月夜見
 puppy's tail 〜その45
 

 “女子供と 舐めないでvv”
 

 あんねあんね、カイに新しいお友達が出来ましたvv
 すっごいきれぇで、やさしくて。
 何でもできちゃう、大人のお友達です、えっへんvv



          ◇



 暑かったり寒かったりした春の次には、やっぱり寒かったり暑かったりした新緑の時期が来て。それから…ちょこっと間をおいて突入した今年の梅雨は、降らないねぇと話していれば、ざんとタライを引っ繰り返しての、その底を打ち鳴らすような雷つきで降り。すごい降ったねぇ、今年は大雨だと話していれば、今度は“早くも30度以上”なんてな汗だくの炎天が訪れ、と。

 『いいかげんにしろよなっ!』
 『奥様、お天道様に怒鳴っても。』

 朝っぱらから緑の芝生に仁王立ち、腰に拳をあてて、お空を目がけて叱りつけるところが、

 「可愛いのよねぇvv」
 「そうですねぇ。」

 とっくにタンクトップとジョギングパンツという、これ以上となると後は脱ぐしかないほどの軽装になっている、ロロノアさんチの奥方のルフィさんは、実はワンコの精霊だからか暑いのが苦手。毛足の長いシェットランドシープドッグなので、人の姿でいる方がまだ、涼しいっちゃ涼しいのだが、

 「ゾロがいるとそうも行かない。」
 「あら、どうして?」

 瑞々しい緑の芝生が敷き詰められたお庭に、バルーンタイプじゃあない硬質ビニールの子供用プールを広げ。一体誰の趣味なやら、クラシカルなワンピースタイプのおそろいの水着姿で、海
(カイ)くんと二人、早々とそこに浸かって“極楽極楽♪”とばかり、涼んでいる奥方の話し相手になっておいでなのは。先日からご近所さんに仲間入りした、ニコ・ロビンという美人なお姉様。こちらさんはさすがに、一緒にざぶんとまでは行かないらしく、それでも、トロピカルな図柄の膝までのハレムパンツに、ゆったりしたサイズのやっぱりタンクトップという軽装で、プールのすぐ傍らに開いたデッキチェアに座っておいで。そこだけ見ていると、海沿いのリゾートホテルの中庭のような趣きだが、オーシャンビューどころか、此処は箱根の奥向きの山間の別荘地なのでお間違えのないように。(笑)

 「水の傍らだと匂いも薄まるから助かるわvv」
 「そうなんだ♪」

 実は狼の精霊だというロビンお姉様。よって、こんな瑞々しい自然環境の中においでだと、その気配や匂いがどうしても誤魔化せず。飼われておいでのワンコやニャンコを怯えさせてしまうのでと、もっと怪しい気配のするワニさんを傍らに置いたり、ついつい強い匂いの香水をつけていたりもしたのだが。子供用と言ってもアメリカ産の、結構大きめなプールのお水が、こうまでなみなみと傍らにあるようならば、そういう小細工の必要がないのだそうで。

 『それにかこつけて、必要以上に通ってるとしか思えんのだが。』

 そんな大人げないやっかみを吐いたのは、言わずもがなな当家のご亭。お仕事でお出掛け中に、ロビンさんと あんなことした こんなことしたとお話しすると、ルフィへもカイくんへも、決まって口元を尖んがらせてしまう、そんな可愛い嫉妬を見せるようになり。いい大人がみっともないと、呆れるほどに敵愾心を燃やしておいで。

 「ルフィやカイくんが大好きな人なんだもの、仕方がないわよ。」

 別にこのお姉様だからと限定してはいなくっての焼き餅を、焼いていなさるのだろなというのは、大人の皆様にはとうにバレバレであったから。余裕で見守っていただいている…やっぱり可愛い旦那様であり。

 「そういうところがある人って、実は好きなんでしょ?」
 「えっとぉ〜〜〜。///////

 だってよ、それって、オレんこと独占したいって思ってなきゃ、焼かない焼き餅じゃんか。あらあら、大人なご意見ねvv えへへぇ…なんてな可愛らしい会話を交わしている、ママとロビンさんのお声を頭上に見上げていたカイくんが、

 「…はや?」

 ふと何かに気づいて、辺りを見回すようにキョロキョロし、ママの平らなお胸へくっつくようになって後ろを見やる。

 「平らなは余計だ。///////

 何ですよう、膨らみがあったら怖いでしょうが。え? ゾロさんみたいなボリュームは、ちょっとは欲しいなと思わんでもない? それは…絶対に反対されるので黙ってた方がいいぞ。でないと、筋肉がつくからってお肉も制限されちゃうぞ?

 「それは困る…じゃなくって。どした? カイ?」

 ママは赤と白の、カイくんは茶色と白のボーダー柄の水着の、お胸同士をぴったりくっつける格好になるほどに、むぎゅうっと抱き着いて来た小さな坊やが見やる先。

 「あ、こちらにおいででしたか、すいませんねぇ。」

 今までに会ったこともない、半袖のワイシャツにネクタイ絞めた男の人が、ひょこり、お家の横手から勝手に入って来ておいで。それを見て、え?と眉を寄せたのがリビングにいらしたツタさんで。玄関チャイムを鳴らしたならば、必ず聞こえるはずだったから。

 “…というより。”

 私でも警戒する間のなかった侵入ですもの、これはと。デッキチェアに身を伸ばして座ってたロビンさんがその目元をすぅっと細める。ちゃんと玄関のアプローチに沿ってのご入来じゃあないみたいだと、それが判っていての、だが、今はまだ様子見の構え。

 「私、このご町内の担当となりました防犯センターの者でして。」
 「防犯センター?」
 「はい。坊ちゃんも奥さんも御存知ですか?
  この度、火災報知機を
  全部のお部屋へ必ず取り付けなければならなくなったって。」

 首筋の汗を拭き拭き、にっこり笑って仰せのお言葉へ、ルフィが“何のことだろか?”とキョトンとしたけれど、
「それだったら存じ上げております。」
 ツタさんが庭履きをつっかけながら、ポーチまで出て来てのお返事を返す。確かにそういう決まりが出来た。新築のお家は建てたその段階で必ず、既に建ってるお家でも、ちゃんと後づけで設置しないといけないと、そういう告知がお役所からあったし、
「ウチはちゃんと、工務店へお願いして、順次取り付けてゆく予定が立っております。」
 心得ておりますから余計なお世話だと、胸を張ってのお返事をしたが、

 「そうですか?
  ですが、消防署からのチェックの方は、お受けになられておりますか?」

 設置しましたというのをチェックされてやっと完了というのがこの決まりだと言い出して。
「お役所のお仕事だからと待っていてはいけない。こちらから申請しないとチェックしに来てはくれないんですよ?」
「はい?」
 ほら、御存知ないじゃないですかと。ちょっぴり偉そうな言いようをしてから、脇に抱えてた薄いカバンから、何やらバインダーを取り出すおじさん。そこには表みたいな書類が挟んであって、

 「これが申請書類なんですよ。
  此処にご住所とサインとそれから、予約金に5000円が必要になります。」
 「はい?」

 すらすらと語るおじさんであり、チェックにこっちから申請しないといけないなんて、そんな話は訊いてないわとツタさんが戸惑う。そういった届け出の類いは、全部きっちり把握するよう心掛けているツタさんだったが、ああでも、完全じゃあなかったかも? 器具を取り付けますっていう強引なセールスでもないみたいだし、法外な料金でもないみたいだし。

 “…どうしましょうか。”

 ………ああ、そうそう、日を改めてもらえばいいんだと。やっとのこと、奥の手を思い出したツタさんだったが、
「…え?」
 にこやかではあったが、何とはなく強引な態度が怪しいおじさんに、お初の人へは人見知りの激しいカイくんが怖がって見せており。それが気になったツタさんの視野を横切ったのが、ロビンさんのすらりとした肢体。自分のお宅が気になったのかしら。それとも、ややこしい揉め事に気分を害されたのかしら? 女子供しか居ないところへズカズカ上がって来るなんて、確かに不調法だし怪しいには違いなく。

 “もしかして怖くなられた、とか?”

 ああ、やはり女性ですものね。何ていいかげんなご町内だろかと思われたのかしら。
「奥様?」
「え? あああ、はははい。」
 そちらへ気を取られての、一瞬呆けてしまったツタさんへ、催促にも似たお声をかけて来たおじさんだったけれど、我に返ったツタさんのお耳に、別なお声が2つほど届く。1つは、

 「う〜〜〜っ。」

 すぐの間近から上がったお声。子供用のプールの中、カイくんを抱っこしていた小さな奥方が、鼻の頭へしわを寄せ、リビングの方を見やって…何だか唸っておいでであり。それからそれから、

  ――― ぐるるるる………

 もっと低くて、もっと重たい。そんなそんな唸り声が、選りにも選ってのお家の中から轟いた。何なに何ごと? それは迫力のある声だっただけに、
「…な、なんですか、あれ。」
 不審なおじさんまでもがそんなことを訊いて来たそのタイミングへ、

 「うわあぁぁあぁぁっっっ!!!」

 素っ頓狂な大声がしたと同時、窓辺においてあったマガジンラックを蹴っ飛ばし、リビングから、いやさ、その奥のお廊下からだろう、一直線に飛び出して来た誰かの姿。
「………え?」
 そちらもやはり、全く見覚えのない男の人であり、だが、このリビングの大窓以外の窓という窓は全て、内側から解除しない限り、ほんの5センチの隙間しか空かないような。その名も“シマリ”という防犯用具を設置済みだし。いや、それよりも。
「な、何ですかっ、あなたっ!」
 立派な不法侵入者。ツタさんが取った対処は…携帯電話をエプロンのポケットから掴み出し、ストラップとして下がっていたエチケットブザーを引き抜くこと。途端にけたたましいブザーが鳴り響き、しかもしかも、電話のほうも、警備会社へつながる仕組み。写メに切り替わったところを相手へ突き付け、あたふたしている男を撮れば、
「…チッ!」
 舌打ちをして見せたのは、先程から延々と火災報知機の話を持ちかけて来ていたおじさんで。はは〜ん、どうやら…と、その正体が剥がれて来たようではありますが。そんな怪しい人物が間近にいるなんてこと、正体が分かっても何の足しにもなりゃしない。

 「あんたたち、まさか空き巣じゃあ…っ!」
 「おっと、違うんだな。居抜きっつって人がいるトコへ入る…。」

 何を履き違えてか、開き直っての偉そうに、大上段から説明しようとしかかったおじさんだったが、そんな彼の足首へ、がっつんとぶち当たった何物か。

 “え?”

 堅いものが当たったかなという感触が、なかなか外れないままじわじわと。熱を帯びての火がついたように熱くなって来、そんな痛みがどんどんと増してゆくばかりであったりし。何が食いついたんだと見下ろしたその視線が、

 「………。」

 真下からも見上げて来た“何物か”さんの視線とがっつりかち合った。ふさふさの毛並みに尖った口元。怒っていますよとその口の縁がめくり上がっては、大きな牙がぎらり覗いて恐ろしく。

 「…。」

 年寄りと犬の多いご町内だけれど、こんな大きいのは初めて見たかな。シベリアンハスキー飼ってる家があったけど、そこは大きな檻に入れてらしたしな。

 「…。」

 何をどうしたいのか、そんなこんなをぐるぐると考え込んでるおじさんの傍ら、

 「あ、兄貴っ、何ぼんやりしてんですかっ!」

 足、咬まれてっじゃないですかっ! ぎゃあと叫んで飛び出して来た方は、少しほど若い男で、でもだけど。よくよく見れば…着ているTシャツがびりびりに引き裂かれてのえらいことになっており、肩やら腕やらには歯型もしっかり。ああ、この子に咬まれたなというのがありあり判り。恐らくはしばらくほど声を押さえての我慢をしていたものと思われますなと、後日、経過報告にいらした警察のおじさんが苦笑混じりに仰っていた。しっかりしてくださいようと、涙目になって相棒らしい先輩を揺すぶっている様は、中途半端なコントのようで。だが、そのおじさんの方は、結局、通報でやって着た警備会社のお兄さんがたに肩を叩かれの、そのまま警察に連行されのするまで、とうとう我に返ることはなかった模様。





  ◇  ◇  ◇



 彼らの正体は、ここいらが呑気で静かな別荘地ながら、長期滞在のお年寄りが多く住まわる土地柄だってのへ目をつけた、強引な訪問販売&空き巣(居抜きも可)という、指名手配中の窃盗常習犯であったそうで。単純に空き巣に入るその他にも、おじさんの方がああいうセールストークで家人の注意を引いてる間にもう片やが家の中を荒らしたり、逆に、派手にガラスを割る音を立てての注意を引いて、女性やお年寄りの住人を怖がらせ、こんな危ないことにならぬようにと防犯グッズを売り付けたり。手を変え、品を変えての手口であちこちを泥棒行脚していた連中だったとか。

 「怪しい気配がしたんだそうですね。」

 カイくんがおややと一番最初に察知した気配。うっかりしていて気がつきませんでしたと、ツタさんが肩を落としたが、
「仕方がありませんて。」
 表の生け垣をさんざん蹴散らしての、無理から侵入して来た相手だ。わんこのカイくんや狼のロビンさんでもなけりゃあ、気がつきようがありませんてと。知らせを受けて大急ぎで帰って来たゾロパパが慰めて。
「でもサ、若いほうの男の人。結構肝は座ってたよねぇ。」
 しっかりしてくれと放心状態になってた先輩を揺すぶっていた相棒の若いのは、やっぱりいきなり“がうっ”と牙を剥いたロビンさん…もとえ、体格のいい狼に襲い掛かられたのに、最後まで大きな犬だと思い込んでいたらしく。

 “いやそんでも、犬が怖い人には怖いことだろけどな。”

 人を咬む犬がいるというのは問題視されかねないからどうしようかと、あれでも少々迷ったロビンさんだったらしいけれど。気配だけで察知出来てた家の中の様子が気になってしまっての“我慢も限界です”攻撃に、出てくださったらしくって。
「心配は要らないぞ。」
 野犬狩りとかが来たらば、ウチに全部匿うから平気だと、むんと胸張ったルフィだったのでままそっちは安心することにして。

 「ロビンが一気に元の姿に戻ったので引っ繰り返るとはねぇ。」

 ルフィやカイくんが戻る時がそうであるように、ぱぁっとその身が光ったそこから。大きめのワンコのようだったその身体が一気に伸びての、そりゃあ麗しいお嬢さんのヌードが現れたもんだから。

 『………っっ!!!!』

 そこまでは色んな意味で頑張っていた二人組、それが一気に…びくびくくっと肩を震わせて、引きつけるようになっての硬直したそのまんま、大人しく延びて下さって。そのまま逮捕されてったという顛末であり、

 “………どんなヌードだったんだろか。”

 一応は度胸もあったろう空き巣コンビが、一目見ただけで卒倒しただなんて。女性のそういうところへの関心は沸かないご亭主も、どんな威力があったのかという方向から、ちょっぴり関心が起きたらしかったけれど、

 「………ゾロ、目が泳いでる。」
 「ななななな、何の話だ。」
 「パパ、めっ。」

 小さな“ぐう”が ぽかぽかっと。お膝にいたそっくり母子からお胸へ向けてお見舞いされて。そんな仲良し親子のお向かいのソファーにいた、度胸も満点のお姉様がくすくすと楽しそうに微笑って見せる。相変わらずに、何かしらの騒動と縁の深いお家なようで。そこへと加わった、なかなか過激なゲスト様とあってvv はてさて、どんな夏がやって来ますかねvv




  〜どさくさ・どっとはらい〜  07.6.30.


  *ロビンさんが加わったところで、
   ほのぼの過ごす皆さんを隠し撮り♪
   ………としたかったのですが。
   何だか妙な事件が勃発しちゃいました。
   騒動好きですいませんです。
(苦笑)
   ちなみに、このお話のロビンさんは、
   某死神漫画の夜一さんといい勝負の感覚してはります。
(苦笑) 

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