月夜見
 puppy's tail 〜その41
 

  “甘いの甘いの、おまじないv
 

    あのね?(こしょこしょ)
    テレビのおじさんがネ?(ひそひそ)
    ウソついたの〜〜〜。(ほしょほしょ)
    今年はネ?
    すごく早くサクラが咲きますよ? 良かったですねぇってゆってたのに。
    もうちょっとかかるみたいですって、ごめんなさいて。
    だってすごいサムサムだもの。
    そりゃあまだだよなぁって、ママもゆってた。
    テレビのおじさん、メッ、です。





            ◇



 いきなり大上段に構えてる海
(カイ)くんでしたが(苦笑)、確かにこの1カ月ほどは急に冷え込み始めて面食らう方々も多かったに違いなく。雪も少ない、久し振りの暖冬で、寒くなきゃやってけないっていうスキー場関係のお人や暖房器具を作ってらっしゃる方々にはとんだ災難だったかも知れないが、風邪も引かなきゃ、道路の凍結なぞでの足元不安も少なくてと、随分助かった人も多かっただろう今年の冬だのに。こんな終わりばなになって“あ・いっけな〜い”と思い出したことがあっての、帳尻合わせにムキになっているみたいな、寒の戻りの物凄さ。ムクムクと重ね着するのが面倒だからか、カイくんなんぞは朝も早くからママの細腰にやたらとまとわりつくと、
『ま〜ま、わんこになろ? わんこvv』
 毛並みも暖かい、ころぴょこと身軽なウェスティの姿になりたいようと。まだ自分ではメタモルフォゼ出来ない身ゆえ、小さなお手々でしがみついてのママにくっつき“ねぇねぇvv”と、盛んにおねだりしている姿がまた何とも愛らしく。足元不如意なまま、それでも食いつき続ける粘りが俺似だなぁなんて、相変わらずに親ばかなお父さんを惚気させ、その鼻の下を延ばさせ放題にしていたりもする。何しろその姿は、最愛のルフィの縮尺を変えただけのそのまんま。まとまりが悪い猫っ毛の黒髪に、こぼれ落ちそうな大きな眸。ほどよく泡立てたメレンゲのように、ふかふかやわやわで瑞々しい、きめの細かい肌の張った、小鼻や頬、小さなお耳の、何とも触り心地のいいことか。ルフィも童顔ではあるが、それを小さくしてもまだ可愛いだなんて反則じゃあなかろうか。コピーだってあまりに縮尺を小さくすると潰れてしまうのに、逆に、どんなに愛らしい絵でも拡大するとデッサンの狂いが如実になってしまうことも多いのに。この母と子は、何でまたこうも…大きくても小さくても愛らしいままなのか。ルフィが子供のころはこんな可愛い姿で駆け回っていたのか、見られなかったのが悔しいぞ。そして、カイが大きくなったらママそっくりの可愛さを残した少年や青年になるのか。ああ、パパはずっと心配しなくちゃいかんのだな、まったくもってこの親不孝ものが…と。

  「…まあ、大体何を考えているのかは判るんだけども。」
  「奥様…。」

 朝っぱらからという点ではカイくんといい勝負。愛する奥方や坊やがパタパタしている様を、お膝に広げた新聞そっちのけで、やに下がった表情でうっとりと見やっている旦那様へ。やれやれ またやってると息をついた奥方を、ツタさんが苦笑混じりに宥めるのもまた、このところの朝の恒例になっていたりするのだが。

  「…お。」

 そんな、ほのぼのした朝の情景の中、p・pipipipipi…と鳴り響いた音があり。電子音が氾濫する昨今にあって、音楽に変更出来もするものを、敢えて…というか面倒だからとそのままで使っているパパの携帯が、ローテーブルの上にて自己主張を始めた声であり。がっつりと大きな手で掬い上げ、パタンと開いて応対を始める。それまでの甘甘お顔もどこへやらで、これこそが素なんですよの、凛々しいお顔になったゾロパパへと見とれつつ、ルフィがそぉっとカイくんを抱き上げながら“静かにしてようね”と口元へ人差し指を立てて見せ、
「はい、ロロノアです。…おはようございます。…ええ。ですが、私は今日は固定休の非番で…。」
 おややぁ? 何だかお仕事にかかわるお電話みたいですねぇ。それでなくともパパの携帯って、家にいる時は…週に3日通っているスポーツジムでのインストラクタのお仕事にかかわる連絡しかかかっては来ないのですけれど。こんな朝っぱらからというのは大抵の場合…、
「そんなの今日出勤の○○くんや◇◇さんに任せれば…。どんな有名な人であれ、ウチが予約制だって判ってての無理はただの我儘です。そんなものを聞いてやるこたないでしょう。ルールを侵すことが当然なんて思ってるような奴についてやる気なんて、俺にはありません。…そうですか。何だったら、辞めさせていただいてもかまいませんが。ええ、部長は礼を尽くして説得したのだが、私が我儘を言って断ったんだと、そのままお伝えくださいな。」
 相手のお返事を待たずして、とっとと切ってしまったゾロだったので。ああこれは、何か無理強い言って来た利用者に腹を立てたパパらしいなと、そこはもう慣れのあるルフィやツタさんが、流れからそうと先読みした上でついつい首をすくめてしまう。粘り強くて我慢強くもあるゾロパパは、だが。自分の信念というか矜持というかを曲げるのが大嫌い。別に正義感が強い訳じゃあないのだけれど、無理無体を力づくで押し通そうとする奴がとにかく嫌いで。昔 東京で勤めていた会社でも、そんなところからの反抗というか逆襲というのかをやらかして、後輩を苛めていたお局様に痛快な攻勢を仕掛けてやり、満座の中、居たたまれなくしたその結果、社から追い出したこともあったとか。でもね、あのね、
「…ゾロ。」
「なんだ。」
「そやってすぐにお尻まくっちゃうのはよくないよ?」
 聞いてくれないのなら、自分が辞めれば良いんでしょなんて、あんまり良い解決じゃないと思うよと。毎度のことながら、一応は窘めのお言葉を差し出す奥方だったりし。だって、カイくんが見てたのに。言うこと聞いてくれないなら、もういい、バイバイねだなんてこと、やって良いのだと覚えられては ちと困る。
「何でだよ。向こうだって、断れなかろうって立場を笠に着ての無理強いなんだぜ? 俺への指名だけじゃあない、今日の予約を入れてた人にもキャンセルさせたり別メニューに変えさせたりって無理を押し付ける、言わばルール違反をやらかそうってんだ。」
 そんなことを毎回のように“はいはい”と認めてやってたら、ますますのこと傲慢な奴に成り下がるだけじゃねぇかと、鼻息も荒く言い切るその道理はルフィにも判るのだが、
「だけど。ゾロが直接言ってやるんじゃない以上、一番に困るのは応対する係の部長さんじゃないか。」
「知るかよ。決まりですからって通せないよな、及び腰でいるから悪いんだ。いくら商売だっつっても、オークションじゃねぇんだからよ。金出してくれたり立場の上な奴が優先ってのにも限度があらぁ。」
 あの部長、一般の利用者にはそういうこときっちりと言いやがんだぜ? 大会間近で、なのに風邪引いて調整が間に合わなかった高校生が、隅っこで良いから使わせてって頼んだのを突っぱねたり。ライバルチームの妨害にって、大して使いもせんのに市内の体育館を全部予約で借り切っての嫌がらせなんてものをしたどこぞの御曹司の尻馬に乗って、今日は休館日ですとか予約で一杯ですとか、しゃあしゃあと言ったことがあるんだ。それが決まりでルールなら、どんな相手へもそれを通せってんだよな…なんて。あああ、そうでしたか、そんな憤懣を抱えていなさった訳ですか。
「それは…。」
 こんな話、聞いても気分を害すだけなことだからと。ルフィへは、これまで欠片ほどもこぼさなかったゾロだったのであり。それもまた、彼には珍しいほどもの気遣いをしてくれたのだろうけれど、
「でもさ。だったら…それ全部へも、ゾロも怒ってやりゃあよかったんじゃないの?」
「怒ったぜ? 取材陣や追っかけなんかの衆目の中で、生っ白い顔してたボンボンを怒鳴りつけてやった。それ以降、その御曹司様はウチのジムには来ねぇし、そこの会社の会員様がたも契約半ばで全部引き上げやがったがな。」
 ついでに言やぁ、その実業団チームも結局はリーグ落ちしちまって、部自体が消滅したらしいけどな。良い気味だと鼻で笑ったゾロだったのへ、
「だからさ…。」
 大人げないよって言いたいだけのルフィだったらしいのだが、そんな忠告の声もこんなすぐにかけるのは逆効果だったようで、
「そうは言うが、ルフィだって。この家から自分が出てきゃいいなんて構えたことがあったじゃないか。」
「…っ。」
 そんな昔の話を持ち出され、覚えていたことだっただけに、しかも…いかにも悪いこととして引き合いにされたのへ、そこはさすがにカッと来た。
「それはいいことじゃないって、引き留めてくれたのはゾロじゃないかっ!」
「ああそうさ、お前が勝手に“俺が困るかも”なんて思い違いをしていたから正しただけだ。」
 ケツまくるのが悪いのか? 間違ってるのはどっちかって問題なら、それもありだろうがよ。ああもうっ、そればっかでは上手く行かないこともあるんだってばっ! ゾロってどうしてそういうトコはいつまでも子供なんだよっ! 何だとっ!

  「あ、あの…。」

 あららぁ。何だか見る見る内に喧嘩腰な応酬へと発展してしまったようで。こんなことって、この何カ月もなかったこと。しかも、甘えが過ぎてのとか、どっちからの好きが大きいかなんてな、甘くて幸せな“痴話喧嘩”じゃあない。真剣真摯な内容がこじれてのそれだけに、膨らむ寸前に手を差し伸べ損ねたツタさんが、おろおろとしたほどの剣幕で、鋭い眼差し交わし合い、真っ向から睨み合う構えとなってしまった、お二人だったのだけれども。


  「まぁま、ぱぁぱ。」


 そんなツタさんの傍らにいた、小さなカイくんが、不意に…伸びやかな声を立てた。二人の剣幕を怖がるでなし、ぱたぱた・とてちてと寸の詰まったあんよにて、小走りに駆けてって。まずは手前にいたルフィの手を取り、よーいしょと引っ張り。そのまま、パパが腰掛けてるソファーによじ登ると、
「ぱぁぱ。」
 ママから手は放さないまま、小さな体を伸ばして、それから。パパの頬っぺへお顔を寄せると、むにぃ〜っとお口を寄せての“ちう”をして。
「…え?///////
 おやと、思いがけない贈り物へ切れ長な双眸を見開いて瞬くパパに身を寄せ、そこから“こーっち”とママを引っ張り寄せるカイくんで。
「カイ?」
 いきなり何を…と、ワケが判らず。だが、ムキになって振り払ってでもと逆らうほどのことでもなし、引っ張られるまま坊やにくっつくほども傍らへと寄れば、
「まぁまも♪」
 ルフィが寄って来たのを確かめてから。カイくんの方からも身を乗り出すと、小さなお顔をぴとりとママの頬につけ、そちらへも“ちう”のプレゼント。
「はや。///////
 大人みたいに上手なそれじゃあない。尖らせた唇の先が潰れるほど、ぎゅむと押し付けるだけの、いかにも子供らしい“ちう”を、パパとママの双方へと贈った小さな坊や。キョトンとしている両親を、その狭間から見上げると、

  「けんかは、めぇですよ?」

 大人二人を交互に見やっての、いかにも厳かな口調が、
「あ…。」
「えと…。」
 ご両親からお見事に毒気を抜いたらしく。小さな坊やを見下ろしていた視線を上げて、お互いの顔を見合わせたパパとママ。キョトンとしてから幾刻か。にらめっこでもしていたかのように、ほとんど同時に吹き出してしまう。
「パパ?」
「ああ。喧嘩はメェだったな。」
「ママ?」
「そだね。喧嘩しちゃいけないよな。」
 大好きな人だからこそ間違っていたらば窘めてあげたいし、そういうの嫌いだなって思ったら、場合にもよるだろがどっちかって言うと…隠さず言っといた方がいいのだけれど。受け入れられませんと いがみ合い、憎み合うのはやっぱりいけない。うふぅvvと甘えん坊さんなお顔をしたまま、パパのちょっと堅いお腹へと身を寄せてるカイくんのふかふかな髪を撫でてから。パパが隠せない苦笑に頬をほころばせ、
「…うん。もう一回、電話がかかって来たら、しょうがないですねぇって応じてやろうかな。」
 言ってる傍から、電話が pipipipipipi…と鳴り出したので、ママが笑ってカイくんを自分のお膝の方へと引き取って。
「頑固者なパパってカッコいいよねぇ。」
 ママだって本当はね? 間違ってるのがどっちなのかは判ってた。でもだけど、ママは人の目から隠れて逃げて、生きて来た時期があったから。諍いを起こすのとか、棘々しい言い合いとかが怖いんだって。大好きな人がそんな声を出すとことか見たくないし、喧嘩の末に誰かに嫌われてしまうのも忍びないんだって。ママの方がずっと大人なんだなってカイくんが思うのは、もっとずっと先の話だけれど。そんなママの臆病なところ、自分がいるから大丈夫だよって護ってあげてるパパが、それなのにあんな昔話を持ち出したのは…ちょぉっとルール違反でもあって。カイくんは知らない判らない、ちょっぴり苦くて甘い思い出話。自分たちの間に割って入った小さな坊やへ、話してあげることとなるのはいつになるのかな、なんて。お電話が済んだパパと、お出掛けでしょって笑ったママが、坊やの頭越し、仲直りの“ちう”をしたのは、それから間もなくのことでしたvv ………いやぁ、春も間近ですねぇvv




  〜Fine〜 07.3.20.

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    ひゃっくり様
     『puppy's tail設定で、パパとママの喧嘩を仲裁するカイくん』


  *お待たせしてすいません。
   別なところで甘い話を書き散らかしてた余波でか、
   喧嘩って喧嘩って…どうやって始めさせればいいの?と、
   選りにもよって のっけの取っ掛かりでつまづいておりました。
(笑)
   カイくんが“ちう”したら仲直り出来ると思ったのも、
   元を正せばパパママの仲良しっぷりから覚えたこと。
   ほんに、やってなさいってなご家族でございますvv

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