月夜見
 puppy's tail 〜その29
 

  “キラキラ、金色”


    暑いのとバイバイしたら、秋ってゆうのが来たの。
    どこにかは見えないけど来たんだって。変〜んなのねぇ?
    そいで、もう少ししたら、あのね?
    森が真っ赤になって葉っぱが降って来るよってパパが言ってたのvv
    そしたらじきに、大好きな雪こんこも降るよって、ママが言ってたのvv
    はやく降らないかな、雪こんこvv
    (…おいおい)



            ◇




 昨年と大差ないほどの猛暑がやって来た夏も、気がつけばどこかへと遠ざかっており、音もなく訪れていたのが次の季節の先触れで。
「朝晩がずんと冷え込むようになりましたねぇ。」
「そうですねぇ。」
 お散歩の道すがらに出会う、ご近所の奥様方からのご挨拶も、秋のそれへと衣替えをしつつある。遠くに望むお山もいつしか、あれほどの深緑で塗り潰されてた瑞々しさが仄かに仄かに乾いて来ており。秋の金色、光を風を透かしてか、遠くなって見える高いお空の色合いに映えるようにと、少しずつ少しずつ艶やかに、錦の色づきを見せ始めてる。

  「あうっ、はうっ♪」

 愛らしいお声に気づいて、視線を手近へと引き戻せば。こちらはまだ一応は瑞々しい緑のままな、庭先の一面の芝生の上。天然の絨毯をなかなかのバネを利かせて後ろ脚で蹴っては、小さな肢体をぴょこり・ひょこりと。疲れも知らずひっきりなしに飛び上がらせて遊んでいるのは、手鞠のように小さな小さな、真っ白な毛並みのウェスティくんで。
「微妙に届いてないみたいですね。」
「おおかた、あしらわれてるだけなんじゃないのかな?」
 鼻先でヒラヒラちらちら、軽やかに踊る影がどうにも気になったのか。冬を越す前、秋に盛りと咲く花々を渡り歩いて飛び交う蝶々を、夢中になって追っている。ただただ宙空ばかりを見上げての、ゴムマリのようなジャンピング。一心不乱という表現そのままの様子なのがあんまり可愛いものだから。同じ庭の も少し隅の物干しへ、青空にいや映える純白のシーツを幾枚も干し出しているツタさんがクスクスと笑うのへ、こちらは庇の下のポーチにて、芝刈り機の調子を見ていた旦那様も、つられての苦笑をして見せる。本来だったら、この夏に2歳になったのだから、小さいなりにそれでももっと大人の、成犬の体型になっているものだが。人間の方の成長へと合わせた育ち方をする“彼”だから、見た目は昨年の今頃とさして変わらない、小さな小さな仔犬のまんま。相変わらずに寸の足らない四肢を覚束なくも弾ませており、

  「あんっ、ひゃんっ!」

 頭上にばかり注意が行っていたものだから、とうとう着地のバランスを崩したか。短いあんよがぐらりと揺れて、後ろへとたたらを踏んだそのまま ぽてりと、尻餅をついてしまった真っ白なワンコ。腹立ち紛れにか、声だけでもと吠えかかる坊やを、そんなまで振り回した小癪な蝶々の方はというと。少し大きめの黒地に緑の涼やかな模様の翅
ハネをはためかせ、つややかな葉の茂る椿の茂みの上を優雅に掠めて、風に流されるまま奥向きの木立ちの方へと飛んでゆく。
「やはり向こうの方が一枚上手だったかな。」
 整備の終わった芝刈り機、丁寧にコードをまとめて、外向きの扉がある倉庫用の物入れの手前へと押し込んでいると。少し先の茂みが揺れて、

  「おんっ!」

 ふかふかな毛並みを陽に温めた、ウェスティくんよりは少しばかり大きめの、それでも小型の別のワンコがお庭へ登場。くっついちゃった葉っぱを払ってのフルフルッという動作も優雅な、いかにも手入れのいい、綺麗な姿をしたシェットランドシープドッグ。顔やお耳や尻尾に背中、焦げ茶や褐色の配色が愛らしく、ちょこりとした手足や撓やかな四肢とお胸には、純白の真綿のようなつややかな毛並み。純白のテリアの仔犬がそれは嬉しそうに駆け寄って来るのへ、尖ったお鼻の先でちょいちょいと構ってやり、機械油をクレンジングで落として手を洗ったところを見定めてから、がっつりと頼もしい この屋敷のご主人様へと たかたか駆け寄る、そりゃあ愛らしいシェルティくん。
「早かったな。ボニーの具合はどうだったね。」
 リビングへと上がる窓辺にて、短い濡れ縁へ腰を下ろせば、そのお膝へと前脚を引っかけて、身を延ばして来てのキッス攻撃。判った判ったと、同じくらいの勢いでふかふかな毛並みを撫で返してやらないとストップがかからない、至ってお茶目な甘えっぷりであり。すぐ傍らまで追って来ていたウェスティくんも、同じようにしているつもりだか、幅短なウッドデッキになっている床についてたパパの大きなお手々へと、小さな舌でぺろぺろとキッスの真似をする。無邪気なワンコたちにモテモテの旦那様、腕を伸ばして窓近くへ置かれてあったタオルを手にすると、彼らのあんよを拭ってやって。二人が順番こに居間へと上がってゆくのを見届けると、やっとのことで自分も上へ。とうに姿のないワンコたちを追うように、廊下を通ってバスルームまで進むと、大きな天窓のある明るい風呂場からよりも、明るくて柔らかな光が射して。広いめの脱衣場、細かい竹を編んで敷いた床へとうずくまってた“二人”が、ひとかたまりの光へと包まれている最中で。

  「………。」

 毎日のことなのに、日にだって何度ものことなのに。あんなにお茶目でお元気で、屈託のない子らがどうして。こんなにも神々しく見えるのだろうか。そのどちらにも嘘なんてなく、どちらもが真実で真摯な自然体。その境には、だが、これだけの奇跡や神秘が揺るがせに出来ないものとしてあるのだぞと。お前はこれを守り切らねば、彼らを幸せになぞ出来ないのだぞよと。姿のない誰かから、言葉もないまま、されど厳然とした戒めのように念を押されているような。そんな気がして…言葉を失くすゾロであり。小さな手足がするすると伸びて、ふかふかな毛並みの中から瑞々しくも柔らかな肌が現れて。小さめのお顔には軽く伏せられた目許へ影を落とすふかふかな黒い髪。卵の中から孵ったばかりのように、ゆっくりと目覚めて顔を上げ、真っ新な姿でこちらを見やるは、この身に代えても守りたい、愛しい少年。仔犬であって仔犬でなく、人であって人ではなく。無邪気で孤独な、生身の体を持った精霊の末裔。
「…ぞろ。」
 ふにゃりと笑った幼いお顔。かすかに潤んだ大きな瞳に見ほれつつ、伸ばされた腕からもっと小さな坊やを任されると、

  「よっしっ! 今日は“潜りっこ選手権”だっ!」
  「おうりっちょ、らーっ!」

 こらこら、だから。選手権ってのはなんなんだ。腕を突き上げる仕草なんか、すっかりとカイにも伝染っちまっただろうがよ。さっきまでの神聖な趣きはどこへやら、あっと言う間に“ミニスポーツ大会・屋内プール篇”と化してしまったバスルームであり、

  “…ま、これはこれでいいんだけれどもよ。”

 神秘だの厳粛だの、どっちにしたって柄じゃあなし。生身の彼らだからこそ、理屈やメルヒェンの香りよりも、お腹が空いたのとか、退屈だから遊ぼうようとかいう“日常”に振り回されたり、ちょーっとでも目を離したら何をし出かすかという、スリリングな“現実”と向き合うことの方が何倍も大事。


  「こらこら、カイっ! パパと一緒じゃないと湯船に入んなっ。
   るふぃぃ〜〜〜、石鹸をバスタブに入れんじゃないってあれほど…っ。
   だから、それはバスキューブじゃなくてパイプ洗浄用の洗剤だっつーにっ!」


 秋めいて来たムードもへったくれもございませんねと、お洗濯を終えたツタさんがバスルームからの喧噪へと苦笑した、衣替えの頃の皆様でございましたvv






  〜Fine〜  05.9.30.


 *久々の“わんこ”でございますvv
  人肌が恋しくなったら、やっぱこの子たちでしょう。
(笑)
  夜はともかく昼間のパパは結構大変みたいです。
  カイくんも2歳になりまして、
  一応は自己主張なのか口は回るわ、
  人のカッコでもたったか走り出すわという頃合いですからね。
  速さはともかく、小さいから捕まえとくのが大変かと。
  頑張れ、お父さんっ! 体力だけなら誰にも負けないぞっ!
(こらこら)

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