月夜見
 puppy's tail 〜その32
 

  さむさむだけど ホカホカなのvv
 

 あのねあのねっ、いつの間にか“ふゆ”が来たのvv
 じゅーにがつになったら、急にさむさむになってね?
 そいで さいしょの にちよーび、
 ユキユキこんこが ふったの〜〜〜っ!!


   ………あ、えっとぉ。
       あけまして、おめでとー、ございましゅvv




            ◇



 毎度お馴染みの関東の奥座敷。箱根のお山の冬を飾る“新年行事”といえば、何と言っても“東京箱根間往復大学駅伝競走”で。電車で向かうなら山裾沿いの小田急線だが、駅伝のコースでは、都心から南下して、鶴見、戸塚。相模湾沿いに今度は西進し、平塚、小田原、箱根とお山へ登る。小涌園の方へと上ってくコース沿いの地元では、年末から先導のバイクや中継車などなどの予行演習が行われ。そういった趣きもまた、ある意味で当地ならではの、迎春風景の1つだったりするのだとか。

  ……………で。

 一月の2日3日の朝からの中継を毎年楽しみにしておいでの駅伝ファンの方々ならば、選手たちが雪の中をゆく風景などをご記憶の方も多いにちまいない。温泉地として有名な土地柄ではあるが、それと同時に、さすがは東海道でも屈指の難所として謳われし“天下の険”で。高地へと上がるにつれて気候も下界とは異なって来、都心では暖冬でもこちらでは雪だって霙だって降ったりもする。ましてやこの冬は、直前に公表された“暖冬”という長期予報を裏切っての厳しい寒波が襲い来た冬。こちらでも5日6日にはまとまった雪が降ったし、東北・北陸の豪雪は観測史上最多記録を更新したほどに降り積もり、山間の村などの中には孤立してしまった地域が幾つも出たという。
「道路さえ埋める雪に閉じ込められてしまうのも、屋根に降り積もった雪に押し潰されるのも恐ろしいことですが、それを乗り切った後の雪崩や、雪解けの水が川や側溝からあふれての洪水も恐ろしいと聞いてますよ。」
 昭和38年にも、記録的な豪雪で大きな被害が出たのだとか。ツタさんが親類の方が当時そちらにお住まいで、それは大変な目に遭ったことを話して下さり、
「怖いんだねぇ。」
 お部屋の中は暖房で暖かいのだけれど、お話の深刻さへついつい“ぶるるっ”と小さな肩を震わせたルフィのお膝で、ママそっくりの大きな瞳をパチパチと瞬かせた海
(カイ)くんが、
「ユキこんこ、怖ーわいの?」
 猫っ毛をふるふるっと揺らしつつ、肩越しにぎゅうっと柔らかな身をよじってお母さんのお顔を仰ぎ見る。小さなお母さんがその腕で余裕で抱っこ出来ちゃうほど小柄な坊やは、実は雪が大好きで。ふわふわサクサクで、踏むとしぼんで嵩が減る。冷たくて不思議な、お空からの来訪者たち。辺りが真っ白になって、そりゃあ綺麗なのに。なのに…怖いの?と、小さな坊やにはどうにも理解が追いつかないらしい。何の屈託もないままに見上げてくる、潤みの強い漆黒の瞳はいかにも無垢で。大好きなお友達のこと、あんまり知らなかったのがショックなようにも見えるけれど、
「たくさん降ったらな。たちまち“怖い怖い”のになるんだよ?」
 どう言えばいいやらと困ったような顔をするルフィに代わって、すぐ傍らに腰掛けてたお父さんの出番。
「怖あい怖あいの?」
「そ。」
 まだ小さなカイだから、あまりに脅すのも可哀想かなと思ったか。ゾロパパには珍しくも…ないのか、咬み砕いた口調にての会話になる。

  「カイのおもちゃに、ふわふわのクマクマがいるだろ? 黄色いの。」
  「うんっvv ナミしゃんのvv

 東京にいるパパとママのお友達。とっても綺麗で優しいお姉さんが、カイくんのお誕生日にくれた、サテンシルクの縫いぐるみのクマさんのこと。カイくんが両腕を回して何とか抱えられる、結構な大きさのものだが、中に詰まっているのは細かいダウンなのでとっても軽い。
「あれはカイでも抱っこ出来るが、じゃあ、同じふかふか仲間のお布団はどうだ?」
「おふとん?」
 おややぁ〜?とばかり、かっくりこと小首を傾げる様子まで、何とも愛らしい坊やの仕草へ、大人たちが思わず口許をほころばせ、
「お布団も同んなじ綿とか羽根とかふわふわが入ってるけど、カイには重たいだろ?」
 それと同じで。雪こんこも、少しならお友達でもたっくさん集まるとたちまち手に負えなくなると、そう言ってやりかけたお父さんだったらしいのだが。

  「おふとんとクマさん、一緒?」

 おややぁと。小さな坊や、最初と同じような“???”というお顔に戻ってしまったので、これは前提…というか例えるものが間違ってたらしい。
「ぞ〜ろ、残念でしたvv
「う〜ん…。」
 思惑が外れて、ちょいと口許を歪めちゃったお父さん。でもでも、可笑しいったらとクスクス笑う小さな奥方の懐ろから、小さな坊やが目許を細めて笑いつつ、やっぱり小さなお手々を“うんちょ・うんちょvv”と身を起こしながら伸ばして来たからね。お父さん抱っこしてvvっていう分かりやすいおねだりのサインには、それこそたちまちのうちにも厳しい顔つきが跡形もなくなり、あっと言う間に相好を崩してしまうゾロであり。大きな手のひらが抱え上げたる小さな重み。片手でも支え切れそうなほどの小さなそれだが、価値の重さは量り知れぬと。大切そうに受け取ったゾロパパの側のみならず、見守るルフィママまでが、幸せそうに柔らかく微笑って見せ。
「ウチのお庭の雪は見上げるほどにまでは積もらなさそうだから、当分は“怖い雪”の説明も難しいだろね。」
「…まぁな。」
 奥方がそんな話を振ったのは、決して“追い打ち”をかけた訳じゃなく、

  「あのねあのね、ナミさんがね?
   ウェスティになった時のカイにどうぞって、
   真っ赤で可愛いベストを作ってくれたんだよ?」
  「ベスト?」

 わんこになったらヌクヌクの毛皮があるからね。だからこそ、雪こんこの中でも寒くなく遊べて、それで大好き〜〜〜vvって言ってる坊やなのに何でまたと、怪訝そうなお顔をするゾロだったのへ、
「だから。一緒に遊ぼうにも雪との保護色になっちゃって困るんでしょ? 要は。」
 小さな坊やがメタモルフォーゼするわんこは、日頃の毎日、坊やの姿でお風呂に入っている成果もあって、冗談抜きにその毛並みが雪にも負けぬほど真っ白で。どっこの忍者にも負けないほどの“雪隠れの術”が使える困ったちゃんなのだが、
「真っ赤なベストを着せたら、見失うって事はなくなるでしょ?」
「あ…。」
 今頃“ぽんっ”と手を叩いてるところが、何ともお暢気と言いましょうか。パパのお膝へ移ってたカイくんまでもが、真似してお手々をパチンパチンと叩いて見せて、キャッキャと笑ったのがいと可愛い。それを見やりつつ、
「今年はゾロも体脂肪をちゃんと増やしたようだしね。」
 ルフィが言を重ねれば、
「おうよっ。」
 だから今年は雪遊びOKだよなと、わざわざガッツポーズを取って見せる可愛い旦那で。…変なことを喜んでる困ったご夫婦だが、省略された部分がちゃんと分かっているツタさんは、苦笑が絶えなくて困ってるほど。剣道バカだった学生時代からのずっと、厳しい鍛練を積んでの体作りをしていたご亭主は、あくまでも実用に即したそれとして、筋骨隆々、そりゃあ頼もしい体躯を通年の常で無駄なく絞って保っていたのだが。一体どこの五輪参加選手ですかというほどにも絞り過ぎての体脂肪不足を指摘され、雪の中で遊ぶなんてまかりならんと、奥方からの禁令が出ていたほどだったのが…去年の話。それに懲りた旦那様。だからってわざと不摂生をした訳じゃあないが、頑張って
(?) 奥方と一緒におやつを食べたりするようにした結果、何とかぎりぎり二桁キープに成功したので、だから今年は…vvという運びに、それこそ子供のように喜んでいるご亭主な辺り。
“可愛らしい方々ですことvv
 そぉっとお台所へと立ち上がったのは、そろそろ夕餉の支度に取り掛かるからで、

  ――― 今夜はすきやきにしましょうね。
       やたっ! すきやきだっ!
       ちゅきやきっvv

 やわらかいお肉を甘辛にしたのが大好きなルフィママが“万歳っvv”と手を挙げたのへ、一緒によく煮た甘辛うどんがやっぱり大好きな坊やも両手を挙げて喜んで見せる。
「お野菜も食べるんだぞ?」
「そういうゾロだってお豆腐ばっかりしか食べないじゃんか。」
 お調子よく言い返したところが、

  「じゃんかvv

 間違いなくもお父さんのお膝から上がったお声が、蓮っ葉なお返事を返したものだから。おおうっと顔を見合わせたご両親。それからあのね? こらこら今から妙な口癖をうつすんじゃないとお父さんが慌てたのへ、ごめ〜んっとそれでも笑いながら言い返す奥方であり。相変わらずの可愛いご家族、寒い冬も余裕のほかほかに乗り越えられそうで、皆様どうか、今年もよろしくでございますvv




  〜Fine〜  06.1.11.〜1.12.


  *本当に今年は雪の害が半端ではなく、
   どうしたものかと思ったのですが、ちょこっとだけ。
   こちらさんの雪こんこ大好き坊やのことも書かせていただきましたです。
   毎日のように雪下ろしをせねばならないとか、
   物流もストップしているとか、
   色々なニュースを毎日のように耳目にしておりますけれど、
   どうかご無事でとお祈りしか出来ない身で申し訳無く。
   せめて、早く春が来るといいですよね。

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