月夜見
 puppy's tail 〜その53
 

 “さくらの魔法?”
 

ポカポカのヌクヌクになってくると、
あちこちでお花も咲いてて きれぇですvv
あのねあのね、カイもお花が大好きですvv
角のおばあちゃんトコの、リクんチの花壇のサフランとかぱんじーとかも、
お花が咲くのが楽しみですvv
冷たい風に やーらかい葉っぱがはたはたって震えてるの、
見るたびに“がんばってネ”ってゆってあげてます。
そしたらば“カイ兄ぃは やさしーね”って、
リクがほっぺにちうしてくりるのって、パパにゆったら、
でもパパは むむうってお顔になってたけども…。
あれれぇ? パパもリクんこと好きだったのに?
前の秋に、お他所でリクの赤ちゃんが生まれたお話ししたらば、
良かったねぇって言ってたのにねぇ?
……………変なの。



  ◇  ◇  ◇



変なパパなのは今更ですがな…じゃあなくて。
(笑)
終盤にここぞとばかり寒かった冬は、いくら何でもそろそろ立ち去っていて。
でもでも、それを思い出させるような、
肩や背中をギュッて縮めたくなるほどもの寒い日が、
せっかくの春めきを踏みつぶすようにして、
舞い戻ってくることがあるのが憎たらしい。

 「寒の戻りというのですよ。」
 「戻って来なくていいのにねぇ。」

ねぇと、お膝に抱っこした小さな海(カイ)くんへも同意を求める無邪気な奥方へ、
丁寧に練ったココアへお湯をそそぎながら、
ツタさんがくすすとやあらかく微笑って見せて、

 「ですけれど。
  例えば桜なぞは、
  一度“寒の戻り”に晒されて冷えないと花芽が目を覚まさないので、
  いくら暖かい春でも開花が遅れたりするそうですしね。」
 「え〜〜〜?」

これは本当です。
逆にいや、冬の最後の寒気を油断なくやり過ごしてから、
思う存分咲くため…ってことかも知れないですね。
関西地方より寒かろう、東京や関東の方が開花が早いのもそんなためだそうで、
わたくし、ずっと“暖流”の関係とかだと思ってました。
世の中には知らないことが一杯で、勉強はいつまでだって出来るもんです。

 「はい、出来ました。」

一応はふうふうして少し冷ましてくれたものながら、
熱いですよ、気をつけてと手渡されたココアのカップ。
甘い香りに目尻を下げつつ、まずはとお匙に掬って冷まし、
カイくんへ最初の一口飲ませてやって、

 「俺も桜は好きだな〜vv」

ルフィ奥様がうっとりと言う。
テーブルの隅に畳んでおかれた新聞には、
背景の青空に張り合うほどの、存在感に満ちた桜並木の写真。
濃い密度で重なり合って、見事に咲き誇っている緋白が綺麗で。

 「ここいらでも山桜はもう咲いてますしね。」
 「そだよね。時々花びらがここまで飛んで…、あ。」

ママのお膝から よいせと降りて、とたとたと窓辺まで。
明るいリビングのフローリングに広がる、
ぬっくぬくの陽だまりを横切った王子様が向かったのは、
お庭が見渡せる大きな窓の際であり。
ルフィママとツタさんが話してた山桜のお花だろう、
どこやらから飛んで来たらしき白いのがひらひら、
名残りの雪みたいに宙を舞っている。
それをはやばやと見つけての駆け寄ったカイくんだったらしくって、

 「ま〜ま、おんもvv」
 「う〜ん、今日は寒いぞ?」

紅葉みたいな小さくてやわやわなお手々を延ばして、
窓をぴたぴた叩いた坊やへ、
ママの方はちょこっと眉をひそめて見せる。
桜の花びらが、ママと同じほど大好きなカイくんで、
追いかけたりじゃれたりして遊びたいらしいのは判るけどと。
そこまで察していながら、なのに、
珍しくもお尻が重たい雰囲気のママなのは。
今朝方、クシャミをしていたカイくんだったのへ、

 『今日も寒そうだから、あんまり外遊びに連れ出さないほうが。』

心配性なパパさんが、
風邪でも引いたらと案じた末に、クギを刺してお仕事へ出てったからだ。

 「わんこなったら、へーき。」
 「けど。ワンコになったら、捕まえられないじゃん。」
 「う〜〜〜。」

ひゅううんと強い風にあおられた時はさすがに別だが、
他のお花みたいに はらりぱさりとは落ちずの ふわふわふるふる、
宙で震えているせいか、滞空時間が微妙に長いのが、さくらの花びら。
それを待って待ってと追いかけて、
まだ宙に浮いてるうち、
小さなお手々でパチンと挟むようにして捕まえるのが、
カイくんには殊の外に楽しいらしい。
されど、わんこのウェスティになってしまうと、
背丈が低くなってしまうため、
地面すれすれしか狙えなくなり、キャッチ率が下がってしまうその上に、
じゃあこれならどーだと、ぴょんと跳ねての飛びついてみたところ、
その勢いが風を招くものか、
小さな花びらは鼻先寸前から意地悪にも逃げてくばかり。

 「やーの、おんも〜〜〜。」

お陽様も出ていて、見るだけなら暖かそうなお庭には、
ひらはらと小さな花びらが一杯ご入来して来てもおり。
それが“おいでおいで”に見えてしょうがないらしい王子様、
コーデュロイの真っ赤なサロペットをはいた、
小さなあんよを地団駄みたいにばたばたさせる。
でもね、花びらが一杯ってことは、風が強い証しだろうとも思われて。

 「ダメだよ、カイ。」

それに、もちょっとしたら『わっぴちゃん』が始まるし。
お気に入りのアニメで誤魔化そうとしたものの、
む〜〜〜っと膨らんだ頬っぺは、なかなか萎まない模様。

 「お昼を過ぎたらにしましょうね?」

せめてそのくらいになれば、もう少し暖かくなっているかも。
そしたら、桜の咲いてる公園まで行きましょうねと、
ツタさんがとりなしたものの、
じゃあ、今見えてるさくらさんは?と
そっちへの気持ちが収まらないのがお子様だ。
やーのやーのと、今日は珍しくもむずがる坊や。

 「しゃあねぇな。」

どーらとソファーから立ってったママとしては、
ちょろっと窓を開けてやり、
寒いの実感させてくれべえと思ったらしかったのだけれども。

 「はーく、はーくvv」

てっきりお外へ出してもらえると思ったか、
ワクワクの笑顔で待ち受けるカイくんとの温度差はどうするのかなと、
やっぱり困ったようなお顔で、それでも見守るツタさんだったものが。

  ―― はい?

ぴょいぴょいって跳びはねてた坊やの、小さなあんよが立ててた音が。
ちょっぴり大きくなった重さのせいもあってのこと、
お手々の振り方のリズミカルさに比すれば、
とん・とん・とん…と単調なそれだったのが。
不意に とてとた・とたんとんと、妙に軽やかなそれになり。

 「え?」

まさか足元が乱れての、転びかけたりしたものかしらと。
そこは野生の反射も早いお母様、
窓の回転錠へ手をかけていて、一瞬視線が離れてたもの、
バッと戻したところが………あれれぇ?

 「…………カイ?」
 「あうっ! あうわうっっvv」

ルフィママはそのまんまなのに。
まとまりの悪い黒髪をふわりぱさぱさ跳ねさせた、
15、6歳くらいの男の子の姿のままなのに。
その足元には、純白のウェスティくんがいて。
あうあうっという元気のいい自分のお声に押されてか、
吠えるたんびにひょこり、後ずさりする姿が可愛くてしょうがない…

   じゃあなくて。

  「ええええ〜〜〜〜〜〜っっ!?」
  「あらあらあらあらあらあら。」

ほんのついさっきまで、正確には、昨日の夕方のお散歩までは。
ルフィママの変化の気配と一緒じゃないと、
自分の力ではメタモルフォゼ出来なかったカイくんじゃあなかったか?
それが今は…ママには何も変化のないままだってのに、
さっきまで着ていた玉子色のブラウスと赤いサロペット、
フリースのカーディガンがもしゃもしゃしてる中に足元を埋めて。
見慣れたわんこが、そりゃあお元気そうに吠えててござる。

 「…カイ、自分でなったの?」
 「ううう?」

何のお話し?と、かっくり小首を傾げる姿がまた可愛い。
とはいえ、ママがいきなり大っきくなったのへは気づいたか、
ありゃりゃあ?と後ずさりしかかり、お洋服に足を取られて尻餅をぺたり。
そのお洋服を見やって…あれれぇと、
またまた小首を傾げているところを見ると、
自分でも良く判ってないらしく。

 「………どうしよ、これ。」
 「そうでございますねぇ。」

今まで以上に目が離せなくなるね。
その前に、お約束を増やした方がいいのでは。

 「お約束?」
 「お母様やお父様が見ているところでしか変身しちゃいけませんとか。」

あ・そかそかと、やっと頷くルフィママだったりし。
当事者よりもツタさんの方が心得ている辺りが、
このご一家の持ち味なんでしょうけれど。
ううう?と、やっぱり何が起きたかが判ってないらしい坊やを前に、
さて大人の皆様、どうしましょうか?




  〜どさくさ・どっとはらい〜  08.3.31.


  *そろそろかなぁと思いまして。
   カイくん、自力でメタモルフォゼ出来るかな?
   いやいや、まだ目覚めくらいかな?篇でございまし。
   大慌てでゾロパパに知らせたら…
   その瞬間を見逃したことを大いに悔しがりそうで。
   えてして、お父さんって、
   初めての立った歩いたに居合わせられないじゃないですか。

   「そうじゃないでしょ。」
   「え? 何がだ?」
   「…ロビンに相談した方がいいのかなぁ。」

   ここでしっかりしなくてどうする、お父さん。
(笑)

bbs-p.gif**


戻る