月夜見
 puppy's tail 〜その25
 

  “甘ぁ〜いのvv”

 

     なんでだろ?
     ママがね、いつもは じぶんが一番いっぱい たべちゃう
     だいすきな おやつ。
     きょうはネ、パパにって コネコネして つくってるの。
     おだいどこには あぶないから 入れてもらえなくって
     ちょっと つまんない。
     パパもなんだか、しんぱい? してるの。






 三月弥生へとカレンダーは移ったのに、まだまだ冬将軍の腰は重い。太平洋側の平野部にある都心にでさえ、雪が降りしきるほどの寒の戻りがあるくらいであり、そこよりずっと内陸の標高差もあるこの辺りでは、まだまだ冬仕様の生活が当たり前に続いている。

  ………のだけれども。

 刃物に熱湯、危ないものが一杯のキッチンにだけは絶対に入らせまいぞと、高さこそ1mほどだし、大きめのマス格子というスカスカな代物ながら、されど“二重扉”という厳重さでガードされた戸口にて。
「ま〜ま、くーく。」
 小さな海
(カイ)くんがアコーディオン式の仕切り柵に掴まり立ちして、じっと中へと注意を向けている。すぐ傍らには大きなパパが、しゃがみ込んで一緒にいてくれるからね、寂しい訳じゃないのだけれど。ママもツタさんもこっちを見ていて、時々は手を振ってくれたり笑ってくれたりするからね、詰まんないってほどじゃあないのだけれど。何をやってるママなのかしら、パパはこっちにいるのはどうして? ママに まんまそっくりの、黒々とした潤みが愛くるしい大きな瞳をきょろんと見開き、
「いー によい、うーね?」
 語尾の“ね?”に合わせて かっくりと小首を傾げて見せる無邪気な仕草が、三頭身サイズのちょんもりした肢体にはあんまりにも可愛くマッチしていて、
「そうだな、いい匂いだな。」
 キッチンの中での小さな奥方の奮戦振りも、注目したい微笑ましい作業ではあるのだけれど。それよりも判りやすい愛らしさの方へと、ついつい視線は多い目に奪われてしまっていて。肩も二の腕も胸板も、がっつりと雄々しい体躯にいや映える、きりりと冴えた表情が、今にも蕩けそうになっているお父様。
“………あれでスポーツクラブでは、女性会員さんたちから“クールなイケメン”なんて呼ばれてるなんてネ。”
 確かに鋭角的なお顔ではあるけれど。今は…目許を細め、口許にも全開の笑みが浮かんでいる、絵に描いたような“子煩悩”なパパ以外の何物でもないのにねと、こちらも ついつい“うくく…vv”と笑っってしまったルフィだったが、
「奥様、端っこばかりが薄くなってますよ?」
「あやや、ごめんなさいです。」
 ドッジボールくらいの大きさだった“タネ”を、作業台の上で均一に延ばしている真っ最中。同じ厚さにしておかないと、
「厚さが違うと、薄くなったところだけが焦げてしまいますからね。」
「は〜いvv」
 いいお返事をして、すり鉢用の摺古木よりも長くて均一な太さのめん棒で、タネをぐいぐいと延ばして延ばして。
「さ、いよいよの“型抜き”ですよ。」
「うわいvv
 実は これをこそ一番やりたかったんですよの、型抜きの段階に入って…もうお判りですね? 今日の奥方は、ツタさんに手伝ってもらってのお菓子作りに挑戦中。初歩のものとして、クッキーを焼こうと頑張ってらっしゃる真っ最中であり、細っこい腕をさらしての腕まくり。粉が飛んで擽ったいのを拭った手にもまた、打ち粉がついていたものだから、丸ぁるいおでこや小鼻の天辺には、下手くそなお化粧のおしろいみたいな小麦粉がぐいぐいと ぬすくられているのが…また可愛い。あまりに濃いところはツタさんがおしぼりで拭ってくれているのだが、お顔を少々強く拭われるのへ“む〜”とばかりにお顔をしかめる様が、これまた いかにも子供っぽくて。
「星とヒマワリと、それから…これはなんだろ? 桃かな?」
「逆にして“ハート”なんじゃないのか?」
 戸口からのご指摘に“あ・そっか”と小さく舌を出し、たははと笑う。それを見て釣られたカイくんが、意味も判らず“にゃははvv”と笑うのが、こちらさんもまた可愛い。………どうやら今回のお話は“可愛い”のオンパレードであるらしい。キュート・マニアなお父さん、悶絶しなきゃ良いけれど。
おいおい
「端から出来るだけ隙間を詰めて詰めて、抜いていって下さいましね。」
「は〜いvv
 それと、タネはあんまり手で触ると暖められてしまい、柔らかくなって刳り貫きにくくなるから。手早く進めましょうねというご指導にしたがって、ぎゅむぎゅむと型抜きを進めるルフィであり、抜いた端からこちらはツタさんが、オーブンの天板の上、クッキングシートを敷いたところへバランスよく並べて、つや出しの溶き玉子を塗ったり、ジャムやアラザン、カラフルなチョコスプレーを散りばめたり。
「アーモンドのもねvv
「はい、判りました。」
 まずはの第一陣を暖めてあったオーブンへと入れ、さあ次は、型抜きで抜き残った部分を1つにまとめ、ラップに包んで冷蔵庫へ。それからそれと入れ違い、四角い棒みたいなのを冷蔵庫から取り出したツタさんであり。
「? それって?」
 さっきの分はお団子みたいに丸くまとめてあったのに、こっちはちょっと形が違う。包んであったラップを取って、カマボコみたいに端から順番、包丁で輪切りにしてゆくと、
「………あっ。俺、これ知ってるっvv」
 田んぼの田の字の升目に、チョコの焦げ茶とバニラの淡いの、綺麗に組合わさってる四角いクッキー…の素だったの。
「そっか、金太郎アメだ。」
 ぽんと手を叩いたお父さんを見上げ、自分も小さなお手々をぱちんぱちんと叩いて見せたカイくんで。それに気づいたお父さん、大きな手のひらでふかふかな黒い髪を“いい子だね”と撫でてやる。ちょっぴり擽ったかったのか、きゃーい・きゃははと笑ったカイくんのお声がまた可愛い。…もう良いって?
(苦笑)
「そだね、同じ模様が次々出て来る。」
 ツタさんて凄い〜〜〜っと感心している小さな奥様へ、いえいえ これは本に載ってた作り方なんですよと、発案者じゃありませんとツタさんが慌てて説明したが、
「でもでも、俺にはセンセーだもん。」
 ご本も見ないで てきぱきってここまで作れちゃうなんてやっぱり凄いと、にゃは〜って楽しそうに笑った奥方で。屈託のないお顔は本当にカイくんと瓜二つだもんだから、ツタさんまでが嬉しそうに釣られての笑顔。


  「それじゃあ、次は。ココアを練って焼けるのを待ちましょうね?」
  「は〜いvv
  「あ〜いvv
  「カイも何かしたいとさ。」
  「う〜んと、それじゃあゾロのお散歩に行くとか。」
  「おいおい…。」






            ◇


  あのね、あしたは“ほわいとでー”っていう ひなの。
  でね、パパに ぱてしーえのチョコケーキを かってもらった おかえし、
  ママとツタさんでクッキーを やくことにしたんだって。
  パパは あまいあまいの、んと、あんまりたべないけど、
  これは“きまり”なんだって。
  カイも たべていいよってvv
  カイは キラキラがついてるおほしさまのが いい。
  そいからね、3ちょーめの マキちゃんにも わけてあげてもい〜い?




  「誰なんだ、3丁目のマキちゃんて。」
  「本山さんチのトイプードルのマキちゃんのことだよ。」
  「可愛いんですよね、小さいのに愛嬌もあって。」
  「この春にやっと1歳なんだよねvv
  「俺は知らないぞ、いつの間にっ。」
  「…ぞろ。」
  「旦那様、眸が本気ですよ?」




  〜おそまつ☆〜  05.3.13.


  *突貫ものですいません。
   ホワイトデイもの、久々の“ぱぴぃ”で書いてみましたが、
   可愛いの濫用に歯止めがかかりませんでした…。
   ダメじゃん。
(苦笑)

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