“秋の風、お友達?”
あのねっ、こないだねっ、じちんが来たの〜〜〜。
『明日っからテレビでも、
大きい地震が来ますって お知らせが始まるんだ。
そいで、グラグラってしたらどうするのかな?
………そーだぞ? テーブルや机の下へ隠れんぼするんだ』
パパが、ママとかカイにゆってたトコだったから、あのね?
物凄く朝だったけど、
それ〜っってお布団から飛び出してって、
ママとカイと、ほとんどいっちょに、
おダイドコの てぶるの下へ隠れんぼしたですvv
凄い速くに出来たんだお?
なのに、ママが“えっへん”ゆったら、
パパが“あ〜あ”ってお顔しゅるの。
「いいか? ルフィ。カイもだ。
わざわざ二階や子供部屋から飛び出してまでして、
この、此処のこのテーブルに、隠れるんじゃなくってだな…。」
あれれぇ?
カイもママも何か まちゅがえたのぉ?
お後がよろしいようで…なんてな冗談ごとにしてはいけません。
怪我をなさった方も出たそうで。
跳ね起きてしまった皆様方、お見舞い申し上げます。
1
そんなこんなでびっくりの朝から始まった十月だったが。いくら猛暑が長引いてたとはいえ、そこまで暦が進むと、さすがに秋めいてもくる。
『大阪の方じゃ、まだまだ昼間は暑いらしいけどもね。』
どういうコネだか、思わぬ土地にもメル友がいるらしいルフィがそんな言いようをしており。冗談抜きに、関西地方は九月中のほとんどが、昼は30度以上、晩も25度以上という夏日続きだったとか。まま、そんな特異な年でなくとも、ここいらは秋の到来が早くって。少しずつ色づき始めている百日紅(サルスベリ)と楓の赤や、ドウダンツツジの紅蓮が深まってゆき、木々の色づきがそのまま、山々を覆う紅金の錦となってゆく。
《 ………あ。》
キツネさん顔のシェルティになれるママに比べると、ちょっぴり低いお鼻を“ひくく”と震わせた。こちらさんはウェスティにメタモルフォゼ中の海(カイ)くんが。何に気づいたか、小さなお尻をぴょこぴょこと弾ませながらパパやママの元まで駆け戻ってくる。
《 ママ、ママ、いいによいvv》
《 そうだな。これはキンモクセイだ。》
特長のある甘い匂い。春先のジンチョウゲや夏のクチナシに並んで、香りの強い樹花の代表なんだよと、意外なことに詳しかったゾロから教わったばかりなお知恵を振る舞うルフィであり。
《 きんもく、ちぇい?》
かっくりこと小首を傾げる仕草が何とも可愛くて、会話の中身は見えずとも、ああ何か語り合っているらしいなと、付き添いのパパにも伝わっており。
“あああvv
カイもルフィも、ウチの子って何てまたこんな可愛いんだろうかvv”
………お父さん、そのガタイとその威容をお持ちのあなたが、語尾にvvをつけるのはちょっと。(う〜ん) にまにまとやに下がってるお父上、惚気はともかくとして…と周囲を見回し、
「それにしても、物凄いススキの原っぱだよな。」
ご本人たちは親子水入らずで、傍から見ればわんこ連れの、軽快なお散歩にと運んだ先は、ルフィたちに先導を任せて辿り着いた原っぱで。ゾロには馴染みのなかった空き地だったが、
『先月のお月見用のススキを摘んだとこだよ?』
出掛ける前に、ルフィがそんな説明をしてくれた。何でも、随分と古い和風建築の邸宅があった土地なのだが、誰も住んでいないものか、武家屋敷みたいな大門もずっと閉ざされたままになっていて。この夏の始め頃にとうとう、業者さんが来ての解体され、更地の空き地になってしまった。石垣と高い板塀とでずっと閉ざされてたから判らなかったけれど、お庭はとっくに草ぼうぼうに荒れてたらしくって。塀が取り払われて陽あたりがよくなった分、ますますの勢いを増したのか。夏場なんか薮っ蚊が出て、すぐのご近所になる家々は対処に大変だったらしい。そんな夏を過ぎると、草むらのあちこちから芒種の長い茎がするすると伸び始め。あっと言う間にススキの原っぱになってしまい、土台も何もあったものじゃあないほど、銀色の穂の海に埋め尽くされてしまっており。幸いというか、池や危ないでこぼこはなかったそうなので、踏み入って見えない何かに足を取られての怪我をするという心配はなかったし、
“わんこの姿で入るのなら尚更。鼻が利くし姿勢も低くなろうからな。”
あんまりよそ様の土地へ無断で入り込むのは良いことではないけれど。それと、リードもつけない放し飼いも、決して褒められはしないことだけれど。ウチの子たちは、ちょこっと特殊な身の上だし、だからこその分別や配慮も心得ているから大丈夫…という前提の下。新しい遊び場になっているというススキの原へ、ゾロパパ、初めてやって来た訳で。
《 ススキ、きれぇねvv》
《 そだねぇvv》
ゾロパパには聞かせてあげられないのが残念だけれど、カイくん、わんこの姿のときは、もうこんな言いようまで出来るようになってます。人の子供の姿でだと まだまだ幼すぎて、大人と一緒でないとあまり外出なんて出来ないものの、わんこになれば話は別だ。寸の詰まった手足を振り回しての、とてちてと覚束ない駆け回り方しか出来ないものが、一気にたかたか駆け回れるようになるほど運動能力も上がるし、お鼻やお耳の性能も格段に上がる。あと、舌っ足らずで語彙足らずなものだから、なかなか思うことが伝わらないところが、わんこになるといきなり言葉数も増え、大人とも意志の疎通がはかれるようになっており。
『寿命の関係もあってのことだろけれど、獣系の方が育つのが早いでしょう?
そっちに合わせて能力が均されるのかもね。』
そんな助言を下さったロビンさんは、夏が終わると同時、東京へ帰ってしまわれたけれど。それにしちゃあ、あれほど懐いての仲良しだったルフィやカイが、お別れは嫌だ〜〜〜っとばかりに後追いしてのぐずぐず言ってないのは、
『週末や、そうね連休とか。』
此処を実家だくらいに思っての、ちょくちょくと遊びに来るから。だから、大袈裟なバイバイは言わないわね、なんて。あっさり言い置いていかれたロビンさんだったその上、そのお言葉どおり…毎週とまでは行かないものの、九月の連休にはしっかり戻って来たりもしたので、
『涙のお別れにしなくて正解だったねぇ。』
『ロービンちゃは?』
『ん〜? 今度は十月の連休に来るってよ?』
『きゃいvv』
なんてな扱いになっておられるので、念のため。
「あうっ、はうっ!」
「あん、あんあんっvv」
片やはどこか高貴な雰囲気さえたたえているような、絹糸のような毛並みもさらさらのシェットランドシープドッグことシェルティくんと。もう片やは、四肢の長さがいかにも寸足らずなまま、ちょこまか跳ねるように駆けるのが何とも愛らしい。純白の毛玉のようなウェスト・ハイランドテリアくんという、それはそれは愛らしいわんこたちを連れて。颯爽と歩むご亭もまた、上背があって脚も長々。ざっくりしたTシャツだのトレーナーだのといった簡素な恰好をしていても、着痩せして見えるせいもあって初見で気づく人は少ないが。長いこと剣道バカだったその実用に任せて厚みが増しましたという筋骨隆々。胸板や肩も頼もしく、腰や背中もぎゅぎゅううっと引き締まっての、素手で十分、武装レベルの格闘をこなせる武道家だったりし。
「はうはうっ!」
「おおお、草が一杯揺れてまちゅねぇ。」
いきなりそよいだ間近な草株へ、どういう敵意を感じたものか。姿勢を低くして威嚇を仕掛けたカイくんへ。妙な応援のお声を掛けてたりする親ばかな姿、
“東京で通ってたっていう道場のお師匠様とかが見たら、腰抜かすんじゃなかろうか。”
こらこら奥方。帰ったらデジカメで録画して、ナミさんへメールで送ってやろうとか企まないの。(笑) そんなこんなな楽しいお散歩だったのだけれど、
「………うう?」
おやや、と。不意に前方を眺めやっての、シェルティママが立ち止まる。普通のわんこはあんまり視力がよくないそうだが、精霊の末裔という身のルフィやカイは、そこいらもまた少々規格外だったりするらしく。黒目がちの潤んだ瞳は何を捕らえたものだろか、身を固まらせての集中していたものが、
「ルフィ?」
どうした?と案じてくれたゾロパパのお声も振り切って、またぞろ不意に、今度はひょこりといかにも身軽な跳躍にて、草株を幾つか飛び越えてゆく。
《 ま〜ま?》
どしたの?と後を追ったカイに続いて、ゾロもまた足を進めた先にて、
「〜〜〜〜〜っ、かっかっかっ!」
何だか妙な音がした。かっかっという強くて切れ切れな音。どこか威嚇を含んでいるよな、そう…音というより鳴き声といった感じのものが聞こえており。だが、
“ルフィがこんな声出したトコは聞いた覚えがないよなぁ。”
あうあうっとか、きゅう〜んとか。あと、寂しいが高まり過ぎての、金音を引くような“ひぃ〜ん・ひぃ〜ん”という甘える声とか、遠吠えとか。在り来りなパターンのものしか知らないゾロに、その声は何とも異質に聞こえたし。
「きゅう?」
あとで怒られますよ、これが奥方の声でしょうがご亭主。どうやら、何か誰か見つけての近寄ったところが、その相手からの威嚇を受けた奥方だったらしいのだが、
「………あ。」
シェルティママと向かい合っていたのはなんと。小さな小さな男の子じゃあ あ〜りませんか。
「え? 今の声って、まさか この子が?」
年の頃なら、カイと変わらぬ3つか4つか。寸が詰まった肢体の重心が高そうな、まだまだ子供。幼児独特の細い質の髪を、一丁前にも後ろ頭に高々と結っていて。大きな琥珀色の瞳は何にか怯えてのうるうると潤んでおり、触らなくとも視覚で分かるほど、ふかふかな頬は…ちょっぴり濡れてから乾いたらしく、かすかに粉を吹いていて。
《 …ずっと泣いてたのかな。》
迷子だろかと、小さな肩越しに振り返ってから気がついた。
《 ああ、しまったっ。この姿ではゾロに通じないっ。》(おいおい。)
とはいえ。ちょっぴり風があったのでと、薄手ながらもブルゾンを重ね着していたゾロだったので、
「…きゅう〜〜〜ん。」
「あ、こらこら。///////」
ルフィのもっと広範囲を探れるお鼻が、先にその辺のところは確かめてもいたのだろうけれど。それでも大慌てで辺りを見回して、人目はないのを確かめたゾロであり。そんな彼の前で、小さなシェルティくんは、するするとその身を伸ばすと、少年の姿へと立ち戻る。
「ゾロ。この子、迷子みたいだ。」
「らしいな。」
別に戻らなくても通じたわいと。ついでにこっちも通じてた、ブルゾンを脱いだゾロから、そのまま肩へとかけていただいて、さて。
「でも、カッコが何かおかしくないか?」
「おかしいというか、何というか。」
カイと変わらぬ年の子なのに。しかもどうやら迷子らしいのに…緑がかった茶色というか、浅い混色の小袖と、黒っぽい袴を重ね着たという、純和風の恰好なのが、何とも不自然でしょうがない。
「…ここは武家屋敷だったっていうから。」
「いうから? こういうカッコの子が出て来てもいいの?」
「いや、そもそも俺に訊かれてもだな。」
そんな風に取り沙汰している彼らの傍ら。わんこから人間へいきなり変身しちゃった現象に驚いたか、キョトンと眸を丸くしている坊やへ近寄ると、
《 ねえねえ、君、だぁれ?》
こちらさんはまだウェスティのままなカイくんが、無邪気にも懐いての、濡れた鼻先をツンツンと、お着物姿の坊やのお腹へ押しつけてたところでございます。
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