月夜見
 puppy's tail 〜その37
 

  落ち葉、かさこそ
 

    あのね? この頃はネ?
    カイが“んしょ”ってお膝に登るより早ぁくに、
    パパが先にカイんこと抱っこしてから座るよになったの。
    足元、すーすーするだろって。
    お窓のガラス、お手々でぴたぴたすゆのも
    すごい冷めたいになってきて。
    真っ赤っかだったお庭の かーでの木も
    寒むさむのせーで もうすぐ裸んぼさんになっちゃうんだって。
    カイのまふらー、巻き巻きしてあげてもいっかなぁ?





            ◇



 非常勤扱いとは形だけ、今やその存在を相当頼りにされているその勤め先が、アスレチッククラブのジムナスティック部なせいで。予約の多く入る、週末や祭日の方がお仕事出勤の多い旦那様。とはいえ、そろそろウィンタースポーツのほうが主流になってくる季節に入るので、少しは暇が増えるか…と思いきや。次のシーズンに向けての調整や、はたまた基礎体力をこの時期にこそつけたいとする、オリンピック代表クラスの各種アスリートさんたちが、集中特訓の特別コーチにって御指名をかけてくるものだから。スキーやスノボが世間様のスポーツシーンの話題を占めるのには背中を向けつつ、だってのに、結局は日頃とあまり変わらないスケジュールをこなしておいでの、当家の若きご主人様。お名前をロロノア=ゾロさんといい、いつまでも精悍で壮健なお顔や佇まいでおいでなので、年齢不詳扱いされることも多いものの、
「きゃうvv パ〜パvv
 居間へと入って来たのへと飛びついて来たものを、ひょいっと懐ろへ抱えた小さな坊やが。はしゃぎながらもその小さな全身で ぎゅむぅ〜っとばかり、
「ちゅき・ちゅき・ちゅき・ちゅきぃ〜〜〜っvv
 なんてノリで無邪気にも抱きついてくると、
「〜〜〜〜〜。/////////
「…ゾロ。抱きしめ返すの、少しは加減してあげて。」
 一気に相好を崩しまくりになってしまう、日本一の親ばかさんであったりし。そんな様でいることへ微塵も憚ってないところを、
「若い人…って範疇じゃあ、もう無いのだろね。」
 時々、ちょいと辛辣な物言いをする奥方。ご本人には自覚が無さそうながら、そこはやっぱり、多少は焼き餅を焼いてのことかと、それこそツタさんにも判っているものだから。
「そんなことはありませんでしょうに。」
 焦げつくほど熱くなりすぎませんようにと、宥めるための小道具もかねて、甘いお菓子を精出して作ってくださっており。スィートポテトにロールケーキ。おやきにおはぎにみたらし団子。その甘さが功を奏してか、可愛いカイくんへの嫉妬から膨れた揚げ句…なんていう、夫婦ゲンカにまでは至ったこともないのだけれど。それでもそれでも、言いたいことはたんとあるようで。
『だってサ、ゾロってああまで“触りたがり”じゃあなかった筈なのに。』
 カイがわんこになってる時だって、戸口に向けて弾むみたいに“ぴょ〜いっ”て飛びついてくるの、ちゃ〜んと予測してて腰をかがめて入ってくるほどじゃない。そいで、しっかりぽすんと受け止めたらそのまま、クロゼット前まで“いい子だ・いい子だvv”の連呼でしょ?
『カイを甘やかし過ぎっ。』
『まあまあ。』
 そんな風に怒って見せる、こちらも若い…というか幼い奥方だったりし。
“ですけれど…。”
 それがいつまでも尾を引いて続いたためしは滅多になく。大概は、遅くなって坊やを寝かしつければそれで終しまい。愛らしい寝顔を一緒に見届け、
『今日はお前、妙に大人しいんだな。』
『知らないも〜ん。』
 あらためて、みたいに。向かい合おうとするゾロへ。ルフィの側が“今頃なんだよ”と。そういう風情がお似合いなシェルティさんになってもないのに“つ〜んだ”なんて わざとらしいそっぽを向くのへ。恐らくは…薄々と、彼のご機嫌の中、何がこじれかけてのそんななのかも判っていながら、なのに鈍重なご亭主で通されてのこと、
『また靴下はいてないな。』
『ふや…。////////
 ベッドの脇へと膝つき姿勢で屈み込んでた奥方の、素足のまんまな小さなかかとにふわりと触れて。体を冷やしたらどうするかなんて、抱え上げながら耳元でこそこそ。擽ったいよぅ、こらこら騒ぐとカイが起きる…だなんてやりとりの末。子供部屋から出て来た頃には、跡形もなくどこかへ雲隠れしてしまってる程度のご不満なのでは、

  “他愛もないとしか言えませんてvv

 こんな可愛らしいご夫婦なればこそ、多少の行き違いがあったとて、大仰に案じることもなく、静観していられるというところ。そしてそして、そんな愛らしい睦まじさが、傍らにいるツタさんへも、じんわりとした暖かさを齎してくれるのだとか。

  ――― そうは言っても。

 今年は割と、いつまでも暖かいですねぇなんて話していたものが。それでもさすがに…十一月に入って何日か経ってしまうと、木枯らしだのからっ風だのが“ひゅうぅん”なんて威嚇的な口笛を吹きながら軒下を勢いよく ゆきすぎて。窓の外、町を取り囲む木々の葉もすっかりと落ち。色味の落ちつつある空を背景に、頼りない梢がふるると震えている様が、見ているだけで何とも寒々しい。ちなみに、海
(カイ)くんが言うところの“かーでの木”というのは楓の木のことならしく、お庭の奥向きに結構な趣きある枝振りの古いのが端然と佇んでいるのへと、真っ白い仔犬へのメタモルフォゼをすると必ず、前足を引っかけての“立っち&タッチ”しにゆくお気に入り。赤ちゃんだったころからも、何が見えるか聞こえるか、抱っこしたまま傍らへ寄れば、高みの梢、いつまでも飽かず じぃっと見上げていたものだったので、
『ねぇねぇ、カイくん。何か見えるの?』
 最近になってママが直接訊いてみたところ、
『? う〜っと。』
 愛らしいお眸々を一丁前に眇め、さんざん小首を傾げて見せてから。やっと出て来たお答えは、
『判んない。』
 という一言だけだったりしたのだけれど。
(苦笑) 自分の足元さえ見えてないんじゃなかろうかというほどにも加速をつけて、やんちゃにパタパタ駆け回っているかと思えば。そんな風に不思議な何かへ視線も気持ちも奪われていたりして。沢山の“なぁぜ?”を抱えている幼い子供は、その存在自体がどこか不思議な“びっくり箱”みたい。

  「そりゃあ何も、幼い子供に限らないんじゃあないのか?」
  「? なんで?」

 不意に お説への引っ掛かりを投じられ。ひょこりと小首を傾げて見せる、小さな奥方の“はてな”は、本当に本心からの“?”なのだろが。そんなルフィ奥様の、潤みの強い琥珀色した大きな瞳を間近に見やり、その奥底にたゆとう何かへ心奪われてか、惚れ惚れと見とれて…ついのこと、言葉を失ってしまった旦那様。
「なあなあ、なんで?」
 焦れた奥方から胸元を揺すぶられ、思わず浮かべた苦笑の何ともまあ、甘く柔らかで、幸せそうな表情であったことか。あてられっ放しなことへはそろそろ免疫がついてたはずのツタさんが、通りすがりに見た光景へ、あらあらvvと擽ったそうに笑みをこぼしてしまったほど。だって、あんなにも“以前のゾロは触りたがりじゃあなかった”なんて、憤慨しながら言い切っておきながら。そのご亭主の膝の上、こちらもお膝から乗り上がりのしている奥方なのが、ツタさんにしてみれば…ずんと前から恒例の甘えっぷりだという記憶があったから。
“まま、こういうことって我がことだけは見えてなかったり致しますしねぇ。”
 あははははvv それはともかく。ただ一人、判らないようとむずがりに近いお顔でいる奥方へ、
「だから…。」
 何と言ったらいいものかと、少々言葉を探しておられた様子のご亭主だったものの、どうでも口下手なんだからと、えいと思い切ったのか、

  「予測がつかない“びっくり箱”みたいだってところは、お前だって同じだってこと。」
  「え〜〜〜?」

 あああ、言った途端にこれですよ。俺はあんなトンチンカンなことは言わないし、楓の木を見ても何も見えないぞ? いや、だからな? そうまでぴったり同じだって言いたい訳じゃあなくてだ…。まだまだどこかがお子様で、言外や行間を感じ取るのは苦手、一から十までと言葉を尽くさにゃ誤解することの多かりし奥方へ、こっちはこっちで飛びっきりの口下手さんが、何て言やあ伝わるのだかと奮闘なさっておいでなの、
“これもまた、微笑ましいことですね。”
 どっちの思うところも唯一把握し切っておられる、さすがは年の功のツタさんが、頑張れ旦那様と、くすくす微笑っておいでだったりし。片やは人と人との関わり合いのややこしさに馴染めなかった都会で、片やはその身の特異さから。どちらもが孤独とばかり縁を結んでる身の上だったお二人で。自分への嘘がつけない、ある意味でどうしようもなく不器用だった青年は、そりゃあ無垢で健気な少年に出会って心癒され。人とは交われぬ身、受け入れてくれた人へも、迷惑をかけるからと執着を知らず、そのままどこぞへか身を隠そうとしたルフィだったのを。そりゃあ懸命にかき口説き、それによって…独りにしないでと渇望するそんな自分を、冷めていた筈がその身の中に芽生えていた暖かな想いに気がつけた、旦那様だったりもしたそうで。不器用だからこそ、まだどこか拙い身であればこそ、もういい知らないとそっぽを向かず、とことん判り合えるまで、向かい合っての喧々囂々。喧嘩なんかじゃあないから微笑ましいと、慌てず騒がず、野暮な仲裁も勿論せず。黙って見守ってるツタさんも、なかなかに大物だと思えてならない筆者だったり致しまし。
(おいおい) 優しく見守るツタさんの、丸ぁるい肩口にも、ほら、はちみつみたいな秋の陽光が降りそそぐ。
「ああもうっ。だから、だ。納豆に砂糖ぶち込んで“お菓子みたい”なんて食い方したりするだろがよっ。」
「だって、やっちゃいけないなんて誰にも言われたことないし。」
「ああそうだよ、言ったことねぇよっ。」
 醤油かけてしか食べたことがない身には、まずは思いもつかないことだから、そこんところがむしろ凄いなって言ってんだ…と続けりゃいいのに。そこまで至らないから話がなかなか終わらない。傍から見てると歯痒いばかりだが、
「そんなことするなんて変な奴って思ってたのかよっ。」
「言ってねぇってそんなことも。」
「いつもそう言ってはぐらかすっ。」
「誰がはぐらかしたよ。」
「ゾロはいつだって一言足りねぇんだよっ! なのに、そうまで言ってないだろなんて、言ってないこと“せーとーか”するだろがっ。」
 おおう。今回の言い分では奥様の方が断然正論を紡いでおられます。それが証拠に、
「…っ。」
 旦那様、二の句が告げません。とはいえ、ここで割って入っては微妙な遺恨を残しそうで。ツタさんでも水入りへと持ち込めない、なかなか微妙な展開になって参りましたが、さあどうするか。

  “…いや、どうするもこうするも。”

 言いたいことを言いたいだけ、遠慮なくのお腹から言い合っているお二方。とはいえ、これが“喧嘩”に見えるのならば、歓楽街でのいちゃいちゃ接客は立派な“ディベート合戦場”に見えるだろう。気の高ぶりから膝立ちにこそなってはいるが、奥方様はご亭主のお膝の上へと乗り上がったままだし。そんな奥方を見上げるご亭主も、背後へと転がり落ちたりしないよう、さりげなく腰回りへ手を添えてやったまま。………で、

  「〜〜〜〜〜。」
  「〜〜〜〜〜。」

 にらめっこがどのくらいか続いたか。呼吸を止め合う競争でもしていた、その決着であるかのように、ふうっと息をついたのは奥方の方が先。相手を上から見据えるようにして身を起こしていたの、すとんと降ろして。小さな肢体をなお縮め、大好きな懐ろへぎゅううっと擦り寄る所作は、坊やの甘える時のそれと寸分違わず。

  「…あんな? ビックリ箱なのは嫌いか?」
  「そんなことも言ってない。」
  「む〜〜〜。」
  「…うん。それを最初に言わなかったから、やっぱ俺が悪いよな。」

 ほらね? 引き剥がされたところから、寂しいからくっつき直しなさいよって信号でも出るものか。ものの数分も待たずしてあっさりと鉾が収まってしまうのもまた、いつものことだったりするからね? ツタさん、くすすと微笑いつつ、こっそり胸を撫で下ろす。

  「そだぞ? 俺、凄げぇドキドキしちゃったもん。」
  「何が?」
  「………ゾロに嫌われたんかなって思って。」

 そんな筈ないじゃないかと、頼もしい腕で愛しい肢体をもっともっとと引き寄せれば。ここからくっついちゃえば良いのにと願ってか、ルフィの側からもすりすりと、お顔の形が変わりそうなほどの頬擦りをしてやまず。

  “ほらね。心配なんてするだけ無駄です。”

 不器用同士なままなのは、もしかしたなら故意になのかも。そうとさえ邪推したくなるよな“仲直り”の図に、やれやれとやっとキッチンへまで退散してゆくツタさんだったりし。人肌恋しい季節の到来、そんな建前や言い訳なんて全然要らない、相変わらずのお二人へ、秋の陽はあくまでも公平に、甘い陽射しを透かして届けているばかり。こんな季節に生まれたその身を、存分に暖めてくれる家族に囲まれて。都会で迷子になってた青年は、それは幸せそうなお顔で笑っておりました。



  
HAPPY BIRTHDAY!  ZORO!





  〜Fine〜  06.11.14.

  *カウンター223,000hit リクエスト
     貴子サマ『puppy's tail設定で、ゾロ誕話』


  *家政婦は見た。
(爆笑)

   貴子サマ、お待たせしてしまって申し訳ございません。
   キリリク作品、やっと書きました。
   いちゃいちゃものかと思わせといて、いきなり痴話喧嘩に突入です。
   これのどこが、お誕生日記念作品なんでしょうか。
(こらこら)
   相変わらずの“触り魔ゾロ”でして、そこへと加えて、
   “親ばか街道まっしぐら”という勢いで、
   やっぱり我が道を突き進んでいる 子煩悩なゾロですが。
(笑)
   いくらパラレルとはいえ、
   こんな設定はちょぉっと無理があるんじゃあ…と思っていたところが、
   結構好評を博していたりもするので、
   ウチにお越しのお客様がたは何とも懐ろの深い方々揃いなんだなぁと、
   履き違えたまんまでいたりする筆者でございまして。
(こらこら)
   本格的に寒くなって来つつある頃合い、
   少しでも温もっていただけたなら、嬉しいですvv

ご感想はコチラへvv**

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