月夜見
 puppy's tail 〜その52
 

 “ほあいと・でーって 美味しいのvv”
 

あのね、あのね、(ひそひそ)
今日はね、
(こしょこしょ)
ほあいとでーってゆう日なんだって、知ってたぁ?
カイ、テレビで観るまで知らなくて。
でもでも、ママとツタさんが“用意しなくてはvv”ってゆってるの聞いて、
カイも知ってゆも〜んって言っちゃったの。
でもね、あのね、
誰にも内緒だからね? い〜い?




  ◇  ◇  ◇



という訳で、三月十四日です。
これこそ日本だけじゃないのかという、
ちょいと変わった催事日、ホワイト・デーという日です。
大切な人や大好きな人への愛を告げ合う“バレンタイン・デー”。
そんな日に女性からチョコレートをもらった男性が、
くれたお相手へ“ありがとね♪”というお返しをする日だそうで。
とはいえ、本当に告白へのお返事をする日と解釈している人はもはや少なく。

 「そだねぇ。
  告白へのお返事だったら、すぐ後の何日か以内にするもんだよねぇ。」

貰いっ放しってのも気が引けるでしょ?ということか、
“告白されてもなぁ、その気はないからなぁ”というお人が、
形式としてのお返しをしてこれでチャラとしたいのか。

 「どっちにしたって、
  お菓子業界が仕掛けた、販売促進企画の延長なんだろ?」

らしいですね。
(苦笑)
何か…十五夜を一緒に観たお客さんへ、
“後の月も一緒に観なきゃ縁起が悪い”なんて言い立てて、
次の満月も店へ来いと強制した、
昔の色街のお姉さんたちのお言いようみたいでもありますが。

 「そんなことしたんだ。」

さぞかし色っぽく誘ったんだろねぇと、
ちょっとは大人になったものか、
意味深な言いようを、その割にはあっけらかんと口にした無邪気な奥方へ、

 「今でもキャバクラじゃあ似たようなもんらしいがな。」

リビングのソファーに腰を下ろして、のんびりと新聞を広げながらの話半分。
そんな片手間姿勢でいたせいもあってか、
ついつい うっかりしたことを口走ってしまったご亭主で。
完全に言い終えぬうちにも“…しまった”と我に返ったらしかったものの、

 「そういうお店は、来月どころか毎日でも来てvvじゃないの?」

そりゃあまあ、今時の子ですしね。
もう子供までいる身なのだから、
キャバクラ云々が理解出来ないルフィじゃなかろうが…それにしたって。
お気に入りのラグの上、正座を崩したような格好でへちょりと座り込み、
相変わらず可憐なくらいに薄い肩先、
愛らしくも小首を傾げて、いやに即妙な言いようを返して来たもんだから。
自分が話を振っておきながら、
却ってゾロの方がギョッとしてしまったらしい。
む〜んと眉を寄せてから、
どんなお返事が返って来るのかが、ちと怖かったものの、

 「…何でまた、そんなお返事が出来るようになったかな。」
 「だって、ロビンが今連載してるお話が、
  そういう“ふーぞく”のお姉さんの探偵ものだもん。」

読んで良いお話といけないお話と、選り分けて送ってくれてるの。
そんな付け足しがあったのへ、
何とか ほうと、その分厚い胸を撫で下ろしたご亭主だったのは言うに及ばず。
何だかんだ言っても、
周囲からの過保護はどこまでも…な奥方なのも、
相変わらずのようでございます。
(笑)
そんなお父さんのお膝に開かれてあった新聞が、
裾の方からもしゃもしゃと、
どいてどいてと掻き分けられているようなので。

 「…おお。」

お膝に置かれた小さなお手々の温みにハッとして、
すまんすまんと新聞のカーテンを持ち上げて差し上げれば。
お母さんと瓜二つ、
ふわふかな黒髪を額やつむじ近くでひょこりと跳ねさせた、
小さな皇子がお顔を覗かす。

 「パーパ、おはよーvv
 「おお、おはようvv

大きなどんぐり眼をにゃはーと細め、
紅葉のように小さなお手々をパタパタと上下させ、
パパのちょっと堅い腿のところを叩いて見せれば。
おおよしよしと新聞を脇へと退けての、
坊やの脇へ手を入れて、ひょいと抱っこして差し上げる呼吸も毎朝のことであり。
起きぬけの、まだちょみっとじんわりとした温みの籠もった小さな肢体が、
ふにゃりと凭れかかって来。
まだ眠いのか、ただ甘えたいだけなのか、
うにゅうにゅと頬擦りする愛らしい所作が、
パパのお胸をズギュンと直撃しているようですが。
何ともほのぼの、朝っぱらからラブラブな二人を尻目に、

 「ツタさん、クッキーは いつ出そっか。」
 「そうでございますねぇ。」

お母さん組のお二人が何やらこしょこしょと打ち合わせ。
昨日は朝からのお勤めだったアスレティッククラブへと、
今日は午後から出勤予定のパパであり。
お茶の時間には残念ながら不在となる身。
でもでもその後というと…の、夕餉に添えるものではないしなぁ。

 「でも、朝ご飯に添えるってのは、いかにもおまけみたいだし。」
 「では、十時のおやつにお出ししましょか。」
 「そうしよっか♪」

実はね、あのね?
昨日のお昼間、ツタさんとルフィママとでクッキーを焼きましたの。
バレンタイン・デーに、パパがママやツタさんへって、
チョコレートの大きなケーキを買ってくれたお返しなの。
勿論、カイくんもご相伴にあずかったから、
クッキーを作るののお手伝いもしたんだお?
とろとろのお砂糖で、クッキーにお花を描いたのvv
ツタさんはお花を描いて、その上とか真ん中とかに、
ママがね、パパのこと大好きだからって“LOVE”って書いてたのvv
甘いものはちょっち苦手なパパさんですけれど、
こればっかりは誰にもあげないとばかり、たくさん食べてくれそうですねvv
味の方はバッチリ保証つきvv
クッキーを型抜きしたあとの、穴ぼこいっぱい空いた、板みたいの。
ツタさんがそのまんま焼いてくれて、
みんなでキャッキャ言いながら、昨日食べたの美味しかったのvv


  ―― だからゾロパパ、覚悟はよろしいか?
(笑)





  〜Fine〜  08.3.14.


  *愛の日にお返しが必要なのでしょうかしらね。
   バレンタインデーをちゃんと理解していれば、
   ますますのこと
   “ホワイトデーって何?”という話になってしまうのですが、
   まま、これもいわゆる風物詩、
   あのクリスマスだって
   ちゃんと理解して祝ってる訳じゃない人のほうが多い国なんだしねぇ。

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