のお父さんが、膝を折っての中腰姿勢、なかなかの安定の内に屈みもって呼ぶと、
「きゃうvv
 お口の端をU字に持ち上げて、にぱ〜〜〜っと笑い。ソファーの肘掛けから手を放すと、とさんと尻餅をついて“よいちょ”と方向転換。そのまま とてちて・たたた…と、お元気な加速モードの這い這いで進軍してくる小さな王子様。
「よ〜しっ、捕まえた。」
「うきゃいvv
 キャッキャとはしゃぐ坊やを、両脇を掴むように抱えたまんまでソファーへ腰掛けたお父さん。すかさず、そこに用意しておいたスェットの上着とズボンとを重ね着させる。窮屈なお洋服を着るのはイヤなのか、途端に“やんやん”と柔らかな身体をよじって抵抗するものの、そこはもう随分と手慣れているお父さんであり。力自慢・体力自慢の自分だからと、こんな小さな坊やだから無理をさせたら痛がるのではとばかり、おっかなびっくりで扱っていたのも今は昔で、
「はぁ〜い、無駄な抵抗は よそうな?」
 や〜や〜と彼なりに懸命にもがくのを器用にいなし、小さな脚をズボンへ通させて、お次は上着と、さっさか重ね着させる手際の良さよ。ちたちた振り回される短い腕や脚の、ふかふかと柔らかいところや温みの愛しさに、どうしてもお顔がほころんでしまうゾロであるらしく、

  “まあ、そういう傾向は以前からあったんだけれども。”

 豊満なグラビアモデルにも清楚な令嬢女優にも、お元気なトレンディアイドルにも さしたる関心を示さず、どちらかと言えば“幼い系”の愛らしいルフィ一筋の貞淑な旦那様だったからと。ルフィ奥様、もしかしなくてもすっかりと、自慢のご亭主様はショタコンだと決めつけている感がある。
(笑) それはそれで問題がある解釈なのではなかろうかと、これまた彼らの傍らで何とも困ったようなお顔になるのがツタさんだったりするのだが、まま、今回はそれはさておいて。

  「まーまー。」

 中庭側に半分ほどサッシを開いてあった大窓の向こう、お散歩から帰って来た小さなシェルティくんの姿を目ざとく見つけたカイくんが、ぷうと膨れていた頬っぺをしぼめるとパパの腕の中からお愛想を振って見せ、
「おお、お帰り。」
 お父さんもにっこり笑って窓辺へと足を運ぶ。
「出掛ける準備は出来てるぞ。」
 カイくんを抱えたままに膝を折って屈み込めば、キツネ型のお顔の真ん中、三角に尖ったお鼻をちょいと振り上げて、嬉しそうに“あんあんっvv”と鳴いて見せる、シェットランドシープドッグの“るう”ちゃんで。白を基調に、頭や背中、尻尾には焦げ茶や黒、茶のふかふかな毛並みが乗っかっており、真っ赤な首輪の下になる胸元には、これもふかふかで純白の毛並みがアスコットタイのように誇らしげに膨らんでいる可愛い子。家族の方々からそれはそれは愛されて可愛がられていることを示す綺麗な毛並みに、溌剌と輝く腕白さんな瞳が印象的なシェルティくんのご帰還に、
「あらあら、お帰りなさいませ。」
 優しいツタさんが窓までやって来て、前脚から順番に上げられる足の先を拭ってくれて、さて。お家へと上がるとそのままトコトコ奥へと入ってゆき、


   ――― 3分経過。


「お待たせっ!」
 ばたばたっという足音と共に、ど・びゅんっと勢いよく。淡い玉子色のTシャツに、フードのついたキャメルのパーカーを重ね着て、ボトムは焦げ茶のストレートパンツ。元気溌剌、いかにも高校生風のかわいらしいお洋服に着替えて来た、人間の男の子に戻ったルフィ奥様のご登場。今日は隣町のアウトレットショップまで、皆の秋物冬物の装いを揃えにとお出掛けすることになっており、
「ツタさんは行かないの?」
「はい。申し訳ありませんが…。」
 実は今日は、ツタさんのところの姪御さんが、近くのテニスコートまでお友達を連れて遊びに来るのだそうで。その休憩用の足場にこのお屋敷を使わせてくださいと、前々からお願いされており、
「カイがもうちょっと大きくなってて、聞き分けが出来ていれば、お互いにご紹介出来たんだがな。」
 駄々をこねてグズっては大変だからと、ゾロがわざわざお買い物をこの日に重ねるという采配を下した訳なのだけれど、ルフィも既にご紹介いただいている姪御さんは、それは可愛らしいお嬢さんなので、
「う〜ん、ちょっと残念かも。」
 ご一緒出来ないのを残念がる奥方へ、
「ほれ。出掛けるぞ。」
 妙に急かすところが…もしかして。妬いてませんか? 旦那様。

  “…馬鹿なことを言ってんじゃねぇよ。///////

 いいガタイしててそこで赤くならないで下さいな。こっちが恥ずかしくなりますから。
(笑)







            ◇



 隣町のアウトレットショップというのは、ちょっと小洒落た南欧風の、広場をたくさん設けた作りのレンガ通りが広がる街並みの中、ショッピングモールの一角に広々とした敷地を誇って展開している、結構大きな総合衣料センターのことで。特にブランドにこだわるような性分をしている訳ではないのだけれど、縫製とかデザインとかがしっかりしているものが多いので。ついつい…そこらの安価なものよりは、こっちを選んでしまうかなというお二人さん。特に大切な坊やの着るものへはね、過保護だなんだと言われてもしようがない。だって可愛いんだものvv そうと言って譲らぬ奥方の方針から、本当にちょっとしたお砂場用の遊び着やインナーのTシャツ以外は、一丁前にブランド品で揃えていたりするとかで。
“いや、だから…そうそう流行を追っかけてはないからこそ、本店とかには行かないで、こういうアウトレットショップに来るんだってば。”
 それに、自分が着るものには そんなにこだわったりなんてしないんだしと、あくまでもミーハーな心持ちからのことじゃないんだからねと、誰かに言い訳したそうな奥方だったが、
「…あっ、キャ〜〜〜ンvv これって今年の Ver.のでしょ? なになに、もうこっちに出てるの?」
「はいvv 発売前から人気のデザインでしたからね。」
 親しくなってる店員さんに、妙に物慣れた訊きようをする辺り。………やっぱ、相当に情報通になってるご様子でございます。
(苦笑)



 一通りの、シャツやらズボンに、パジャマや下着。ジャケット、靴下に、そろそろ立っちや あんよもし出したからと、可愛らしいデザインの靴までと。今日も今日とて、ボックスワゴンのトランクルームに目一杯のお買い物をする一方で、とてちてと覚束ない“あんよ”やお外でも構うもんかの“必殺這い這い”で、パパやママの隙を狙っては気ままに“お散歩”してくれる坊やを追っかけと、充実し切ったお買い物タイムを過ごした、ロロノアさんチのニューファミリー。特にバーゲンの日だった訳ではなかったのだが、それでも都心近くから観光バスが乗りつけるほどの有名なショッピングモールなだけに、少なくはない人込みの中を泳ぎ続けた疲れが多少はあって。

  「…ちょこっと遠回りして帰ろうか。」
  「うん。そうしよう。」

 こういう時に必ず寄り道するのが、実は実は。自分たちが住まう町の方にある、小さな野外競技場跡の小さな駐車場。昔は保養地という性格の方が強かったがために、こういった施設も活用されていたらしいが、今はもう単なる空き地と同然で。だからこそ、
「着きました〜。」
「きゃいっvv
 おどけて到着を告げたお母さんのお膝の上、小さな坊やがパチパチと手を叩く。お買い物自体には、あんまりと言うか全然関心がないカイくんだけれど、帰り道で必ず立ち寄るこのがらんとした駐車場は、妙にお気に入りであるらしく。
「はいはい。おんもに出るんだね。」
 買ったばかりの小さな靴を履かせてから、一応は抱っこして車から降り立てば。さわさわと涼しい風が吹いて来て、ママと坊やのふわふわした黒髪を揺らす。擦り切れた古いアスファルトの、ところどころが裂けてるところをぴょいぴょいっと跳んで避けて。敷地の縁に形ばかり、目隠しにと植えられたのだろう木立ちの並ぶところまで出てゆけば。ふぞろいな芝草や雑草の絨毯が、天然の木立ちが連なるところまでぼやぼやと連なっており、
「こういうのって“自然”なのかなぁ。」
「何だよ、いきなり。」
 住宅地からは少々離れているせいで、人の気配もない、あっけらかんと静かな空間。いかにもな人造物である“アスファルト”やら“ガードレール”やらが設置されっ放しな場所ではあるが、植えられた桜やニセアカシアはもっさりと茂って殆ど野生化しているよなもんだし、
「本山さんチの奥さんが言ってたよ? 最近、イタチとかタヌキとかが、庭先まで来るようになったのよねって。」
「…ああ、そうだったな。」
 今年はやたらと、熊があちこちで人里にまで出没して騒ぎになっている。まま、今年に限っては、猛暑と台風のせいで森が荒れ、食べ物がないものだからと里の畑までついつい出て来ているだけのことであるらしいのだが。
「人がどんどん少なくなって、そしたらさ。」
 野生の中に埋もれて呑まれて、人間たちの住まいだったトコも自然に帰るのかなぁなんて。すっかり寂れた風景を、終焉を思わせる寂しいものではなく、それもまた次の進化や発展と見ているルフィに気づいて、

  “…ふ〜ん。”

 ゾロが小さく苦笑する。人であってもわんこであっても、まだまだ子供でそりゃあ小さな坊やだのにね。本人は気づいてないのかもしれないが、なんて広い視野を持つ君なのだろうかと、そうと思うと…ちょっぴり擽ったい。とことん前向きで、終焉とか終わりを知らない思考をしていて。タフだからなのか、それとも。繊細な目が何でも拾って、全てを“善きコト”へ繋いでしまうからなのか。塗料が何とか残ってる、くすんだガードレールに腰掛けて。透き通った秋の陽光の下、腕の中のカイくんを時折ゆさゆさと揺すってあやしてやりながら、あっちの樹はカエデかな、あの真っ赤なのはナナカマドだねと、遠景のお山を彩り始めている木々を指さし指さし、話してあげてる愛しい少年。初めて出会った時とあまり変わらぬ稚
いとけない横顔に、けれど…いつまでも子供扱いしてちゃ失礼かななんて、お母さんになって1年以上が経つ奥方に、ついついほややんと見とれるご亭主の、

  「…あ、ゾロ。頭。」
  「???」

 短く刈られた髪の先。どこやらから つーいっと飛んで来たトンボが留まって、それをルフィからの指さしにて教えられたカイくんが。何故だか はしゃがず“ほやぁ…”とばかり、真ん丸くお口を開いて見とれていたのが、あれれ、どうしたのかなと ちょっと意外。にぎやかな場所ではしゃぎまくったので、実はちょっぴり眠かったのか、それとも。

  「…そういや、ルフィ。お前、例えば熊が出たら、そいつと話が出来るのか?」

 もしかして。お父さんの頭に留まったトンボさんと、他へは聞こえない会話を交わしてたカイくんなのかもなんて。何となくファンタジーなことを思ってしまったゾロだったらしいが、

  「熊は…どうかなぁ。」

 此処に来る前には、別の土地、動物園に潜り込んだこともあって、
「やっぱ犬科の仲間ほどには、他の動物の言葉は把握出来ないもんだったからねぇ。」
 種族が違う動物同士で意志の疎通が出来たりしたらば、ややこしいことになんないかな。7匹の子山羊のお話の狼じゃないけれど、お母さんだよ出ておいでなんて呼びかけが通じて、まんまと騙せちゃったら困るでしょう? けどな、この声は近場に巣があるなとか、餌にしている種族の習性を把握してるってことはあるだろよ。
「だったら尚のこと、熊なんて動物園でもお友達にはなんなかったから、きっと言葉は通じないと思う。」
 肩を竦めて苦笑したルフィの、ちょっぴり低い鼻先を、そろそろ始まる夕焼け空に似た色の羽根をしたトンボが、つーいっと飛んで行って。

  「ちゃーっちゃ。」
  「行っちゃったね。残念。」
  「カイは昆虫の言葉が分かるのかもな。」
  「え〜〜〜? ヤダよ、そんなの。」
  「? 何でだよ?」
  「ゴキブリとかムカデとか、
   お友達だからって家へ上げたりおやつ分けたりしだしたらどーすんの。」
  「………。」

 それは確かに困るかも。急にリアルな現実へと引き戻されて、しかもしかも、
「お腹空いちゃったね。そろそろ帰ろ。」
「ああ。」
 人が据えたものが廃
すたれても関係なく、また原野に戻るだけ…なんてな、自然の側に沿った、スパンの広い“物の見方”をする子なのにね。間近・身近のことへもちゃんと貪欲で、自分と同じ視野を日々ちゃんと眺めてもいるんだねと安心させられる。車へと戻って来たルフィが、タコ焼きも食べたいななどと言い出したので、そういや今年も駅前に、いつもの屋台のおじさんたちは出てくれるのかなと、毎年のお馴染みさんを思い出したゾロだったりし。おやつもご飯も必要なよに、ロマンも現実もどっちも大事。トンボさんを見てどんな感慨にふけったカイくんだったのか。驚いたのか、それともあのねと、話してくれるまでが待ち遠しい。ほのぼのと仲良しで、ほこほこと幸せなご一家。温かいご飯が待ってるお家へと、黄昏の始まりそうな金色の風の中、ワクワクと楽しげな会話に沸きつつ、あと少しの帰途についたのでした。




  〜Fine〜  04.9.16.〜10.07.


  *あまりに放っておいたので、
   お話の主旨をすっかりと忘れてしまってましたです。
   確か最初は、
   ルフィたちのお家にも熊が出るよな話を構えてたような。
   (だって田舎だし。)
   でも、書きそびれている内に、
   冗談ごとではないほど出没するよになったんで、
   これは洒落にならんと思い、無理からの軌道修正と相成りましたです。
   日本ほど国土が狭い国ではね。
   里までの距離だって近いんだから、
   餌に困れば…甘い野菜や果物目がけて降りても来るってもんかもですね。

ご感想はコチラへvv**


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