月夜見
 puppy's tail 〜その44
 

 “みどり ひ〜らひら♪”
 

 このごろはネ、お鼻がムズムズして、でも気持ちいーのvv
 じっといい子できなくて、
 お部屋の窓んトコとかお庭とか、えっとね いっぱい、
 たかたかって走ったり、ぽよんぴょんって跳ねたりしたくなって。
 お尻もぴょこぴょこ落ち着かなくて、
 マーマにお鼻の先で“落ち着きなさいvv”って、
 ちょいちょいってされちゃうの、エヘヘェvv
 んでもね、それ ゆったらね?
 パパが、それは大したことだーってゆってね?
 そしたらママがね? なんだよーって言い返してね?
 二人で おデコこつんこして、ウフフぅvvなんて笑ってるの。
 大人って、時々 よく分か〜んない。




          ◇



  「今から判らんでもよろしい。」

 な、なんでしょうか、いきなり。
(苦笑) 唐突に、そしてお見事に、筆者の第一声を遮って下さったのは。ついさっきまで旦那様とソファーに座っての“おでこコツンコ”をしていて、
『睨めっこかなぁ、でも、すぐにウフフぅって笑っちゃってたなぁ』
 と、海
(カイ)くんを悩ませてた困った大人の片割れさんで。ちなみに、
「俺らの“ハツジョーキ”は春と秋だけに限んねぇけどもな。」
「ハツジョーキ?」
「る〜ふぃ〜〜〜。」
 だそうです。
(笑)


 緑豊かにして空気がきれいで風光明媚。湯治場に間近い癒しの里としても、伊豆半島の付け根なんていう位置が東京や横浜に程近くての、関東の奥座敷としても歴史の古いこの辺りにも、本当に時々のことながら住民が増える場合があって。これまでは、第一線でバリバリ働いてらした方の勇退先、老後はゆったり静かに過ごそうかねという、元エグゼクティブな方々がいらっしゃる先という感ばかりが強かったものが、ここ数年はそうとも限らなくなっており、
「在宅勤務っていうのかな。PCさえ接続可能ならっていうような状態へ移りつつあるしね。」
 昔々のSF小説何かで語られていたこと。家に居ながらにして、都心の会社のオフィスにいるのと同じ仕事がリアルタイムでこなせる時代になって来たことの、いよいよの民間普及とでもいうものか。派遣でも出向でもない、はたまた専門職でもない、ごくごく普通の社員さんにはまだちょっと先の話だが。オンラインにて結ばれたデスク同士で遺漏なく情報のやり取りがこなせるものなら、別段、遠いオフィスまで時間と労力を消費して出向かなくともよかろうという、そんな形態での“お勤め”が奇矯なことでなくなりつつある。個人オフィスと取引先との間にてのスピーディな連携、という程度のものだったそれが、今や、ネットワーク管理の発達により、1つの企業内ででもこなせる時代となりつつあって。
「まあ、出先からの連絡統括がしっかりしているところなら、既にというかとっくに、どこの社でも気づかぬうちにやってたことなんだがな。」
「?? どゆこと?」
「だからサ。例えば営業マンってのは、下手すると会社にはタイムカードをがちゃんって押しに来るだけって場合も少なくはなくて。そういう人ってのは、つまり。出社して来ても会社のデスクにじっと座ってはいない人だろう?」
「あ、うん。そだね。」
 ルフィには会社勤めの経験はないが、ゾロから聞くまでもなく、父上との流浪の生活の中で見て覚えて蓄積が多少はあるので、その程度なら理解も出来て、
「今時だと、どうかしたらデスク自体持ってないかも。」
「え? なんで?」
 だって、会社とか事務所ってとこからお得意先に行くんでしょ? そいで、こういう注文がありましたっていうのの書類を帳簿つけの人に届けなきゃいけないんでしょ? そのくらいのことまでは何とか知ってたルフィが小首を傾げると、
「そこが今時だと、携帯モバイルってのを使うようになった。契約書クラスの重要書類は例外だが、例えば決済通知程度なら、携帯電話やノートパソコンへのメールのやり取りレベルでも、それを正式な決定事項と見做してよくなったほど、セキュリティやら何やら向上して来つつあるからな。」
「???」
 何かよく分からないと、大きな瞳をぱちくりした奥方へ、
「まあ、つまりだ。ブロードバンドの導入とそれへ対応出来るまでのセキュリティの向上で、法人が扱うような機密性の高い情報でもどんと大量の双方向通信を同時にこなせる御時勢になったから。家にいても会社にいる時と変わらないほど、横との連絡も自在に取れてのお仕事出来る環境ってのが、ぐんぐん整いつつあるってことで。」
「???」
 ますます難しい言い回ししてどうしますか、旦那。
(苦笑)
「そういう状況になって来たもんだから。こういう都心からは遠い土地へ、まだ全然引退してないクチのヤンエグがやって来るってことも増えるってことだ。」
「ヤンエグ?」
 30代になるかならぬかという若さで、係長だ部長だという役付きになる手合い、ヤング・エグゼクティブって意味ですが…ゾロさん、それって呼び方も存在自体も古いぞ、今時。
(苦笑)
「悪かったな。どうせ俺の持ってる会社知識は古めかしいさね。」
 今だってある意味“お勤め”してるくせに。いい大人が詰まらんことで拗ねるんじゃありません。
(笑) それはともかく、
「ところどころがやっぱりよく判らなかったけど。
(笑) 会社勤めの人が此処のご近所に越して来るってことも、これからは珍しくなくなるんだってことでしょ?」
「そういうこと。」
 昨年の夏、こちらのシリーズにちらっと出て来てお友達になった、蒼夏の螺旋のシリーズの“るふぃ奥様”が、ともすりゃそれにあたる訳なので、
「そっかぁ。お友達がますます増えるのかvv
 今現在のご近所さんたちも、気の合う優しいお友達ではあるけれど、いかんせん、お年を召した方が多かったので、カイくんと年相応のお友達、つまりは小さい年頃の子供が全くいないという環境が当たり前でもあった訳で。それが多少は改善されるのは嬉しいことだという解釈になる辺りが、こちらさんはお母さんならではな受け止め方だったりし。とはいえ、

 「まーま、わんわvv
 「んん? お散歩行くの?」

 その、小さなカイくんがほてほてと寄って来てのおねだり声をかけて来れば、くすすと微笑ってソファーから立ち上がる。
「お昼ご飯までには戻って来るね?」
 ここだと表から見えるかもしれないからと。自分と瓜二つな小さな王子様の手を引いて、ルフィの細い背が居間から出てゆく。見下ろした坊やへと向けられた眼差しの、何ともまろやかで優しいことよと。こちらさんもまた、自然とほころぶ口許を、読みかけていた新聞の端でちょいと隠した旦那様の視野の中、

  ――― ほわん、と。

 戸口の向こうを曲がってすぐの、お廊下の途中で何かが光って。それが収まったと同時、ぱたぱたたっという軽やかな足音が二組ほど戻って来。
「あうっはうっ!」
 まだちょっと、舌っ足らずな甲高い声ではしゃぐように泣いて見せるのは、真っ白い毛並みのウェスト・ハイランド・テリアくん。そして、ちょこまか弾むような足取りのおチビさんを、落ち着きなさいと宥めるように。少ぉし尖った鼻先にてちょいちょいとつついて窘めて。空いていた窓からそよぎ入る涼風になびくは、絹糸のようなふわふかでつややかな手入れのいい毛並み。頭やお耳とたてがみと、背中に尻尾が茶褐色の他は、真綿のような純白の毛並み。小さな肢体が軽やかに駆ければ、その動作に乗ってそれはリズミカルに弾みつつも波打ち。爽やかな風が吹き抜ければ、それを追っての右から左。ちょっぴり尖ったキツネさん型のお鼻が、くるりと方向を変えてから、こっちの視線に気がついて。何か言いたげに“ううう?”なんて小首を傾げる様がまた、何とも言えず愛らしいこちらさんは。小型のコリーを思わせる、シェットランド・シープドッグくん。

  《 じゃあ、そこらを一回りしてきま〜すvv

 きゅ〜んくんとしか聞こえないご挨拶だが、そこはゾロもツタさんも慣れたもの。
「いってらっしゃいませ。」
「車に気をつけろよ?」
 にこやかに笑ってのお見送り。新緑の中、何を探しにか、小さなわんこの親子が午前のお散歩に出発し、穏やかな1日が半分ほど過ぎてゆこうとしております。






            ◇



 お散歩から戻って来た母子をお風呂に入れて、人の姿に戻った彼らと一緒に、ツタさん謹製のエビピラフと、トマトとアスパラのサラダ、ブロッコリーのポタージュというランチをさっくり食べて、さて。
「へぇ〜、東京のテレビ局にハクビシンが乱入したんだって。」
「らしいな。」
 ゾロパパは新聞で読んだ記事、ルフィはテレビのワイドショーで只今検証(?)中。居間に据えられたテレビの大きめの画面では、イタチとアライグマとを足して割ったような野生の生き物が、それはすばしっこくもエスカレーターを駆け登ったり駆け降りたりしており。警備員さんやお巡りさんを手古摺らせている光景は、見物する分には面白かったが、
「此処ってすごい都心なんでしょう?」
「まあ、そうだと思うが。」
 高層ビルが犇めき合ってるオフィス街ってほどじゃあなかったはずだが、それでもここいらに比べりゃ立派な都心だろう。
「そんなところに、こういうのが居るなんてね。」
 ペットが逃げたのかな? どうだろなぁ、タヌキやアライグマは案外と渋谷やなんかにも現れるって話だしな。
「そうなの?」
「ああ、ひょいっと奥に入りゃあ、まだ何とか緑やら土の丘やら残ってる住宅街になってたりするらしいから。」
 だそうですね。
「でも、こいつの場合はペットって線の方が強かろうな。」
 フェレットやハクビシンは、いくらなんでも最初から日本にはいないだろうとゾロが言うのへ、そういやそうだとルフィが相槌を打ったところへ、
「そういや昔の“都市伝説”に下水道のワニって話があったなぁ。」
 おお。ご亭主が何か変な話を思い出したご様子。
「何それ?」
「えと、確か…飼い切れなくなったか飽きたかしたって、心ない奴がワニを下水に流しちまうんだが。」
 都会の下水は栄養価が高いんで、バクテリアや何やへの抵抗力がついちまったそのワニは、死ぬどころかどんどん成長しちまうんだ。冬になっても暖かいから、むしろ持って来いの住処になったんだろうな。最初のうちは、ネズミや虫を食べてたものが、どんどん大きくなってくもんだから、あっと言う間に食うものがなくなっちまった。
「ところで、下水道ってのは人間がこさえたものだ。」
「うん。」
「生活汚水を集めて処理場へ送るためのもんだ。」
「うん。」
 だから、当然のことながら、町に近い。それどころか町の真下をぐるぐるって張り巡らされてる。だから、
「保守点検にって人が見回りもする。あと、悪いことした奴がお巡りさんに追われて逃げ込みもする。学生が悪ふざけして入ることだってある。」
「…うん。」
「そういう奴を目がけて、思わぬ拍子に汚水の中からガバァッて、ワニがでっかい口開けて襲い掛かって来て…。」

  「きゃー、きゃー、きゃーっ!」
  「やーの、やーの、やーの〜〜〜〜っ!」

 薄手の編み上げベストとTシャツの重ね着に、ボトムは気の早いハレムパンツといういで立ちまで、仲良く揃えてのよく似た姿。そんな小さな身を寄せ合って、悲鳴を上げつつお耳を塞いだ母と子であり、
「………旦那様。」
 さわやかな初夏の昼下がりの、食休みの話題にそれはないでしょうと、ツタさんにまで睨まれては、
「はい。反省してます。」
 父上が項垂れたのは言うまでもない。ソファーから立ち上がり、ラグに座り込んだまま、怖いようと肩をすぼめている奥方のすぐ傍らにお膝をつくと。そのままひょいと、愛しい伴侶を抱きかかえ。そんなルフィが抱っこしていたカイくんごと、胡座をかいたお膝の上、懐ろへと取り込んだお父さんに。小さな拳が2つほど、ぱふぱふっとぶつけられる。
「怖い話はヤダ。」
「そうだったな、すまん。」
「パパ、めぇです。」
「ごめんごめん。」
 それぞれのふかふかな頬っぺを、左右両側から押しつけられて、叱られているのにやに下がるお父さんにも困ったもんだが、

  「ところで、カイは“ワニ”って何だか知ってるのか?」
  「う?」

 はたと表情が泊まり、大きな瞳を真ん丸に見開くと“???”キョトンとしてしまう坊やも、ちょっと困りものだったりし。
(苦笑)
“さては、意味も判らずに怖がっとったな。”
 みたいですねぇ。
(笑)
「動物園には行ったこともあるけど。」
「あの動物園にはワニはいませんでしたね。」
 どきどきしちゃった皆さんへと、リンゴの匂いのするフレーバーティーを出しながら、ツタさんが言葉を継いで、大人の皆さんが“う〜ん”と唸る。そういえばあんまり遠出はしないから、つい。テレビやDVDでもいろんな動物を観ることは出来るしと、つい。その辺りが間に合ってなかったのかも。
「水族館とか一度は行ってみたいよね。」
 今時はいろんなところのが話題ですものねぇと、奥方へツタさんが話を合わせ、
「水族館もいいが、とりあえず。今度、熱海のバナナワニ園にでも行くか?」
 箱根からならご近所みたいなもんかも? つか、とりあえずってのは何ですか、ご亭。
「バーナナっvv
 キャーイvvっとはしゃぐ小さな坊やへ、
「そっちじゃねっての、もうもうこの子はっvv
 可愛いことを言ってくれてと、またぞろ やに下がった父上であり。しょーがない父子だなぁと肩をすくめたルフィがふと、
「…?」
 何かを感じてか、キョロキョロと周囲を見回し始める。
「? どした?」
「うん、何か…。」
 気になるものの気配でも嗅いだのか。その視線を留めたのが、ご家族がはしゃぎ倒している居間の向こう、芝生が青々と広がっている庭の向こうの生け垣へと向けて。ここいらの住宅街の奥まった突き当たりという位置にあるロロノアさんチなので、家の前を通過する人や車は珍しく。そんなそこへと滑り込んで来たのは、さして大きくはないコンテナ車だ。
「お引っ越しでしょうか?」
「みたいだね。」
 突き当たりなもんだからか、ちょうどロータリーのような広めの道幅になってもいるので。切り返しての方向転換でもするものか、トラックはそのまま、ウィンカーの音を立てつつ、ゆっくりと後退して行く模様であり、
「そういえば、斜めお向かいのお家、庭師の人が入ってましたね。」
「うん。でも、季節毎にいつもおいでだったしねぇ。」
 日頃からは住んでないが、持ち主は当然いて。手入れにと庭師の手配だけしているような、そんな別荘も少なくはない。夏だけとか冬だけやって来るとか、そういう使い方をしておいでで、
「でも、あんな本格的な荷物の搬入するって事は。」
「そうですね。」
 少なくともしばらくほどは、住まわる人がおいでなのかしらと。ルフィとツタさんが言葉を交わす。ちなみに…こういうシチュエーションを見て、誰かが引っ越して行くのかな?という会話にならないのは何故かというと。ここいらの町内の情勢は、毎日のお散歩で気配や何やちゃんと拾って来られる誰かさんが隅から隅までしっかり網羅しているため。引っ越して行く場合、いきなり姿をくらます“夜逃げ”でもない限り、たとえお付き合いがないお家のことであれ先触れの気配を把握出来てしまうのだとか。よって、彼らが全く気づかなかったところへと引っ越しの車が来たのなら、それは“誰かがやって来た”以外はないということになる。
「ちっちゃいトラックだから、短い間のお向かいさんだね。」
 家具は置いてあるのをそのまま使うのかも知れませんよ? あ・そっか。でもなんか、お引っ越しにしては静かだしサ。
「…そういえばそうですね。」
 よほどに荷物が少なくての、しかも。
「大人数の“家族”で来た訳じゃない、とか?」
 他所様の詮索なんて、日頃はあんまりしないのだけれど。彼らにとっての今のところの、一番のご近所さんよりも間近いお家に来た誰かさんなだけに、そこはやっぱり気になりもする。
「…んと。女の人みたい。」
 お? ルフィがそんなことを呟いて、
「何で判る。」
「匂い。お花の香水使ってるもん。それも随分とたくさん。」
 きゅうとお顔をしかめたのは、嗅覚が敏感な彼にしてみりゃ、刺激が強すぎるほど使ってると言いたいからか。
「一人…みたいだね。引っ越し業者の人が二人。」
「こら。盗み聞きはダメだって。」
 はあ〜いと笑って視線と意識を大好きな旦那様のほうへと戻した奥方。どうやら新しいご近所さんがやって来たみたいで、新しい季節に新しいものが増えるみたいですが、はてさて?



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  *カウンター 246,000hit リクエスト
     貴子様 『puppy's tailで、元気一杯なカイくんのお話。』

  *お待たせしといて何ですが、もうちょっとほど続きますvv