月夜見
 puppy's tail 〜その23
 

  “とうとうなのvv”


 

 長期予報によれば今年の冬は“暖冬”になるそうで、各地のスキー場でも雪が少なく、クリスマスから年末という書き入れ時の予約が埋まるかどうかが心配などと言われていたのだが。そのクリスマスの晩あたりから、本格的な冬将軍とやらが、北方はシベリアから降りて来て。年越しと共に雪催いの風景がしっかり見られるようにもなって。
「…まぁ、全く降らないってコトはなかろうと、思ってはいたんだがな。」
 はっきり言って堂々と胸を張って“郊外”と謳える、関東地方の奥座敷。少しほど標高もある地域なので、夏は過ごしやすく“避暑地”としても有名なのだが、その分、秋が駆け足でやって来るし、冬は相当に冷え込む。そしてそして、日本海沿岸の豪雪地方に比べれば大したものではないながら、冬枯れの風景が雪におおわれてしまい、まるで墨水画の枯れ山水のような、色彩を奪われた風景になってしまいもする。
「雪かきをするほどではありませんから、助かりますけれど。」
 それでも、寒さが過ぎるのと足元が危ないからでしょうか、外に出られる方はぐんと減りますねと、ツタさんが小さく笑った。ここいらは由緒ある旧の別荘地であり、夏場だけ賑わう避暑地としてではなく、どちらかと言えば“終
ついの住処すみか”として世間から引退なさった方々がそのまま居住なさっているという観のある町なので、1年中住まわっていらっしゃるお屋敷が大半なのではあるけれど、その住民の方々はお年を召した方が大半で。そんなせいだろうか、お元気な方が多いとはいえ、やはり…気候が厳しくなると、ついつい出無精になってしまいやすいのだろう。隣町の大型スーパーが、インターネットでご注文をお受け致しますという宅配サービスを始めたので、それを利用するお家も少なくはなく、
「ただ、ワンちゃんのお散歩だけは、そういう都合で辞めるという訳にも行きませんからね。」
 お子さんの代わりにという愛情のそそぎようで可愛がっておいでの、おチビさんたちの健康のためとあらば、寒かろうがお年を召していようが関係なく、ぎっちり着込んでのお散歩にも出ておいでで。その時にお顔を合わせる方々とは、朝晩のご挨拶も相変わらずに欠かさないのではあるけれど。
「………ウチのはそういう手間が要らないのが助かるよな。」
 それを喜んでいるようには到底見えないままに、ううんと鋭角的な目許を眇めた旦那様が、さっきから仁王立ちになって眺めてらっしゃるのが、すっかりと雪に覆われているお庭の風景。春夏とそれは健やかな緑が目に鮮やかだったお庭も、今は…お正月に降った雪で純白に埋まっていたものを、
「雪かきもしてくれてるし。」
 随分とでたらめながら、芝草が覗ける箇所もある、なかなかユニークな景色になっており。そんなお庭を眺めている若き旦那様の視線の先では、茶色の毛玉がたかたかと元気一杯に跳ね回っている。時折何か見つけては、不意にじっと止まって“ううう?”と小首を傾げたり。木立ちの下の、イヌツゲだかの茂みの上なのだろう、地面より少しほど高く盛り上がっているところへお鼻の長いお顔を突っ込んでは、ぷるぷるぷるっと毛並みについた雪を降り払う仕草も、それはそれは可愛らしいのだが、

  「…海
カイちゃんは何処にいるんでしょうか。」
  「それなんですよ。」

 茶色の毛玉は、昨年も同じようにはしゃいでいたシェルティのルフィであり、こちらは一応はもう大人に近いから、自分で色々と判断出来もし、そんなにも心配は要らないのだが。今年の冬は去年とは違う。実は もう一匹、もちっと小さい腕白くんが同じ庭の中にいる筈なのだが、これが…真っ白な毛並みをしたウェストハイランド・ホワイトテリアくんなので、
「しっかり“保護色”になってるみたいなんですよね、これが。」
 あははは、そ〜れは大変だ。
(苦笑) まだ昼下がりという時間帯で、隈無く明るいお庭なのにもかかわらず、もう1匹の姿は…お庭のどこにも見えないような。
「一応ルフィにも、ちゃんと見ていてやれと言ってはあるんだが。」
 間近にいて、しかも鼻が利くのだから、埋まったりしないよう気をつけてやるんだぞと言ってはあるが、何せ…只今、屈託のない無邪気なワンちゃんになっているもんだから。自分がはしゃぐので気持ちが手一杯になっているのかも知れずで、
「あ、あちらの隅じゃないですか? ほら、勝手にぽこりと雪玉が持ち上がりましたから。」
「おお、そうみたいだな…って、また見えなくなったみたいですが。」
「そうですね。素早いですね、さすがに。」
 忍者並みですのな。
(笑) とはいえ、ツタさんはあんまり…ご亭主ほどには気を揉んでもいないらしく。お子たちがはしゃぐ様をひとしきり楽しげに眺めてから、お風呂の準備をしておきますねと、案外あっさりと窓辺から離れて行ってしまった。スリッパをパタパタと鳴らしもって去って行く、しゃんとした背中を見送りながら、
“あのくらいの自信がほしいよなぁ。”
 雪のお庭をそれはお元気に駆け回っている2匹のワンちゃんたち。そんな彼らは、実は実は…不思議な精霊の末裔で。日頃はそれぞれ、可愛らしい人の姿を取っており、この屋敷の住人として…この家の主人であるロロノア=ゾロ氏の大切な大切な家族として、恙無く暮らしているのだが。不思議な光に包まれてのメタモルフォーゼを経て、それは無邪気な仔犬の姿にもなれてしまえる。
“どっちかと言えば、あの姿の方が主だって言ってたしな。”
 まま、それは今更なお話なので、詳細は既出のお話を読んでいただくとして。
(おいこら) 今のあの姿の二人には、どんなコートでも敵わないほどの毛皮があるのだから大丈夫だと、ちゃんと判っていらっしゃり、それでの余裕の態度でおいでなツタさんで。そんな“お母さんの貫禄”に比べて、自分はやっぱり…ついついハラハラとしてしまう。まだそんなに深くはないけれど、カイは随分と小さいから。うっかりと溝などに落ちないか、茂みに嵌まってしまわないか。それより何より風邪を引かないか。気が気じゃあなくて落ち着けない。そんなに心配なんだったら、一緒になって雪の中を駆け回ればいいじゃないかとお思いの方も多かろうが、

  “それをするとこっちが風邪を拾っちまうんだよなぁ。”

 ………何を言い出すかな、この体力男がと。此処にあの金髪のシェフ殿あたりがいらしたならば、寝言は寝てる時に言うもんだとばかりに呆れ返って、口の端から咥え煙草を取り落とすところだろうけれど。それがために、こうやって窓越しの傍観者でいる彼なのであり。
“他でもない、ルフィから言われちゃあな。”
 当然のこととして、そんな柔
やわな身じゃあないと言ったところが、何とルフィがそれは怖いお顔になって“ダメっ”と叱り飛ばしたのが、初雪の華が宵闇の中へひらちらと散らついた大晦日の晩のこと。今ゾロが立っている窓辺に母子で とたとたと嬉しそうに駆け寄って、雪だ雪だとはしゃぐ二人へ、明日になったら一緒に遊ぼうなと声を掛けたところが、
『ゾロはダメ。』
 ぴしゃりと言われてしまったのだ。
『俺たちはふかふかな毛皮姿になれるし、その時に皮下脂肪も出来るけど、ゾロは風邪引いちゃうからダメなの。』
『めぇなぉ。』
 ふかふかで温かい ウシさんの着ぐるみガウンを着た姿にて、音だけなぞるようにママの言ったまんまを口真似するカイくんを抱き上げて。ほとんど瓜二つなお顔を見合わせて“ね〜”なんて言い合わせ、意地の悪い仲間外れ宣言をしてくれた小さな奥方は、だが決して根拠のない意地悪を言い出したのではないらしく、
『知ってるんだからね。ゾロ、こないだの身体測定で、体脂肪が10%切ったっていうじゃないか。』
 ………10%切ったって。それってどこの国の代表のアスリートでしょうか。
『こんな寒い時期だと普通は増えるもんだってのに、なんでまたそんなにも脂肪が落ちた訳?』
『いや…俺にもよくは判らんのだが。』
 何もしなくともそういう体に絞れるんですか。そりゃ凄げぇな。
『そんな体で雪の中を走り回ったりしたら、覿面
てきめん風邪引いちゃうっての。』
 おおう。奥方ってば、よく知ってましたねぇ。………という訳で、がっつりと力強い肩やそれは広くて頼もしい背中、隆と逞しく筋骨の張った胸板を持つ、どこから見たって頼りになるだろう旦那様に、なのに一緒に遊んであげないとダメ出しをした小さな奥方。小さなアンヨを雪の中に埋めながら、はうはうと楽しげに駆け回ってはしゃいでいるのだけれど。
「………?」
 ふと、つぶらな瞳を潤ませたお顔を上げると、じぃっと家の方へと視線を投げて。それから、キョロキョロ辺りを見回し、お庭の一角へまっしぐらする。
“どうしたんだろ。”
 ワンとも吠えない、無音の情景。雪を蹴立てる微かな音が、静かな中に聞こえはするが、あとは白い湯気をまとった“はうはう”という息遣いくらいしか拾えなくって。目的の位置へと辿り着いたシェルティくん。雪の中へとお鼻を突っ込み、そこから真っ白な縫いぐるみをひょいと咥えると、そのまま たったかとゾロが立っていた大窓へ戻って来た。どうやら遊び飽きたのか、それとも…お外の気配を何か聞き付けたのか。少しほど段差のある窓枠前の踏み石の上へウェスティくんをちょこりと載せて、パタパタパタッと全身の毛並みを勢いよく振り絞り雪の滴を振り飛ばす。それを見届けてから、からから…と窓を開ければ、
「あうっvv
 御機嫌そうな声でのお愛想。すると…不思議なもので、仲間外れの寂しさを感じていた旦那様も、何と言ったのかは判らないのに妙に宥められてしまっており、
「ほら、カイ。」
 その場に腰を下ろして、まずはと腕を伸ばして小さなウェスティくんを抱え上げ、ツタさんが用意してくれていたバスタオルにくるんで、さて。ルウくんのあんよを1つずつ拭ってやって、ぴょいっと上がって来たのを“よ〜しよし”と撫でてやり、さあ、皆でお風呂に入ろうねと奥向きへ並んで歩き出す。


  ――― 急にどうした? 腹でも減ったか?
       ん〜ん、なんかゾロが寂しそうに見えたの。
       別に寂しそうになんか…。
       してなかったの? 平気だった?
       …………ちょっとだけな。
       よ〜し、正直でよろしいvv
       よぉちぃい。


 奥方と坊やとの両方から“お褒めのお言葉”を頂いて、そりゃどーもと笑いながら返した旦那様のお声はキッチンまで届いて、コーンたっぷりのポタージュを温めていたツタさんがクスクスと笑っている。やんちゃ坊主が2人に増えて、気を揉む度合いも倍になったけれど、幸せだって倍に…いやいや何十倍にもなったからね。今年もまた、幸せな1年を送れそうだねと、ほっかほかに温まった親子のお声がお風呂場のエコーの中、賑やかに響いておりましたそうな。




  〜Fine〜  05.1.07.


  *選りにも選ってお正月早々に風邪を拾ってしまいました。
   縁起でもね〜。(ううう。)
   更新、めっきり遅れてすいませんです。
   とりあえず、お目出度いのが判ってるんだかどうなんだかな、
   ほのぼの御一家を久々にお届けいたしましたです。
   皆さんも、どうかお体にはご自愛くださいませ。

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