“お山も真っ赤vv”
あのね、ときどき お鼻がツンてするの。
わんこになってるときも、そーでないときも。
お庭とかご近所とか、
たかたかたかって走るの、気持ちいーのにね。
お花とかの いいによいがして、
お空に向けて くんくんって、お鼻を立ててると、あのね?
さわさわって風が吹いてもないのに、
う・くしゅ…って なるの。
なんでかなあ?
わんこになってないときだと、パパがあわてて抱っこしてくりゆのvv
そいで、おでことおでこ、こつんこして、
そろそろお窓も閉めないとねって。
マーマも言うの、およ服もっと着なきゃあねって。
あ、なんか、いーによいするvv
ちゅたさんのおやつ、ほくほくのによいvv
プリンとか みじゅよーかじゃない、ほくほくのが美味しーのvv
◇
旧い保養地の奥向きの、スズカケや白樺の木立ちに縁取られた、それはそれは静かな別荘地に、その洋館は鎮座ましまし。昔は名のある財界人が、夏の避暑やら冬場の湯治、権勢者仲間のお客様を招待して過ごしたのだろうことも偲ばれる、部屋数も多ければ、どこか瀟洒で趣味のいいお屋敷だが、今現在は全く別のご家族が住まわっておられ。十数年ほど前、時々親子でお越しだったご一家の息子さんが、今の世帯主となってもう何年目となるものか。ちょっぴり気難しい文豪でいらしたお父様とは正反対に、それはよくよく鍛えておいでの精悍な男性が東京から越して来られ。聞けば何でも、学生時代はずっと剣道に明け暮れていたということで。いかにも“武道家”という雰囲気を背負った、凛然とした面差しの、寡黙で気難しそうなところはさすがは親子と、前の住人、お父上を知る人たちから妙な太鼓判をいただいたほど。ところが…ところが。そんな男性だったのも、最初のころの数カ月ほどのお話で。今じゃあもうもう“そんなお話、一体誰の思い出話でしょうか?”と、ご近所さんまでもが思うほど、すっかりと様変わりしたご一家になって…ああそうですね、もうそんなになりますかねぇ。
仄かに乾いた印象のする、生成りの漆喰壁を引き締めるのは、腰板やドア窓などの建具の枠フレームに使われているチャコール系の濃色のおかげ。品のある風貌がそのままに、脈々と伝えられていながら、なのに。住んでいる人々で家の印象はこうも違ってくるものか。幼い住人の笑い声がいつも絶えず、それへと呼びかけるものだろう、大人たちのお声もそれはそれは優しく甘く。今日なんて、ほら。ふんわりと優しい、それから本当にほのかに甘い、そんな匂いが家中に広がっており、
「うん、そだよね。それが“秋”ってことなんだよ。」
「あき?」
お揃いのシュガーブラウンのパーカーに、まだ薄手とはいえコーデュロイの焦げ茶のパンツルックなのもお揃い。蒸し上がったばかりの蒸しパンをこれもお揃いで手にしている、そりゃあそっくりさんな母と子が。リビングの真ん中、秋向けの色柄素材のそれへと取っ替えたばかりのラグへ、正座を崩したような格好でちょこりとお尻から座り込み。大きなお窓からお庭経由で差し入る、金色がかった陽だまりの中で、仲良く“おやつタイム”と洒落込んでいるところ。ぽさぽさのまんまで前髪も襟足も伸ばしてる黒髪は、猫っ毛のせいか、つやつやすぎるせいか、どうにもまとまりが悪くって。とはいえ、それが ちょっとした動作にふりふりと、揺れたり撥ねたりするのは、後ろから見ていても何とも無邪気で愛らしい。
「何か少ぉし寒くなって来ただろ? それが秋なんだよ?」
だから、ほかほか暖かいのが美味しかったり嬉しかったりするんだよって、坊やへと説きながら、ぱくり・むぐむぐ。ママさんルフィはチョコ味がお好きで、しっとりしたやわらかい舌触りへも“うふふんvv”と満足げ。勿論のこと、坊やのほうでも、
「温ったかいの、ちゅきvv」
お手々を上げてきゃ〜いと笑い、やっぱり ぱくり・むぎゅむぎゅ。小さな海カイくんは意外と野菜餡がお好みで、カボチャやおイモの甘くしたのを練り込んだ、黄色い蒸しパン、つぶつぶも入ってるのがお気に入り。小さなお手々を両方添えても余るほど、分厚くて大きな三角に切ってあるのへ、かぷって食いつく“だいごみ”をご堪能中。こぼれ落ちそうな大きな瞳に、ほわほかな小鼻やふかふかの頬っぺ。小さな顎はするんと丸く、お元気な口元はお喋りとそれから、美味しいものを食べるのでいつもいつも忙しく。縮尺を変えただけの、オリジナルとその3Dみたいなほどもの“瓜二つ”という容姿のこのお二人こそ。このお屋敷が随分と、ほんわか柔らかな雰囲気のお宅に塗り変わってしまった、その大きな“要因”さんたちであり。そりゃあ無邪気な笑顔のまんま、ただ今、ツタさん謹製の秋の味覚をご賞味中。やわやわでふかふかなのへ、かぷりと歯型をつけては むぐもぐと、なかなかに健啖家なトコ、競い合ってたところへと、
「後ろから見ると、熊の親子みたいだな。」 
同んなじ色味の後ろ姿へ、そんなお声が掛けられて。
「あ、ゾロvv」
「パパ、お帰いvv」
大好きなパパのお帰りに、バネ仕掛けの玩具にこんなのなかったかなと思うよな素早さで、ぴょいって立ち上がったルフィに続いて、よいちょと立っちした小さな坊や。いかんせん片手がおやつで塞がっており、
「あやや…。」
まだまだ重心が不安定な三頭身に近いから。お尻を上げたらそのまま前のめりにコケそになったが、
「おっと。」
リビングの入り口、刳り貫きの戸口から、風みたいな素早さとなめらかさで入って来たパパさん。大きな歩幅のほんの数歩であっと言う間に間際まで駆けつけており、大きな手のひらパッと開いて、坊やのお胸をそこへと軽々受け止める。
「はやや〜vv」
あらあらと。どしよどしよと思った一瞬なんてどこへやらで、にゃ〜いって御機嫌さんに笑った坊やを、こちらさんもそりゃあ幸せそうな笑顔で、そのままひょ〜いって抱え上げたのが。気難しそうだったとの評もどこへやら、可愛らしい坊やに、そして、
「ほい、こっちもちゃんと受け止めたよvv」
カイの方が当然優先っと。それでも一応は、携帯電話だのノートパソコンだのが入ってたことへと気遣って、山なりにソファーへと放ったブリーフケース。クッションのよさが計算外で、床へ撥ね落ちかけたのをこちらは奥方がナイスキャッチして 事なきを得ていて。
「おお、サンキュー。」
さすが反射じゃあ敵わないなぁ、何にも言ってないのに飛びつけたとはと。いやそこまで細かく謳い上げたりはしませんが。大手柄の奥方へも、そりゃあ和やかな笑顔を向ける御亭だったりし。週に何度か、隣町まで出掛けるお勤めに必要な、大事な資料が入ってるってことくらいは、無邪気な奥方も重々知っているからそれで。ぽーいって放られたのへ飛びついたのであって。決して、わんこの本能から“ほーれ、取って来い”だと勘違いした訳では…ないのかな?(こらこら)
「いい匂いがしていたが、そっか今日のおやつは蒸しパンだったか。」
ご自分はあんまり甘いの、お好きではないけれど。奥方や坊やの好物は、ちゃんと心得ておいでの旦那様。片腕で軽々と懐ろまで抱え上げてる坊やが、それは嬉しそうに持ったままだったカボチャの蒸しパンさん。潰しちゃわないでよかったねぇなんて、笑って差し上げ。蒸しパンよりも甘い匂いの愛する我が子に、
「パパ、ちゅき〜〜〜vv」
きゅううなんてしがみつかれて、しっかりやに下がってるこの人が、
「学生時代のずっとを全日本チャンプであり続けてただなんて、
今更 誰が信じるかって話だよねぇ♪」
「奥様…。」
悪気はなくともそれは言い過ぎと、少々困ったようなお顔になったツタさんも…実のところは同感だったりし。小さい子供を相手に、満面の笑みを惜しげもなくご披露なさっているこの青年。ツタさんもまた、彼がまだちょっと“お愛想”というものに慣れてなかった頃からのお付き合いだったので。こうまで屈託なく笑えるようになられたのは、当時と重ねると信じ難いくらいの変化には違いないと判るだけに、
“これも奥様のお力の物凄さでしょうかしら。”
今時の若い人には珍しいくらいに、いかにも表情の乏しく、気難しそうだったこちらの跡継ぎの青年は。都会で迷子になっていた…ちょっぴり擦り切れかけてた心を、この無邪気な笑顔の少年に救われて。それからの毎日を、ほこほこと暖かな生気で満たされ、十分すぎるほど充実されて過ごしており。それはルフィの側でも同じこと、ちょっと特別な生い立ちの身なのを、なのにそれと知った上で愛されている幸せに、とぷりと首までつかってる。本来、そうそう人とは交われないことから来る不安と、受け入れられればそれはそれで、相手への負担になりはしないかと思う葛藤と。好きな人だから大切な人だから、困らせたくはないと、ただの拒絶よりもただの警戒よりも何倍も辛い選択を、こっそり噛みしめたこともあったから。だからこその幸せが、どれほど嬉しいかということを、いつも全身で表している、その笑顔で誰をも暖めてくれる、お陽様みたいな男の子。そんなお二人が住まわれているのだから、このお屋敷がすっかりと、人懐っこい笑い声やら空気やらに包まれてたってそんなの当然じゃあないですかと。ご自分までもがふくふくと、幸せのおすそ分けをいただいておりますと、優しい笑顔を絶やさぬツタさんであったりし。
「…あ、そうそう。旦那様。」
小さな王子を抱っこしたまま、スーツ姿でいるご主人へ、我に返ってお声を掛ける。そこは彼の側でも心得ており、
「ああ、そうだ。着替えて来なきゃな。」
安定感のある“高い高い”はちょっと中断な?と、坊やをソファーへと降ろした彼へ、
「あ、それもですが。これは…。」
どう致しましょうかと。ツタさんが差し出したのは、勤め先のスポーツサロンがテナントとして入っている総合アミューズメントモールの中にある、子供服のお店の紙袋や衣装箱。それを眸にして、あ…とお口を真ん丸にした奥方へ、ツタさんの側でも同じようなことを思ったらしく、二人の“主婦”がついついと苦笑をし、
「まさか、それって…。」
何となく。もう予想はついてたらしいルフィ奥様の前へと、受け取った内の箱の方を掲げて見せると、
「決まってるじゃないか。カイにって晴れ着を買って来た。」
あああ、やっぱり。(苦笑) 秋と言えばの様々なイベントの大半は、運動会にしてもお遊戯会にしても、もうちょっと大きくなって…せめて保育園や幼稚園辺りへ通うようにでもならないと縁のないものばかりだが。子供と言えばの一大イベントが、日本には学齢前にもあったじゃあありませんかと。お節介にも教えてくれたのが、子供専門の写真館から届いたDMだったってのが穿ってる。
“どうやって調べるんだろうね、ああいうの。”
そりゃあ一応は、カイの出生届けは出してありますともさ。でも、それ以外は。子供服のお店とか、ヘアカットのお店、玩具屋さんなんかで“よろしかったら会員証を作りましょう”なんて訊かれても、名前やお年、外で公言したことなんてない筈だのにね。英才教育の何とかだとか、音感は早いうちに育てましょうの ほにゃららだとか。お子様向けのDMが、こんな人里離れたところまで まあまあよくも届くこと。そんな中の1通が、お子様の記念日に記憶に残る1枚を…なんてキャッチコピーが表に刷られてあった、キッズ写真館のDMだった訳なのだけれど。
『そっか。カイの七五三なんだ、今年は。』
そのご当人のカイくんをお膝に抱えて、ろろのあ=海くんと宛て名書きされた封筒を眺めていたお父様。緋色のお振り袖の女の子と紋付き袴姿の男の子という2ショットの写真に妙に見入っていたからね。
“予想はしてたんだけど…。”
まさかこんなにも早くに買って来ようとは、そこだけがちょっぴり予想外だった早業で。(苦笑) まずはと、ぱかりと開けられた衣装箱には、黒のブレザースーツと、それから。濃グレーのスーツも何故だか入っており。
「…わ。こっちの、一丁前に3ピースだ。」
「本当ですね。それに…半ズボンではないんですね。」
子供服のサイズは、年齢や号数ではなく身長で表示されている。そんなもの、いまだに何かというと抱っこしている間柄だから、空間に“座らせてこのくらいだから立ったらこんなものかな”と、今現在のサイズを空で示せるところまでもが、困った“親ばか”お父様。サイズが合わなきゃ返品の理由にもなろうにね。
「ブラウスの袖丈からしてピッタリだもんね。」
そいや、服を着た上から見ただけで、女性の3サイズを当てられるすけべえが…古今東西、ラブコメものにはちょくちょく登場致しますが、
“今の旦那様なら、カイ坊っちゃんの靴のサイズだって、0.5センチの誤差もなく言い当てられましょうよ。”
成長期だからこそ、本人連れてかないとなかなか決められないはずのものでさえ、
「これってイギリスのメーカーのじゃん。」
「あれ? そうなのか?」
会社によってはますますのこと、数値設定とデザインとにズレも生じるというのにね。エナメルの光沢もなかなかの風格を滲ませている、一丁前にもローファー風の革のお靴も、
「…よいちょvv」
最近、またぞろ降臨中の“自分で様”の覚束ないお手々で するりと履けるほど、ぴったんこのものを ちゃ〜んと買い求めて来てしまえる物凄さよ。
「靴っく、くっくvv」
「ああ。カイはお靴が好きだもんな。」
ええええ、そうですねぇ。半月どころか数カ月でサイズが合わなくなる成長期のお子様だからというのも手伝って、この家で一番多いのがカイくんのサンダルやコンバース。ほとんど底が減ってないのが何足も、屋根裏部屋にきっちり保管されてある。そのうち、カイくん博物館でも作る気じゃあないかというのは、東京のお友達、ナミさんのお見立てで、
“あながち冗談ごとじゃあないかもね。”
あ〜あと、それでも、苦笑に留めて。愛して止まない坊やへの、不器用さんなりの愛の証しのプレゼンテーション。微笑ましいことよとお付き合いして差し上げる。
「そいや“はろいん”の仮装も凝ってたよね。」
「そうでしたね♪」
そちらは買って来たものではなくて。恐らくは、彼の父上が、柄にない茶目っ気を出して、昔買って来てくれたものだったのだろう。頭の上へとかぶるフードにお耳がついた、フェイクファーの狼の着ぐるみスーツ。今でこそ、パジャマや部屋着にと まとう人の層も普通にあったりするが。ゾロが子供のころっていったら、ひのふの…20年は昔だろうから。よほどに洒落たパーティーグッズの店ででもなければ、説明されても理解できない店員からの失笑を買ったに違いない、そんな珍しい品であり。ゾロが着たのかどうかは、とうとう白状しなかったものの、
“…でも、大事に取ってあったものね。”
女の子たちが競って集めてた、カラフルな鉛筆とか千代紙とか、文房具に染ませてあった安っぽい香料のそれのような、古臭くて仄かに甘くて…懐かしい匂い。そういうのがしたってことは、お母さんも手入れをして下さってた思い出の品。
『…あ、しまった。カイはウェスティになれるんだったな。』
ハロウィンに迷い出るという亡者たちを相手にし、もしかしたら下手な仮装よりも度肝を抜くかもの大変身で、小さな小さなウェストハイランドテリアにメタモルフォゼ出来る坊やだったから。いかにもな着ぐるみなんて意味ないかと苦笑したパパさんだったのへ、
『おーかみ? わんこと ちやうの?』
『そだぞ? 凄っごく強くて勇ましい、わんこのご先祖様だ。』
『ゴセンゾっ。』
意味まで判ったもんだかどうだかはともかくも、手足の先まで肉球のついた手袋と室内ばきで完全防備の“即席 狼”になった小さなカイくん。ママからの説明にすっかりと気をよくし、夕方からのずっと、少し遅い時間になってやっと寝るまでの間、その仮装で御機嫌で過ごしていたっけね。どうやらあれで、味をしめたらしいお父上だったらしいのだが、
「今度は何の“おーかみ”になんの?」
あああ、カイくんたら今度も仮装だと思ってるよと。ついついツタさんと一緒にあらぬ方を向いて、必死で笑いたいのを堪えた奥方だったのは言うまでもなく。窓の外には、まだ夕方でもないのに真っ赤なお山。ああもう秋なんだねぇと、人恋しい季節にこんなにも暖かい想いでいられること、嬉しくて嬉しくてしょうがないと、柔らかな頬っぺにこそりと頬張った、奥方だったりしたのでありました。
おまけ 
「…で?」
「んん?」
「何で“お振り袖”まで入っているのかな?」
「あ〜、いやその。あんまり可愛いディスプレイだったからつい…。」
………お粗末さまでした。(苦笑)
〜Fine〜 06.10.31.
*カウンター 222,222hit リクエスト
貴子様『puppy's tail設定で、カイくんの七五三』
*いっち―様、もとえいちもんじさまからの頂きものですvv → 
嬉しい〜vv ありがとうございますvv
いやもう、一人っ子でルフィにそっくりで、
ただそれだけでもうもう、
ゾロパパ、晴れ着探しに東奔西走しそうです。(笑)
全ての行事を浚うイベントパパ。
幼稚園だ学校だってことになったら、
運動会や学芸会どころじゃあない、
芋掘り、遠足、送り迎えのパトロールとか、
PTA参加行事にも全部出そうで、面白い…もとえ恐ろしいかもです。
不定期勤務で、平日に身体が空いてるからなぁ。(苦笑)
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