月夜見
 puppy's tail 〜その38
 

  ニャーニャ、お友達?
 

 何かネ、雨雨ばっかりでつまんないの。
 お陽さま出てないと寒寒なのもすごくって。
 でもねのあんネ?
 およふく、むこもこ、着ないとネって、
 ママやパパや ちゅたさんと駆けっこしちゃうのは好きvv
 くいすますの おかざりの後ろとかに隠れゆの。
 カイ、隠れんぼ、大好きだもんvv
 そいでね? あのね?
 隠れんぼしてたら見っけたのvv
 カイより小っちゃいお友達vv




            ◇



 夏のあの暑さを引きずるかと思われた残暑こそ酷くはなかったが、それにしては寒気もなかなか訪れずな秋であり。箱根のお山の例年の彩りも、気のせいか少ぉしのんびりとした足取りだったような気が。そんなローペースを取り戻そうとでもいうものか、十一月の半ばからこっち、急に晴れ間が減っての雨続き。終盤には“さざんか寒波”とやらが急襲し、数値的には例年並みでも、暖かさからの急変ぶりのその落差が物凄かったその煽り。日頃お身体には重々ご注意なさっている方までもが、身体を冷やしてのお風邪を召していたりして。
「きゃ〜いvv リ〜クvv」
 ピンポ〜ンという転がるようなチャイムの音がしてから、玄関ドアがガッチャと開く気配。そしてそして、お外の匂いと共に入って来たとある匂いに気がつくと。リビングでテレビを観ていた小さな王子様、バネ仕掛けの玩具のようにぴょこりと立ち上がり、クマさんのお顔のスリッパをパタパタ鳴らし、大急ぎでとてちてと、お出迎えに駆け参じる。
「じゃあ、確かにお預かりしますね?」
 ツタさんとルフィママとで、丁寧なお辞儀と共にのご挨拶をしているのは、大通りの角のお婆ちゃんトコに、こないだから来てるホームヘルパーのおばちゃまで。そのお手々から渡されたのだろう、かっちりした作りの大ぶりなバスケットみたいなケージには、カイくんのお友達でもある、小さなロングコートチワワくんの気配。
「大変だねぇ、お風邪だなんて。」
 お急ぎの身であり、それでも“御用だけを果たさんという不調法、どうかご容赦下さいませ”という、それは丁寧なご挨拶をなさってから、お家へとって返したのだろうヘルパーさんの気配を見送って。早く早くわんこに逢わせてと、ぶら下がるみたいに抱き着いてきた海
(カイ)くんを余裕でいなすところは、さすが、ほっそり見えても男の子。ルフィ奥様が感慨深そうなお声になったのへ、
「そうですねぇ。重々注意なさってらしたんでしょうにねぇ。」
 ツタさんもまた、今年の気まぐれな寒気の襲来へ“困ったことですよ”と眉を顰めた。ちょうど1年前に越して来られた角のお婆ちゃんは、生後間もないチワワちゃんを連れていたことから、カイくんが遊びにとお伺いするようにもなっており。そういや空き巣騒動もありましたよねという縁も重なり、こちらのお宅とお家ぐるみのお付き合いがすぐにも始まった、新しい目のご近所さん。ガーデニングが趣味の、そりゃあお元気なお婆ちゃんだってのに、あれれぇ? ママやツタさんがこんなお話してるということは?
「おばーちゃ、お風邪?」
「え? あ、ああ、ううん。違うんだな、これが。」
 風邪を引いたのはお婆ちゃんではなく、少し離れたベッドタウンにお住まいの、娘さんトコのお子さん、つまりはお孫さんのお話で。
「この春に保育園に上がったとこって言ってたから、カイくんよりもちょっとだけお姉さんだろね。」
 その子がインフルエンザだか風邪だかで熱を出したが、お母さんは急にはお休み出来ないお仕事をなさってらして。
「それでって、看病役に駆り出されたのがお婆ちゃんなんだって。」
 泊まりがけになりそうなので、その間のリクくんのお世話はどうしようか。ヘルパーさんも、お婆さん本人が居ないのでは規則があるのか留守宅へは来てもらえないのだそうで。そこで、それじゃあとわんこをお預かりすることとなった、のだとかで。

  「キャ〜イvv リク〜vv」
  「って。聞いてないな、この〜〜〜。」

 何で?と訊いといて、そのお話が半分も進まぬうちから…ケージから出て来たチワワくんの方へ注意が逸れてるカイくんだったりするあたり。お約束過ぎて怒る気もしないと、ルフィママが苦笑しもって肩をすくめて見せ、お眸々の大きいチワワくんが、小さな坊やのちょこまかした足元に、まとわりつくようにじゃれつく様を、リビングまで追っかけながら眺めていれば、
「マ〜マ、カイもわんこvv」
「あ〜、はいはい。」
 後から来たママのところまで、わざわざ後戻りしてのおねだりがこれ。ちょっぴりぶかぶかな起毛タイプのジャージをはいた、ママのあんよの小さなお膝を叩いて急かすのへ、待っててばと宥めてそれから。一応は、庭に向いてる窓から見えないところまで、その身をずらすとカイくんを抱え、
「じっとしてなよ?」
 いいね?という念押しに、よく似たお顔同士のおでことおでこを こつんこしてから、ラグの端っこへぺたんと座ったママであり。その大きな瞳をゆるりと伏せると、

  ――― ぱぁ…っ、と。

 彼らの周囲へ淡い光が放たれる。いつ見ても不思議な現象。その輪郭が骨肉や肌といった“物”から光そのものへと変わったかのように、そりゃあ心地のいい、透き通った輝きで発光し。中学生か高校生くらいのそれなりの背丈と体格が、見る間にするすると縮んでいって、光の密度が増してゆく。繭玉のように丸まった柔らかな光は、まるで誕生の祝福を思わせる神々しさで輝き続け、それがふしゅんと収まると、
「…あうっ!」
 声までが寸の足らない短さで弾む、純白の毛並みをしたウェストハイランドテリアくんが、気の逸りのままに“ぱたたっ”と駆けてって。それを見送るのが、これまたふわふわの毛並みも優雅で愛らしい、お鼻の先が尖ったお顔の、シェットランド・シープドッグくん。きゅーんとお鼻をかすかに鳴らし、先にリビングに出ていたチワワくんへと駆け寄ったウェスティくんへ何事か言いおいたのだろうけれど、
“う〜ん、残念ですね。”
 ああまで微かなお声や所作では、残念ながらツタさんには意味が通じない。だがまあ、恐らくは“仲良く遊ぶんだよ?”というような声かけなのだろうなと大体の当たりをつけてさて、
「奥様もしばらくそのままでいらっさいますか?」
 ちょうど“伏せ”の格好になって、ラグの上へ横座りになっているわんこの前へ。お膝からとたりと座り込んで、働き者の家政婦さんがそう訊けば。絹糸みたいな毛並みをふわりと揺らして、うう?と小首を傾げてみせてから、自分が踏んずけているシャツやらトレーナーやらをふんふんと嗅いでみせ。一番上に羽織ってた、裾長のフリースのパーカーと、ジャージのパンツとを小さなお口へ咥え、とたた…と立ち上がる。
「ああ、はい。判りました。」
 そこはこちらも慣れたもの。何が言いたい るうくんなのか、すぐにも判ったツタさんが、すぐ傍ら、ローチェストの引き出しをすっと開け、そこからバスタオルを引っ張り出して、お背
せなへぱさりと掛けてあげれば、
「きゅ〜ん。」
 もぞもぞ・ごそごそ、その中でもう一回伏せの体勢となったシェルティくんがほわりと光り、
「ふわわ〜っ、とvv」
 正にお風呂上がりを思わせるよな、お腹から下へとタオルを巻いた格好で、見事に姿を消していた、やんちゃそうなルフィママが現れて。自分でも手品みたいでしょと言いたいか、ファンファーレみたいなお声を出してから、お洋服着てくるねと次の間へ飛んでく呼吸も、これまたやはり慣れて久しい手並みだったが、
“これからはお風邪を召さないようにって、注意して差し上げなくてはなりませんね。”
 わんこへ変わる分には、綿毛いっぱいの冬毛Ver.という温かい身へ変わるのだから問題はないが、ああやって人の姿へと戻るときは、うっかりすると寒いかも。このご一家ならではな気配りを思い出しつつ、さてそれではお十時の準備に取り掛かりますかと立ち上がってキッチンへとむかったツタさんでありました。





            ◇



 仲良しのリクくんが遊びに来ていて、小さなウェスティのカイくん、そりゃあはしゃいでぴょこぴょこと。リビングの隅から隅までを、もつれ合うように転がってじゃれ合ったり、はたまた隠れんぼでもするかのように、ソファの裏へともぐり込んでみたり。思う存分に跳ね回っていたのだけれど、
《 …あれれぇ?》
 ふと。齧って振り回していいんだよの、ロープの両端に大きなボルト型の積み木が結わえてある玩具を、右と左から引っ張りっこしていたところが。
《 どしたの? カイ。》
 ふっと突然、力を抜いたカイくんだったため、おとと…と尻餅をつきながら、小さなリクくんが声をかける。普通のわんことして順当に育っているリクくんの方は、あまり外見は変わってないとはいえ、人間の年齢へと換算するとこれでもう15、6歳には なっており。ただまあ、当家の奥方みたいな例えもあるように、いつまでもお子様なカイくんと仲がいいせいか、屈託のない甘えん坊さんなままなところが強くって。窓のお外を眺めやるカイくんの傍らまで、ちょこちょこっと駆け寄ると、お友達が見ている方へ並んで視線を向けたれば。

  《 …ネコ?》
  《 うん。》

 このところはここいらでも、冷たい雨ばかりが続いてて。お庭の芝や茂みも濃色に沈んでて、まるで“冷たいよう”としょんぼり項垂れてるみたい。そんなお庭のどこかから、小さな気配がしてくるのに気がついた。小さな四肢をピンと張り、そりゃあいい姿勢での立ち姿も凛々しいままに、じ〜っと眺めたお庭のあちこち。どこかから聞こえるのは…か細い鳴き声。
《 こんな寒いのに、お外に出てるのかな。》
《 みたいです。》
 ここいらには野良のわんこやにゃんこも ちょこっとは居て。でもね、持ち主の人が夏だけしか来ない別荘とかにもぐり込めば、雪の日も風の日もそれなりちゃんとしのげるのだけど。
《 どしたんだろ。》
 聞き覚えのあるお声。いつもパパがいる時にしか来ない、キジ縞のネコだって判る。
『ゾロには懐いてるんだけどもね。』
 昨年の秋、お庭の古い楓の樹の上、降りられなくなって怯えていたところを、ゾロが助けてやって以来。命の恩人だと判っているものか、そしてそれを覚えているものなのか。ご亭主が時々、濡れ縁に腰掛けて芝刈り機なんぞの手入れをしていると、ひょっこり顔を出しちゃあ、甘えるようなお声を出しつつ、なーごなーごと擦りついてくクセに。そこはやっぱり種族間の溝が深いからか、カイやルフィが姿を見せようものなら、それがわんこの姿でない時でも、尻に火がついた疾風の如くに
(何だそりゃ・笑)駆け去ってってしまう徹底ぶり。これで結構、最近はナイーブさも見せるようになったカイくんなので、こうまであからさまに拒絶され、嫌われてるのかなと思うと…そこはやはりしょげもする。そんな風に傷ついてしまうものなら、いっそ近寄らなきゃあいいのにね。
『あんな風に項垂れられるとさ、見てるこっちまで切なくなっちゃうよね。』
 だってのに。とっても小さくてふわふわで、なのに自分の意志にて走ったり跳ねたり。そりゃあ健気な様子にて、精一杯生きてる姿を見ていると、ああ可愛いねと撫で撫でくらいはしたくなるらしくって。それでついつい、いつもその気配がすると、自然と注意がそっちを優先してしまうようになっていたカイくんであるらしいのだが。

  《 …なんか変です。》

 よく判らないんだけど、なんだか落ち着かない。まだまだ体つきの小さい仔猫だから、日頃の声だって細い方。それでか細く聞こえるんだよって、理屈では判るんだけど、でも何だか。
《 う〜〜〜。》
 どうしよ・どしよ。にゃんこはわんこが嫌い。パパのことは好きでも、ママやカイは嫌い。だから、もしも弱っているなら、そんなところへ僕が寄ったら、もっとドキドキして困るのかな。でもね、あのね。にゃーにゃのお声、どんどん小さくなってるの。
《 キュ〜…。》
 居ても立ってもいられない時ってね、ドラマや漫画でやってるみたいに、ホントにうろうろしちゃうんだって、初めて判ったよ。お窓のこっち、行ったり来たりして。中が見えない茂みをじっと見てたけど、

  《 …ダメなんだもんっ。》

 後足だけでの立っちをし、爪でかりかり、窓を引っ掻く。ああでもこんなじゃ開けらんない。夏の網戸なら何とかなったけど、今は二重窓が閉まってて、カイくんの力ではびくともしなくて。でもダメ、じっとなんかしてらなんない。
《 カイ?》
 そりゃあ一生懸命に、かりかり・かりかり。お窓を引っ掻くカイくんに、リクくんがキョトンとして見せる。ぱたたと前足で床をたたき、ちょびっと伏せのポーズを取ったり、ねえねえ何してんの? 遊ばないの? そんな仕草を見せたけど、カイくんの注意はお庭に向いてて。

  《 しょうがないなぁ。》

 ふ〜んと小首を傾げて、それから。ふさふさの毛並みをひるがえすと、リビングからとたとたと、お廊下へと駆けてくみたい。遊んでくれないから詰まらなくなったのか、だったらゴメンね。でも、放っておけないし。一生懸命、かりかりを続けてたら、お手々のぷにぷにが冷たくなって来て。それでも続けてたら、あのね?

  《 …っ。》

 いきなりお窓がガラッて開いた。あれれぇ?ってお顔を上げたら、ちょうど真上から見下ろして来たのはママだった。
「聞こえるんだな? にゃんこの声。」
 わんこのカッコじゃなくても、あのね? ママにはカイや他のわんこの声が聞こえるから。リクくんがキッチンまでを駆けてって、カイが大変て呼んでくれたみたいで。
《 聞こえるの、助けてあげてっ。》
「了解だ。」
 ひゅんって吹き込んで来た風は冷たくて。それに、にゃんこの声も消えていて。
「今日ばっかは遠慮はしない。首根っこ引っ掴んででも連れてくっから。」
 にんまり笑ったお母さん。庭ばきを突っかけると芝生の方へと駆けてゆき、茂みを覗いちゃ右往左往すること…5分もかかったか。
「痛い痛い痛たたた…っ☆」
 パパのお手々に比べたら、そんなにも大きくはない手の中へ、それでも何とか、ふわりと包み込むようにして抱えて来たのは、やっぱりあのお馴染みの仔猫。必死の抵抗をして見せていて、
「そんでもこんなに簡単に捕まったなんてね。風邪でも拾ったか、ご飯を食べそびれているのか。」
 その手へ赤い線を縦横無尽に立てている仔猫を、それでも気遣ってあげたルフィママだったのは。真っ黒な眸をいつもよりも潤ませて、心配の塊になってる小さな坊やの優しさが嬉しかったから。つれない素振りを向けられるたび、あんなにしょげていたのにね。それでもやっぱり心配して、こんなに必死になっていて。
「大丈夫だから。」
 そぉっと、お顔の間近へと。その手を降ろして見せてあげ、小さく丸くなってる仔猫に逢わせてあげる。
「今、ツタさんがタクシーを呼んでくれてるから。そいで、すぐにもお医者へ連れてくからね?」
「あんっ!」
 小さな坊や、でも、優しさはめいっぱい知ってる坊や。自分よりもうんと小さなにゃんこのお友達へ、元気になったら今度こそ仲良しになろうねと、お尻尾いっぱい振ってのエールを送って。見守るママやツタさんまでも、暖かくしてくれた小さなお日様。ネコちゃん、大事ないといいですね?





  〜Fine〜  06.12.08.〜12.11.


  *カウンター 227,000hit リクエスト
    貴子様『Puppy's tail設定で、あの仔猫とカイくんの仲よしっぷりvv』

  *ちょぉっと主旨が外れたかもです、すみません。
   よく、猫と犬とが仲良く暮らす家というのが紹介されますが、
   よほどに小さい頃から一緒でないと、
   なかなか意志の疎通とか難しいんじゃなかろうか。
   このシリーズのルフィやカイくんは、
   微妙に“純粋なわんこ”でもないので、
   異種の猫とも仲良くなりたいって思っても、
   そこは不自然じゃないと思われますので、
   これ以降は距離が狭まればいいですねvv

ご感想はコチラへvv**

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