月夜見
 puppy's tail 〜その35
 

  暑いの イヤイヤ
 

   何でだろ、雨こんこん降ってたときは、
   こんな、あついあついじゃなかったのにね。
   ベロだして はぁはぁってしても アチアチのまんまなの。
   お陽さまキライっ、あち いってっっ!



 そうまで物忘れがひどくなっちゃあいないのに、まだ半年も経ってない、あの真冬の記録的な豪雪が、もはや遠い遠い昔話みたいだなって。しみじみ言ってたのはゾロだった。朝も早から圧迫感満々ならしき、蒸し暑い熱気を窓から感じて、肩をすくめると苦笑を一つ。これでもまだ、都心の繁華街や住宅密集地に比べれば、コンクリやアスファルトからの照り返しも、エアコンの室外機の温風もないだけマシだと。天然自然の緑の天蓋とか、ひんやり冷たい土の感触。どこかを流れるせせらぎの上でも渡って来たものか、木陰を吹き抜ける瑞々しい風があるだけでもずんと涼しいなんて、此処は天国みたいなところなんだよと、ゾロがそんな風に言ってたからね。ボニーもサカキも、外に居てもさしてバテないから助かるって言ってたからね。うんうん、俺だってそうそういつまでも子供じゃあないんだ、贅沢は言いませんて…だなんて。物分かりのいい大人ぶってた奥方が、
《 そいじゃあ、行って来ま〜すっ!》
 あんおんっと お元気なお愛想を一声上げてから。ふかふかの毛並みもその態度が颯爽としている分には涼やかな、手足の爪先がちょこりと小さなシェルティくんに変化
へんげして、朝のお散歩へと出掛けて行って………幾刻か。

  「にゃ〜…。」

 リビングでソファーに腰掛けて、ゆったりと新聞を広げていた旦那様のお耳へ届くのは、このお屋敷には本来あり得ない種族の放つ、か弱き鳴き声だったりし。
「お、起きて来たな。」
「そうのようでございますね。」
 放ったらかしてる訳ではないが、寝る子は育つと言うからね。急かしもしないで好きなだけ、寝たいだけ寝かされている小さな坊やが、やっとのことで起き出してきた、その第一声が今の“にゃあ”。
「ウチのおチビさんは、どういう物覚えからなのか、にあにあとよく口にするみたいだねぇ。」
 実はネコどころかワンコだってのにねと、お行儀云々とか おふざけはメッとかいうのとは次元の別なところでの大問題だと言いたげに。困ったもんですというお顔をして見せる、まだまだうら若き旦那様へと。お顔を洗うお手伝いをして差し上げたそのまま、小さな王子様の手を引いて来ていた、やさしいツタさんが“うふふvv”と思わずの苦笑をしちゃったそうですが。
「パァパ、あちあちで やーの。」
 真っ黒な髪はまだまだ細くて柔らかく。生まれたての仔犬の毛並みを思わせて。くりくりと大きな瞳を何とか眇め、ちょこりと小さな小鼻の真下の、やわやわの口許もまた、一生懸命に尖んがりっぷりをご披露中。春の間は多少の寒さも何するものぞと、結構お元気で早起きさんだったりもしたものが。この梅雨の初めからの梅雨寒には、さむさむ…と身を縮こめてばかりいて。ママとパパとにやたらと抱っこをせがんでばかりいた、当家の王子様こと、海
(カイ)くん。それがまたまたの一転、この数日は、気候がいい筈の箱根のお山の麓へも、西の各地で暴れてた“猛暑”がとうとう襲い来てしまい。テレビのニュースでも、この夏最高気温の〜とか、35度を越す真夏日で〜とか、余計なことをばかり言って下さるものだから。相当に暑さには弱いのか、くったり今にものびそうな、か弱いお声を上げてばかりいる始末。しかもその一声はいつも、
「にゃ〜〜〜。」
 駆け回れるから大好きと、確か去年はそれでもワンコのウェスティくんのお姿へ、進んでメタモルフォゼしたがってたカイくんだってのに、今年は暑いからヤダヤダとかぶりを振って見せており、少し先にある小さな瀬までの水浴びにも、なかなか出掛けようとしないくらい。厳寒となる冬場はともかく、冒頭に並べたように過ごしやすい気候の当地にあっては、文字通りの“自然児”を二人も抱えていることも考慮して、あんまりエアコンは使わない主義のお家でもあり。
「ふにゃ〜〜〜っ。」
 ワンコからニャンコになったとて、毛並みの下に蓄えられる熱量はさして変わるまいにね。にあにあという鳴き真似はなかなか止まず、
「パパ、暑いですぅ〜。」
 早々とのランニングタイプのタンクトップに、ジョギングパンツ型の短パンという極めて軽装になっていながら、それでも足りぬということか。寸の詰まった小さな手足、とてちて振り回すような小走りを見せつつ、ソファーまでを突進してくると。新聞を畳み終えたパパのお膝へ指の付け根にえくぼの覗く、ふかふかなお手々を掛けて、よいちょと登り始めるのが…何だか理屈がおかしくて。
“本当に“暑い”と思っているものなのかしら。”
 お台所へと戻り掛けてたツタさんが、またまた“くすすvv”と微笑ってしまわれる。パパさんだけは、まだあんまり暑さが堪えていないのか。ママもさっそくのランニングにジョギパンっていう、腿もお膝も、脇もお腹も、おヘソも背中も、肩も鎖骨も見せまくり、ハレンチ極まりな…げほごほ、なかなか“せくしぃ”な普段着に変わって久しいってのに。たった一人の女性であるツタさんへの気遣いもあってのことか、よほどのことでもない限り、せいぜい…真夏に上がタンクトップだけになる程度。ズボンに至っては、瀬や海などへと泳ぎに出た時を例外に、甚兵衛さんをはいてても膝出したことはあんまりないと来ますから。慎みとか何とか言うよりも、もはや一人我慢大会の様相だったりし。今日だって、麻の入った生地とはいえ、しっかり脛の半ばまである、七分丈の綿のカーゴパンツに、上は大きめのTシャツを涼しげにさっくり着ている御仁であり。そんないで立ちのさらさら感が、もしかしたなら気持ちいいのか、
「ふににぃ〜〜〜。」
 暑い暑いと一丁前にぼやくくせに、そんなパパさんのお膝に上がり込むと、そのまま懐ろにしがみつき、にあにあ鳴きながら…でも小さなお手々は剥がれないし、なかなか退かなかったりする不思議な坊やだったりし。
「あ〜っ、カイってばいいことしてる〜vv
 今朝のお散歩からはお勝手から戻って来てたか。ひとっ風呂浴びて来ましたと言わんばかりに、髪からボタボタ水っけを落としつつ、シェルティくんからいたずら小僧へと戻ってた、小さな奥方までもが…やっぱり。ソファーまでをとたとたと軽やかに駆けて来て、そのままぱっふんと、空いてたご亭主の腕と肩への、ハグ&頬擦り攻撃へ取り掛かっていたりもし。
「だ〜〜〜〜っ、ちゃんと髪を拭かないか。」
 放っておいては風邪を引くし、ツタさんのお仕事も増えようがと。小さな肩に引っかけられてたバスタオルを取り上げて、うりうりワシワシ、拭ってやれば、
「パパ、パパ、カイもゴシゴシvv
「あ? 拭いてあげるのか?」
「うっvv
 大きく頷く坊やがさっそく、小さなお手々にタオルを掴むと、手近になってたママの…半ズボンから出ていた腿あたりを“よいちょ・よいちょ”とこすり始めて。
“…とんだ乾布摩擦だよな。”
 さして力はかかってなかろうが、それでもごしごしやられては結構熱いんじゃなかろうか。懸命なお仕事中の小さな黒髪を見下ろしてから、その視線を傍らへと移動させれば、
“…おや。”
 そちらさんもまた、小さな黒髪頭を見下ろしており。その眼差しがまた、何とも甘くて柔らかく。そうかそうだな、これでもお母さんのルフィだからな。これが兄弟であったなら、痛けりゃ痛い、邪魔っけなら邪魔と、それこそ斟酌なく言って撥ね退けもするところ。でもでもルフィは、見かけこそまだまだ無邪気でやんちゃでも、自分のミニチュアみたいな小さなカイくんの“母親”だってゆ自覚が相当に強いから。
「ま〜ま、かわゆた。」
「そだな、ありがとなvv
 ルフィが笑顔全開で“にぱ〜っ”と笑うと、小さな坊やも釣られたかのような間合いにて。寸の異なる、でも瓜二つの造作のお顔、にゃは〜〜〜vvと愛らしくもほころばせてくれるから。
“…う〜ん。”
 大好きな笑顔に囲まれて、一番の幸せ者は俺に違いないと。今日も今日とて、親ばかで妻ばかな旦那様、そうそうに悦に入ってしまわれる。…どうでもいいけど、皆様がた。ソファーの真ん中に寄り添って、猿山のお猿みたくくっつき合ってて、暑苦しくないのでしょうかしら。
“お幸せだと、そういうものですよ。”
 暑いのはヤだけれど、大好きなパパに、大好きなご亭主にはくっついてたい。くっついてるから暑いのにねと、困ったことだと、判っているのにならばと引き剥がすことは出来ずにいる、そんなパパさんだって可愛らしいことこの上もなく。大きなお盆に朝のおやつを抱えて来たツタさんが、それは嬉しそうな笑顔を見せて。
「さぁさ、水ようかんが冷えておりますよ?」
「わっ! 水ようかんだっvv
「みじゅ・おーか?」
 パパ、パパとくっついてた坊やが二人、眸をきらりんと輝かせ、こちらをガバッと一斉に見やってしまったのは…。あらあら、パパよりスィーツって正直さの露呈になったようで。そこだけは、ツタさんにもちょこっと計算外だったけれど。甘さ控えめ、喉越しつるりん、ほらほら、カイくん、あ〜んしてvv 美味しいデザートをわいわいと囲んで、やっぱり仲睦まじいご家族に、軒端に吊るされた南部鉄のお箸タイプの風鈴が、チロチロ・チロリン涼しげに、微笑ってくれておりましたとさ。



  〜Fine〜 06.7.15.〜7.16.


  *暦的には“土用”からだそうですが、暑中お見舞い申し上げます。
   いきなりの猛暑到来には、ワタクシめの頭も3日ほど煮えておりまして。
   創作活動は何にもせぬまま、単純作業ばっかり、
   夏用の肌掛けを片っ端から洗濯したり、
   障子の張り替えとか繕い物とかして過ごしておりました。
   皆様は3連休ですね。いかがお過ごしなのでしょか。
   リハビリのつもりでつらつらと、
   取り留めもなく紡いだら、こんなん出来たのでUPしてみます。

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