月夜見
 puppy's tail 〜その33
 

  鬼は外だぞvv
 

  今日はネ、あのね、豆まきなのvv
  オニは外で、フクはウチなんだってvv
  おっかしーよねー♪
  ………そいでさ、フクってなぁに?




            ◇



 今年の冬は結構寒くて。暖冬だった昨年以上に、雪も降ったし底冷えもキツかったが。沿うであることに気づいているものは、少なくともこのご一家には一人も居ないんじゃなかろうかというほどに。そりゃあもうもう、にぎやかというか、お元気というか。
「…あ。こら、カイっ。マフラーと手ぶくろっ!」
「やー・も〜んっvv
 きゃーははは…vvと、時折 跳ね上がりもっての、何かが転がるような軽やかな笑い声がそれは高らかに上がっており。それがとたとた…という足音と共にリビングを何周か回った後で、濡れ縁から“よいちょ”とポーチへ降りて来たのは小さな人影。腰より低い小さな相手を追っていたお父さんが、相手は難なくスルリと通り抜けられたソファーとローテーブルとに、きっちりと行く手を阻まれた一瞬の隙をついての“大脱走”だったのだが、
「あうあうっ!」
 大人ならそのまま楽勝で飛び降りることが出来ても、まだまた小さな坊やには結構な段差があった濡れ縁。まずはとそこへお座りしてから“よいちょ”とお尻をずらして降り立って、それからお庭へと駆け出しかかった、正に丁度のそのタイミングヘ。お外から戻って来たらしき、誰かさんが駆けつけて。坊やのすぐ前を左右にちょろちょろとしつつ、巧妙に立ち塞がっての“通せんぼ”を敢行する。今度は自分と同じくらいの小兵による明らかな妨害へ、
「ま〜ま、や〜の。」
 お外へいくの〜と、押しのけたいらしき小さなお手々が伸びて来たけど。さすがにこればっかは譲れないのか、お耳を掴まれても小さなシェルティくんは怯みません。小刻みなステップでもって体をうまく左右へと回して、坊やの行く手を遮り続け、彼が我慢していたその代わり、
「こらっ、カイっ!」
 やっとのこと、ソファーを片腕で…下に敷いていたラグごと脇へと押しやって、窓辺まで追いついたお父さんが、シェルティくんへの無体を叱ります。
「お前〜〜〜〜。一体、何をしてるかなぁ?」
 靴下だった坊やといい勝負の裸足のまんまでポーチまで飛び降りて来て、坊やを捕まえ、るうちゃんのお耳から小さなお手々を離させて。目線を合わせるべく、ゾロお父さん、カイくんの正面へお膝をついて正座をしたので。傍目にはどっちが叱られているのやらという対峙になっちゃいましたが、まま、そこはご愛嬌。小さな手でだって、ぎゅむと掴まれたら相当痛いはず。ましてや、犬にとっての耳は、鼻と同じほどに飛び抜けて感度のいい場所だから。強引に触れられるのは、本能的に嫌な場所に違いなく。なのに、悲鳴も上げなきゃ振り払いもしなかったるうちゃんの背中を撫でてやり、
「大体、さっき約束したばっかだろうが。ママが外から帰って来るまでいい子で待ってるって。まだ、ほんの10分しか経っとらんぞ。」
 いつもいつも甘いばっかなお父さんではありませんで、いくら何でもというほどに やんちゃの度が過ぎれば、そこはしっかり叱りもするようで。まだお若い人ですが、きりりと引き締まったお顔は、厳格そうな表情を浮かべるとそれは鋭く冴え渡り。見慣れてるはずの坊やにも、怒っているんだぞというのはすぐにも伝わって。
「う〜〜〜〜。」
 小さな口許をぎゅうぅっと引き絞り、それが徐々に徐々に“うにむに…”と引き歪んで来ても、
『あわわ、いやその。言い過ぎたかなぁ?』
 なんてことは言いません。ママ似の黒々とした大きなお眸々が、じわじわ・うるうると潤んで来ても、
「…カ・イ?」
 泣く前に。お名前を強く区切って、誰が悪いのかな? そうと訊いて譲らないお父さんのお顔はなかなかに厳しく。

  「………めんちゃいですぅ。」

 うぐぅ、ひっく、えくえく…と。泣き出しながらもちゃんと“ごめんなさい”が言えたので、
「よ〜し、いい子だ。」
 長い腕を差し伸べて、小さな王子様を抱っこしてあげ、すぐ傍らでお尻尾を振っていたるうちゃんも抱え上げ、力持ちのお父さん、リビングへと上がります。どうなることかと入り口のところで見守っていたツタさんが、ほうっと思わず胸を撫で下ろした先。同じ高さにからげるように抱えられて向かい合ってたわんこと坊やが、今はもう“くふふvv”と笑っているカイくんの頬っぺをるうちゃんが舐めてあげての仲直り。仲のいいご家族でよかったですことと、眺めているだけでも何か幸せの御利益がありそうな心持ち。奥向きの子供部屋へと向かった彼らを見送ってから、さぁさ お料理の続きをと、ツタさんもキッチンへと戻ってゆきました。





            ◇



 今日は昔の暦での冬と春との境目で、節分という日です。春と夏とか、夏と秋とか、他の季節の境目も節分と呼ばなくもないのですが、昔はこの日が農業や何やの段取りの関係から“一年の区切り”だった特別な節目だったので、それで特別扱いだったのだそうで、
「病気とか災害とか、色々な困ること厄介なことを、恐ろしい鬼に見立てて。それを皆で追い払いましょうって。お祈りをしたり掛け声かけたりして、厳しい冬も あとちょっとだよ、乗り切りましょうねって気を引き締めたんだろうな。」
「ふ〜ん。」
 この何日かは少ぉし緩んだ寒さだったけど、明日あたりからはまたぶり返すのだとか。そこでと、野良のリーダーさんとご町内の様子を見回って来ていたルフィママであり、幸いにして今のところは具合が悪くなった野良はいないらしい。
「今年は雪も深かったろに。」
「大丈夫だよう。」
 冬場はネ、無人になってる別荘のガレージとか縁の下とかに潜り込めるから。簡単に入れるよなトコは隙間風も強いから、あんまりありがたくはない。でも、そうかと言ってルフィが人間の姿になってこじ開けるお手伝いなんかしたらば…犯罪になってしまうし、そもそも過剰な手出しはわんこへもありがた迷惑なので、やり過ぎはご法度なんだけど、
「どうかすると毎年のことだからね。みんなも慣れてるみたいだよ?」
 ここいらは、昨日今日からというような新規の別荘主や“一見さん”の観光客はあまり足を運ばない奥の院だから。一夏だけのペットをそのまま置き去りにするというような、非常識で無責任な人はまず来ない土地。なので、どこかから流れて来た子という形でしか野良は増えず、世間を知らない、飼い犬としての躾さえされてないような犬たちが、放置された末に凶暴化して話題になってしまうような悲しい事件には縁がない。
「で? カイはなんでまた脱走をしたがってたんだ?」
 まだ小さいからついつい、我慢にも限度があって、そこから駄々を捏ねちゃうのは仕方がないが、一人でお出掛けだなんてこと、ママの後追い以外では滅多にやらない彼だったのにね。細っこくって小さな男の子という姿に戻ったママのお膝に抱っこされた、ママそっくりのくりくりお眸々の坊や。駆けっこしたのでちょっぴりおネムなのか、ママのお胸へ凭れ掛かっていて今は大人しくしているが、
「自分でコートまで引っ張り出して、ぐるぐる回りながら袖を通してってお支度しての脱走劇だったからな。」
「え〜、そうなんだ。」
 見たかったなぁとクスクス笑ったルフィだったが、懐ろに見下ろせるふわふわに柔らかい猫っ毛をそぉっと梳いてやりながら、
「おチビさんたちでの集まりがあったらしいよ? 本山さんチのマキちゃんと角のお婆ちゃんとこの陸くんと。」
 今日はあちこちからいい匂いがする。イワシを焼いたりお豆を煎ったり、巻き寿司の具を煮ているお家もあるみたい。カイくんには一応3回目のことだけど、何でなのかは知らないまんまで。
「そこで小さい子供たちで探りに行こうと思ってたらしいの。何のお祭りがあるのかなって。」
「とんだ探偵団だな、そりゃ。」
 あとの二人(二匹?)にしてみても、子供たちだけでお外へ出て行ける筈はなく、
「お窓の向こうから伝言をされたよ? 窓が開けられないの、ごめんなさいって。」
 ママからの伝言にも小さなお顔は上がらず、
「ぷや…。」
 むにゃいと呟いてとうとう瞼が下がります。パパと鬼ごっこ出来たから もう良いやって思ったか、探偵ごっこは来年へと持ち越しみたいです。晩になったらツタさんが炒ってくれたお豆さんで、皆で“鬼は外”をやりましょね?






  〜Fine〜  06.2.02.〜2.03.


  *時事ネタを外せないのがこのシリーズという感が、
   強くなって来ましたな。
(笑)
   ママは巻き寿司を何本食べるやらですねvv
   カイくんは豆を3つしか(正確には2つですが)食べられないのへ
   パパたちばっかり狡い〜〜〜とかって怒らないかしら。

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